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腕時計のアラームで目を覚ますと、キッチンからゴソゴソと音がする。
猫が袋から餌を食べているのだ。
”カリカリ”以外食べないという、なんとも経済的な猫である。
ベランダの猫砂を掃除をし、身支度を整えると、
部屋のどこかに姿を隠した猫に別れを告げて、部屋を出た。
国立駅まで15分の道のりだ。
広い並木道は整備が行き届き、風景は心地よく目を楽しませてくれる。
ここは、美しい街だ。初めて来たのは2年前のことだったか。
当時国立に住んでいた妻に会いに来たのだった。
あの日、空は高く、風は冷たく、僕らはコートの襟を立てて、
色づいたイチョウとさくらの木の下を並んで歩いた。
何を話したのか忘れてしまったけれど、
きっと、二人は始まりの予感に、胸を高鳴らせていただろう。
たった2年前のこと。あれから、本当に、いろいろなことがあった。
国立駅から中央線で再び新宿へ、山手線で高田馬場へと向かう。
アトムの音楽に送り出されて、早稲田通りを歩く。
何百回と歩いた、大好きなこの道を5分も行けば早稲田松竹がある。
ベルイマンの「第七の封印」が今日の目的だ。
劇場に入ると既に列ができている。分厚い扉の向こうから音楽が聞こえてくる。
静寂の後に、扉が開き、僕は滑り込むと、真ん中の席を確保した。
予告もなく、本編が始まる。
白黒の美しい映像に、詩的な台詞回しが冴える。
”死神とのチェス”というシンボリックな表現の中に、
生と死、神と人、善と悪、様々なテーマが行き交う110分に
僕は、打ちのめされた。
内容については、別の機会に言葉にしてみたいと思うけれど、
その衝撃の大きさに、二本立てのもう一本は諦めて、席を立った。
三たび新宿を経由して、東海道線で湯河原へ。
その間の記憶は、あまりなく、僕は夕食にありつく頃にようやく
白黒の世界から戻ってくることができたのだった。