誤用されやすい言葉

本来の意味はご自身で調べていただくとして、




本来の意味がわかったところで、
だからナニ?
阿弥陀如来の本願力によって救済されると言われても、、、

知ったところでいつ何に使うの?

それがなければ仏教マニアの豆知識






で、
私の解釈

他力本願でお宝ゲット

他人の力を頼ろうが、
ホトケが支えてくれていようが、

多くの人が願いが叶っていないからこそ、他力本願という言葉がつかわれている


「他力本願」
この言葉を二つに分ける

他力とは、ヒント
本願とは、願いが叶う


ヒントによって願いが叶う


ヒントは自分で見つける
ヒントで気づくことがある

クイズの答えもヒントで気づく



ヒントは自分の世界には無い
ヒントは自分が興味ない世界にある



ビジネスにおいても、
他の業界からの何かを参考にし、
成功をおさめた人の話はよくある

「世界」という言葉がピンとこないなら、「業界」という言葉に置き変えてもいい

ヒントは自分には関係の無い他の業界にある

成功者の多くは、
他の業界からヒントを見つける




自分の業界は知ってる世界
お宝ヒントはもう取りつくしている

お宝は冒険してこそ見つけるもの
近所にお宝は無い

他の業界は未知なる世界
お宝がごろごろ眠っている


倒産破産、寄り道まわり道をした人が大きな成功をおさめる話もザラにある





とは言え、
今さら転職もできない

だからこそ、
人の話を聞くこと

おもしろくない話の中にこそ、
お宝ヒントが眠っている

おもしろくない話を聞くのは苦痛

苦痛だからこそ、
多くの人は避ける

お宝は手に入らない







人に頼って生きようが、
頼らず自立しようが、
とにかく願いを早く叶え、
自分の幸せが満たされ、
まわりの人たちの幸せを考える余裕がほしい

自分のことで精一杯の人が多すぎる







ホトケさんは、
自分のことで精一杯で自分のことしか考えられない人たち(衆生)を哀れんでいる

自分のことしか考えないから争いがおきる









「あなた達が悟りを開くことは困難です、それならいっそのこと私の教えを守っていなさい、そうすればあなた達は少なくとも今より幸せに暮らせるでしょう。

これが私の願いです。」


もし私がホトケなら、こう思う。