数学者「平間達也」の偉大な数学とちっぽけな己 -3ページ目

数学者「平間達也」の偉大な数学とちっぽけな己

数を扱う人間の目にうつる世界や生活の光景から、ちょっとした数の雑学、初めての数との触れ合い方、論理的思考からの未来予想、逆説パラドックスまで数に向き合った者が綴る、数に苦手意識を持つ人達へ送るブログ

数学者平間達也三角形

 

 


さぁ三角形の面積を求めて欲しい。

どんな三角形か。

三辺の長さが、10cm、6cm、2cmの三角形だ。

まずは一辺を引いて、それからコンパスで残りの二辺を。

と考えるまでもなく、これは三角形にはなり得ない。一辺が二辺の和よりも大きいからだ。

実に単純な話だが、結構気づかずに考え始めてしまう人も多い。

条件が出された時に、人はそれを鵜呑みにしてしまうことも多いのだ。

一般社会では算数の問題のように、答えがあっての問題提示ではない。

前提条件があったからといって必ずしも得たい結果が出てくるとは限らない。

まずは前提条件を疑ってかかることも大事である。
 

 

 

数学者・サイエンストランスミッター

平間達也

数学者平間達也食パン

 

 

 

 

 


よく菓子パンや惣菜パンを食べる時に、種類を沢山食べたいために半分こにしたりしてシェアをすることがある。

その際、丸いパンや細長いパンは等分しやすいのだが、正方形のパン、つまり食パン型のパンは2等分や4等分は出来るだろうが3等分しろと言われたらどうするか?

中々面倒くさいし、現実的には4等分して余った一欠片を誰かが貰うといったことが多いだろう。

しかし、いざやらなくてはならないとしたら?

そんな「正方形を3等分する」という問題は「直角二等辺三角形を3等分する」という問題に変換することが出来る。

食パンを四角形ABCDと考える。

線分AB、BC、CD、DAの中点をそれぞれE、F、G、Hとする。

ABCDの対角線の交点をOとする。

AEの長さをxとしよう。

この時、まずは四角形AEOH、四角形EBFO、三角形CDOはそれぞれ面積はxの2乗だ。

よって残りの部分の三角形OFC、三角形HODの面積を1:2で分ける線分がどこかとなる。

この二つの三角形は直角二等辺三角形である。

というちょっとした議論で先の問題は別の問題に変換出来るということがわかる。

ちなみに、BCのCからx/3の点をP、DAのDからx/3の点をQとして、OE、OP、OQで切れば食パンを三等分出来る。

このように、ちょっとした問題は日常生活にも起こりうる出来事だ。

もし、それが理解出来なかったとしたら別の問題に変換すれば理解しやすいこともあるだろう。

柔軟に目の前の問題を観察することが大事である。

 

 

 

数学者・サイエンストランスミッター

平間達也

 

 

 

数学者平間達也主張

 

 

 

2+4=4+2

誰もが納得する加法の交換則。

当たり前、常識と捉えている人が多いことだろう。

これは整数、もしくは実数などが群であることから導ける極めて美しい性質の一つだ。

一般的には交換則は成立しないことの方が多い。

行列、は今の時代、大学で習う範囲なので触れる方は少ない、もしくは忘れてしまった方が大半かもしれないが、行列の乗法も基本的に交換則は成立しない。

他には写像の合成、つまりかけ算も成立しないことの方が多い(一般的に成立しない)。

写像を考えるには、集合を定義することから始めて色々してからの議論になるが、ここではそんなことはしない。

要は実数から実数への関数の例で考えてみればいい。

一つの関数はf(x)=x+1。

もう一つの関数はg(x)=(x+1)3

最初にfで写してからgで写すg・fを考えると、

g・f(x)={(x+1)+1}3=(x+2)3

次にgで写してからfで写すf・gを考えると

f・g(x)=(x+1)3+1

となり明らかにこれら2つの関数は等しくなく異なっていることがわかるだろう。

そしてこれは人間関係にも当てはまるのではないか。

人を信じやすい人なのかそれとも疑り深い人なのか、これは以前の人間関係が強く影響するだろう。

一度疑り深くなれば、次に誠実な人と接してももしかしたらと疑念が心のどこかに残るものだ。

しかし信じやすい、信用しやすい人であればすぐに打ち解け心の距離もぐっと近いものになるだろう。

小学校の先生なども重要な人間形成の一つだ。

一番最初期に触れる他人の大人。

この彼もしくは彼女らが与える影響も比較的多いだろう。

親が担任を選ぶことも出来ない。

教師もずっと以前は聖職と崇められてきたが、それは当然昔のお話。

何ら変わらないただの人間である。

であれば、a君にはいい先生でもb君には向かない先生であることも何ら不思議ではない。

ではもし反りが合わない、自分ともしくは自分の子に向かなかったらどうすればいいのか。

大人であれば、 そんな写像はくそくらえと行わなければいいだけだ。

子どもの担任であったら?

そんな時こそ親の力量が問われる。

別にモンスターペアレントになれというのではない。

写像には逆写像というものがある。

全ての写像に逆写像が存在するわけではないのだが、定義域や値域を制限などして部分的にでも逆写像が作れることがある。

親が担任の逆写像になってあげればいい。

我が子の健全な心の成長にはやはり親の存在は欠かせないものだ。

二学期がもうすぐ始まる。

担任だけが子どもに影響を与える訳ではない。

友人関係、周囲の環境、多分に影響を受けるからこそ親は子どもの成長に気を配り、時に指数関数のように成長を促し、時に逆写像のように振る舞い間違った影響を正していかなくてはならないだろう。

 

 

 

数学者・サイエンストランスミッター

平間達也

数学者平間達也オープンキャンパス

 

 

 

夏休みも終わりに差し掛かっているが、オープンキャンパスに行った方はいるだろうか。

もちろん、これは高校生のためのイベントであり、大学を選ぶための試金石の一つとなるものである。

この時期になると東大早慶などは既に終わっているが、まだまだ秋以降多くの大学でオープンキャンパスは行われていくことだろう。

オープンキャンパス自体は結局のところ学校説明会であり、学科の説明会や個別面談が大半である。

中には大学院生なども協力して催し物を開く大学もあり、夏のお祭りの様相を呈することもあったりする。

まぁ行けば大学の雰囲気を掴めるイベントではあるが、結局は大学側からの情報のプレゼントにより受け身になることが多いだろう。

高校生ともなれば自身の最大の関心事であるのでありがたいことだが、どうしても大学の生活でなく大学の入りかたに関心が行きすぎてしまうこともまた事実であり、個別面談でもどう勉強すれば合格出来るかも多い質問の一つだ。

だからこそ、一度中学の時にオープンキャンパスの時でなくても構わないので大学に行くことをオススメしたい。

最近は中学で職業体験をすることも少なくない。

大学進学は全高校生の約半数であるから職業体験も重要なのだが、だからこそ中学の時点で大学を見学することもまた重要であるはずだ。

その時にまたオススメしたいのが、おぼろげながらも中学の時点で興味のある学科で一年時あたりで使用する教科書を一冊程度購入することだ。

なにもそれでいきなり理解しろとは言わない。

しかし、高校の勉強の更にその後勉強する内容を手元に置いておくことで高校での勉強が意味のあるものだという実感が出来る。

大学までの地図でなく大学で使う物を持つことにより心持ちが変化する可能性が出てくる。

成功のためには目標の更にその先をイメージするとでより良い結果を得られることだろう。

 

 


数学者・サイエンストランスミッター
平間達也

数学者平間達也ふるい

 

 


素数とは、素の数と書かれる通り数になくてはならない数である。

だから多くの数字があると、「これは素数、これは合成数」と分けたくなるものだろう。

あなたも「今から200渡すね」と言われたら、
じゃあ分けるかぁとなったことが一度や二度ではなかったはずだ。

え、そんなことは一度もない?

そんな事いわずに。

あなたは本当にそれだけの数を渡されて分けなくてはならなくなった時、一つ一つ素数かどうかを確認して分類する?

面倒くさくてやりたくないだろう。

そんな時に使われるのが、「エラトステネスのふるい」だ。

どんなふるいかというと次の通りだ。

2からxまでの自然数があったとき、2から順に「2を素数へ、2の倍数を合成数へ」ふるいにかける。

次に残った数で最小の数を素数へ、その倍数を合成数へふるいにかける。

これをxの平方根に達するまで続けて、残った数は全て素数となる。

という代物だ。

試しに160まででやってみよう。

まずは2を素数に、その倍数をふるいにかけて消していこう。

残った数で最小の数は、3である。

もし3でなかったらその前の作業で間違いが起きているはずだ。

では3を素数に、その倍数をふるいにかけて消していこう。

これまでの作業が正確に出来ていたら4はなくなってるはずだ。

なのでこの時点で最小の数は5である。

それでは5を素数へ、その倍数を消していこう。

さて残った数の最小の数は7なので、同様にしていこう。

次に残った数の中で最小は11のはずだ。

これも同様に。

さて、これで残った数の中で最小の数は13だが、13の2乗は169なので160をオーバーした。

13を素数へ、その倍数を消していこう。

すると残った数は全て素数となっているはずである。

この古代ギリシャのエラトステネスの発見したふるいは、何がいいって与えられた整数の平方根に達する数まで同じ作業を繰り返せば残りが全て判定せずとも素数になっていることだ。

エラトステネス自身も結構興味深いので後々触れることもあるかもしれない。

普段の生活でも一つ一つを丁寧にやらずとも時短となる事象が見受けられるのではないだろうか。

そんな時は「今、私はふるいにかけたのだ」とほくそ笑んでみると、ちょっとだけ1日の満足感に違いが出る、かもしれない。



 

数学者・サイエンストランスミッター
平間達也

数学者平間達也マイク

 

 

 

今回は、歌詞に人名、特に数学者の名前はどれくらい使われているかを見ていこうと思う。

歌詞に人の名前なんて使用するのかと思うが、ポルノグラフィティのリビドーの歌詞に「ジャニスジョプリンのような声で本能へと蹴りこんでくれないか」やCentury Loversの歌詞には「ディランはこんな風に歌ってる」のように実は使用されていることも少なからずある。

それでは、偉大な発見をしてきた数学者も歌詞に採用されている可能性があるんじゃないか?

まずはベルンハルト・リーマン。

リーマン積分、コーシー=リーマンの方程式、リーマン予想等に広く名前を残す19世紀の数学者だが、果たして歌詞にどれくらい使われているか。

今回も歌詞検索サービス歌ネットを使っていく。

結果はなんと218件。

だがもう予想がつく人も多いだろうが、サラリーマンで使われていただけというものでした。

それでは気を取り直して、ピタゴラスを見てみよう。

ピタゴラスは三平方の定理の別名「ピタゴラスの定理」として広く世間に知られている。

しかし、実は三平方の定理をピタゴラスが発見したかは定かではないと知っていただろうか。

まぁそれはさておき今回は結果を見ていこう。

結果は15件。

きちんと人名として使われていた。

ピタゴラスでもわからないという難解さの比喩として使用されているのが多かった印象だ。

でも、ピタゴラスも結構わからないことは多々あったのだ。

それが原因で殺害されることになったのだから。

まぁこれは別のお話なので、いつかまた別の機会に。

続いてはアルキメデス。

彼は工学や天文学等にも多方面の才に秀でた数学者であった。

数学でも現代でいう求積法で積分を解くなど数々の発見をしている。

そんな彼の名前は4件という結果であった。

続いてはこの方も一度は耳にしたことがあるだろうフィボナッチだ。

彼は12世紀生まれの数学者で本名をレオナルド・ダ・ピサ。

フィボナッチはボナッチの息子の意の愛称に過ぎない。

更にフィボナッチ数列が有名であるが、これは彼が『算盤の書』で彼が紹介したに過ぎず、彼の功績は『算盤の書』の方である。

そんな彼は歌詞にどれくらい入っているかというとたった1件。

数學少女というタイトルに使用されている。

円周率が3であることを証明するという歌詞で、この時点でもう「何もいえねぇ」状態な歌である。

ノーコメントで通させていただく。

最後にパスカルを検索しよう。

本名ブレーズ・パスカルは17世紀の数学者で哲学、物理学など多才な研究者であった。

数学においてはパスカルの三角形が有名だろう。

天気予報でよく耳にする単位ヘクトパスカルの語源ともなった人である。

なので検索結果もヘクトパスカルをよく用いられ、19曲ヒットした。

中々に人名も歌詞に使われているものである。

今回は数学に限定したが、戦国武将なども結構ヒットするだろう。

そう、織田さんや徳川さんがね。

 

 

 

数学者・サイエンストランスミッター

平間達也

数学者平間達也日本地図

 



歴史の授業とは大体、小学六年生で一度やりきり、中学三年間でもう一度やりきり、更に高校で日本史としてやることが大半だろう。

つまりは同じ歴史を3周は繰り返すわけだ。

これはどこかRPGに通じるものがある。

まずはメインのストーリーを追い、次にサブイベントなども楽しむ強くてニューゲームが始まり、最後はやり込みプレイの域に到達する。

ゲームでは1周で飽きたら手離すこともあるが授業となるとそうもいかない。

手離した瞬間に落ちこぼれの仲間入りとなる過酷な現実が待っている。

だが、歴史の勉強にはゲームのように1周目だからって2周目に初めてロックが解除されるイベントなどというものは存在せず、望むならば最初から手に入れることが出来るものだ。

しかも、R-18やR-15などの制限もかかっているわけではない。

何歳からでも始めてよい勉強である。

学校の教科書は(今では廃れてしまったが)さながら最速攻略本、アイテムやイベントデータも掲載の攻略本、更にスタッフインタビューや制作過程の資料も入った完全攻略本といったように中身が濃くなるものだ。

なら、最初から三冊揃えて照らし合わせながら読んでいったら時間的に楽じゃない?

そのためには歴史に興味を持たせたり、そのための時間を割けるようにすることも大事だろう。

割くにはどの勉強をさっさと終わらせるかにかかってくる。

国語か、算数か、理科か。

国語は漢字が歴史と同じように詰め込むことも出来るが、読解力などの勉強は教科書と歩幅を合わせてやることになるだろう。

理科は実験などがあるため、これも学校と歩幅を合わせてやる部分が多い。

では算数は?

計算のルールや作図、典型的な文章問題など、一連の流れはあるが自らの理解のみでどんどん進められる分野である。

理解の早い子であれば6年間の授業を3年間で終わらせることも更に短縮させることも可能だろう。

3年生までで終わらせたら4年生から6年生までの間に勉強したことが抜けてしまうんじゃないかという疑問もあるだろうが、ノープロブレムだ。

それは学校の授業を退屈しながら復習に当てられるためだ。

そうなれば今まで算数に当てていた時間が丸々歴史の時間になる。

予習という概念は捨てよう。

面白いから勉強をしてしまうというサイクルに上手くはめさせれば、後は勝手に自ら興味を持った分野に進んでいくだろう。

(なんだったら理科だってYouTubeの動画なんかで実験動画も見れるだろうし)

出来る限りスッカスカな内容の小学生の時期に「知」を渇望する人間に育てたいものだ。

だって高校になると日本史だけじゃなく、世界史なるスピンオフが出てくるし。

スピンオフ程度の分量じゃないし。

横文字がキツくて覚えづらいし。

いきなり、土地が変わったりするし。

イメージでいうと、FFというデカいタイトルはついてるけどなんか昨日と今日でナンバリングタイトル変わってない?という感じで世界史は進んでいく。

だから余裕をもって頭に入れていくことが大事となる。

そのためにはどうするか。

次が今回の言いたいことだ。

算数は理解出来るのならどんどん知識を入れてあげちゃえ、ということ。

数学と歴史は自学自習に向いてる科目だということです。


 

数学者・サイエンストランスミッター
平間達也

数学者平間達也自由研究

 

 

夏休み、それは暑さから己を守り休ませる時間。

避暑地に赴きバカンスを楽しむ有意義な時間、のはずなのだが、確かに諸外国はそうなのだが日本は違うらしい。

それは子供の内から教育されてきている。

夏休みの宿題という形で。

つまり、日本において夏休みは己を高める期間ということだ。

その中で一番の足枷、もとい自らの向上に寄与する宿題といえば自由研究であろう。

しかし、自由研究も毎年毎年何すりゃいいの、と思う方が大半だろう。

理科系でいくのか、それとも社会系なのか、ならばいっそのこと数学などいかがだろうか。

理科系のように実験などはなし、社会のように調査もなし、かかる費用は本一冊くらいのものだ。

でも数学なんて難しそう。

誰でも、100人いれば99人思うことだろう。

でもそんなに恐れることはない。

なにも微分積分、指数対数を扱わなくてもよい。

調査であれば、一番大きいor小さい数はなんだろう、とかでも模造紙一枚で書ききるかどうかになるだろう。

もっといいのは対応関係について調べることだ。

つまりは写像。

ある集合から別のある集合への対応関係やベン図を使っての集合の作図などが面白いだろう。

結局のところ足し算、かけ算も整数あるいは実数から整数あるいは実数への写像(対応)に他ならない。

考えてみるきっかけは、ポケモンでも仮面ライダーでもプリキュアでもなんでもよい。

まずはピカチュウ⇒でんきポケモン、ビルド⇒平成二期ライダーなど、様々なものは何かに所属している(ある集合の元である)。

これをどのようなものにも対応可能な抽象的表現はないか、といったきっかけから話していけばよい。

僕は何年何組に所属しているとか◯◯小学校の児童だ、でもいいが味気ない。

もっと子どもの興味に沿った対象で始めたほうがいい。

あとは、図書館なりAmazonで探したなりして写像の書かれた本に出合ったことで、色々な対応関係をまとめることが出来たという流れにもっていくといいだろう。

写像にも色々なルールがあって対応する先の集合(値域)に二つの対応があってはダメなことなども記述するといいかもしれない。

リザードン⇒ほのおポケモン、かつ、リザードン⇒ひこうポケモンではダメという具合だ。

ではどうに集合を作れば写像として成立するのか、など展開していくといいだろう。

数から数への対応を考えたり、写像にも種類がある(単射、全射、全単射など)ことを取り上げ、最終的に代数学の群の定義まで持っていければ最高だ。

なにもこれはひと夏で最後までやらなくてもよい。

シリーズとして三年生ころから始めて六年生まで通して何回かに分けてやれる題材だ。

対応関係、写像に拘らずともハノイの塔など数学パズルは山程ある。

有名どころはルービックキューブの解法などはいかがだろうか。

このような題材で先生側から注意などが来るかどうかはわからないが、きたらきたでその先生が信頼できる人物かを計る指標になるかもしれない。

尚、自由研究で賞を貰おうと考えている子は絶対にやるべきではない。

何故って、実験などの写真や器具など大衆の目に止まるような研究ではないからだ。

今年は◯◯にまつわる研究がいい、というような噂が学校、地域、先生あたりから流れてくる情報を掴むといいだろう。

だが、数学はいい。

一度始めれば終わりはないのだから。


 

数学者・サイエンストランスミッター
平間達也

数学者平間達也温度計

 

 

 

 

 


突然だが暑い寒いって何なのだろうか。

答えは単純、物質の分子がどれだけ振動しているか、だ。

であれば、一番寒い温度は限りがあるかないかというと、そう、あるわけだ。

現在では、absolute zero、絶対零度といわれる。

摂氏で言えば-273.15℃。

ここ最近ではサードシーズンが放送されているドラマのタイトルの語源でもある。

統計力学においてはさらにその下の負温度なるものも存在し、それは実はどの温度よりも熱かったりとまた興味深い現象が存在するのだが、今回は以前話した華氏の話。

タイトルにも書いた通りだが、実は華氏の作り方って独りよがり、自分勝手という見方もできてしまう。

勿論、以前に書いた通り考案者はこれから使用する上で使いやすいようにと工夫を凝らしてくれているわけだが。

それでは華氏の考案者のファーレンハイトさんはどういう流れで構成していったのかを追っていってみよう。

ただこれにはいくつかの説が出回っており、はっきりとしたところは明確でないことに注意してほしい。

まずは固定点となる0度は絶対温度やセルシウス度では明確な現象を基にしているのに対し、華氏は彼が測定可能な中で最も低い室外の温度であるとも、氷と塩の混合物の温度とも、氷枕の温度ともいわれている。

次にもう一つの固定点を彼自身の体温にしたとか血液の温度にしたなどの説がある。

誰しも思うことだが、中途半端だ、ということだ。

何しろ日にちによって上下する事象を基準としているのだ。

しかも、最も低い温度といっても「自分の測ることの出来た中の」最低温度であり、地球上における最低温度ではない。

ロシアや北極に行けばもっと低い温度はゴロゴロ転がっているだろうに。

こう考えてしまうのが、普通の人、私も含めて、の常だろう。

しかし、ファーレンハイトが生きたのは18世紀初頭。

北極点に到達したのは20世紀に入ってからである。

それに彼の目的の一つに当時使われていたアルコール類を使った温度計のレーマー度に代わる標準温度計の必要性があった。

レーマー度では日常で使われる温度にマイナスが出て来て彼は不便と感じていたのである。

なので、華氏温度はファーレンハイト自身の生活に密着したものだといえる。

また、独自の基準の固定点をとった上での分割により、1度の間隔が摂氏と異なっている。

これが、摂氏華氏の変換をより複雑にしている要因だが、ではファーレンハイトはどのように分割をしたのか。

なんと100分割でなく96分割である。

これまたなんて中途半端な、と思うが、彼は最初12分割にしようとしていた。

しかし、それでは精度が荒く100に近いほうが良いと考えさらに8分割した。

よって12×8で96分割というわけだ。

また、100は2、4、5でしか割り切れないが、96は2、3、4、6、8と5つの数で割り切れるという点も持つ。

さらに96カ氏温度は人間の平常時の体温だといったが、これにより100カ氏温度は風邪で発熱した際の体温となるのだ。

この96分割をしたことにより、結果として氷点が32カ氏温度、沸点が212カ氏温度となるに至り、摂氏の0℃から100℃までの100分割が華氏では180分割となったのである。

ちなみに32度と212度は彼の死後に調節されて現在に至り、この調節により人の体温は98.6度と変動している。

と、このような一連の考えにより華氏は構成されたのだ。

華氏は私には親しみが薄いものであったので、とりとめのない文章になってしまった。

これにより華氏に興味を持った方は是非ご自分で調べてみてほしい。

現在、華氏は国際単位系には採用されておらず、大国アメリカにおいても摂氏と華氏が鍔ぜりあっている状況だ。

華氏を支持する人達は親しみやすいという理由が多いらしい。

この程度の理由なので、アメリカ政府がもし本格的に摂氏に舵を切ればフッと消えてしまうことも考えられる。

まぁこのようなニュースは流れてくる気配がないので当分先のことだろう。

だが、流れてきたら最後、華氏は駆逐されることになるかもしれない。

その前に一度でも、変換式を使って摂氏から華氏に変換してみてはいかがだろうか。


 

数学者・サイエンストランスミッター
平間達也

 

 

 

数学者平間達也本

 

 

 

 

 


そろそろ8月に入り、書き上げた早い子達もいることだろう。

何を?

読書感想文だ。

毎年、面倒くさい、何を読めばいいんだ、と定型のお悩みが飛び交うこの季節にもう突入している。

しかし、そんなネガティブな意見だけを持つのではなく、少しポジティブに向き合ってはいかがだろうか。

良いことも悪いことも、清濁を知った上の大人が読んだ感想よりも、全てを新鮮に吸収できる子ども達の感想は一つ一つが金剛石のようなものである。

私達大人が一冊の本に否定的なことを言えばただの批評であるし、肯定的に述べればステマと言われたり、星5の口コミでしかないような世間の中で、子どもの感想文は実に良いものだ。

とはいえ、表現の上手い子もいれば何を言いたいのかさっぱり要領を得ない子がいることも事実だ。

読書感想文の上手な書き方で調べれば、どうに書けばいいか簡単にわかる昨今ではあるが、私も一つ読書感想文を理系的に捉えるとどうに書けばいいかが一部の人には伝わるのではないかと考えた。

タイトルに述べた通り、読書感想文は実験の結果を述べるだけで良い。

では何の実験なのか?

それはある一つの本を読む前と後で、自らの心にどのような変化が生じたのかという実験だ。

そのように捉えることが出来れば後は簡単だ。

実験は予想、仮定からなる前段階、実際に実験を行う過程、実験結果をまとめる後段階で構成される。

なので先ずは、予想、仮定を手に取った本で行えばよい。

何故興味を持ったか、タイトルから何が想像出来るか、表紙から何が読み取れるか、実際に読む前に感じた事を書けばよい。

次に実際に読んでみた感想、ここでまたつまづきやすいがあらすじを書くのではない。

あらすじは20文字、多くても40文字以内でまとめておく。

むしろ書かなくたってかまわない。

何が重要か。

テレビとかでも、お風呂にカビがわく実験の早回しなど見たことがあるだろう。

そして何時間後かにどっとカビが一気に増えたりする時を取り上げ気を付けろという流れだったことだろうと思う。

何が言いたいか。

つまりは、自分の心が本のどの一文で一番揺さぶられたかを取り上げるのだ。

つまりはハイライト。

サッカーの試合でもニュースで取り上げるのは点を取れた時が大半だろう。

感想文で大事なのは百ページ以上あるなかでたった1ページのなかの数行に頭をガツンとどうにやられたかを書けば良いのである。

ただ面白かった、かっこよかったのような感想ではなく、今までこうに思っていたが、この一文でどうに価値観が変わったのかと変化が伝わる説明をするのがポイントだ。

そして、後段階。

まとめの部分になるのだが、これは読み終えての心境を書けば良いのだがそれでは味気ないので、読む前の生活とどう変わったかなどを書くと良い。

まだ生活に変化が起きないのであれば、本と同様なことが起きた場合、このような行動をとるだろうという予想などでも良いのだ。



以上が感想文を理系的に捉えた書き方である。

大事なのは、本と出会っての自らの変化を書くということだ。

だから、本の選び方も重要なことである。

漫画で読書感想文を書くのがダメな理由はそこにある。

ドラゴンボールでいくら感想を書こうとしても、悟空は最強、僕ももっと強くなりたいくらいのものにしかならないだろう。

最近の漫画は結構深い内容のものもあるので一概には言えないが。

後、小学四年から六年まで三年間、特選をもらった私からアドバイス出来るのは、賞を獲るには課題図書で書くのがオススメということだ。

そうだな、一度見てみたいのは、ドラゴンボールで書いた読書感想文が賞を獲ったところだ。

それでは良き夏休みライフを。


 

数学者・サイエンストランスミッター
平間達也