未知の動物‥‥‥いわゆるUMAというヤツでございます。
「幻の動物たち 上・下」
ジャン・ジャック・バルロワ著 ベカエール直美訳
ハヤカワ文庫(254頁・245頁)
背景のお3人様(新しい写真でございます)も、すっかりベテランさんでございますが、今回ふり返ります本は40年くらい前の本でございます
著者は理学博士でございますが、だからといって、UMA=未確認生物の存在を全否定するような内容ではございません。
未知の動物たちについて、あくまで科学的なアプローチでもって検証をしております。
そして、そんな"怪物”を見た人々の証言や当時の世相、さらにその時巻き起こった騒動(いつの時代でもはた迷惑な人っているのよ)なんかをまじえた楽しい読み物となっております。
前回のレビューでは、水棲生物を扱った上巻がメインでございました。
特に、UMAの代表選手でありますネッシーに関する数多の仮説について、科学的な視点で迫っております(気候等の理由で《首長竜の生き残り説》は即却下というヤツです)。
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それで、今回は陸の未知生物を扱った下巻から、有名なイエティ(雪男)とかではなく―、
《ジェヴォダンの野獣》について、取り上げたいと思います。
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舞台となりますのは、18世紀後半のフランスはジェヴォダン=現在のロゼール県(フランス南部内陸部)でございます。
18世紀後半のフランスなんてなかなか想像も出来ませんが、ルイ15世の治世だそうです(フランス革命が1789年です)。
なんでも、かつてのフランスには人を襲う《○○の野獣》が沢山出現しているようなんです。
その中で最も有名なモノがこの《ジェヴォダンの野獣》でございます。
1764年から1767年にかけ、当時の公式な数字で死者100名、負傷者30名という大惨事でございます。
‥‥‥まぁこの段階で、お気づきだと思いますが、これは人間が介在した"事件”でございます。
この3年の間に、野獣とされる大型哺乳類が3度退治されているのですが、そもそもたったそれだけの個体で100名もの人間を殺せるはずがありません。
(こんなんでもない限り、犠牲者100人は無理です)
なんでもフランスでは、長きに渡って狼の獰猛さが誇張され続けていたそうで―。
悪くても家畜を襲う程度の狼さんが、"野獣”のおかげで随分と割を食ってしまったようです。
だいたい、野性動物は余程の事がない限り人間を餌として襲いません。
著者は伝承やこの時代らしい証言(笑)なんかも集め、それらのデータを解析しました。
被害者は圧倒的に女性と子供が多く、さらに時期によって犠牲者の状況が異なるという点に着目します。
最初期の頃は、その痕跡から本物の肉食動物が使われていたようなんです。しかし、その後、首を切断されるという事例が多くなります
野性の捕食者が本能的に首を狙うのは、頸椎を折って文字通り獲物の息の根を止めるためです。ですから、そこから咬みちぎったりする事はしません。
さらに、当時はカソリックとプロテスタントが熾烈な抗争を繰り広げていたという時代背景もあります。そして、《ジェヴォダンの野獣》の出現地域がカソリックの勢力圏と完全に一致していました。つまり犠牲者も限りなくカソリック信徒であったようなのです。
これらの事を総合し著者は―、
真犯人は獰猛な猛獣を使役出来た人物で、その影には宗教的かつ政治的な陰謀があったようだとしています。
ちなみに、前述の"退治された野獣”の中の3匹目―つまり以後、事件が小康状態になった―を撃ったのはとある猟師でした。
当時の猟師は狩猟の為にウルフドッグ(狼との雑種)を飼っている者もおりまして‥‥‥。
それで、この《ジェヴォダンの野獣》がその後にも沢山登場した《○○の野獣》が霞むほどの存在になったのには、ある意味で文化として語り継がれたという側面があるからだそうです。
実際に、様々な犯人像や仮説が盛り込まれ、戯曲なんかとなって舞台に掛けられたそうです。
―この辺は、どこか忠臣蔵に似ている気がします。
私に言わせれば、アレだって"主君の仇討ちという名目で行ったテロ行為”ですからね(あくまで個人の見解です)。
著者によると、その後の"野獣”たちも、その多くは"オオカミ付き”という病気におかされた者(精神異常者)であったと論じています。そして彼等の事を本物の"狼男”と呼んでさえいます。
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本書では、他に有名な(?)ナンディグマや日本のツチノコなんかも登場いたします。
《ジェヴォダンの野獣》に関しては、血なまぐさいお話でしたが、他はお酒のつまみになる浪漫あふれる良書でございます