モンド映画 さらばアフリカ ただただ、軽蔑しながら | 気むずかしい いろいろ

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表現・再現に、制限がかかりまくる現在のドキュメンタリー。

人がもっと無神経で、“ひとそれぞれ”の反応を受け入れていた時代の

ドキュメンタリー映画をみてみたくなり、手に取った。

約60年前の“モラル”で作られたドキュメンタリー映画だ。

 

・・・・・・・・・・こらアカン。

 

炎上気にせず、全方向に配慮せず、

監督の好奇心のままにカメラをまわすと、こないなことになるのか、と気分がわるくなる。

牛、馬、シマウマ、ゾウ、カバ、バイソン、ニンゲンの死体の山。

しかも、撮影のために動物を殺し、身勝手な処刑を見過ごし、“再現”でごまかした疑惑もある。

 

とにかく、監督の所業と、目線がヒドイのだ。

監督であるヤコペッティは、ただの好奇心と、やじうま根性だけでカメラまわしたんちゃうかと。

カメラの距離が近すぎるねん。

より“残酷”な映像を、より多くの“血”を求めて、カメラを回しているんちゃうかと。

 

なんの哲学も、信念も、メッセージも感じられへん。

さんざん、アフリカ人を野蛮人扱いした後、アフリカ人を野蛮にしたのは白人だ!と言いながら、

結局、おまえも白人やないか!と、突っ込みたくなるほど上から目線。

 

全体的には有色人種と動物を、同等な野蛮人・野蛮動物と扱っているように感じた。

画面にうつる映像は残酷で、正視できないほどのひどさだけど、

やっぱりこの映画の視点が、ヒドイ。

 

いろんなドキュメンタリーをみていて、

いろいろな残酷な場面をみているが、この映像からは“嫌悪感”しかない。

 

一度、途中でみるの断念してしまったが、

これも「現実」と思って、がまんして最後まで見た(なんで?!)。

 

BLM運動で、ナポレオンを歴史上から抹殺する動きもあったらしいが、

この映像で、アフリカの血塗られた歴史がおおよそ理解でき、

ナポレオンを憎む理由も理解できる。

 

アフリカの歴史はざっと、こんなカンジ。

 

アフリカ大陸に白人たちが押し寄せ、

アラブの奴隷商人たちが、アフリカ人を狩り、白人に売りつける。

自然と、野生生物と、部族の掟に従いながら、穏やかに暮らしていた中に、

白人たちが自分たちの価値観、文化をおしつけ、

アフリカ人は混乱し、かき乱される。

 

さらに、白人たちの“恵み”にむらがり、

白人のために野生動物を必要以上に殺す。

なんやかんやあって奴隷解放の時代になると、

アフリカ人は、狩られた恨みでアラブ人を皆殺しにする。子どもも。

 

この混乱をみかねてまた白人が、アラブ人を殺すアフリカ人を殺す。

白人たちがアフリカを統治しようとする。

 

野生動物の聖地だった大地は、ふたたび白人たちの“富”のために解放され、

動物たちが大量に殺され始めた。

 

ようやくアフリカ人たちは、白人に勝手に自分たちの大地を占領されたことに怒り、

白人たちを殺しにかかる。

その対抗措置として白人たちは、“アパルトヘイト”をたちあげ、

アフリカは黒人のものでなく、白人たちのものと言い出す始末。

がしかし、社会的批判をうけ、アパルトヘイトはしばらく後に撤廃された。

 

白人から奪い返した国の主導権をめぐり、

アフリカ人は、フツ族とツチ族で殺しあう。

アフリカ人たちが殺しあいを止めるため、

白人のならず者をあつめた傭兵がアフリカ兵を殺す。

殺して、殺され、また殺す。

 

殺しは止むことはなく、現在も続いている。

ニンゲンの所業は、60年前からなんら変わってない。

でも、こんなに殺しの場面をリアルに映像化する必要ある?

ニンゲンも、動物も殺されるプロセスいるんか?

 

映画製作にも一定の“モラル”が必要なんやと、改めておもった映画。

わたしはずっと、画面を軽蔑しながらみていたので、眉間のシワが深まってしもうた。

 

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1966年

監督 グァルティエロ・ヤコペッティ
撮影 アントニオ・クリマティ
音楽 リズ・オルトラーニ

 

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<今日のいちまい>

ひさしぶりに、かわいい顔がとれた。

この子は、いつも眉間にしわ寄せた難しい顔をしているんだよね。

 

小さい頃、わたしは暴れる仔猫のあつかいがわからなくて、

ちゃんとかまってあげられなかった時がある。

噛みつかれては、追いかけてしかったり。

あの時、もっとああしておけばよかった、とか思う時がある。

 

人生で“後悔”することはめったにないが、

この子の小さいときの時間の過ごし方に、すこし後悔がのこる。

 

だから、一緒にいられる時間がながい今が、とてもありがたい。