荻窪、高円寺、京都、和歌山、長崎
先先週末は、仕事が終わってから東京へ直行。
深夜11時半頃から車で行く。運転担当は私。
途中、いつものように足柄SAで車中泊。
土曜の朝、東京へ着。
東京経済政策研究会、エネルギー研究会を終えてから、カラオケへ。
なぜかごく自然に誰かがコスプレをしようといいだし、
男性四人でコスプレカラオケ。
違和感、全くなし。
荻窪に駐車している車へ戻り、車中泊。
そうそう。京王線で車内パフォーマー出現(単なる酔っぱらい高齢者)。
しかしそれがきっかけで、隣の見知らぬ女性と実に楽しく会話。
彼女は浜田山で降りていった。
二度と会うことはないだろうが、東京でもこういうことがある。
翌朝、日曜一番のスーパー銭湯へ行ってから、哲学道場へ。
「フィクションとは何か」で4時間ほど議論バトル。
それが終わると、市議会議員さんと秋葉原へ。
今更ながらメイドカフェへ行き。にゃんにゃんをしてくる。
日曜の夜、東京を出発。京都へ向かう。深夜4時、京都着。
運転はもちろん私。運転体力は健在。
月曜は、長崎へ移動。木曜日昼まで会社経営。
売り上げ激減ゾーンへ突入。これを乗り切る策を指示。
木曜夕方、飛行機で京都へ帰る。
木曜と金曜は、一乗寺の寮の契約更新、京都で立ち上げ中の会社
その他雑務に追われつつ、夜は塾講師。受験直後のため、コマ数
も少なく、比較的楽。
しかしながら、土曜日の早朝から教え子たちと日帰り旅行へ。
高知行きを変更し、福井東尋坊行きを再変更。ノリで和歌山へ。
個人的案収穫は、高速道路を偶然降りた有田市内。
そこで偶然たちよった喫茶店。
自称「お金持ち」の喫茶店オーナーが、みかんを送料サービス
で定期的に無料で送ってくれることに。
深夜京都へ着。
日曜日の早朝から、福祉ボランティア団体のバザーの手伝いをする。
テントの設営や値札付けなど。
午後からは日曜大学。前半の左翼論争で盛会となった上に、
<一神教学会>から講師が来て議論が盛り上がる。
ステーキのドンでなごやかに夕食。それもつかの間。
教え子たち第二弾ツアーは長崎。
4人を乗せて日曜日の深夜から長崎へ。
もちろん、運転は私。
月曜朝、長崎着。教え子たちをハウステンボスへ見送り、
会社へ。mixi日記を書く。
・・・・・とまあ、こんなかんじですか。
かかってきた電話で近況を話した。
元気か?と聞くので元気だよお!といったら、
その友人が、ぼそりと
「おまえの体、絶対、おかしい」
以前から疲れというものがよく分からない体質
で、しかも出来事をどんどん忘れるため、
気がつかなかったが、思い返してみれば、
これはちょっとハードな生活かもしれない。
しかもこれからも続く。
明後日の京都への復路ドライブが待っている上に、
今週末は、車椅子を押しながらの1泊旅行。
それが終わったら、新潟遠征。
それが終わったら長崎へお仕事。
移動しまくり。
ああ、私の肉体に、幸あれ!
深夜11時半頃から車で行く。運転担当は私。
途中、いつものように足柄SAで車中泊。
土曜の朝、東京へ着。
東京経済政策研究会、エネルギー研究会を終えてから、カラオケへ。
なぜかごく自然に誰かがコスプレをしようといいだし、
男性四人でコスプレカラオケ。
違和感、全くなし。
荻窪に駐車している車へ戻り、車中泊。
そうそう。京王線で車内パフォーマー出現(単なる酔っぱらい高齢者)。
しかしそれがきっかけで、隣の見知らぬ女性と実に楽しく会話。
彼女は浜田山で降りていった。
二度と会うことはないだろうが、東京でもこういうことがある。
翌朝、日曜一番のスーパー銭湯へ行ってから、哲学道場へ。
「フィクションとは何か」で4時間ほど議論バトル。
それが終わると、市議会議員さんと秋葉原へ。
今更ながらメイドカフェへ行き。にゃんにゃんをしてくる。
日曜の夜、東京を出発。京都へ向かう。深夜4時、京都着。
運転はもちろん私。運転体力は健在。
月曜は、長崎へ移動。木曜日昼まで会社経営。
売り上げ激減ゾーンへ突入。これを乗り切る策を指示。
木曜夕方、飛行機で京都へ帰る。
木曜と金曜は、一乗寺の寮の契約更新、京都で立ち上げ中の会社
その他雑務に追われつつ、夜は塾講師。受験直後のため、コマ数
も少なく、比較的楽。
しかしながら、土曜日の早朝から教え子たちと日帰り旅行へ。
高知行きを変更し、福井東尋坊行きを再変更。ノリで和歌山へ。
個人的案収穫は、高速道路を偶然降りた有田市内。
そこで偶然たちよった喫茶店。
自称「お金持ち」の喫茶店オーナーが、みかんを送料サービス
で定期的に無料で送ってくれることに。
深夜京都へ着。
日曜日の早朝から、福祉ボランティア団体のバザーの手伝いをする。
テントの設営や値札付けなど。
午後からは日曜大学。前半の左翼論争で盛会となった上に、
<一神教学会>から講師が来て議論が盛り上がる。
ステーキのドンでなごやかに夕食。それもつかの間。
教え子たち第二弾ツアーは長崎。
4人を乗せて日曜日の深夜から長崎へ。
もちろん、運転は私。
月曜朝、長崎着。教え子たちをハウステンボスへ見送り、
会社へ。mixi日記を書く。
・・・・・とまあ、こんなかんじですか。
かかってきた電話で近況を話した。
元気か?と聞くので元気だよお!といったら、
その友人が、ぼそりと
「おまえの体、絶対、おかしい」
以前から疲れというものがよく分からない体質
で、しかも出来事をどんどん忘れるため、
気がつかなかったが、思い返してみれば、
これはちょっとハードな生活かもしれない。
しかもこれからも続く。
明後日の京都への復路ドライブが待っている上に、
今週末は、車椅子を押しながらの1泊旅行。
それが終わったら、新潟遠征。
それが終わったら長崎へお仕事。
移動しまくり。
ああ、私の肉体に、幸あれ!
よく考えたら、そばには車椅子
よくよく考えたら車椅子の方々が常にそばにいまして、
大げさにいえば、人生の半分は車椅子がそばにある生活
だったように思います。
おおまかな系譜を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1 障害者自立支援活動ボランティア
障害者の自立生活。今でこそ珍しくない活動ですが、
当時は財源もなく、障害者の方々が共同生活を送ること
は、まだまだ異端視されていました。
「青い芝の会」の残党(?)の様な方々が行っている
自立生活に携われたことは、私のその後の福祉活動に、
大きく影響を受けました。
偏見がないということは、注目したり、かまったり、
ましてや、お世話をしてあげたりすることではなく、
無視さえできるということだ(=保護対象、可哀相な
対象という先入観からの脱却)という精神を、身障の
当事者であるK戸さん達から学びました。
2 QOL山科
京都市内の地域福祉ボランティアに事務局ボランテ
ィアとして関わっています。会員は、高齢者がメイン。
スタッフは、診療所医療職員、特養施設職員がほとんど。
活動としては、銭湯を借り切って、銭湯に入れてあげ
たり、日帰り外出や、1泊2日程度で忘年会にいったり
しています。
ただ、現在、維持のみで精一杯。私自身も、足を遠の
かせてしまい、他にスタッフに申し訳ないなあ、と。
3 レボラ
重度身障者が当事者となって活動しているもの。
私の福祉活動のメインコンセプトは当事者主権。これ
までの福祉系の活動は、全てこの活動に集約されている
ため、このレボラは別項を創ります。
10人前後で、以下のようなところに格安旅行をして
きました。
海外=香港、北京、上海、台北、韓国
国内=長崎、近畿周辺、そして琵琶湖で湖水浴(全員)
4 その他
2005年、各種のハンデキャップを体験する<ハンデ
キャプター>をT井さんをメインにやりました。まだ学
生のT井さんが、新聞取材をすっぽかしてしまったことは、
まだ記憶に新しいです。
2007年、幼稚園児を車椅子に親しませる活動をやり
ました。休み時間、元気に遊んでいる子ども達の中に、車
椅子が入ってゆくのですが、園児達のおっかなびっくりの
表情や、慣れてからの興味深げな顔に動作が印象的でした。
京都市伏見区大黒寺付属の幼稚園でした。
大げさにいえば、人生の半分は車椅子がそばにある生活
だったように思います。
おおまかな系譜を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1 障害者自立支援活動ボランティア
障害者の自立生活。今でこそ珍しくない活動ですが、
当時は財源もなく、障害者の方々が共同生活を送ること
は、まだまだ異端視されていました。
「青い芝の会」の残党(?)の様な方々が行っている
自立生活に携われたことは、私のその後の福祉活動に、
大きく影響を受けました。
偏見がないということは、注目したり、かまったり、
ましてや、お世話をしてあげたりすることではなく、
無視さえできるということだ(=保護対象、可哀相な
対象という先入観からの脱却)という精神を、身障の
当事者であるK戸さん達から学びました。
2 QOL山科
京都市内の地域福祉ボランティアに事務局ボランテ
ィアとして関わっています。会員は、高齢者がメイン。
スタッフは、診療所医療職員、特養施設職員がほとんど。
活動としては、銭湯を借り切って、銭湯に入れてあげ
たり、日帰り外出や、1泊2日程度で忘年会にいったり
しています。
ただ、現在、維持のみで精一杯。私自身も、足を遠の
かせてしまい、他にスタッフに申し訳ないなあ、と。
3 レボラ
重度身障者が当事者となって活動しているもの。
私の福祉活動のメインコンセプトは当事者主権。これ
までの福祉系の活動は、全てこの活動に集約されている
ため、このレボラは別項を創ります。
10人前後で、以下のようなところに格安旅行をして
きました。
海外=香港、北京、上海、台北、韓国
国内=長崎、近畿周辺、そして琵琶湖で湖水浴(全員)
4 その他
2005年、各種のハンデキャップを体験する<ハンデ
キャプター>をT井さんをメインにやりました。まだ学
生のT井さんが、新聞取材をすっぽかしてしまったことは、
まだ記憶に新しいです。
2007年、幼稚園児を車椅子に親しませる活動をやり
ました。休み時間、元気に遊んでいる子ども達の中に、車
椅子が入ってゆくのですが、園児達のおっかなびっくりの
表情や、慣れてからの興味深げな顔に動作が印象的でした。
京都市伏見区大黒寺付属の幼稚園でした。
懐かしい!2005年時点でのSTUDY UNION
2005年8月時点でのSTUDY UNIONの紹介です。
1993年インターカレッジの討論会団体として立ち上がって以来、まじめな活動から面白おかしな活動まで、多種多様な活動をしています。
終了してしまった活動を含めれば、その活動総数は優に150は超えるかと。
★モットーは、
・目が見える範囲の人数で活動を展開すべし。
・思い立ったら即呼びかけ、活動を開始すべし。
・組織に縛られない自由な雰囲気を堅持すべし。
・NPOという戦略性で社会に切り込むべし。
・全て独立会計。原則タダでやるべし。
・逞しき知的好奇心と炎の知的誠実さもモットー?
~~~~~~~~
現在の活動の系列
~~~~~~~~
1研究系=NPO法人日曜大学など4種
2学習系=新書を月1冊読む「知の探検隊」など2種
3経営系=「学生寮」の運営
4当事者系=「重度障害者外出支援」など3種
5体験系=「児童館企画」「大人の社会見学」など3種
6芸術系=「街頭表現活動」「映画制作」など4種
7交流系=「競技カラオケ」など
8スポーツ系=「登山」「水泳」
9イベント系=「春期合宿」「年末お楽しみ会」など3種
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
爆笑な活動例(活動を終了したのもあります)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・強臭果実ドリアンを三条大橋の下で公然と食す会
・京都市長候補者と四条河原町で街宣車同士で討論会
・台風接近!拡声器にて上陸阻止を必死に訴える活動
・野球場を借り切って野球の応援の練習
・橋の上から13メートル下の川に飛び込む活動
・集まって無言で本を読んで解散する会
・耐久立ち読み大会
・各斑対抗!奉賀式合唱大会
・2月15日、古チョコ回収車市内巡回
・京都-大阪間をキックボードで行く
・電車の各駅に講師を待たせ、交代で連続講義をする
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なるほどな活動例(独立してしまったものもあります)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・科学カフェ京都
→自然科学者と市民の対話を重視する交流系講演会
・KYOTO LETS
→LETS方式の地域通貨団体
・京都市政を考える会
→現職議員を交えながら政策提言形成
1993年インターカレッジの討論会団体として立ち上がって以来、まじめな活動から面白おかしな活動まで、多種多様な活動をしています。
終了してしまった活動を含めれば、その活動総数は優に150は超えるかと。
★モットーは、
・目が見える範囲の人数で活動を展開すべし。
・思い立ったら即呼びかけ、活動を開始すべし。
・組織に縛られない自由な雰囲気を堅持すべし。
・NPOという戦略性で社会に切り込むべし。
・全て独立会計。原則タダでやるべし。
・逞しき知的好奇心と炎の知的誠実さもモットー?
~~~~~~~~
現在の活動の系列
~~~~~~~~
1研究系=NPO法人日曜大学など4種
2学習系=新書を月1冊読む「知の探検隊」など2種
3経営系=「学生寮」の運営
4当事者系=「重度障害者外出支援」など3種
5体験系=「児童館企画」「大人の社会見学」など3種
6芸術系=「街頭表現活動」「映画制作」など4種
7交流系=「競技カラオケ」など
8スポーツ系=「登山」「水泳」
9イベント系=「春期合宿」「年末お楽しみ会」など3種
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
爆笑な活動例(活動を終了したのもあります)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・強臭果実ドリアンを三条大橋の下で公然と食す会
・京都市長候補者と四条河原町で街宣車同士で討論会
・台風接近!拡声器にて上陸阻止を必死に訴える活動
・野球場を借り切って野球の応援の練習
・橋の上から13メートル下の川に飛び込む活動
・集まって無言で本を読んで解散する会
・耐久立ち読み大会
・各斑対抗!奉賀式合唱大会
・2月15日、古チョコ回収車市内巡回
・京都-大阪間をキックボードで行く
・電車の各駅に講師を待たせ、交代で連続講義をする
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なるほどな活動例(独立してしまったものもあります)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・科学カフェ京都
→自然科学者と市民の対話を重視する交流系講演会
・KYOTO LETS
→LETS方式の地域通貨団体
・京都市政を考える会
→現職議員を交えながら政策提言形成
これまでの変歴(遍歴ではない)
================================
2011年5月現在の基本行動パタン
================================
★隔週 水曜朝~金曜夕方まで 長崎市内
仕事内容:造船会社と風力発電会社の経営
★毎週 月曜日と火曜日 京都市内
仕事内容:高校大学受験指導
★隔週 水曜日~金曜日
仕事内容:研究活動(左京区一乗寺のキャンパスにて)
★週末土日 STUDYUNIONの活動
=================
これまでの変歴
=================
2011 ・3月SUファンド破綻。消失金額500万円超。
2010 ・調子に乗って2つほど会社を創る。1つは既に挫折。
2009 ・活動資金としてのSUマイクロファンドを創設。
・ミンダナオ島保育園建設、関東遠征再開、岡山遠征開始。
2008 ・電撃結婚。結納の場で、父が倒れる。
・父の長崎の会社(造船)を引き継ぐ。
・ロータリークラブへ入る
2007 ・SUの活動範囲、浜松と名古屋にも拡張。
2006 ・SUの活動範囲を鳥取にも拡張。
・鞍馬山山中で空海の真言を1万回唱えてみる。
2005 ・行動範囲を関東に再拡張。月1回、みんなで関東遠征。
・<科学カフェ京都>法人化。事務局長就任。
2004 ・アジアン・レストランの経営をやる
・2階建て学生寮20部屋を丸ごと賃借して共同生活
・映画製作に凝る。主な作品「成熟社会下にける革命」。
2003 ・NPO法人日曜大学設立。大学の理事長(!?)に就任。
・エスペラント語の習得に努める。
2002 ・自家用車に住み込んで、1年間国内移動生活
・キックボードで大阪~京都間を挑戦!
・当時話題の白装束集団を白装束で追跡してみる。
2001 ・失恋!可哀相な崎山君を慰める会、大々的に開催
・京都-千葉-広島-長崎を、車で一気に運転。
2000 ・引きこもり男性と共同生活(→その後、自活に成功)
・京都で地域通貨システム立ち上げ
1999 ・ひとまず貯金を半分ほど食いつぶす
・新しい生活方法「ネオ・フリーター宣言」を打ち出す
1998 ・ほぼ予定通り5年で、旧文部省辞職。
・非行少年のボランティア活動(BBS)の役員やる
1993 ・STUDY UNIONを立ち上げ
・街頭表現集団<BEX>組織。活動開始。
<公務員時代>
・朝日新聞に街頭演説「地球の重力反対!」をやっている姿が載る。
・麻薬捜査官が間違ってやってきて、よってたかって家宅捜索をやられる。
・やりたがりの性格がたたり、職務以外に5つの役職あり。
・辞めたのを1年間、親に隠し通す
<大学生時代>
・4つの学生運動団体を3ヶ月ずつ体験。
・8つの新興宗教団体を1年間、体験巡り。
・大阪~長崎間を真夏3日で走破(自転車)。
・体育会ワンダーフォーゲル部所属。
・文化学術アソシエーション<パラダイム>というのを主宰。
<高校生時代>
・七回目の骨折はセンター試験も迫っての右腕骨折。受け狙いで大車輪に失敗。
・避難梯子にカンズメセット、トンファーと巨大筆箱を携帯して毎日登校。
・机の中は貸し出しおもちゃの箱、机の上にはふりかけセットが常時あった。
・コーラス部と化学部に所属。
<それ以前>
・中学生時代、進学校の抽選にもれて校内暴力に晒されまくる学校に行く。
鬼畜ヤンキーと教師たちの葛藤を学習する。
クラブは写真部。部員は1名のみだった。
・小学生時代、とんんでもモノ収集とお勉強が趣味。誕生日のプレゼントは問題集。
給食「きゅうりの塩もみ」の食べすぎで急性脱水状態に。
2011年5月現在の基本行動パタン
================================
★隔週 水曜朝~金曜夕方まで 長崎市内
仕事内容:造船会社と風力発電会社の経営
★毎週 月曜日と火曜日 京都市内
仕事内容:高校大学受験指導
★隔週 水曜日~金曜日
仕事内容:研究活動(左京区一乗寺のキャンパスにて)
★週末土日 STUDYUNIONの活動
=================
これまでの変歴
=================
2011 ・3月SUファンド破綻。消失金額500万円超。
2010 ・調子に乗って2つほど会社を創る。1つは既に挫折。
2009 ・活動資金としてのSUマイクロファンドを創設。
・ミンダナオ島保育園建設、関東遠征再開、岡山遠征開始。
2008 ・電撃結婚。結納の場で、父が倒れる。
・父の長崎の会社(造船)を引き継ぐ。
・ロータリークラブへ入る
2007 ・SUの活動範囲、浜松と名古屋にも拡張。
2006 ・SUの活動範囲を鳥取にも拡張。
・鞍馬山山中で空海の真言を1万回唱えてみる。
2005 ・行動範囲を関東に再拡張。月1回、みんなで関東遠征。
・<科学カフェ京都>法人化。事務局長就任。
2004 ・アジアン・レストランの経営をやる
・2階建て学生寮20部屋を丸ごと賃借して共同生活
・映画製作に凝る。主な作品「成熟社会下にける革命」。
2003 ・NPO法人日曜大学設立。大学の理事長(!?)に就任。
・エスペラント語の習得に努める。
2002 ・自家用車に住み込んで、1年間国内移動生活
・キックボードで大阪~京都間を挑戦!
・当時話題の白装束集団を白装束で追跡してみる。
2001 ・失恋!可哀相な崎山君を慰める会、大々的に開催
・京都-千葉-広島-長崎を、車で一気に運転。
2000 ・引きこもり男性と共同生活(→その後、自活に成功)
・京都で地域通貨システム立ち上げ
1999 ・ひとまず貯金を半分ほど食いつぶす
・新しい生活方法「ネオ・フリーター宣言」を打ち出す
1998 ・ほぼ予定通り5年で、旧文部省辞職。
・非行少年のボランティア活動(BBS)の役員やる
1993 ・STUDY UNIONを立ち上げ
・街頭表現集団<BEX>組織。活動開始。
<公務員時代>
・朝日新聞に街頭演説「地球の重力反対!」をやっている姿が載る。
・麻薬捜査官が間違ってやってきて、よってたかって家宅捜索をやられる。
・やりたがりの性格がたたり、職務以外に5つの役職あり。
・辞めたのを1年間、親に隠し通す
<大学生時代>
・4つの学生運動団体を3ヶ月ずつ体験。
・8つの新興宗教団体を1年間、体験巡り。
・大阪~長崎間を真夏3日で走破(自転車)。
・体育会ワンダーフォーゲル部所属。
・文化学術アソシエーション<パラダイム>というのを主宰。
<高校生時代>
・七回目の骨折はセンター試験も迫っての右腕骨折。受け狙いで大車輪に失敗。
・避難梯子にカンズメセット、トンファーと巨大筆箱を携帯して毎日登校。
・机の中は貸し出しおもちゃの箱、机の上にはふりかけセットが常時あった。
・コーラス部と化学部に所属。
<それ以前>
・中学生時代、進学校の抽選にもれて校内暴力に晒されまくる学校に行く。
鬼畜ヤンキーと教師たちの葛藤を学習する。
クラブは写真部。部員は1名のみだった。
・小学生時代、とんんでもモノ収集とお勉強が趣味。誕生日のプレゼントは問題集。
給食「きゅうりの塩もみ」の食べすぎで急性脱水状態に。
資産運用の始まり
株研究会 第1期2004.6~2005.2
私の資産運用への取り組みはここから始まりました。
第1期研究会では、中国株を検討。実際に購入し、70%程度の利益を収めました。
この時の理論は、その後も私の資産運営に生きています。
現在は、FX、個別株(中国)、投資信託(ベトナム、リートなど)での構成です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1 きっかけ
「中国株で○○万円もうかる」本を検討しようというのが目的。
当時数学科の大学院生で、映画撮影でも主役を務めてくれたI本さんと組んで始め、
途中から、当時SU副代表のY田さん、そしてI田さんにもよく参加していただいた。
目的は、実地で学ぶ経済学。あるいは、経済理論はどこまで株価予測に応用できるか。
私としては、株はバクチであるから理論ぶるな!を実証することでもあった。
2 やりかた
レジメ発表者が2名程度とそれに続く議論。メインは当然議論にある。毎月1回開催。
第一回は、まったくのド素人な我々が、株について教え合うところから始まっている。
レジメは、I本さん「株の歴史」と、私「株という制度」
その後、研究会の内容は、『ニューヨークのランダムウォーカー』を初回として様々な
書籍検討に移ってから、最後に持論の展開まで行った。
3 経過
私は、株に関しては、「競馬よりはましだが、バクチである」と主張して(ランダム
ウォーク論)、先進国の株を個別購入することを一蹴。
ただし、先進国に追いつこうとしている高度成長段階の国は、GDP成長率成長率が
概して高い。そして株価平均は、GDP成長率とは関係性が深いので、このようなキャッ
チアップ国であれば、そしてさらに、その国の基幹産業であれば、中期保有以上で利益が
出るはず、とした。
おおまかには合意したI本さんと検討の上、石油会社、電信会社、鉄鋼会社の三社を実
際に購入。これは全て大きく上昇し、大成功を収めた。
※なお、このときの発表論文に関しては、別にブログあり。
私の資産運用への取り組みはここから始まりました。
第1期研究会では、中国株を検討。実際に購入し、70%程度の利益を収めました。
この時の理論は、その後も私の資産運営に生きています。
現在は、FX、個別株(中国)、投資信託(ベトナム、リートなど)での構成です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1 きっかけ
「中国株で○○万円もうかる」本を検討しようというのが目的。
当時数学科の大学院生で、映画撮影でも主役を務めてくれたI本さんと組んで始め、
途中から、当時SU副代表のY田さん、そしてI田さんにもよく参加していただいた。
目的は、実地で学ぶ経済学。あるいは、経済理論はどこまで株価予測に応用できるか。
私としては、株はバクチであるから理論ぶるな!を実証することでもあった。
2 やりかた
レジメ発表者が2名程度とそれに続く議論。メインは当然議論にある。毎月1回開催。
第一回は、まったくのド素人な我々が、株について教え合うところから始まっている。
レジメは、I本さん「株の歴史」と、私「株という制度」
その後、研究会の内容は、『ニューヨークのランダムウォーカー』を初回として様々な
書籍検討に移ってから、最後に持論の展開まで行った。
3 経過
私は、株に関しては、「競馬よりはましだが、バクチである」と主張して(ランダム
ウォーク論)、先進国の株を個別購入することを一蹴。
ただし、先進国に追いつこうとしている高度成長段階の国は、GDP成長率成長率が
概して高い。そして株価平均は、GDP成長率とは関係性が深いので、このようなキャッ
チアップ国であれば、そしてさらに、その国の基幹産業であれば、中期保有以上で利益が
出るはず、とした。
おおまかには合意したI本さんと検討の上、石油会社、電信会社、鉄鋼会社の三社を実
際に購入。これは全て大きく上昇し、大成功を収めた。
※なお、このときの発表論文に関しては、別にブログあり。