なんやかんやで 中部地方からほぼノンストップで七類へ到着。二日の17時発~三日の2時着。米子道は雪が激しかった。帰りは昼に走りたい。雪の日の夜間走行は危険だ。現在、無風、搬送待ち車輌は、5台だけ。少し眠るか。
24日。一年ぶりにダイビング。C券の講習の女二人にお邪魔した。早朝到着時、波と風。遠浅でない為、エントリー渋る。寄せ波激。トータル6本。透明度7m,深度9M,巨大カンダイ発見!タンクでは、難しい。
琵琶湖の湖東の浜を訪れた。平日の小雨混じりで、水辺に浮かぶウミドリが風にさむそうだ。松林の近くのウインドサーフィンやジェットスキーのクラブハウスの脇にひっそりと小さな墓地がある。頂点が尖った四角柱の墓は大体が戦没兵士の者だ。国の為にと言う言葉を信じて、散って行った。せめて故郷の琵琶湖が見えるところに…。


ミズドリたちが、一斉に飛び立った。
「戦争を早期に終結させたかった。」そう言ってあなたは、長生きしたね。ラジオのHit曲聴きながら落としたくせに。




資源の乏しい日本にとって日韓併合、亜細亜侵略は、向かうべきして向かってしまった過ちだろう。米、英、蘭を敵に回し、暴走した大日本帝国を止めるには、本土傷痍弾爆撃よりも全てを焼き尽くす悲劇の砲弾だったのだろう。




熱い熱いと逃げ惑う、防火頭巾の母子をあなたは、想像出来るのか?




あなたにも家族がいるんだろ?




その後また長崎にも!




じゃなんで本土爆撃で神社仏閣は壊さなかったんだ。既に日本を手中に納める自信が有ったからだろ?




まだ後遺症に悩む被爆者、二世、三世の皆様、別の意味の終戦の日となりました。




まだ供養されずにさまよっている人びと、
戦争は終わりました。
財布の小銭の中にえらく汚い百円玉があった。取り出して見たところ、初めて見る百円玉だった。昭和40年製造の古い貨幣だろう。待てよ…?昭和40年製造と言うことは、この貨幣は、40年近く人から人を渡り歩いて俺の元へ来たのか!


行きつけの地ビールの店の主人にそんな話しをしたら、「あっ、それ稲穂って言うんだよ。何枚か有るからなんならあげるよ!」って言われたが そんな問題じゃない。財布の中のこの100円は、永い旅の末に俺と出会ったんだ。財布の中でいつまでも暮らしてくれ!縁は稲な物、味な物。みんなにも自慢したりした。




それから一ヶ月がたったある日、財布の中を見たが、稲穂の100円玉が、無くなっていた。どこかで支払ってしまったようだ。


彼は また 旅に出た。
「あれ?さっき三宮にいてましたよね?もう帰って来たんですかぁ?」「えっ!?」「ほら先輩、さっき声かけたのに無視して!」「…。」


まただ。俺は、ずっと大阪に居たはずだ。



何年かに一度こんな事が有る。



世の中には自分と同じ奴が三人は居るという。少しうつらうつらした時に遊体離脱したかも知れない。それか、時間軸の狂いか?


一度、会ってみてもいいなぁ。もしかしたら、もう一人の俺を駅かどっかで見た瞬間、驚くと同時に俺と抱擁し、路上でキスをするかも知れない。



その後、高架下の飲み屋で、俺と俺は、おんなじ会話を交わし、お互い譲らず、嫌な奴だった。カウンターのマスターは、怪しい双子にたじろぎ、周囲も双子の口喧嘩とかたずけるが、やや引きで、俺ともう一人の俺は、結局、その場では、あと一人の俺を捜す事で合意した。何杯生ビールおかわりしたか…。同じ位飲んでる。と言うか、きっちり同じ量飲んだようだ。お互いメールを交換したが、同じアドレスだった。なんてことだ。
でも、少しなんか違うとこがあった。なんとなくだが。




お互い混乱は、避けたい。これからは、会わない方がいいと少し思った。もう一人の俺もそう思った筈だ。





駅で別れ、帰宅し、電話してみた。何回かけても話し中だった。電話番号も同じだった。いい加減にしろ!段々ムカついてきた。





アメブロに今日の出来事を書いてみたら、既にもう一人の俺が既にアッブさせてやがった!
浪花の内弁慶とその父は、レフリーに判定され、そして社会から審判された。可愛い子には、旅をさせよ。
曇り後晴れ、予報はずれ、北西の風、波1,5m、透明度8m、四ツ島、バームのみで潜水。他は波高い為断念。丸を三匹。浮き球のアンカーを岩のスリットに捕られ、ツナラインを切ってさよなら。車修理代Q万円。




沈船の正体は、地元の漁船が台風で係留が外れ、沈んだもの。保険が折りた為、今は、人には公表出来ないとの事。
桜前線は南から北へ。稲刈りは、北部や高地から始まる。日本人は桜をめでるのもいいが、米の収穫、五穀の豊饒を感謝するべきだ。




消えた年金、使った貴方。デモ行進やらんのか!市政監視団体!
前日は晴れ渡り、凪。潜らず見送り。土曜日の松茸狩り&三田牛、歌謡ラウンジでのレミーと芋焼酎で身体の反応が鈍い。浜で昼寝してから舟たけで迎え酒。残波ロック4杯。カウンターは満員で、お客さんまでカウンター内にて酒作る始末。頭に焼き付いた、浜詰の祭の掛け声。「大韓民国!」にどこか似ている。やはり日本海側は大陸文化を受けているからだろか。これは調べる価値有り。朝鮮半島と日本の祭の相違。波照間島では台湾と同じく土葬だ。台湾でも祭はわっしょい!と発する。調べ物がまた増えた。さて、車で夜明かし。雨の音で何度も目を覚ました。朝、地元の潜り屋に催促され、塩江からエントリー、四ツ島からバームにかけて散策するも、キングサイズは、おらず。風と波が出て来た。今日はおしまい。また来週。