選択理論で生きる。内的コントロールのすすめ -3ページ目

選択理論で生きる。内的コントロールのすすめ

私たちは外的コントロールの社会で生きています。外的コントロールとは何か、選択理論とは何か。選択理論(内的コントロール)で生きるすすめ~

LINEでメッセージを送ったのに、なかなか返信がこない・・・。

 

既読したのにスルーされた・・・。

 

こんなことよくありますよね。

 

皆さんはそんな時どう思いますか?

 

相手は自分を嫌っているんじゃないか?

相手はわざとやっているんだろう。

・・・などと、悪いほうに考えていませんか?

 

私も時々そうです。でも努めて良いほうに考えるようにしています。

 

ああ、相手はきっと忙しいんだな。

ああ、相手の興味がある話題じゃなかったかな?

 

という感じで、相手を責めず、自分も責めません。

 

悪いほうに考える。実はコレ、思考の癖なんです。

 

癖で悪いほうに考えてしまう。

 

癖ならば、良いほうに考える癖もつけられるはずですね。

 

事実は変わらないんだから、自分が気分いい解釈を選択しませんか。

 

image

 

私が浄土宗のお寺の檀家であることは、以前お話ししました。

 

「他力本願」ご存じですよね。

 

辞典には:「自分の努力でするのではなく、他人がしてくれることに期待をかけること。人まかせ。」とありますが、これは誤用です。

 

親鸞聖人の解釈がネットに載っていました。

親鸞が「他力をたのむ」と言うのは、そうではありません。「他力」とは、例外なく阿弥陀仏の本願力を意味します。しかも「たのむ」とは、「あてにする」という意味の「頼む」ではなく、「憑む」という漢字を書きます。これは「よりどころとする」という意味です。つまり「他力をたのむ」とは、「阿弥陀仏の本願をよりどころとする」という意味なのです。

 親鸞が他力をよりどころとして生きると言うのは、これら中心を持った願いにしたがって生きるのではありません。自分からは一番遠いもの、むしろまったく反対の側からの、まさに「自」から言えば絶対的に「他」であるものからの願いを聞きとめて生きることを意味します。その私の願いから最も遠いものが、阿弥陀仏の本願と言われるのです。

 

つまり他人の願いを聞くことが他力本願なのです。

 

それはつまり相手の上質世界を傾聴し受け入れることです。

 

選択理論の内的コントロールを実践することは、仏教の教えに生きるのと同じ効果があるんですね。

 

私も知らなかったです。

 

 

image

息子と夏休みに採ったカブトムシ。

年末から2人で協力して、昆虫標本づくり。遅い遅い夏休みの自由研究のようですね。

 

朝ご飯を子供用のお椀に半分も食べられない息子が、今朝は大人の茶碗で半分食べてくれました。

 

とても嬉しいです。

 

朝から洗濯して、ご飯作ったり。なんでもない日常がとても幸せに感じられました。

 

幸せは感じるものなんですね。

 

じつはこれ、標本ボックスや昆虫を固定する専用の針は私からのサプライズです。息子の気持ちになってみて、パパにしてもらったら嬉しいことをしました。息子ならパパと一緒に昆虫標本を作ったら嬉しいだろうなと思ったのです。私は息子の喜ぶ顔が見たかった。

 

少しの思いやりと、期待を少し下げるだけで割と簡単に幸せを感じられます。

 

特に思いやりは相手に通じた時に帰ってきますよね。

 

それがまた幸福感を上げます。

 

昆虫標本も息子は喜んでいました。

 

私もとても嬉しいです。

 

 

 

 

幸せになるにはどうしたらいいでしょうか。

 

お金がたくさんあれば幸せですか?愛する人と仲良くいれれば幸せですか?仕事が成功していれば幸せですか?

 

人によって幸せはいろいろ違います。

でもたった1つ同じことがあります。

 

それは、幸せは選択できるということです。

 

全行動(「全行動とは」を参照)のところでやりました。選択理論では感情と生理反応は直接コントロールできませんね。それを変えるには思考と行為を変えることです。幸せは感情であり、幸せを感じる時は比較の場に置いてある天秤が釣り合った時だと思います。

 

自分が幸せだと感じる思考と行為を常に選択するようにすれば、幸せになれますよ。

 

幸せになるとは自分が幸せと感じることです。

 

今日は元日。今日から幸せ日記を書いてみて下さい。こう考えたら幸せ。こんな幸せを探せた。幸せにつながる思考を日記に書き留める。それだけでおそらく1ヵ月後今よりもっと幸せになっていると思います。

 

皆さんが自分で幸せを選択できる学びの多い1年になりますことをお祈り申し上げます。


コロナで苦しんだこの一年も終わり、新しい一年がやってきます。


愛に包まれた一年にしたいです。また一人でも多くの人に愛に包まれた感覚を感じて欲しい。


きっと来年は穏やかないい年になりそうな気がします。


皆さん良いお年を!


最近、歌舞伎町で子供を突き落としたお母さんがいました。自分は殺人容疑で逮捕されましたね。


事情は知りませんが、辛かったのでしょう。しかし墜落死したお子さんは生きたかったのではないでしょうか。お子さんの未来は永久に奪われた。


乃木大将も明治天皇が崩御した数日後に奥様と心中しています。主君と信じた明治天皇に忠誠を尽くした。


日本ではなにか心中が美しく捉えられる傾向がありますよね。


でもアレは自殺ですよ。自分を殺す殺人です。


死ぬ大義など背景は色々あると思いますが、私は敢えて理解してあげません。かと言って強くやめろ!ともいいません。本人が望むなら。もし自殺志願者を目の前にしたら、私はただ「あなたには死ぬ以外の選択肢があるよ。」と情報提供するでしょう。


美しく死ぬより汚れながら生きて生き恥を晒した方がいい。


戦時中、大日本帝国時代に教育を受けた私の父はお国の為にお命捧げるという思想を持っていた為か、「人間死ぬ為に生きている」といいます。


しかし私は「人間生きる為に生きている」と考えています。


自殺者の多いいまの日本。少子化している根本原因が「社会の生きにくさ」にあるのではないか?


またそれを美徳とする思想が脈々とあるのではないでしょうか。


仏教では魂が輪廻転生するので、身体は借り物。この世は魂の修行の場。幾度も転生を繰り返し魂を昇華させ、やがて仏になる。自殺者は無限地獄に堕ちる。それは永久な空の世界。だから修行し魂を昇華させ、善を行いなさいと解いています。


選択理論では、自殺は外的コントロールです。自殺を仄めかすのは相手を変えて自分の愛所属を満たしたいのです。相手に受け入れて欲しい。それでも変わらない場合に自分を取り巻く環境を変えてしまう、つまり死を選ぶ訳です。


「自分で自分の欲求充足をするんだよ。」、「相手は変えられないんだよ。」たったこれだけのことが理解できていれば、自殺しません。


あなたが自殺しても、何も変わりません。

そして何年か経てばあなたのことは忘れてしまうでしょう。


愛所属を相手に求めて、それが得られず絶望する。


しかし、あなたがどんなふうに愛されたいか相手は分かりますか?


あなたがあなた自身を愛してあげることはできますか?


自分で自分を愛す。愛所属を自分で満たす。


今こそ自立が必要です。






もうすぐ令和3年も終わりますね。


今年はどんな年でしたか?


もし今日であなたの人生が終わるなら、どうしますか?


やり残したこと。後悔ばかり?


私ならいつ人生が終わってもいいように、今日が人生最後の日と思って生きます。


だって死ぬ時に後悔したくないじゃないですか。だから、いつ死んでも後悔しない人生を送ります。


その為には、あの時ああしとけばよかった、こうしとけばよかったというのをやめて、それを今する。


今出来ることを精一杯、やることです。


自分を欺かないように、よくよく自分と話し合いながら、私の今を生きる。


皆さんは今日をどう生きますか?




過去の記憶

それは儚いもの。

いま私は小田急線に乗っています。昔会社勤めしていた街を通っています。懐かしい。


でも、あんなに色々あって楽しくも苦しくもあった過去があまり思い出せません。当時はその時を生きていて、さまざまな思いがあったはず。


でも薄れていくんですね。記憶って。


裏を返せばそれは、もう執着する必要がない過去になった。ということでしょうか。


嬉しいことです。


執着している過去は、まだ過去になっていません。まざまざと「いま」なのです。


最近の研究では、記憶は脳の中で薄れることなく残っているそうです。ただ思い出す動機があれば、その記憶の引き出しに繋がる糸を頼りに思い出します。


もう思い出す必要がなくなった過去。

それはいいことでしょう。


楽しい過去を思い出して、懐かしむのはいいことですが、辛い過去は思い出す必要がないようにしたいですね。


そうそれは過去に生きること。


いま生きている私たちは過去に囚われず、「いまに生きる」こと。


過去の嫌なことも、嫌いな人も、自分の育ちも、親にも囚われながらいまを生きるのではなく、すべて過去にして、いまに生きる。


過去を言い訳にしないでください。


あなたはいまに生きている。


だからあなたの心も、いまに生きてください。


選択理論ではいまに生きることをとても大切にしています。生きているとは生きるこの瞬間を積み重ねていること。無用な辛い過去に別れを告げて、今あなたの欲求充足をしながら、プラスに捉え、生きていくこと。


これが人生ですね。


終わった過去は過去。人生はいつでも、いまから始まるんです。


あるDV加害者の体験です。


その方は壮絶な暴力を受けていました。今は別居していますが、①電話がストーカーのようにかかってくる。②留守番電話に家族を誹謗する暴言が入っている。③LINEに酷いことが文章で送られてくるので、怖くて見ないでおくと、尋常じゃない数の送信取消しになっている。

精神科医に相談すると、ストーカー行為を受容するとエスカレートするので、完全無視しなさい。というアドバイスでした。


選択理論で考えるとどうなるか。

被害者側から加害者を推測しても分からないので、加害者側に立って分析してみましょう。上記の行為はそれぞれ


①愛所属を相手に満たしてもらいたい。

②自分が承認されない状態を変える為、相手を批判する。

③LINEに書いた後で言い過ぎたと思い送信取消を押している。落ち込みにより相手を変えようとしている。


ということになります。それではどのように対応したらいいでしょうか。


愛所属と力の欲求を満たす支援はしてあげる。同時に受け入れられない電話の回数やLINEのメッセージ(これは全て行為)を明確に伝えて、「私は不愉快になります。それを続けるなら連絡をやめます。」と毅然とした態度で伝える。また「私のお願いを聞いてくれないなら、警察など公的機関に入ってもらう。」と伝える。


ポイントは「あなたを受け入れるが、あなたの行為は恐怖を感じるから、やめてほしい。」と人格と行為を分けて話します。つまり人格は認めながら、行為は否定していく。そして受け入れられる行為を伝えていく。


それでもダメな場合や命の危険があるときは、シェルターなどに逃げる。これは最終手段です。これは加害者をどん底に落とすことですが、外的コントロールが強い方には更に強い外的コントロールで対処するしかありません。


こうして別居し、冷静になれたのち再構築を考えるという順番になるでしょう。



今夜はイブです。


一年で、いちばん奇跡が起こる日です。


今夜あなたはしあわせを感じます。


そのために少しだけ努力しましょう。


「ありがとう。ゆるします。しあわせです。」と心を込めて言ってください。


心が温かくなるまで何回も言ってみてください。


その時に奇跡は起きます。あなたはしあわせを感じることでしょう。


メリークリスマス!


これはあなたからあなたへのクリスマスプレゼントです。