人は差別をなくすため、区別ばかりをし、
共通点を見つけようとしなくなった。
~アメリカドラマ「OZ」 オーガスタス・ヒル~
このドキュメント映画を観終わった後、思い出したのがこの言葉。
新井祥はインターセクシャルで、女性として結婚した後、カラダに違和感を感じ医者にかかり、男性ホルモンの注射と乳房を切除。その後、検査で染色体異常のターナー症候群と診断される。これにより、インターセクシャルとなる。インターセクシャルは性同一性障害(性別不合)とは違い、「男」「女」のどちらにも当てはまらない染色体で半陰陽ともいう。
私はユニバーサルデザインを多少勉強しているので、性に関する多様性を多少は理解しているつもりだったが、これを観たら何も理解していないと気が付いた。区分はそこそこ分かるが、それを知ったところで何の役にも立たないのだと。彼ら、彼女らの葛藤を、矛盾を、闘いを、ちゃんと理解しないと。
と、そう思ったがそんなに構えないとアカンのだろうか。区別を曖昧にしたままではダメなんだろうか。新井氏は、自分が男でも、女でもない、曖昧なアイデンティーに相当、苦悩していた。その印象が強くでたのは10年のパートナーでアシスタントのコウ君との関係を語る時、「彼(コウくん)は、オレのことを男と見ているんだけど、オレは男でも、女でもないわけで、そうなった時に裏切るんじゃないかと、、、」みたいなことを喋っていた時。新井祥はこの点にこだわっていて、もうひとつ踏み込んだ関係になれないような印象をえた。一方で、新井祥にストレートに想いをぶつけるコウくんは、「先生がインターセクシャルかどうかはそんなに気にしてない。僕が男として見て尊敬しているんだから、それだけで何も躊躇することにならない」と言う。理論重視派と本能重視派の葛藤がみえた。
約10年前、新井祥の「性別が、ない!」というマンガを数冊読んだが、あまりにも下品すぎてギブアップした。このドキュメンタリーを観るにあたり、おそらくオラオラ系のメンドクサイ人なんだろう。不快になったら途中で止めてしまおうと思っていた。でも画面に映る新井祥は落ち着いていて、疲れ切った印象だった。エッセイマンガに登場するご本人とはあまりにも印象がかけ離れていて驚いた。あまり人に心を開いて喋る人じゃないんだなとも感じた。分厚い壁を立てて、自分すら覗いたことのない本心に誰にも触れさせたくないという固いガードを感じた。性アイデンティーの曖昧さは、人間の根幹を揺るがして、不安定にさせるものなのかもしれない。でも自分で、自分の首をしめているようにも感じた。コウくんの気持ちを素直に受け止められないところが、このブログの冒頭に記した言葉を思い起こさせた。
新井祥は映像のなかで度々「自分には手本がなかったから、正解がわからない」と言い、同じ悩みを抱える当事者にも、明確な言葉をかけない。叩かれすぎて、疲れたんだろうか。抱いていた印象とは大きく変わっていて驚いた。終盤あたり、なじみの性マイノリティーが集まるバーに行った時、客の膝の上に座るバーの女性スタッフと客をしかりつける場面があった。この映画では牙をむくシーンはここしかない。
闘いに疲れたのか。不安定さを終始感じる。
私は性マジョリティーだから、マイノリティーのことは理解するのは難しい。ただ、叔父は女性と結婚し、子どもを育てた後、40歳すぎて離婚して男性のパートナーと同居をはじめた。ゲイなのか、性別不合なのか、どの区分の人なのかは知らないが、叔父はずっと叔父だ。ちょっと変わっていて、ストレートに物を言う自由な人で、大好きな叔父だ。そしてその叔父は、私の父をずっと狙っていたと酒によっては、父にちょっかい出す人だった。そんな父は、女も男も両方愛せる人で、地元のゲイバーに行くとモテ男で有名人だと聞かされる。父はバイセクだった。もう死んでしまったが。
子どものころからマイノリティーな人と接しているから、その人がどの区分に入っていようが気にしたことはなかった。他人に説明する時、便宜上区分して話したほうが分かりやすいのはあるが、わたしはあまり必要性を感じずに育っている。そして今も叔父と父がどの区分に属する人だろうがどうでもいい。二人とも愛すべき人で、愛すべきキャラクターだった。それでじゅうぶんだ。
だから、新井祥はこだわりすぎてじぶんを苦しめているように感じた。当事者じゃないから、なぜそこにこだわるのかは理解できないのだが。
この映画をきっかけに、もう一度、新井祥のマンガを見直してみたが、やっぱりマンガで描かれているキャラクターは苦手。不自然な気がして仕方がない。でも、この映画をみなかったら、誤解したままだったから、見てよかった。
一番印象に残ったシーンは、性別不合のとび職の女性が、タイで手術をし乳房を切除して戸籍変更手続きをし戸籍上「男」となれた時の笑顔。そして、砂浜でTシャツを脱ぎ捨て海に駆け込んだ瞬間の笑顔。自分の中のアンバランスから解放された時の表情。あれがとても印象的だったな。とてもいい笑顔をしていた。あの顔をみたら、反対していた両親も納得するんじゃないだろうか。
知らない世界、知れない世界を知るいい機会になったドキュメンタリー映画でした。
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構成:鷲見市子
監督:渡辺正悟
撮影監督:大石秀男
ナレーション:小池栄子
