これは 私が平成十八年に書き記したものを 一部修正し 転載したものです
第五話 「音道とジャンル」
実は これが一番やっかいな代物である
本来 真の音楽にとっては ジャンルなど必要ないのは 明白
が しかし これがないと いろいろ都合が悪いのも また明白
人に説明したり 音楽業界が提示する目安としての役割など 存在理由は多くあるだろう
そもそも ジャンル分けは困難極まりない 音楽の何を基準にするのか
リズムパターン 発祥地 時代 聴こえ方 精神論等 様々だ
時代が進むにつれ 多様化も進む そうなれば泥沼だ
どのジャンルも細分化され 結局 知ったかぶるジャーナリストと
そのジャンルのファンだけのものになる これではあまり存在価値がない
音楽理論の側面からみると 基本的には二つのジャンルしかない
西洋音楽(十七世紀以降)と他の民族音楽である
今日 一般的に耳にするものは ほとんどが西洋音楽の理論に基づいたものである
十二音階を使ったものいえばわかりやすいだろう
かたや 例えば東洋の音階は 沖縄音楽のように 音階を限定したもの
一音と一音の間を存分に使ったものなどがある
なぜ世界が 理論上の西洋音楽で覆われてしまったのかを考えるほうが 実はもっとも音道的であるのだが それはいずれお話しする
最も恐ろしい(あってはならない)のは 演奏家などの送り手が ジャンルに囚われることである
こういう話ですぐ思い浮かぶのは クラシックとジャズの音楽家たちだ
もちろん例外の方もおられるが
他の音楽に対しての 差別 見下し 明らかである 多いように思う
(口にしなくてもわかるのだよ 波動でね)
「我々 高等で難解な音楽をする者にとっては ロックやポップスは 幼稚で低俗である」
という具合に・・
「大人の男は ジャズを聴くべし」などと 口に出して言う輩までいる
これこそが低俗である
しかし これが逆にいい目安になる
こういう事を言う人間は 真の音楽を分かっていないという事であるわけだ
ともかく ジャンルに囚われる者は 創造性溢れる音楽を創れるはずがない 断言できることだ
上記のような方々に言っておく
音楽は学問ではない 音楽のガクの字を間違ってはいけない 学ではないのだ
無論”楽”しむという意味だけでもない
精神や魂 宇宙の産物である音楽を 感じることから始めるべきである
赤ん坊のときに すでに知っていたことであるのだよ
音道的にいえば 内的に ジャンルを超越した”何か”を見極めることが 最も重要である
それは 人道とて同じ事
*本日のあとがき*
ずいぶんと偉そうな事いってますなあ 気にさわった方はごめんなさい
よく聞かれて一番困るのは 「ハードロックとヘビーメタルの違い」 難しい・・・ ひとそれぞれ違うし・・・
ジューダス・プリーストとヴァン・ヘイレンみたいな感じ? そっちも今は 難解な細分化がされているようですが・・
結局優れたアーティストは それ自体がジャンルになるのですよ
デハ