本年は ご愛顧いただき 真にありがとうございました
きたる年が 皆様にとって 良い年でありますように
大好きな 琵琶の音色と共に・・・
デハ
前回の続き
”知ってしまった苦しみ”みたいなものもありまして
精神世界を基準に日々生活していると 必ず神様は試験を行うんです
学んだこと 特に目から鱗的なことは 実際の日常でリアルな体験として
すぐに場面が設定されるのです
対人関係などが多いかな
頭では理解し 感動すらおぼえたことでも いざ そういう場面に出くわすと
なかなか簡単には対処できません
そういう積み重ねが成長を産むんでしょうが 身につけるまでがなかなか苦しい
あとは 自分にウソを付けない 人はだませても 神様は見てるんだろうなとか
ま それはそれで大変です
先日 高橋克彦という作家の方の
ノストラダムス騒ぎ当時の著書をちょっとだけ読んだんですか
当時の心境みたいな一節が 印象的でした
「もし 本当に1999でこの世が終わるならば
わたしは この一瞬一瞬を大切に 充実したものにすることに全力を注ぐだけ」
みたいな感じだったかな
ハッとした まさしく今と同じだ
(反面 またそのときのニノマエもある? と思ったが 多分今回は 明らかに動き 形としてあらわれるはず)
結局これに尽きるのでしょう
しかも今回は その先がある 希望がある
終末論的悲愴に囚われる必要はないのだ
であれば 信じて損する話ではないはず
自分という人間を高めるべく 愛を持って生きることが
アセンションにつながると言われているわけだから
本物を 本質を見極める力をつけて マスコミ等の陰謀に流されなければ
2012問題は 自己啓発の最高のテキストに成り得るわけです
意識が変われば すべて変わる 世の中のすべてを変える事ができる
さあ いざ! 2012
アセンションが起こるといわれるときまで 二年を切りました
私がそれを知ってから約七年経った今 私にとってこの七年はどんなものだったのか
また 人間にとって アセンションとはどういう存在なのか あらためて考えてみました
いっさいの資料の手を借りず 思いの丈をお話しましょう
アセンション 超古代論などを含む 精神世界は 私にとっては それまで漠然と考えていた事に
明確な答えを数多く提供してくれた 宝箱のようなものです
「人間とは」「生死とは」「宇宙とは」・・・
UFOや宇宙人の存在を 子供の頃から確信していたという性質はあったにせよ
なぜここまで深く入り込んでしまったのか
ひとそれぞれ 目覚めるタイミングがあるだろうし 本当のところはわかりませんが
入り口が超古代文明とUFOのお話だったことが 実はその理由なのかもしれません
これはどういうことかというと
UFOの話から人間のごく内的な意識 目に見えないミクロ的塵まで
すべてが繋がっていると悟ったわけで・・・ う~んうまく説明できないが
ミステリーはミステリー スピリチュアルはスピリチュアルと 別のものとして捉えずに
すべてを ひとつのテーブルの上に無造作に並べてみると
「あっ これとこれは繋がってる」とか 「これがこうなるとこれに行き着くんだ」と気づき
「な~んだ 全部繋がってんじゃん」となったわけである
で マヤ暦などの古代 宇宙 異次元 霊界 意識など
アセンションは こういうものをすべて包括しているということになります
もちろん アセンションが本当に起こるか
はたまた 1999のように 何も起こらないかは誰にもわからない
信じる人 信じない人と分かれたとしても 後者が否定されることは 理不尽である
仮に起こるとしても 信じない人がアセンションできないというわけでもないだろう
ちなみに 神が選別するという説と 各々の自由意志で選択できるという説があります
霊的向上が人間の生の目的であるとすると
それが達成されていない場合 自由選択にもかかわらず
アセンションを拒んでしまう可能性もあるということなのかもしれません
そうなんです 霊能者ではない一般人(語弊があるかも)にとって アセンションとは
「人はいかに生きるべきか」という 根本哲学の現代版ではないかと 私は捉えたのです
様々な問題を考え 人類の未来を危惧し
意識革命を起こすときが来たのだという 啓示であるのだと思うのです
これは アセンションがあろうがなかろうが 早急に取り組むべきことであるのは間違いないはず
今の地球や世界情勢 人間の精神性に問題を感じない人は この際放っておいて
いや それじゃだめなんだけど・・・
とにかく そういう気づきの機会を与えていただいたのだと 今はただただありがたく思っている次第です
あんまり長いとアレなんで 次回で 続けてお話します
デハ
これは 私が平成十八年に書き記したものを 一部修正し 転載した 世界一自分勝手な音楽書である
第六話 「音道とビジネス」
現代音楽にとっては 切っても切り離せないテーマである
知人で ジャズバーのマスターJ氏が 以前こんな事を言っていた
「売れたら 終わりだ」
いろんな意味で 非常に深い言葉だ
一度売れてしまったが故に スターという呪縛から脱することができず
消えてしまった者は数知れない
売れた作品と 己がやりたい音楽との ギャップという呪縛に苦しむ例もある
売れる音楽が良い音楽では もちろんない
音楽ビジネス業界は 他と同じように 一般人には想像もつかない事が行われている
例えば 某タレント事務所から 次々とデビューするアイドルグループは
シングルを出すと ほとんどが初登場一位である
皆さん おかしいと思いませんか?
ファン以外誰も知らないような曲が 大ヒットしてしまうという事実
これには ちょっとしたカラクリがあるのです
毎月CD店に レコード会社の営業担当が来て 新譜を何枚入荷するかという話をする
店の実績や 店側の意向で決定する もちろん 実際に何枚売れるかはわからない
そこで 各メーカー毎月いくらまでと 返品金額が決まっていて
それに沿って売れ残った品物を 返品するというやり方だ
そして 各店への初回出荷枚数がヒットチャートに反映される
ところが 某メーカーから発売される そのアイドルグループ群だけは
とにかく売れ残ったら全部返品してもらっていいという事になっている
当然 メーカーから頼まれれば その数を入荷する それが出荷数に表れ
初登場第一位!・・・ 当たり前だ
他には ある団体による組織票的買占めなどもあるらしい 裏側はこんなものである
悲しいかな人間は 流行りモノに弱い
売れているから買おうという衝動にかられるようだ そしてそこから初めて売り上げが伸びる
もちろんほとんどが たいした作品ではないので すぐに消えていくわけだが・・・
私とて多少はある 名盤といわれるものは 買ってみようかと思うし 活字のマジックもある
要するに こういうカラクリを知らずに 洗脳されていることに気づかない事が 最も恐ろしいのである
世の中のほとんどは 金儲けの為に人々を洗脳しているといっても 決して大袈裟ではないように思う
何を求めようが個人の自由だ
私は 先ほどの例に挙げたアイドルの話を
こんなこと書いてよいのか? 書くべきなのか? と迷ったが
これは知るべき事実であると思うし
それを前提に そのアイドルのファンに問いたいと考えた
こういう話を知っても 彼らの音楽を好きでいられるのか
もし これを知ってファンをやめるとしたら 完全に洗脳されていた ということになる
それでも好きでいられるのであれば それはその人の”何か”が
好きな原因を作っているのであるから 何も言いません
これ以上突っ込むと これ自体洗脳のようになるし 強要は最も愚かであるし・・・
ただ事実と受け止めていただきたい
そもそも私は このテを含めたTVで聴くようなものは 音楽とは思っていない
というか 私のいう音楽ではないということ
これらはただの”商品”だ
モノをつくり 宣伝して売る
音楽は その行為のみに利用されているだけに聴こえる
産業である (文化として受け止めてもいい)
ただ すべてではないゆえ それを聴き分ける見分ける力量 才量が重要になってくる
いいものはいいんだ という思いの根源は何か?
魂なのか? DNAなのか? 前世に関わるのか?
我々の三次元的発想では 永遠に解決しないのであろう
私たちにできるのは 知識の蓄積しかないのかもしれないが
近い将来 それをも捨てて(超越消化して)認識できる時が来ると確信している
結局は 音楽も世間も同じ 諸悪の根源は金である
(もちろん本来の使い方を間違っているという意味)
ただやはり 自分の好きなアーティスト 良い音楽にはお金を払い
「また次も 良い作品 演奏に それを使ってください」 という意味での金の動き方こそが
本来あるべき型ではないか
中世 教会に音楽家が専属するというシステムは はたしてどうだったか
いろんなしがらみはあってにせよ やはり宗教レベルの音楽 その音自体には
”金の臭い”はしていない感じがする
ビジネスは ビジネスマンに任せておこう 音道には無縁の話と言い切りたい
*本日のあとがき*
アイドルグループに関しては 本当にお話しすることに迷いました
でも 現代は明らかに そういう事が暴露されるべくしての世になったのだと感じ 思い切ってお話しました 実は”公然の秘密”なのかもしれないし タブーなのかもしれないが 気を悪くされた方 ごめんなさい 持論と事実というだけです
音楽を愛するが故の行為ということで許してください
良くないものは淘汰されるはずと信じています
後は皆さんの魂で判断してください
デハ
これは 私が平成十八年に書き記したものを 一部修正し 転載したものです
第五話 「音道とジャンル」
実は これが一番やっかいな代物である
本来 真の音楽にとっては ジャンルなど必要ないのは 明白
が しかし これがないと いろいろ都合が悪いのも また明白
人に説明したり 音楽業界が提示する目安としての役割など 存在理由は多くあるだろう
そもそも ジャンル分けは困難極まりない 音楽の何を基準にするのか
リズムパターン 発祥地 時代 聴こえ方 精神論等 様々だ
時代が進むにつれ 多様化も進む そうなれば泥沼だ
どのジャンルも細分化され 結局 知ったかぶるジャーナリストと
そのジャンルのファンだけのものになる これではあまり存在価値がない
音楽理論の側面からみると 基本的には二つのジャンルしかない
西洋音楽(十七世紀以降)と他の民族音楽である
今日 一般的に耳にするものは ほとんどが西洋音楽の理論に基づいたものである
十二音階を使ったものいえばわかりやすいだろう
かたや 例えば東洋の音階は 沖縄音楽のように 音階を限定したもの
一音と一音の間を存分に使ったものなどがある
なぜ世界が 理論上の西洋音楽で覆われてしまったのかを考えるほうが 実はもっとも音道的であるのだが それはいずれお話しする
最も恐ろしい(あってはならない)のは 演奏家などの送り手が ジャンルに囚われることである
こういう話ですぐ思い浮かぶのは クラシックとジャズの音楽家たちだ
もちろん例外の方もおられるが
他の音楽に対しての 差別 見下し 明らかである 多いように思う
(口にしなくてもわかるのだよ 波動でね)
「我々 高等で難解な音楽をする者にとっては ロックやポップスは 幼稚で低俗である」
という具合に・・
「大人の男は ジャズを聴くべし」などと 口に出して言う輩までいる
これこそが低俗である
しかし これが逆にいい目安になる
こういう事を言う人間は 真の音楽を分かっていないという事であるわけだ
ともかく ジャンルに囚われる者は 創造性溢れる音楽を創れるはずがない 断言できることだ
上記のような方々に言っておく
音楽は学問ではない 音楽のガクの字を間違ってはいけない 学ではないのだ
無論”楽”しむという意味だけでもない
精神や魂 宇宙の産物である音楽を 感じることから始めるべきである
赤ん坊のときに すでに知っていたことであるのだよ
音道的にいえば 内的に ジャンルを超越した”何か”を見極めることが 最も重要である
それは 人道とて同じ事
*本日のあとがき*
ずいぶんと偉そうな事いってますなあ 気にさわった方はごめんなさい
よく聞かれて一番困るのは 「ハードロックとヘビーメタルの違い」 難しい・・・ ひとそれぞれ違うし・・・
ジューダス・プリーストとヴァン・ヘイレンみたいな感じ? そっちも今は 難解な細分化がされているようですが・・
結局優れたアーティストは それ自体がジャンルになるのですよ
デハ
数ある超古代文明のネタで 私が最も心惹かれるのは 「ムー大陸」の伝説であります
ご存知を承知で 簡単にご説明させていただきます
一九二九年 英国陸軍の退役大佐ジェームス・チャーチワード氏の著書「失われたムー大陸」が発表されました
その内容は
「今からおよそ一万二千年前 太平洋に巨大な大陸があり そこは 現代よりも高度な文明が存在し 人類最初の楽園であった しかし 地球の異変により 一夜にして海中に没した」
というものです
また ハワイ他ポリネシアの島々 イースター島は その残島であるといっています
七つの都市で構成されており 人口六千四百万人 十の種族が暮らしていたそうです
世界各地に植民地をもっていて たとえば 今のイースター島を経由し アメリカ大陸に進出 マヤ族もムー絡みというわけだ しかも 著者の捜し当てた証拠とされる碑文板はインドであるし かなりの範囲で統治していたようです
UFOもバリバリ飛んでいたようなので 高度でしかも 精神性も高く 豊かな文明だったことがうかがえます
勿論 学術的にはまったく認められていませんので アトランティス レムリア大陸とともに 一般には架空の伝説扱いです
雑誌「ムー」も もちろんこのことであります 子供の頃 姉が買っていたこの本をよく読んでいました もっぱらUFOの記事ばっかり見てましたが 淡い記憶では ムー大陸もその頃知ったような気がします
大人になって 精神世界 アセンション 超古代等に魅了されて あらためてムー伝説に出会って仰天!
いやいやこれは 「マンザラでもない話やんけー」と思わせる話がゴロゴロ出てきまして 「ムー信者」になってしまいました
ちなみに持論ですが 精神世界 アセンション 超古代 など 私が取り上げる話は すべて繋がっていて どれかひとつ欠けてもだめなのです 人間の日々の生活まで 網羅してこそのものであると確信しています すべて人類の未来のためなのだと
私の信書「竹内文書」にも登場します
超古代の地図に ミヨイ(ムー) タミアラ(アトランティス)の表記があります
竹内文書は 日本がルーツ としていますので 日本から派遣された五色人と黄金人(日本人)が住んでおり 統治していた楽園だったが ノアの洪水らしき天変地異で沈没 天空浮船(UFO)で 日本などに非難したといわれています
そう 天皇家をルーツとした現日本人は 正統なムー一族の末裔である! ということになります (そんなTVドラマありましたね~ 因果かな?)
そして 何年か前に発見され話題になった 与那国島沖の海底神殿は 「ムー時代のものではないか」 という話まで出てきました
(もし本物の人工遺跡ならば 世界最古!になるそうです TVで白人考古学者が 「これは自然にできたものだ」と否定していましたが どう見ても人工なのはあきらか! なぜそんな無理のある否定をするのか 私は知っています なぜなら 日本がルーツであることを 彼らは認めたくないのです)
また 同じく私の信書ミシェル・デ・マルケ氏の著書「超巨大文明の真相」によると
宇宙全体のレベルを示す「カテゴリー」であらわすと 最高9に対し ムーはカテゴリー3にまで到達していたそうだ(一説によるとアセンション間近で墜落)
ちなみに地球はカテゴリー1の幼稚園レベルだとのこと トホホ・・・ (詳しくは 私の読者おせんさんの記事をご覧ください)
お金というものは存在せず 欲しいものは無理なく手に入る生活だったようです
人々は貢献という意味で働き 労働時間は約三時間 あとは 瞑想や音楽などで 心安らぐ 己を高めるために時間を費やしていたそうです
まさしく楽園そのものですね 憧れますなあ~
しかし 現代同様 宗教的権力の誇示などで争うようになり それが神の怒りに触れ 天変地異というかたちで破滅という結果でありました
私が思うに このムー大陸時代は 現世のひとつ前の世であったのではないかと考えています
レムリアに関しては知識不足でわかりませんが その時代アトランティスも存在し エジプトも同じときに破滅したのだろうと・・
古代エジプト文明はおそらく四、五千年前ではなく 同じ時代だと思います スフィンクスの頭部がすり替えられる前
あそこはそのあとに 何者かが統治したのでしょう
以前少し紹介したアニメ「ムーの白鯨」のムーVSアトランティスの話なんかも 意外とホントかもしれませぬ
そして海底に沈んだムー一族の生き残りが レムリア人と共に 今地球の内部で生活しているのです!
そう 地球空洞説です!
人類のアセンションを助けるために じっと 地底深く待機しているのです とは 私の信ずる大ファンタジーです (空洞説はまた折を見て 取り上げたいと思います)
私たち現代人が目指すのは このムーの楽園なのかもしれません しかも今度は失敗はできません
竹内文書同様 この話も世の中では イカサマ扱いです 「アトランティスはあったがムーはなかった」と根拠のない戯言をぬかす人もいますが
ムーの末裔として 世界を変えるのは やはり 日本人!・・・・か?
ムーは又機会があればお話します 乱文お許しください
デハ
追話
昔 ちょっとだけファンだった菊池桃子のユニット「ラ ムー」ってのがありました 「なんだこりゃ?」という悲しい音楽だった記憶があります
追話 弐
上記のような話は 昔のブログとも関連してますので ぜひご覧ください すんごい面白い?ので