1600 関が原の戦い・・・石田光成を破る

       ▲豊臣家は1615年に滅亡


1603 征夷代将軍となり江戸幕府を開く


 3代、家光のころに、幕府の職制が整備された


  将軍・・・・大老

      ・

      ・・・老中・・・若年寄(補佐)


    ■大目付・目付・・大名や旗本を監視

    


    ▲参勤交代・・1年交代で往復させる、江戸滞在は自費、キツイです


 5代(涙)


 6・7代 新井白石・・・海舶互市新例


 徳川吉宗 享保の改革

   ・倹約令 

   ・上げ米

   ・足高の制

   ・公事方御定書(裁判の基準)

   ・相対済し令(金銭問題の当事者解決=旗本・御家人の救済

   ・目安箱

   ・定免法(一定期間同率)←以前は検見法(収穫に応じて)

   ・殖産興業政策(新田開発)

   ・株仲間の容認(1716~45)



  鎌倉                       室町


 元寇の後        【定期市】     応仁の乱の後

                         ▲戦国大名が現れる



               【輸入銭】     明銭(日明貿易)

                         ▲粗悪通貨が出回る


  座             【座】      楽市・楽座

排他的な同業者団体            座の特権を廃止し、自由な活動を認める



   問丸         【商品取引】    問屋

                           馬借、車借


               【金融業】     為替や銭納

                         ▲貨幣の需要がました                      

~武士の誕生~

 オギャー


10世紀には、律令体制が崩れ始め、課税対象を人に置く令制は不可能となり、課税の基礎が人から土地に変わった

  ↓

地方の政治も崩れ始め、豪族や有力農民が武士となり、武士団を結成するようになる



1185 壇ノ浦の戦い⇒平氏政権滅亡


 諸国に守護を、荘園・公領に地頭を置いた

☆鎌倉時代の守護が、室町時代になると将軍の力を背景に守護大名へとパワーアップする



1192 源頼朝

 征夷代将軍となり鎌倉幕府を開く


~執権政治~

初代時政が源を3代将軍に立て、自らは執権として幕府の実権を掌握


2代 北条 義時

  1221 承久の乱六波羅探題を設立

   ▲地頭の拡大(地頭請=一定額、下地中分=地頭と折半)


3代 奏時

  1232 御成敗式目・・最初の武家法(御家人にのみ適用)

   ▲守護や地頭の権限を明確にし、裁判の公平を期するため


4代 (涙)


5代 (涙)


6代~7・・・・


8代 北条 時宗 

  1274・1281 元寇・・・元寇後、貧窮する御家人が増加


9代 貞時

  1285 霜月騒動

  1293 鎮静探題


  1297 永仁の徳政令・・・御家人の債権の免除・取り消してあげますよ制度