僕らが悩んでる時というのは、
「直感(ハート)」vs 「理性(マインド)」が戦っている時。
まず、直感がある。
これダメだな、これ良いな。
しかし、理性が反論する。
いやいや、せっかくここまで来たのだ・・・
これを逃したら、次はないかもしれない
後で後悔するんじゃないか?
みんなに、どう思われる?
この二つのせめぎ合いが、悩み。
この間の緊張状態が、ストレス。
さて、この「悩んでいる時間」というのは、
ほぼ、100%、「直感」の出した結論の、
検証作業にあてる時間である。
結局、どれだけ粘っても、
やっぱりあの時の直感が正しかったんだ・・・
という最終結論になる。
とするなら、初めから「直感」を信じればいい。
もちろん、悩む時間に価値がないわけではない。
そこには、必要な体験があったわけだからね。
しかし、何度も、「直感の検証」をやる必要はない。
僕は思う。
「違う」と思ったのなら、
1時間でも、1日でも、1週間でも、1ヶ月でも、
方向転換すればいい。
とっとと逃げ出せばいい。
外野は、うるさくいうだろう。
・そんな短時間で、何がわかる?
・結局、それじゃあ、どこにいっても、またやめるしかないぞ?
・やめるのは、簡単だ
・もったいない
・もうしばらくやってから、結論を出せばいい
そういう彼らをよく見てみよう。
その人のように、なりたいのなら、耳を貸してもいい。
その人のように、生きていきたいのなら、検証時間を持ってもいい。
だけど、その人のようになりたくないな、
そんな生き方したくないな・・と思うのなら、
その人のアドバイスと、逆の方向に歩けば、正解だ。
そのアドバイスに従うなら、3年後、10年後、
その人そっくりになっている自分がいるはずだ。
もし、まだそこで学ぶべき自分のテーマが未完了ならば、
人生は、必ず、同じような機会を、作り出してくれる。
すなわち、同じような状況を前にするということだ。
そしたら、腰を据えて、そのテーマを掘り進めばいい。
チャンスは、何度だってある。
生きている限り、僕らは、挑戦できる。
自分が作り出す現実は、場所を変えても変わらない。
それは、希望の文脈で捉えるべきだ。
僕らは、ハートを生きる限り、直感を生きる限り、
人生の最短経路を歩くことになる。
もちろん、そればかりが人生じゃないけれど、
その経路が、より自分らしく生きることにつながり、
自分らしく生きることとは、すなわち最も素晴らしい形で、
自分を世界に捧げることができる、ということを意味する。
直感を生きよう。
検証作業で、自分をすり減らすのは、やめよう。
もう、自分の中に、答えは出ている。
そして、あなたは、もう、そのことに気がついている。
あとは、飛び降りるだけ。
大丈夫、震えたっていい、怖気付いてもいい。
Just Do it!!