どういうわけか、最近スガ婆が歌い出した。
いつものように、あてのない帰り支度を始めて
バッグの中に衣類を詰め込む作業をしつつ、
なにやら聞いたことのある古い歌を歌い出す。
「ねんねんころりよ おころりよ~♪」
近年にない出来事に僕は寒気がした。
スガ婆の歌声は初めて聴いたような気がした僕は、
ついに、来る日が来たか、と焦った。
ちょっと苛め過ぎたのかもしれない。あるいは脳が一部破損したのかもしれない。
やがて、大声を発するに違いないと、僕は恐々としていた。
だが、そんな心配をよそにスガ婆はけっこう長い間、いい気分で歌っている。
同じフレーズを何度も繰り返して。
僕は高鳴る心臓を抑え、固唾を飲んでそれをじっと聴くしかなかった。
するとスガ婆がふいに言った。
「バッ、誰もおらんときゃ」
いきなり我に帰る?と、独りしかいない状況に焦っている。
「恐ろしかー」と言ったが早いか、
「ねんねんころりよ おころりよ~♪」と、再び歌いはじめた。
なんなんだよー。どういう意味があるんだよー。
聴いてるこっちがおかしくなりそうだ。
「坊やはいい子だ、ねんねしなー♪」
僕は混乱し、そしてとうとう切れた。
「うるせー」
まるでセミの声が鎮まるように、スガ婆の歌がやんだ。
だが、一〇秒もたたないうちに、再び
「ねんねんころりよ おころりよ~♪」
「うるせー」
何度もそんなことを繰り返す。
やがてスガ婆が「帰る」と大声で怒鳴った。
「帰れ、クソババア」と僕も怒鳴る。すると再び、
「ねんねんころりよ おころりよ~♪」
僕はついにかんねんした。
諦めて、歌い終わるまで待つしかなかった。
その日、一日中、スガ婆は歌っていた。
新しいイライラのタネが一つ増えてしまった。

alt="スガ婆が行く-男の介護"style="clear:both;float:left;" border="0" />