新年早々、とある医療系サイトのニュースで、

「宇宙飛行士にアルツハイマーの危険」などという記事に遭遇した。

米国の神経生物学・解剖学部の教授が、マウスによる研究でつきとめたらしく、

宇宙に長期間滞在するとアルツハイマー症になる可能性が高いという。

火星と地球の往復は、3年ほどかかるようで、

そのことを危惧しているという記事だった。


しかしである。いったい、どこの誰が「こ、これは大変だ」と、思うというのか。

宇宙に長期滞在するのは危険だから止めましょう、と言われても、

そうなんだ、ううむ、残念――などと言うのは、

財力のある企業のCEOか石油王、あるいは夢見る子どもたちだろう。


「宇宙旅行は7泊8日くらいにして、長期バカンスはマイアミとするか」

といったことを、社長室の窓から下界を見下ろして呟くことは、まんざらなくはない。


が、多くの人は「来週から沖縄に10日間の長期休暇なんだ」と、ほくそ笑むのが関の山だ。

仮に、この記事を読み、ヤバいと思える時代が来るとしたら、


「来週から火星に行ってくるね。3年くらいで帰ってくるよ」

「そうなんだ。元気でね」


といった会話が、丸の内界隈で交わされるような時代であると、思うのである。


そのころには、アルツハイマーの特効薬も開発されているに違いないが。




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今日、スガ婆の頭を散髪したのだが・・・

100円ショップで買った細長いクシを使えば
床屋さんみたいにキレイにできる、と思っていた。
しかし、ハサミの切れ味が相当に悪い。

いつも使っている事務用のハサミだから仕方がない。
今朝はそれで牛乳パックも切ったが、普通に切れた。
牛乳パックが切れるなら、髪の毛などちょろいもんだろう。
そう思ったのが間違いだった。

まずはスガ婆の首に新聞紙を巻きつけ、頭の右上から切り始める。
クシに沿って5センチほど切るが、残り2センチが切れない。
ハサミの先のほうは指の力を入れにくいので、
ハサミに髪が挟まったまま動こうとしない。

「てっめえ、切れやがれ」

と力を入れるなり、髪の下まで切ってしまい、
その2センチだけ陥没したようになった。

うーん、変かも・・・

仕方なく、気持ちを切り替えて別の部分に移動する。
だが、そこでもハサミの先っちょは切れない。

ちっ、とんだハサミ野郎だ。

もう止めようかと思うが、ここで止めれば素人がやって失敗したことがバレる。
しかし、これ以上続ければ、さらに被害が広がる可能性が高い。
遭難したら引き返すのが鉄則だというが、
もはや戻りようがない。

ここでボクは、ある問題に気づいた。

5センチは切りすぎかもしれない。

要するに深切りしすぎたのだ。
そう、1センチずつ切ればいいんだ。

この考えは、なかなかいい線をついていた。
短く切ると、スイッと髪が切れていった。
だが、切れるには切れるが、不揃いは変わらない。

まるで兵士が小刀で髪を切り落としたような、
散切り頭の出来上がりに、ボクは罪悪感を感じた。

やっぱり明日、散髪屋さんに行こう。

でも、でも、でも。

散髪屋の主人に、「この頭どうしたんです?」
などと突っ込まれたら
何と言い訳すればいいのだろう。

「私がやりました」と正直に言うのか。

しかしである。

「これって、虐待ですよ!」

などと正義感を振りかざされ、
警察沙汰にならないとも限らない。うわー、サイアク。

あと一週間待って、様子を見てからでも遅くない。
そうだ、いいアイデアだ。
ここは自然に生えてくるまで待つことにしよう。

そう思うと、不思議にボクの罪悪感は消えていった。
すっかり忘れていたブログを2年ぶりに再開する。

自然消滅してくれていればと思ったが、
そうはいかなかった。恐るべしアメブロ・・・

それにしても、なんというていたらく。
これも、面倒なことが嫌いなスガ婆の血を引くだけのことはあると、
変に納得する。

あれからスガ婆の認知症は、ほとんど変化がない。
信じられないだろうが本当だ。認知症のボケぐあいも2年前のまま。
あんたの脳はどうなってんだ。

と思ったら、
突然、「バ、こんなとこにはおれんバイ。はよう帰らんと」と
言って玄関に向かうスガ婆。

それも2年前と同じ。ある意味で正常というか、普通である。
ほとんど毎日のように、
「バ、ここに何しにきたんやろ」を連発するのも変わりなし。

ただ少し違うのは、最近やたらと寝小便すること。
さすがに三日目には紙オムツにしてやった。
だが、初めての紙オムツを、スガ婆は何の抵抗もなく履いた。

おいおい、少しは嫌がれよ。どこまで従順なんだよ。
おそるべしは、昭和ひとケタ世代。
自分の感情をこらえて、本音を決して言わない。

それって逆に困るんだっつうの。
ご飯をつくっても、聞いてもいないのに
「うん、おいしいー」、と言う。
ひどい時は、食べる前に、「バー、おいしかバイ」と熊本弁で言う。

取り繕うことは認知症患者の特長だが、
もともとの性格もそうだから、見分けがつきにくい。

少しも変わらない、この超適当性認知症に
ボクはまだ平静でいられないでいる。


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スガ婆は突然、家の中で叫んだ。

「ごめんください」

家の中にひとりしかいないと思うと、そう言うのだ。

「どなたかいませんか」

僕は相手にするのも嫌なので黙っている。

「ごめんください。どなたかいませんか」

歳のくせに、よく通る女の声だ。きっと隣にも聞こえている。

何も答えないでいると、

「バッ、恐ろしかー。誰もおらんときゃー」

本気で怖がっているかと思ったら、突然、

「赤い~夕陽が~校舎を染めて~♪」

と、「高校三年生」を歌い出した。

なんなんだ、いったい・・・


そして、トイレに入った。

トイレの中でもスガ婆は、

「赤い~夕陽が~♪」と、歌っている。

ひとりでいる恐怖など消えうせている。

寂しさを紛らわすために歌うのだろうか。

そして再び、

「バッ、恐ろしかー。誰もおらんときゃー」

果てしなく、一人舞台は続く。


スガ婆と僕-高校三年


スガ婆と僕


一日、何もせず家にいるとき、スガ婆は


押入れの中身を全部取り出して、何やら整理しているような

していないような所在なく過ごす昼下がり、スガ婆は

「ちょいとト~キョ~オンド~♪」と、歌う。


歌うという行為は気分がいい時に起こる行為だろうと思うが

果たしてそれがスガ婆に当てはまるかはわからない。

なぜなら僕が怒鳴ったりして、スガ婆の不機嫌が頂点となっても、

僕がその場から離れると、とたんに

「ちょいとト~キョ~オンド~♪ ヨイヨイ」

と、何事もなかったように歌う。


怒っていても、平静でいても、とにかく歌うのである。

そんなことで怒るのもバカバカしいと思うのだが、

家で仕事をしていると、イライラが積もってくる。

仕方なく、僕は音楽を聴く。

だが、音楽と混じってスガ婆の歌声が聞こえてくる。


ボリュームを上げても、どういうわけか聞こえる。

僕はうさをはらすかのように、カカトで床を強く蹴る。

ドンという音がスガ婆のいる一階に響き渡る。


すぐに歌声がやみ、ほっとしたのも束の間、

再び、スガ婆は

「ちょいとト~キョ~オンド~♪ ヨイヨイ」


仕事はしばらく中止するしかない。