コロナ禍が続く中で。。。
段々人間の本質が見えてきますねー。
戦後生まれ、高度成長期に甘えたジジイ世代の情けなさが際立ってきています。
本当、困難から目を背けるだけの情けないジジィたち。。。
僕の身の回りにそんなクソどもが多くて僕に頼ってくる。
頼ってくるくせに偉そう。
そろそろ、突き放してやろうかと思います。
突き放されると、多分生きていけないみじめな奴ら。
死ね! とは言わないけど、ほっといたらみじめな死が訪れるだろうみじめな存在。
・・・岸田! お前も同類やで!(笑)
コロナ禍が続く中で。。。
段々人間の本質が見えてきますねー。
戦後生まれ、高度成長期に甘えたジジイ世代の情けなさが際立ってきています。
本当、困難から目を背けるだけの情けないジジィたち。。。
僕の身の回りにそんなクソどもが多くて僕に頼ってくる。
頼ってくるくせに偉そう。
そろそろ、突き放してやろうかと思います。
突き放されると、多分生きていけないみじめな奴ら。
死ね! とは言わないけど、ほっといたらみじめな死が訪れるだろうみじめな存在。
・・・岸田! お前も同類やで!(笑)
今のアホ総理を筆頭に老害クソ政治家がダメな理由を考えてみました。。。
僕は若い頃からおっさん世代に違和感を持ってました。
いや、違和感っていうのはちょっと違う。
露骨にバカにしてました。
その中での例外が、、、
父親でした。
僕の子供の頃によく言われた「管理社会」に徹底して反抗した、でも過激化することなく自分のスタンスを貫き通した。
・・・その姿を見てきたから自分なりに思うことがあるのです。
アホ首相がいかにアホかと。
高度成長期に育ってきた年代。。。
世の中に迎合していれば人生は安泰だと錯覚していた人たち。
自分の個性を殺し多数派に寄り添っていれば人生は成り立つ。
アホな「飲みにケーション」で愛想を振りまき、酒・ゴルフ・麻雀で社会に繋がっていれば死ぬまで安泰だと思ってる。
「波風を立てなければ幸せな人生を歩める」
そういう独りよがりな世代の代表が今のアホアホ首相だと思います。
自分だけの箱庭のような幸せを大切にし、それを守ることに腐心する人生。。。
あ、いや小市民ならその生き方も一つの選択肢だと思います。
僕もそういった生き方でいっかっと思ったこともあるので否定はしません。
でもですよ、国家の舵取りをする人間がそんなんじゃあかんやろと思うのです。
なんでこんなひどい奴が首相に選ばれるんや。。。
首相って制度があかんのか?
日本も大統領制にすべきか???
とにかく自民党内にも日本を貶める「こう恥会」ってのがあるってことを、最近知りました。
自民党なら国益にかなうことをしてくれくると思い込んでた自分の幼稚さを悔いました。。。
なんにしても、まず良識ある国民がすべきはアホ首相を抹殺し(※社会的にって意味ですよ汗)、高市さんのような「国士」をトップに据えなければだめなんだと思うんです。
誤解を恐れずに言えば、今のアホアホアホ首相は「ロストジェネレーション」なんです。
それは、僕の定義ですが本当の苦しみも楽しみを知らない世代。
なので、箱庭の中の幸せ、飲む・打つ・買う的な第一次欲求に近い快楽を求め、困難からの逃避を望む奴らなんです。
なので簡単にハニートラップにかかり傀儡となってします。
今の日本の政治はこのように情けない奴らが支配している、世界の歴史のなかで最も幼稚な状況になってると思うのです。
こういうアホに限って「今の若者は、、、」的なことを言いたがる。
それは無駄に重ねた年齢以外自分のプライオリティを見いだせないみじめな老人の戯言にしか見えません。
・・・今日も酔っぱらいながら適当に書いているので、全くとりとめのない文章になってると思いますが、僕が言いたいのはもう既存の政治機構は崩壊に向かっているので、革命的新制度を作らないと日本の未来はない!ってことです。
というわけで、自民党の独裁政権に終止符を打ちましょう!
(・・・ちょっと前まで自民党支持だったのになぁ。。。(^^;)
僕がまだ社畜として第一線(?)にいた頃。。。
ディベートが大人気だった気がする。
与えられたテーマに対して、自分の本意に関わらず賛成と反対に分かれてロジックで相手を打ち負かせた方が勝ちってゲーム。。。
今考えたら生産性ないなぁ。。。
でも、当時のビジネスマンはそういったレトリックの巧みさがスキルとして重宝されたし、それが成果主義におけるばかばかしい「出世?」のファクターでもあった。
そして、時代を経てそういった生産性のないレトリックによる「どんぐりの背比べ」的論法は(世の必然として)消えようとしていて、「ディベート」って言葉自体がノスタルジーを感じるような過去の言葉になってきた。
あ、本題に入る前に早速脱線ですが、最近ユーチューブとかでよく見かける某フランス在住のたらこさん(もしくはパチパチさん?)がもてはやされているのは、ディベート文化遺産を知らない世代、もしくはそれを懐かしんでいる世代にとって観てて気持ちがいいんだろうなって思う。ロジカルな話法は納得しやすいし。で、自分が納得できたことが「正しいこと」だと錯覚してしまう、それ状況をたらこさんは良くしってるんだろうな。
話を戻して、僕のディベート体験を一つ紹介したいと思います。
会社員になってしばらく経ったころ労働組合の研修に参加しました。
※僕は組合にどっちかっていうと否定的でしたが当時は労働組合加入が半ば強制でした!今はどやろ???
上記の通り当時はディベート全盛期で、労働組合も積極的(無理やり?)に導入しようとしてました。
で、当然カリキュラムの一環としてディベートが。。。
僕らに与えられたテーマは「年功序列・終身雇用」。
このテーマに対し賛成・反対に分かれてディベートする。。。
ぼくらのチームは、、、『賛成』派!
・・・当時がどういった年代だったのかを詳しく書いてないので伝わりづらいかもですが、簡単に言うと成果主義って言葉がトレンドになってたころなので、僕たちは愕然としました。僕たちはどっちかっていうと働かない無能老害を排除して能力に応じた給与体系にすることのほうがいいと思ってた世代で、一生一つの会社に縛られるよりも自分の能力を発揮できる場所を渡り歩いていくのを理想と考えるのが主流となりつつある時代だったから。
このディベートには半日の準備時間が与えられました。
その半日のあいだに、ディベートに勝つための材料を探しチームで論議する時間があったのです。
僕たちは、研修所の資料室を漁り自分たちに有利になるデータを探し、ディベートに勝つためのロジックについて話し合いました。
その結果。。。
詳細は書きませんが、結構まじで僕たちは「年功序列・終身雇用」のメリットを見つけ(というがこじつけ)、ちょっとこっちに考えが傾いてきたかもしれない状況になりました。
ディベートの勝敗は忘れましたが、今思い出せばこれってすごくいい研修だった気がします。
自分と反対の立場でディベートする、そのために逆の立場のロジックが形成される過程を模索することにより、逆の立場の考えにも共感できる部分を見つけることができる。
これってすごく意味のあることだと思います。
例えばコロナワクチンの賛成・反対論争。
これを立場を逆転させてディベートすれば、お互いの主張がものすごく理解できるような気がしたんです。
もちろん、ワクチン論争だけでなく、改憲やジェンダーフリー、もしくは気候変動などあらゆる問題について、このような「ゲーム」をしてみることはとても意味のあることだと思うんです!
・・・今日も泥酔状態でブログを書いてるので、誤字脱字や論理破綻があるかもですが、推敲する気力は1ミリもないのでとりあえずうpしますー。