このタイトルから、真っ先に思い浮かべたのは、べートーベンの《交響曲第5番》でございます。 

 

「その扉をたたく音」

瀬尾まいこ著 集英社文庫

(205頁)

 

 

「この《ダダダダーン!》のフレーズは何ですか?」と尋ねられ、ベートーベンは「運命が扉を叩く音」だと答えたとされております。

 

 ですので通称《運命》と呼ばれるようになったようです。

 

 それにしてもあのインパクトだと、かなり劇的なモノを想像してしまいますね真顔

 

 いた、天才が。ここまできたらもはや神だ。どうしてこれほどの能力のあるやつが、こんなところにいるのだろう。真の神は思いがけない場所こそ、現れるものなのだろうか。

 

 こちらは本作の冒頭なのですが、その運命的な"音”に衝撃を受けた主人公の心の内でございます。

 

 まずは、この主人公の宮地(ミヤジ♂)のご紹介―。

 

 現在、29歳で無職。一応ミュージシャン志望という体(てい)ではおりますが、仕事もせずにダラダラ暮らしております。

 資産家で、市議会議員の父からは「働かないなら家を出ろ」と突き放されましたが、それは文字通りの意味でして―。

 

 隣県に住まいをあてがわれ、毎月生活費として20万円が振り込まれてますニヒヒ

 

 本人はそんな境遇に甘えきっているくせに、「これじゃ、働く気なんか起きるわけがない」と腐っています。

 

 ―まじでコイツには強力な《ダダダダーン!》が必要ですわむかっ

 

 たぶんヘヴィーメタルバージョンくらいヤツがムキー

 

 ※※※※

 

 6月のある金曜日、《そよかぜ荘》という小規模老人ホームへやって来た宮地―。

 彼はそこで、レクリエーションの時間にギターの弾き語りを披露したのです。

 しかし、入所者達のウケはイマひとつ―。

 

 ―そりゃ、そうです。若干の反応はあったミスチルの曲以外はグリーンデイなんかの洋楽、さらにはオリジナル楽曲なんですからゲッソリ

  

 結果として宮地の時間が"巻き”で終わった為、入所者が一人の職員に声をかけます。

「コウちゃん、また笛を吹いておくれよ」

 

 "コウちゃん”と呼ばれたその青年は「そうですねぇ」といいながら、サックスを持って来ました。

 そして奏でられた『ふるさと』の音色に、宮地は驚愕したのです。

 

『あの音なら、あいつと組めば、音楽で世に出られる!』

 

 元々、宮地は11月末に迎える30歳という節目を区切りに、こんな生活を改めようと思っていました。ただし―

 

 とっても漠然と真顔

 

 だから、期限まであと数ヶ月という所で出会った"神の音色”に、かえって運命を感じてしまったんです。

 ※

 それから、"コウちゃん”のサックスを聞きたくて毎週金曜日のレクリエーションの時間にやって来る宮地―。

 

 その間、口やかましい水木(ミズキ)さんという入所者(♀ 80代)に気に入られ、彼女とその他の入所者の買い物代行の任務(=単なるパシリ)を仰せつかるようになります(笑)。

 

 ―主人公としてどうしようもない宮地ですが、実はとっても優しい男ではあるんです。

 有り余る時間を駆使し(笑)、お爺ちゃんお婆ちゃんの細かい注文の品をきちんと揃えるます。さらには水木さん「甘くないお菓子」だとか「面白い本」等の抽象的な要求にも誠心誠意応えるのです。

 

 毎週、"ご注文の品物”を届ける内に《そよかぜ荘》で顔パスになった宮地―。

 彼の中でも、入所者との交流が欠かせないスケジュールとなっていきます。

 

 水木さん「このボンクラが!」と罵りながも、宮地の相手をしてくれますし、本庄(ホンジョウ)さんという入所者(♂)からは"師匠”と呼ばれるようになります。

 

 最初、彼から「"小さいギター”を買ったので弾き方を教えて欲しい」と言われた宮ですが、そのウクレレを見て「俺には教えられない」と断りました。

 

 ‥‥‥でも結局、初心者用のウクレレを買って練習するんです(ヒマですからね)。そして本庄さん「いつか二人でレクリエーションに出よう」と約束するんです。

 

 ―何だか、ホンワカして良いムードになってくるのでございますが、舞台は老人ホームでございます。どんなに水木さん達が元気そうに見えても、人生の終着駅の"二つくらい手前”である事に変わりはありません。

 この《そよかぜ荘》だって、宮地が訪れるのは2階まででして、3階はもう介助なしでは生活出来ない入所者が暮らしています。

 

 "コウちゃん”と取り敢えず友だちにはなれた宮地―。

 事ある毎に"音楽の道”へと口説くのですが‥‥‥。

 

『俺は君と一緒に音楽がしたいんだ。一緒にやろうって頼まれるのってすげー幸せなことだと思わない?』

「悪い気はしないです。中学の時にもそんなふうに言われたことありましたし」

『ほら、やっぱり君のサックスは特別なんだよ!』

「いや、サックスじゃなくて‥‥‥駅伝です」

 

 ※※※※

 

 "コウちゃん”の名字は渡部(ワタベ)と言います。

 

 瀬尾まいこ先生の傑作『あと少し、もう少し』で4区を走った、面倒くさい性格の"ザ・中学生”は、地に足の付いた青年(25歳)になっていました。

 

 このお話では―、 

 グリーンデイやビートルズ、そして坂本九や笠置シズ子等、多岐にわたる楽曲が出てまいります。そして、それらが絶妙な道具立てとなっております。

 

 果たして"運命の音”を聞いた宮地は、本当に30歳までに‥‥‥。