誰目当てで買ったチケットだったか……そうか、藤谷理子目当てだった。
そんな気持ちで買ったものだから、なんの前情報もなく観てしまった。
「先生」というのも学校の先生ではなく映画監督のことだと、観ながら気づいた。
これはもしかして、小津安二郎監督の話? というのも、観ながら分かった。
この舞台、わたしにとっては残念部類に入った。
「女に支えられてなんぼの人生」という、島耕作的おとこの幻想を描いているのだが、
女性たちとカラダの関係があったのか、なかったのかを曖昧にしている表現のため、
なぜこの女性たちが「先生」をそこまで慕ったのかが分からない。
しかもわたし、小津安二郎の知識がゼロなので、
「すごい映画を撮る人」という以上の情報がなく、
この人物像がさっぱり見えてこなかった。
だから、女性たちがなぜこんなにも魅了されたのかが、最後までピンとこなかった。
そして、これは好みの問題かもしれないが、
舞台美術・舞台転換・回想シーンの振り付けが、すべてダメ。
舞台美術は、劇全体を通してまとまりと一体感がなく、
舞台転換では、役者たちが「お片付け」的に撤去していく姿がいちいち目に留まり、
さらにバックステージからトンカチの音が客席にまで響いてくる始末。
これは芝居としての場面転換でなく、映画の撮影現場の「撤去」としての演出なのか?
それにしても芝居への集中が、ことごとく途切れた。
回想シーンで現れる女性たちは、ヘンな踊りや動きをして妖精的な存在を演出していたが、
衣装にもまとまりがないため、ただただ舞台上がガチャガチャして見えて、
「なんやこれ?」とさえ思ってしまった。
とにかく、舞台演出に統一感がなかった。
まとまりがない。
舞台転換は、これまで観た演劇の中で最悪だった。
……じゃま。
わたしだけがそう思ったのか?
これが“正解”なのか?
うーーーん。今日は負けの日である。
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2025年7月5日
作:鈴木 聡
演出:行定 勲 happinet-phantom.com+13stage.parco.jp+13ranran-entame.com+13
出演:中井 貴一、芳根 京子、柚希礼音、土居 志央梨、藤谷 理子、久保 酎吉、松永 玲子、山中 崇史、永島 敬三、坂本 慶介、長友 郁真、長村 航希、湯川 ひな、升 毅キムラ 緑子 ほか
音楽:斎藤 ネコ
美術:福島 奈央花
照明:齋藤 茂男
音響:井上 正弘
衣装:伊藤 佐智子
ステージング:北尾 亘、花柳 達真
協力:松竹株式会社
企画・製作:株式会社パルコ
“先生”=モデルは名匠・小津安二郎監督。
物語は昭和映画界を舞台に、名匠と呼ばれた人物の“幻影的回想録”として構成される。
“映画と演劇を縦横にまたがる試み”であり、
行定勲監督×中井貴一による10年ぶりのタッグが話題を呼んでいる。
