今日は、本当に疲れたので、この曲を思い出した。この曲を作ったジョンは、どれぐらい疲れていたんだろう。
今日は、本当に疲れたので、この曲を思い出した。この曲を作ったジョンは、どれぐらい疲れていたんだろう。
ショパンの中でも、大好きな曲。
なんとなく手元にあった、CDをかけたら、この曲だった。
誰の演奏か、ちょっとわからなくて、コルトーかなと思ったりしたが、結局、よくわからなかった。それでCDを取り出して、CDの表面を見てみたらコルトーだった。まあ、そうだろうなと思った。
その後、なんどか聴いてみた感想だが、夢見心地の世界にトリップできる素晴らしい曲だ。この曲を聴いていると、現実を忘れて幸せな気分になれる。
追
とりあえず、その後、アマゾンのunlimited musicで、サンソン・フランソワと、リパッティの舟歌を聴いてみた。
正直、コルトーの演奏がそれほどいいと感じていたわけじゃなかったが、あらためて聴き比べてみると、コルトーの演奏の力強さに圧倒された。これは素晴らしい演奏だ。
コルトーの演奏に比べると、フランソワもリパッティも、どこか物足りなくて、弱々しい、ちょっと上品すぎる演奏のように感じられた。
私小説作家の極北などと、だいそれた題にしてみたのだが、そもそも、極北という意味もよくわかっていない。
ただ、ちょっと、なんだかかなり重たい気分で、じゃあ、こんな気分の時、ちょっと手にとって読んでみたい小説は、なんだろうと思って、手に取ってみたのが、ブックオフで100円で買った葛西善蔵と嘉村磯多の日本文学全集の一冊だった。
それで、今読みたいと思ったのは嘉村磯多ではなく、葛西善蔵の方で、とりあえず、『湖畔手記』という小説を読み始めた。
ああ、いい。なんていいんだろう、と冒頭の部分を読んで、そう感じた。
私小説というのは、日本独自の小説形式で……、世界的に見たら、小説ではない、というような意見もあるのだろうけれども、やはり、いいものはいいのだ。
そして、太宰でもなく、安吾でもなく、阿部昭でもなく、やはり、なんと言っても葛西善蔵なのだ。
私小説作家の極北、研ぎ澄まされ、暴力的でありながら 、繊細で、非常に透きとおった冷たい水のような作家。それが、葛西善蔵だ。