当時、公認会計士の論文試験は、7月の下旬に、3日間かけて行われました。
たいていその頃は、うっとうしい梅雨がちょうど明ける時期なので、世間的には非常に嬉しいのでしょうが、受験生にとっては、その暑さが地獄だったりします。
私が受験した場所は、関東圏だったので早稲田大学でした。
試験会場となる教室は、冷房が効きません。30度を超える炎天下での体力勝負となります。
また、これは余談ですが、受験会場がどの地域かによって、環境が天と地ほどの差だったんですね。たとえば、当時、東海や仙台の方で受験する場合には、会場に冷房が効いており、非常に快適な受験環境でした。したがって、東京在住の受験生でも、わざわざ地方にホテルを予約して、泊り込みで越境受験する人が非常に多かったのです。
私は、初日の商業簿記でちょっとしたイージーミスをしてしまいました。
ただ、その後うまく気持ちを切り替えればよかったのですが、やはりそこは受験初心者、経験不足を見事に露呈してしまったのです。結局、それが後の2日間に暗い影を落としてしまい、後日見直すと、「演習の時には出来てた論点じゃないか!」という所を3つほど落としていました。
それでも、いろいろと他の受験生の出来具合を聞くと、まだそれほど致命的なミスは無かったように思えたので、五分五分くらいに考えていました。
2ヵ月半後の10月上旬、運命の合格発表の日がきました。
その日は、大手町にある関東財務局の合同庁舎に、合格者の氏名と受験番号が張り出され、また官報も発行されます。
ただ、各専門学校の方で、発表後いち早く情報を入手し、合格した受験生には電話で連絡してくれるので、私は静かに自宅で朗報を待つことにしました。通常は、合格した人は午前中に連絡を受け、その日の夕方に行われる合格祝賀会に呼ばれるのです。
やはり前の日は全く眠れないままに、朝を迎えました。
朝9時ジャスト、そろそろ合格者名簿が張り出されており、一方では官報が発行されている頃です。
私は、部屋の中をぐるぐる歩きながら、あてどもなく電話が鳴るのを待っていました。
時計が9時半を指しました。
「リリリリーン!」