1881年 ハンガリの現在はルーマニア領で生まれ、1945年NYで亡くなりました。
ピアノの名手であり、自作自演の録音は圧巻です。
作曲家としては、コダーイの項で書きました通り、
ハンガリーのみならず、遠くはアフリカまで、
土地に残る土着の民謡~わらべうたの採集・研究に人生を費やし、
その数々のメロディーを使って独自の曲を数多く残しました。
1940年、ハンガリーの政情に深い失望の念を抱き、アメリカに渡ります。
NY コロンビア大学の研究員となりますが、不遇のまま白血病を患い、
そのままNYで帰らぬ人となりました。
ジュリアード音楽院の恩師・バルトークの高弟ジョージ・シャンドール先生は
バルトークを追ってアメリカに渡りました。おふたりのレッスン風景の大きな写真は
長いことブダペストの「バルトーク記念館」に飾ってあり(渡米直前までの自宅)
それを見るのは大層うれしいものでした。
NY市内 西57丁目通りの、8番街と9番街の間には
バルトークの住んだマンションの一室があります。
建物の1階には、今でもバルトークが住んだ証のプレートがかかっています。
世の中に出回っているバルトークの写真
いささか気むづかしそうで繊細なお顔つきの印象ですが、
実のところ、子ども好きで明るい方だったと。
シャンドール先生には、バルトークを良くご存知ゆえの貴重なお話の数々を
お聞きしました。今となっては懐かしい思い出です。

動画は「ルーマニア民族舞曲」
ハンガリーの民族バンド;ムジカーシュとオーケストラの競演、
ピアノ独奏とは一味違う趣です。ムジカーシュは来日公演もしている
ハンガリーの人気民族音楽グループです。