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朝から、木を切る。
湯河原にいる日は、毎日、僕は木を切るのだ。
意味があるのか、ないのかわからないが、僕はただただ、木を切り続けている。
木々は次は自分の番かと、戦々恐々としているのか。
それとも、大いなる許しの中で、僕を受け入れているのか。
夢中で切っていると、太陽は南天を指す。
上を見上げると、少しフラフラする。
深夜の3時頃、腹痛に襲われてトイレに駆け込んだ。
1時間ほど苦しんだ後、どうにか布団に戻ってきたわけだが、
なんだか寝付けず、朝を迎えたのだった。
庭仕事を切り上げ、出かける準備をする。
今日は小田原に原付を見に行くのだ。
足が必要だ。
しばらく湯河原で暮らすうちに、僕はそう判断した。
バス停まで10分、バスは20分に一本、駅まで15分。
電車も運が悪ければ30分待つこともある。
というわけで、一番近い中古バイク店である、
小田原のオートセンタースギヤマへと向かうことにしたのだ。
数年前に駅ビルができて、綺麗に様変わりした小田原駅を抜け、
町を歩くと、懐かしさに、胸が熱くなる。
EPO、本屋、予備校、朝までトランプをしたファミレス。
全てのことが、ほんの少し前のことのようにしか、思えないのだ。
みんな、どうしているだろう。
どんな人生を生きているのだろう。
”スギヤマ”までは、20分ほどある。
記憶は確かではなかったけれど、この店で、15年前に原付を買ったのだ。
中古のYAMAHAビーノを一目で気に入って、配達の日は30分前から駐車場で待っていた。
それから、毎日走った。
駅まで飛ばして電車に飛び乗り、高校に通った日々。
あのビーノ、どうしたのだろう。
東京にも持っていったけれど、こわれて捨ててしまったのだろうな。
ありがとう、僕の相棒、今更ながら。
街道沿いに見えてきたスギヤマは、あの日のまま。
並んだ原付を眺めていると、帽子のおじさんが声をかけてくる。
何かお探しですか?
胸のバッジを見ると、店長と刻まれている。
中古の原付を。
オレンジの札が、中古です。黄色が新車。
ありがとう。
どちらから?
湯河原です。
熱海、湯河原、真鶴は、坂が多いから馬力がある車がいい。
そうですか。
原付、初めてというわけではないでしょう?
はい、昔、ビーノに乗っていました。
ビーノは、丈夫で力があって、素晴らしい。最近の新しい車より、よっぽどいいんだ。
そういっておじさんは、僕を一台の前に案内した。
札がついていなくて、見ていなかった一台。
状態のいいビーノだった。
これは、本当におすすめだよ。整備したところなんだ。
それにします。
あっという間に決めた僕に、おじさんは少し呆気にとられたようだった。
またあの日と同じ場所で、巡り会えた今度のビーノは、深い紺色。
帰途に着く僕の足取りは、新しい相棒との出会いに自然と軽くなった。