最近、歌舞伎町で子供を突き落としたお母さんがいました。自分は殺人容疑で逮捕されましたね。
事情は知りませんが、辛かったのでしょう。しかし墜落死したお子さんは生きたかったのではないでしょうか。お子さんの未来は永久に奪われた。
乃木大将も明治天皇が崩御した数日後に奥様と心中しています。主君と信じた明治天皇に忠誠を尽くした。
日本ではなにか心中が美しく捉えられる傾向がありますよね。
でもアレは自殺ですよ。自分を殺す殺人です。
死ぬ大義など背景は色々あると思いますが、私は敢えて理解してあげません。かと言って強くやめろ!ともいいません。本人が望むなら。もし自殺志願者を目の前にしたら、私はただ「あなたには死ぬ以外の選択肢があるよ。」と情報提供するでしょう。
美しく死ぬより汚れながら生きて生き恥を晒した方がいい。
戦時中、大日本帝国時代に教育を受けた私の父はお国の為にお命捧げるという思想を持っていた為か、「人間死ぬ為に生きている」といいます。
しかし私は「人間生きる為に生きている」と考えています。
自殺者の多いいまの日本。少子化している根本原因が「社会の生きにくさ」にあるのではないか?
またそれを美徳とする思想が脈々とあるのではないでしょうか。
仏教では魂が輪廻転生するので、身体は借り物。この世は魂の修行の場。幾度も転生を繰り返し魂を昇華させ、やがて仏になる。自殺者は無限地獄に堕ちる。それは永久な空の世界。だから修行し魂を昇華させ、善を行いなさいと解いています。
選択理論では、自殺は外的コントロールです。自殺を仄めかすのは相手を変えて自分の愛所属を満たしたいのです。相手に受け入れて欲しい。それでも変わらない場合に自分を取り巻く環境を変えてしまう、つまり死を選ぶ訳です。
「自分で自分の欲求充足をするんだよ。」、「相手は変えられないんだよ。」たったこれだけのことが理解できていれば、自殺しません。
あなたが自殺しても、何も変わりません。
そして何年か経てばあなたのことは忘れてしまうでしょう。
愛所属を相手に求めて、それが得られず絶望する。
しかし、あなたがどんなふうに愛されたいか相手は分かりますか?
あなたがあなた自身を愛してあげることはできますか?
自分で自分を愛す。愛所属を自分で満たす。
今こそ自立が必要です。