数年前から思っていること。
「冷奴にかけた醤油は、思ったよりも多くかかっている。大根おろしにかけた醤油は、思ったよりも足りない。」
格言になってもおかしくないほど当を得た(「当」は「得る」もの。「的」は「射る」もの。「的を得た」というのは間違い。ちゃんと覚えようね)言葉だと思うんだけど・・・。
でも、仲間内に話しても、さほどの反響を得ることができずにいる。
なんでだ???
ボクだけ? 冷奴には「もーちょっとだな!」と思いながら、ついつい醤油をかけすぎてしまうの。
ボクだけ? 大根おろしには「もう、これくらいだな」と思っても、途中で醤油を足さなければならなくなるの。
今日、マルチャンの「あつあつ豚汁うどん」を食べました。そう、眞鍋かをりがCMやってるカップうどん。
これはなかなか美味い!(*^_^*) また買って食べよーっと。できれば、豚汁としての具がもっとたくさん入っていればさらにうれしいんだけど、カップ麺にそこまで要求するワケにもいかんだろーね。満足満足。
で、カップ麺を食べるとき(食べているときじゃなくて、食べるために作ろうとするときね。つっこもうとしたそこのアナタ!残念っ!(*^_^*))にお湯わかすじゃん?
あのお湯って、どうしても余ってしまうよねー。
やかんにお水入れるときに「このくらいかな? んー、もうちょいかな?」と、できるだけぴったりにしようと努力はするんだけど、やはりいつも多めに沸かしてしまう。
まぁ、ギリギリを狙った結果「あっ!!!お湯足りないっ!」という緊急事態は避けなければならないので多めになってしまうのは仕方ないことだとは思うんだけど、できれば「ぴったし!」に沸かしたいなぁ。
水の節約とか、ガス(あるいは電気)の節約とか、そういう立派なコトを考えるワケじゃなくて、ただ単純にうれしいじゃん?お湯がぴったしだと。
その後の3分なり5分も、ニヤけたままるんるん(死語か…)で過ごせそうな気がする。
「いぇい!ぴったしっ!d=(^o^)=b」を目指して、今後もボクの挑戦は続くのでした。