NHK講座 世界の裏側を歩く ―危険地帯ジャーナリストの仕事術 | | 気むずかしい いろいろ

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芝居、ミュージカル、落語、映画、
後輩、神社・読書・心理・呪いと祟りも。

「クレイジー・ジャーニー」でなんども彼の取材をみている。

TVではエンタメとして編集されているところが多いだろうと思い、

実際はどんな人物なのかをしりたく講座にいってみることに。

 

事前に彼の著書「ナルコトラフィコ」を買って。

 

客は70人ぐらい。

年寄りは1割。若者2割。子供連れ2組。残りは中年。

ジャーナリズムに関心のある人は1割ていどか。

 

本にも書かれていたが、TVで抜き取られた丸山ゴンザレスは、

ヌケ気味なことをがフィーチャーされているが、

割とハードボイルドな男であるのがわかる。

 

さらに、思ってた以上に柔軟な考えの持ち主だ。

仮説をたてて、取材をはじめ、間違っていたら、軌道修正して次の仮説をたてる。

僕はジャーナリストと名乗っているが、情報屋なのだと言う。

 

なにかの事件を暴きたいって気持ちはなく、

「どうなってんだろう?」という謎解き感覚で取材をしていると言う。

 

海外のニュースクルーたちは、現地ではすでに知っている情報を発信しているだけ。

それでも金になるし、取材が成立する。

だから俺も、日本人が知らない情報を集めて、自分なりに加工して味付けして、

日本人が興味をもつように発信しているだけだと言う。

 

とても俯瞰的で、ビジネス感覚が鋭い。

麻薬ビジネスを、よくできたシステムとしてとらえている。

生産、加工、流通、販売。

すべて暴力にまみれているビジネスだが、1グラム150円程度のものが、

N.Y.や日本などの最終消費国では1グラム1万円で、飛ぶように売れる。

 

どれだけ低品質であろうと、客は途絶えない。

ニーズはあり続ける。

完全に売り手市場のビジネス、と捉えている。

 

ロベルト・エスコバル(メキシコの麻薬王の兄)に会い、

確信したと言っていた。

 

分をわきまえた人であり、

「裏話」は下世話なはなしにせず、放送されなかったカバの噺ぐらいだった。

 

取材先のアポイントメントは、既定の形にはまらず、

なんでもいいから可能性がある先にアポイントを入れる。

ジャーナリストやメディアだけでなく、抗争地帯のバーや店にもきけるだけきく。

 

いくら仮説をたてていても、覆ることは多々ある。

その時は、仮説をすぐに再設定するアドリブ力、

コミュ力と相手をリスペクトすること。

どんな相手でも敬語は必ず使う。

言葉を大事につかうことはとても大切。

 

最近はTV局(TBS)との溝がではじめた。

TVは、俺の本業じゃないので、常にラインを保っている。

 

そんな感じの1時間半。

 

あと「笑顔」は信用しないと言っていたのが印象的。

こどもでも、作り笑顔はできる。

笑顔のためにジャーナリストやってるとかいう奴は信用しない。

 

激しく同意!

 

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2026年7月11日

@NHKカルチャー
講師:丸山ゴンザレス

 

世界の裏側は、踏み込んだ者にしか見えない、語れない。

世界各地のスラムや紛争地帯、犯罪多発地域などの「危険地帯」を取材してきたジャーナリスト・丸山ゴンザレス。

世界の裏側ともいえる現場を自ら歩き、そこに生きる人々と向き合ってきました。
本講座では、未知の世界や極限の現場へ踏み込みながら真実を追い続けてきた丸山ゴンザレスならではの、

唯一無二の仕事術に迫ります。

YouTubeでは語り切れない体験や舞台裏など、ここでしか聞けないリアルなエピソードも交えながら、

世界の知られざる現実に触れていただきます。

 

 

 
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中途半端な時間におわり、それでも小腹が空いたから
16時に茶屋町の「エントラータ」でカルボナーラを食べようと思った。
 
 
ここのお店のカルボナーラは、わたしの好きなタイプにかなり寄っていて、
とても気に入ってるお店なのだけど、
「1人ですが、いけますか?」ときくと、
席をみわたし、「ご予約されていますか?」ときいてきた。
「いいえ」
「あー、今日はご予約でいっぱいなんですよ」と言われて追い返された。
 
カウンターはガラガラだったのに。
 
「ご予約、されていますか?」は、
飲食店で入れたくない客へのお断りの常套句。
 
ババア一人客は、コスパ悪いから入れたくないんだろう。
悲しい気持ちに。
 
 
気を取り直してSUIGEIに。
外はまだじゅうぶん明るく、ひとりで芋ソーダをのみながら、
食べたいものを、食べる。
こんなに幸せな時間はないなと、幸せをかみしめすぎて食べ過ぎた。
 
 
わたしはやっぱり、相対的に幸せなのだ。