今となっては吉井和哉である、YOSHII LOVINSONの「トブヨウニ」。
いつも艶美だった、血だらけでもロックであったそれまでとは違い、かろやかな、春の季節をも思わせるようなポップスである。
わたしは、一時期この曲をヘヴィローテーションしていた。
何度でも聴きたくなる麻薬のような甘美さが、この曲には存在していたからだ。
ゆるやかに、俗に云う“愛情”めいたいものが伝わってくるのだ。
この「トブヨウニ」は、歴史的名盤、 「at the BLACK HOLE」の発売後の一枚目の作品である。
あれだけ、ブラックホールに沈んでしまったかのような痛々しくて苦しい“生”のあとに、このかろやかさ。このやさしさ。このポップぶりだ。
吉井が、ブラックホールから脱出していることは、この曲を聴けば判ることだと思う。
「TALI」で虚無感の拭えぬ愛を唄った吉井は、この「トブヨウニ」で、現実として人間にふれるような愛を唄ったのだ。
それにしても、サビの、
「風に流れる髪にも運命は宿っていて
光りスライドさせるほど眩しいのに君はなぜ?」 という部分は、なんともいえず吉井和哉の魅力が詰め込まれているように思う。
ポップスとして成立している、この「トブヨウニ」だが、このサビのメロディーラインの美しさ! たまらぬ部分がある。
それは、ある種ロックが生み出す快感にも似ていて(ロックとポップスは紙一重なんじゃないかと思っている)、あふれそうにうつくしくて官能的で、希望だ。
ああ、こんな風にいわれてしまったら、どこかで全てを納得してしまう。
そういう部分があると思う。
吉井和哉が、人生の暗闇から抜け出してみた風景がここにあるのだ。
流れる髪にすら運命は宿り、吉井和哉の唄声はそれを人に運んでいる。







