どういうわけか、最近スガ婆が歌い出した。

いつものように、あてのない帰り支度を始めて

バッグの中に衣類を詰め込む作業をしつつ、

なにやら聞いたことのある古い歌を歌い出す。


ねんねんころりよ おころりよ~♪」

近年にない出来事に僕は寒気がした。

スガ婆の歌声は初めて聴いたような気がした僕は、

ついに、来る日が来たか、と焦った。


ちょっと苛め過ぎたのかもしれない。あるいは脳が一部破損したのかもしれない。

やがて、大声を発するに違いないと、僕は恐々としていた。

だが、そんな心配をよそにスガ婆はけっこう長い間、いい気分で歌っている。

同じフレーズを何度も繰り返して。

僕は高鳴る心臓を抑え、固唾を飲んでそれをじっと聴くしかなかった。


するとスガ婆がふいに言った。

「バッ、誰もおらんときゃ」

いきなり我に帰る?と、独りしかいない状況に焦っている。

「恐ろしかー」と言ったが早いか、

ねんねんころりよ おころりよ~♪」と、再び歌いはじめた。

なんなんだよー。どういう意味があるんだよー。

聴いてるこっちがおかしくなりそうだ。


「坊やはいい子だ、ねんねしなー♪」

僕は混乱し、そしてとうとう切れた。

「うるせー」

まるでセミの声が鎮まるように、スガ婆の歌がやんだ。

だが、一〇秒もたたないうちに、再び

ねんねんころりよ おころりよ~♪」

「うるせー」


何度もそんなことを繰り返す。

やがてスガ婆が「帰る」と大声で怒鳴った。

「帰れ、クソババア」と僕も怒鳴る。すると再び、

ねんねんころりよ おころりよ~♪」


僕はついにかんねんした。

諦めて、歌い終わるまで待つしかなかった。

その日、一日中、スガ婆は歌っていた。

新しいイライラのタネが一つ増えてしまった




最近、スガ婆は寝場所を移動する。

これまで寝るのは自分の部屋(和室)だったが、

夏の暑さのせいか、寝る時間になると自分の部屋ではなく

ダイニングテーブルの横に布団を敷きはじめる。

「なにやってんだよ、自分の部屋で寝なよ」

僕が言うと、

「窓から人が入ってくっとさな」

小さな窓が和室にある。そこから入るらしい。

「なわけないだろ、窓は鍵かけてんの」

「はいはい、そがんばいね、オリがまちごうとっとよ」

「バカ」

「じゃっと(そのとおり)、オリがバカさな」

スガ婆は自分が完全に正しいと思っているとき、

そんな言い方をする。


<小さな窓から人が侵入して来るから怖い>

それが寝る部屋を移動する理由だった。

それから毎日スガ婆はダイニングテーブルの横に布団を敷いて寝る。


ダイニングに寝ているスガ婆を見ると、うざい。

加齢臭が部屋中いっぱいに広がる。

何を言っても無駄。

うざすぎるので照明を着け、

冷蔵庫やゴミ箱、食器をわけもなくいじり物音を立てる。

うるさくて寝ていられない状況に僕はおとしいれる。

するとスガ婆は渋々と自分の部屋に戻る。


だが、五分もすると再びスガ婆は部屋を移動しはじめる。

どうにもならない喜劇が繰り返される。

そして最後は僕があきらめる。

この夏の夜に始まったスガ婆の新たなライフスタイルだ。 スガ婆と僕-nebasyo スガ婆と僕

認知症は現在から過去に向かって記憶が薄れていくという。

つまり、若い頃の記憶がよみがえるということだ。

スガ婆をみていると、それはよくわかる。


最近は生まれ育った下平村の言葉が盛んに飛び出す。

初めて聞くような言葉もある。

おそらく今の村では使われていないと思えるような

古い方言である。


たとえば、こんなのがある。

「いつも、ごっつぉけてくれて、ありがとうね」

これは、“いつもごちそうしてくれて、ありがとう”‥‥という意味だ。

この「ごっつぉける」は、わが家では聞いたことがない言葉だ。

ひょっとしてスガ婆の造語かもしれないと当然疑った。

この夏に発せられた、奇妙なその言葉は今日まで続いている。


「ばー、ごっつぉばい」

「ほんなら、ごっつぉけよばい」

「ごっつぉけて、よかと?」

スガ婆がごっつぉの活用形を乱発する。

当然、頭にくるが言っても無駄だとあきらめる。

50年の前の下平弁に僕は応える気などさらさらない。


スガ婆の 頭は昔に 帰りけり‥‥


男の介護







僕はひょんなことから本を書いた。


「男の介護」というタイトルの本だ。


男性介護者を取材して、いろいろな介護者の苦労や悩みや


がんばっている中高年男性を紹介している。


そしてスガ婆のことも書いている。







取材を通してわかったことは、


僕以外の男性はみんなやさしいということだ。


僕のように物を投げたり、アホ、ボケとか言ったりしないということ。


みんな奥さんや母に対して、とてもやさしいのだ。


どうしてかというと、愛しているから。


妻や母の下の世話もわけなくやるし、


体を拭いてやさしい言葉をかける。







僕には到底できる話ではない。


自己嫌悪に陥る。


ストレス発散もしているし、デイサービスにも行かせている。


それでも僕はほとんど毎日怒鳴りちらす。


スガ婆を病人だとは思っているようで、思っていない。







取材を通して僕なりに、冷静さとやさしさを取り戻せるかもと期待した。


だが、ほとんど効果はなかった。


それなりに認知症への対処法は理解したが、


いざスガ婆と向かい合うとどこかに吹き飛ぶ。


そして今日も叫ぶ。


死ね、クソババアー







「男の介護」新泉社。 alt="スガ婆が行く-男の介護"style="clear:both;float:left;" border="0" />

ほぼ二日に一度、僕はスーパーへ買物に出かける。

ごく普通のスーパーが、家から3分ほどの所にある。

買物は必要だから、というよりストレス発散のためと言ったほうがいい。

仕事と介護の息抜きにちょうどいいのだ。



いつものように適当に品物を選び、レジを終えた。

僕はこのとき、何かの物思いにふけていたらしい。

気がつくと、家まで50メールの地点にいた。

手には店の買物カゴをもっていた。



何てことだ、買物カゴをもったまま店を出てしまったようだ。

気まずさと恥ずかしさから、僕は家までダッシュした。



まさか、認知症か・・・

スガ婆の認知症が感染したのか。



それよりカゴはどうすか・・・家で使うしかないか。

いや、今度、夜にそっと返しに行こう。