■プログラムと「心得」いただく


この日は2月の定例会。A市教育委員会の会議傍聴は2度目となる。今回は午後2時の開議であった。その20分くらい前、事務局に赴き、傍聴希望を伝える。いつもの総務担当者が対応し、会議室前で待つようにとのこと。近年落成したゴージャスな市庁舎の中を3階の会議室に向う。


会議室前の廊下に置かれた割合良質な椅子に腰掛けて待つと、先の担当者が登場。「少し早いですが」と断り、入室を促す。開会10分前であった。後から委員長の許諾を得るとのこと。


会議室内のレイアウトは前回と変わりなし。窓際9席の傍聴席一番前に腰掛け、ここで例の申請書に記載。本日もまた‘貸切’で会議を傍聴する仕儀と相成りそうだ。理事者たちは続々と入室。委員も漸次登場する。5分前、委員長着席。担当者氏が歩み寄り、当方の傍聴申請書提示し裁可を仰ぐ。委員長、こちらに一瞥をくれ、「ああ、そうですか。はい、はい」。お定まりの手続きを経て、定刻会議。


直ちに開会宣言の後、「本日、日程の一部を秘密会としたい。異議なしや?」の委員長発議。採決が行なわれる。5名の委員、全員挙手。「全員挙手」と、事務局の総務担当者が声高らかに宣告。これで、決まり。配付された議事日程を見ると、後半の議題が人事関連で「秘密会」となる模様だ。


ところで、このA市は情報公開条例もこの時点ではなく(後に制定)、当方の要請には常に非協力的なのだが、どういうわけか、あのB県もなかなかくれないこの議事日程だけは、請わずとも気前よくくれる。おまけに、「傍聴者の心得」まで付録のようにその都度つけてくれる。当方、市の例規集(その自治体の条例や規則などを収録した文書)を読んで、傍聴者心得などとうに承知なのだが、せっかくのご厚志、有り難く頂戴しておく。


トップバッターは、例のごとく教育長。この間に消化した行政上の日程報告である。因みに、市の教育長は県と異なり、教育委員のうちの1名がこれを兼任している。その教育長報告は、10分に満たぬうちに終了。すかさず、委員長、各委員の質問を促すが発言者なし。


■自前の財布を持たない論議


さて、いよいよ平成7年度当初予算と平成6年度補正予算関連の議事に移る。現行法のもとでは、日本の教育委員会には予算案の提案権がない。ただ、首長(A市の場合は市長)が出したものについて意見表明ができるのみである。口さがない言い方をすれば、自分のもちがねがないからオヤジに生活費をねだっているようなものだ。


さあ、そこで、この日のメイン・イベントと思しき「予算」関連の議事だが、その市長から回ってきた予算案の教育関連予算に関する部分にどんな意見を求められたから、それにどう答えようかということを論ずるものだろう。


総務課長が議案説明に立つ。朗々と交渉する課長。10分も経過するころ、やにわに、委員長が口を開く。「総務課長、座って結構です」。直立して説明を続ける課長に、委員長がいたわりを見せた。それに従い着席後も、口頭説明は続く。およそ、20分を要した。


この後、委員たちからの質問となる。小学校で用いられている給食用食器に関することや、中学校における外国語教育に当たるネイティブの講師の確保、通学路指導に関すること、防災計画と関連しての余裕教室の活用法、婦人会館の利用、さらに不登校児童・生徒の問題等々、各委員から矢つぎ早に質問が発せられた。そして、理事者がこれに回答。


しかし、資料が手元にない傍聴者にはこの予算案のディテイルをこの場で把握することはできない。


 《今回は、ここまで》

■イジメ問題数分間


当節、「イジメ」問題が世を騒がせているが、この教育委員会会議が開かれていた11年くらい前も、それはすでに社会問題として顕在化していた。果たして、この会議の中でも触れられている。

しかし、教育関係広報誌の中で「イジメ特集」を組んだらどうだとか、各学校へカウンセラーを派遣する必要があろうとか、いくつかの意見が呈されたもののわずか数分間で他の議題に転じてしまう。


そのうち、何やら教育行政上の手続きで従来現金払いを要したものが証紙の貼付をもって代えられるようにした条例云々なんて報告もされた。


一体、たかだか1,2時間の限られた時間(2時間などというのは最も長い部類)で、幅広い教育行政万般を論じようとすれば、いきおい、このように皮相なもの終始せざるを得まい。どう見ても、「証紙」の問題よりは重要性を帯びていると思われる学校内のイジメ問題について、これでは、教育行政の根幹を担っている機関がその責任に基づき真剣に解決策を模索しているようにはとても思えない。それどころか、失礼な言い方をあえてすれば、一、二の‘思いつき’が口をついて出ただけで、評論の域にさえ遠く達していない。


そつなき行政のプロたちによって処理済の案件が次々と事後報告され、わずか数名のレイマン(素人)委員としては、「左様もっとも」「良きに計らえ」くらいしか言いようもないだろう。いずれにしても、重要なことはことごとく、この場で決まっているのではないという印象を強くした。「教育委員会」形骸化をここにも見る思いだ。


かくのごとく報告は続けられ、委員会(狭義)は追認し、セレモニーは終局へと向っていく。出席者各位に「ご苦労さま」とねぎらいの言葉をかけ、委員長が閉会を宣したのは午後5時6分過ぎのことであった。


ほぼ2時間、直近数回の記録を見れば、教育委員会にしては長時間の会議であった。



■紙切れ1枚に立ちはだかる行政の壁


ところで、ワラ半紙1枚に印刷されたこの日の会議日程が委員及び理事者たちに配られていた。閉会後、これの交付を要請したとき返ってきた担当者の回答。「この場では交付できないので、情報公開条例に基づく手続きにより交付申請してください」。


ああ、無情。またあの煩瑣な「情報公開条例」に基づく手続きか。この会議のスケジュールが印字された紙片1枚を手に入れるのに。確かに、この条例は住民の「知る権利」を保障し、制度化したもので、ガラス張りの行政運営実現に一役買う意義あるものだ。しかし、本来、秘密にすべきものでもない会議のスケジュールを知るためにこれをいちいち用いなければならないようでは「牛刀を以て鶏を割く」ような話である。


議論の中味以前にこの日の教育委員会で論じられた問題はなにと何か、たったこれだけを知るために、住民は多くの時間と手間を強いられるしくみなのだ。


そのとき、壁に貼られたそのプリントを目ざとく当方は発見した。この紙のためにまたあの「情報公開条例」手続きはあまりに消耗だから、担当者の許可を得ていち早くメモ帳に筆写してきた。メモすることは、さすがに制止されないようである。



■この日に何が話し合われた?


かくて、メモにとったこの日に話し合われた論題は、ざっと次のとおりである。2時間のうちに、これだけ多岐の問題に触れられていることがわかる。


 ●県立高等学校職員の懲戒処分について ⇒ これが「秘密会」となった議題
 ●県重要指定文化財、県指定有形民俗文化財及び県指定無形民俗文化財の指定について
 ●平成7年2月県議会定例会に提案の平成7年度当初予算案及び平成6年度2月補正予算案について
 ●県行政手続き条例案に対する意見の申し出について
 ●県立ふれあいの村条例、一部を改正する条例案の申し出について
 ●県職員定数条例の一部を改正する条例案の申し出について
 ●市町村立学校職員定数条例の一部を改正する条例案の申し出について
 ●学校職員の勤務時間、休暇等に関する条例の一部を改正する条例案に対する意見の申し出について
 ●収入証紙に関する条例の一部を改正する条例案について



 《今回は、ここまで》

■事務局が報告、委員は追認


いよいよ通常会の議事開始だ。この度の議案は、県重要文化財の保護に関する事柄がトップである。冒頭より委員長に指名された理事者(議場で委員の求めに応じて説明を行なう県職員)の説明が始まる。全国的に知られた名刹や建造物の名が次々と挙がる。これらの重要文化財指定申請の承認が議題のようだ。前にも述べたように、教育委員会の仕事には、学校教育・社会教育(社会人の教育)の他に、「文化財の保護」も含まれる。


説明はおよそ10分間。終わると、「この種の申請は毎年あるが、ただ単に申請が新たに出されたということか、それとも、新たに発掘されたということによるのか?」、委員長より質問が発せられた。それに対し、両方ありとの理事者の回答があり、一件落着。他の委員より、この議題に関しての質問はなし。


次に、本日の日程第二として、報告が始まる。これは、10件近くに及んだ。


新年度当初予算案や条例案について知事から意見照会があったため、教育長の判断でかくかくしかじか回答したとか、先の兵庫県震災*により当県公立学校への生徒受け入れを要請されたのでかくなる手続きで対応したとか、諸々の報告が各所管部署の担当者からなされる。一件の報告ごとに、委員から質問が一、ニ出される。そして、次に進む。


聞いていると、比較的よく発言する委員とそうでない委員とがいる。概して、委員長とお隣の女性委員、要するに、‘上座’のご両名の発言が多い。


事務局が報告し、委員会(狭義)が事後承諾する。これを見るにつけても、事務局(教育庁)、要するに、行政のプロであるお役人によって県の教育行政はリードされ推進されている。ここに月1回ほど登場する教育委員なる‘名士’のお歴々は、その追認のために駆り出されている。そんな印象すら覚える。


もはや、選挙によって住民から選ばれたのでもなく*、而して住民の代表とは言いがたいこの委員たちとは、一体どういう人たちで、いかなる立場を代表してこの場に臨んでいるのだろうか。ご自身の自覚としては、誠実に任務を遂行している委員は少なくなかろうし、法が定めるとおり「人格高潔」*の人士も多々おられるに相違ない。その人たちの努力にこのような言葉をもって報いるのは実に忍びないが、現今の教育行政のこの実態を目の当たりにしては、そのような素朴な疑問が頭をもたげるのを禁ずることはできなかった。


*先の兵庫県震災:この会議が開かれる前月に阪神・淡路大震災があった。

*選挙によって住民から選ばれたのでもなく:前に述べたように、教育委員会発足当初〈1948(昭和23)年〉8年間ほどは公選制であり、委員は選挙により住民から選ばれた。

*法が定めるとおり「人格高潔」:ここでいう法とは「地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)」のこと1956(昭和31)年に制定された教育委員会設置の根拠法規であり、旧来の「教育委員会法」に取って代わったものである。同法では、教育委員は首長(都道府県知事や区市町村長)から任命されるが、その要件の中に「人格が高潔で、教育、学術及び文化(以下単に「教育」という。)に関し識見を有するもののうちから」というものがある。

■秘密会から始まった。


前回までで、なかなか面倒な手続きの末、B県教育委員会の過去1年分の会議録を見るまでを述べた。今回は、実際に会議を傍聴する。‘教育委員会ライブ’といったところであろうか。


この日、午後3時より、県教委の2月定例会がある。この前の2回(前年の12月及び当年1月定例会)は、いずれも全日程が「秘密会」であったため入場なし得なかった。


議場は、県の本庁舎より徒歩10分くらいの距離にある雑居ビルの5階である。ここには、同県の教育委員会事務局、すなわち「教育庁」が入っている。本庁舎の壮麗さに比べてこのくすんだビルを見るや、やはり、「行政委員会」は端役扱いなのかといささか寂寥感を感じてしまう。


とまれ、めざす5階に上がる。そこは、初等教育、障害者教育、総務など教育庁の各部署が並んだフロアーだ。あまり照明の明るくないフロアーは多くのパーテーションで区切られ、通路に置かれた棚には書類を入れた段ボール箱が所狭しと積まれている。


室内の配置図が貼られた入り口から右手に進むと、間もなく行き止まり。そこに事務机が置かれ、傍聴申請の受け付けが行なわれていた。この度の傍聴に当たっても事前に来意を告げておいたので、万事怠りなく出迎えの準備をしていてくれたようにも思われる。感激ものだ。最近の交渉ですっかり顔なじみとなった教育庁職員たちの顔ぶれが見える。


所定のフォームに記入を済ますと、早速、傍聴券が交付された。右肩に「NO.1」と番号が付されている。この「NO.1」が、本日先頭にして末尾の番号であろうとの予見が頭をもたげる。


事前に電話で聞かされてはいたが、この日も開会直後に短時間ながら、またぞろ「秘密会」が入るとのこと。おおかた、不祥事を起こした教育公務員(教員)の懲戒か何かに関する事項が議題であろう。


当然のことながら、「秘密会」の時間は入室‘御法度’となる。開会時刻直前、事務局が通路に用意してくれた椅子に腰を下ろして待機していると、委員らしき人物が順次会議場に入場する。議場は、先に受け付けが行なわれたテーブルの右手にある会議室である。先刻覗いたところ、広くはなさそうであった。


当方の時計で3時1分過ぎ、会議室の扉が閉じられた。いよいよ、くだんの‘ないしょ話’が始まる模様だ。総務の職員も、間もなく退室してきた。なお、本日の議事で委員の求めに応じて説明をする職員(理事者)たちであろうか、大勢の人間が到着するが、秘密会開会中の旨を総務担当者に告げられ、控え室で大気となる。


折りしも3時、当方の待つこの通路にも、館内放送にラジオ体操の音楽が流れ始めた。何とも、のどかな昼の風情だ。



■扉は開かれた。


やがて、10分も経たぬうち、扉が再び開かれた。総務担当者、理事者一同入場、そして、すかさず、顔見知りとなった担当者が「通常会になりました」と、当方の入場を促してくれる。かくて、初めて県教委の傍聴席に着席の一瞬を迎えた。


室内は狭く、小学校の教室を二回りくらい小さくした感じである。前の月に傍聴したB市教育委員会の会議室に比べてもさらに狭い上、建物の古さゆえいくぶん陰気な雰囲気の部屋だ。


室内には変形‘コの字型’に机が配置され、正面の長い辺に委員長と女性委員の2名が陣取っていた。それと直角をなす両袖に他の3名の委員と教育長といった配置になっているものと思われる。しかし、左袖に座るべきと思われる委員1名がこんにちは欠席のようだ。


そして、委員長の席と対面する向きで6人掛けの長いテーブルが3列配置されて、18名の理事者が着席している。


さらに、その後にその半分くらいの長さのテーブルが2列置かれているが、そこに腰掛ける5名の職員が総務担当者であろう。テープレコーダーに議事を録音したり、メモを取ったりしている。


そして、そのさらに後、つまり、入り口脇の最後部、壁に面して我らが傍聴席はある。テーブルはなく、椅子が4脚置かれている。そして、果たせるかな、本日の傍聴者は我1人なり。



 《今回は、ここまで》

■それもそのはず


いささか苦労して閲覧したB県教育委員会の会議録だったが、その内容は実に簡素なものだった。


それもそのはず。下に掲げる当該1年間(つまり、このたび閲覧した会議録に相当する期間)における教育委員会開催状況を参照されたい。



 平成5年11月定例会議 開催時間:1時間55分(うち「秘密会議」: 1時間25分)
 平成5年12月定例会議 開催時間:1時間10分(うち「秘密会議」: 32分)
 平成6年1月定例会議  開催時間:  55分(うち「秘密会議」: 50分)
 平成6年2月定例会議  開催時間:    30分(うち「秘密会議」:    10分)
 平成6年3月定例会議  開催時間:1時間40分(うち「秘密会議」: 1時間25分)
 平成6年4月定例会議  開催時間:    13分(うち「秘密会議」:     10分)
 平成6年5月定例会議  開催時間:1時間   (うち「秘密会議」:    20分)
 平成6年6月定例会議  開催時間:    55分(うち「秘密会議」:     45分)
 平成6年7月定例会議  開催時間:2時間   (うち「秘密会議」:    0分)
 平成6年8月定例会議  開催時間:1時間   (うち「秘密会議」:    58分)
 平成6年9月定例会議  開催時間:    50分(うち「秘密会議」:    0分)
 平成6年10月定例会議 開催時間:1時間40分(うち「秘密会議」: 1時間5分)
 平成6年10月臨時会議 開催時間:1時間25分(うち「秘密会議」:    20分)  
 

これでは、会議録の分量が少ないのも頷ける。これだけの時間で、一体どれだけ深い議論が交わせて、何が決められるだろう。やはり、教育長を始めとする事務局サイド(「広義の教育委員会」、つまり、県行政のプロで県の役人たち)で筋書きは概ね決められていて、「狭義の教育委員会」というところはそれに“お墨付き”を与えるだけの機能、そして、その会議は“セレモニーの場”であると思わざるを得なかった。



 《今回は、ここまで》

■えっ、これだけ!?

かくも大仰な手続きを踏んでようやくお目にかかれたB県の教育委員会会議録だが、見てみると会議の議事記録に当てられている紙幅は驚くほど少ない。


そもそも、各回会議の議事次第を見れば、会議の所要時間は一様に短く、しかも、そのうちの大部分が「秘密会議」に当てられていることがわかる。したがって、教育委員会は制度上は傍聴が認められ公開はされているものの、一たび「秘密会」が宣言されれば傍聴者は当然退席を命じられる。会議時間の大部分は秘密会議であるから、たとえ足しげく傍聴に通ったにせよ、ほとんど実のある議論を聞くことはない。ただ、今般の私のように「情報公開条例」の手続きに則って閲覧を行なう場合には、「秘密会議」の分も禁則に触れない限りで閲覧には供される。


しかし、秘密会議の記録もその記述は実に簡素なもので、他に詳細な記録があるのではないかとさえ詮索したくなるようだ。その点を職員に確認すると、「情報公開条例に基づきすべてを開陳しているので、他に記録を残しているようなことはない」との回答であった。


それにしても、日々の仕事に従事している一般住民が平日の日中行なわれる委員会の会議を傍聴することは実際問題としてきわめて困難だ。また、それを行なっても上述のように開催時間の大部分は秘密会とされる始末だから、議論の一部始終を聞けるというわけでもない。


一方、情報公開条例に基づいて会議録の閲覧を行なう場合もその手続きが実に煩瑣で時間を要し、たかだか1年分を見るのにも相当の根気がいる。また、担当職員にもその労力を強いることになる。


したがって、制度的に“知る権利”が保障されていることは結構だが、事教育委員会の活動内容を知るに当たってこの情報公開制度を活用することはなかなか大変なことで、住民による監視の実を挙げることは十分に期待できない。そもそも教育委員会制度が「レイマン・コントロール(素人による統制)」という原理の上に立つことを思えば、実に不満な実情だと言えよう。


《今回は、ここまで》

■県教委の会議録が見たい!


やはり、10年くらい前のこと。県教育委員会の議事録が見たいと、B県を訪れたときの模様も当時のノートに残っていた。


前もって、教育委員会の会議録(直近1ヵ年分)につき、県情報公開条例に基づく閲覧請求を行なった。審査のためおよそ一ヵ月もかかった。そうするうち、事務局より電話が入る。さらに、翌日には文書も届いた。ようやく、議事録の閲覧許諾が下ったわけだ。


指定の日に、県庁の情報公開室に赴く。公開は午後1時より行なわれた。窓口に到着すると、情報公開室の担当者が1名、加えて当局(教育委員会事務局)職員が3名、都合4名の吏員が立会い、カウンターを挟んで当方と対峙する。なかなか、ものものしい雰囲気であると感じた。


見せられた会議録は、やや上質のワラ半紙のような紙にワープロで印字されている(と、思われる)。表紙もなく、黒い紐で綴じられていた。一ヵ年分が半期ずつ、さらに、通常会議の分と秘密会議の分とに分かれ、4分冊になっている。中には、会議への提出資料も編綴されていた。“ご法度”の部分は、マジックインクであちこち丹念に塗りつぶされていた。これは、主として個人のプライバシーに関わる部分である。この塗りつぶしのための労力も大変なものであろうと推察する。


いよいよ「教育委員会会議録」閲覧の始まりだ。


 《今回は、ここまで》

もう10年以上も前のこと、小生、いささか熱心に教育委員会ウォッチングに精を出していた時期がある。この度、身のまわりを整理していたら、そのころの傍聴の模様を記したノートが出てきた。そこで、それをもとにした記録をここに掲載しておきたい。



■A市教育委員会傍聴初体験


先日、電話にて確かめた教育委員会定例会の当日、開会時間30分くらい前にA市教育委員会の事務局に到着した。職員が対応し、後ほど傍聴券を交付するから会議室前で待つようにとの指示。


会議室前の廊下のいすに腰掛けて待つことしばし。その間、市職員が数名会場に入室していく。当方に目礼していく人もいる。先の事務局員が現われ、こちらに入室を促す。小学校の教室を二回りくらい小さくした部屋だった。後に傍聴席、数えると9席用意されている。


傍聴者は、小生1人。ワラ半紙のような用紙の所定のフォームに必要事項を記入する。「委員長の許諾を得てから」という担当者の言葉に、着席のまま待つ。やがて、5名の委員が登場、市職員と対面して着席する。委員は傍聴席に正面を、職員は背面を向ける形となる。市職員の席には、13名いた。また、委員たちの背後に3席が設けられ、先の担当者始め3名の事務局員が控える。


担当者が委員長に耳打ちすると、難なく「許諾」を得られた模様で、当方の傍聴が晴れて認められた。すかさず、くだんの用紙の半券を切り離した「傍聴券」を手渡される。


午後3時、定刻どおり開会。委員長が声高らかに開会宣言の後、教育長から報告あり。退任した全委員長に贈り物をしたとか、年末年始に誰と会ったとか、事務的な話で約5分。次に、本日の議案、市立某中学校の体育館建築計画の決定についての議事が始まる。事務局員が、面白い悠長な抑揚で議案を朗誦する。


次いで、建設担当と思われる職員側の報告があり、委員からいくばくかの質問が続く。折りしも阪神・淡路大震災の直後で、ややとってつけたように、(建築に当たっては)震災には留意せよとの意見も出される。


あと、玄関からのアプローチがどうだとか、カーテンは手動でなくリモコン操作のほうが生徒は喜ぶなど、いささかたわいのない論議をこの教育行政の責任者たちはしている。

討論に移ろうとするが発言者なく、省略。早速、採決に移る。5名全員の挙手を事務局が確認。当該議案可決と相成る。


委員長が閉会宣言をし、わずかニ十数分にして議事はつつがなく終了した。儀式にしても、かなりあっけないものだった。


 《今回は、ここまで》

■詫びる校長、教育長


前期初等教育機関に勤めるエキセントリックな教育公務員(早い話が、少しおかしな小学校教員)が、また問題。


何でも、交通事故で死亡した児童(自分が勤務する学校の児童ではない)の写真を自らのホームページに無断掲載した上、その死をからかうような記述をしたらしい。警察からは著作権法違反容疑で6月に事情聴取され9月には書類送検されている。そして、教員が交通事故のほか、虐待や災害で死亡した子どもの裸を含む遺体写真などまでHPに大量に掲載していたことを捉えて、児童の怒る親がついに告訴状まで出したという。


そこで、またしても、校長先生が登場する。ネットの新聞記事(毎日)によれば、この教員が勤める小学校の校長先生は「他人の映像を自分のHPに掲載したとは聞いていたが、遺体の写真を掲載していたことまでは把握できなかった。対応が甘かったと言われても仕方がない」と話しているという。


そして、テレビではこの小学校の管理主体である羽村市(東京都)教育委員会の老教育長が出てきて、例のごとく頭を下げた。この教員が警察の事情聴取を最初に受けたのは6月のことであるにもかかわらず、状況把握と判断の甘さからこれを勤務させ続け、先月27日に外部から指摘を受けて始めて本人への具体的な事実確認を行ない、今月1日になってようやく自宅待機とした。その対応のまずさが、詫びの理由のようだった。



■教育長がなぜに詫びる?


テレビをチラッと見た限り、謝っていたのは教育長だったと思う。ここで、少し素朴で些細な疑問が浮かんだ。


小ブログでもすでに記したとおり、教育委員会には、狭義の教育委員会と広義の教育委員会がある。狭義の教育委員会とは通常5名の委員から構成される文字通りの「教育委員会」で、合議制の行政庁である。また、この仕事を専門的に助ける教育長というプロと事務局が設けられ、狭義の教育委員会を始めこれら一切をひっくるめて広義の教育委員会となる。そして、狭義の教育委員会の中に教育委員長がいる。


学校を所管する行政庁を代表して陳謝の言葉を述べるなら、教育長ではなく、教育委員長こそふさわしいと思われるのだが、如何。まあ、教育委員というのは委員長を含めみな非常勤で他に仕事があって忙しいから。そこで、プロの立場で支援する役どころの教育長が対外的な処理窓口のような位置づけになっているのか知らん。


いずれにしても、ここが教育委員会のややこしいところだ。この事例を通し、また改めてそう感じた。

教育委員会は面白い。なぜか。



★素人だから面白い

 「教育委員会」制度の根本原理は「レイマン・コントロール‘Layman Control’」(素人による統制)である。本場アメリカが一貫してその原則でやっている。「教育委員会」は、素人が考える問題。素人にこそふさわしいテーマなのだ。間違えても、知らなくても、臆することなくおおらかにいこう。



★社会が見えて面白い

 これまで計10回にわたり「教育委員会」の誕生から変節までの歴史を語ってきたが、そこからは、日本の戦後政治が、社会情勢が、さらには、民衆の生活史が垣間見えてくる。世のデタラメも、カラクリも、みなよく見える。「教育委員会」は、政治・社会を見るのぞき穴だ。ピンホールカメラが、針のような小さな穴から差し込む光によって鮮明な画像を結ぶようだ。小さい穴だからよく見える。


★アベが言うから面白い


 最近の政権では、珍しいほど「教育」を前面に押し出す現首相。国家が行なう「教育」は、ひっきょう、次代の体制を支える“小国民”の育成。為政者・権力者にとって、これに強い関心を寄せ、支配を及ぼそうとするのはごく自然の性向である。しかも、今回の「改革」と称するものでは「教育委員会」にも手を伸ばそうとしている気配だ。ならば、「教育委員会」がわかれば、この政権をジャッジする際も有効なツールになる。


★テレビに出るから面白い


 「教育委員会」に関するトピックスは、当分テレビを賑わすだろう。「教育委員会」に通じれば、テレビの見方が変わるかもしれない。テレビの軽さやウソがわかるかもしれない。また、テレビはいつごろまで「教育委員会」のことを言い続けるか、予想するのも面白い。


こんなに面白い、教育委員会を見逃す手はない!