九州ふりかえりメモ📝
鹿児島を出たのちは、宮崎・高千穂峡へ移動しました。
ぜひ一度おでかけください。
河原に数千個と積まれた石が強烈です。ここで石を積むのは、よっぽどの悲願のある時にしたほうがいいのではないかしら。
大分・幣立神社は知る人ぞ知る、まだ外国人観光客がすくない穴場でした。
ここは確かに上古代(縄文)から続く信仰の場だろうと感じられるところです。封印も強そう。もう少しの辛抱なのかな。
そして、最後の長崎は夫のご先祖さん巡り。
しっとり巡ろうと思っていたら、着いたとたんに街全体がギラギラと光輝燦然でした。なんだこれはー
戦争商人グラバー。坂本龍馬を使って日本中で武器を捌かせたと言われますが、その息子トミーは、父に対し複雑な思いを抱いたと言われます。どの写真でもそっぽを向いています。
「倉場富三郎」の名で帰化し、地域産業に尽くし、地元神社の氏子にもなりましたが、長崎に爆弾投下されて3週間後に自死しました。複雑ですね。人の思いはなかなか微分積分できない。
夫のおばあちゃんは、ずいぶん複雑で、ハイカラな街から来たんだなあ。お嬢さんだった頃、グラバー一家とすれ違ったこともあったかな。
そんな長旅を終えて戻ってくると、吉祥寺は一層魅力を増して見えました。やっぱりここも好きだなあ。和製アンデルセン童話みたいな、どこか夢みたいな街。
気を取り直して、この街でまたしばらく働きます。
帰宅したその足で、ホスピスに入所中のクライアントМちゃんにメールしました。
大腸ぽんから肝転移し、余命宣告されてから、一年以上になります。ちょっと、Мちゃんについて書かせてもらっていいですか。
彼女にお守りを買っていたので、
「Mちゃん、旅から帰ったよ今から会いに行っていい?」
とメールしました。すると、
「兄です。Mは2日前に亡くなりました」
と返ってきました。
「今から葬儀なので、よければオンラインで見送ってやってください」。
それが、午前10時55分。葬儀のちょうど5分前でした。
呆然としすぎて…オンライン参列なんて初めて。この世のものと思えません。
まだ旅がつづいているんだろうか?
すっかり小さく、妖精のようになって。綺麗にエンバーミングされたMちゃんは、オレンジ色のブラウスを着て花々に囲まれ、静かに眠っていました。
そのオレンジ色の彼女を見た瞬間、腑に落ちました。
7年ほど前に、「ガンで亡くなる妹の葬儀」の夢を見たことがあって、ずっと不可解、恐怖感があったんですが、
予知夢ってズレますよね。あれは妹のような縁をもつМちゃんのことだったんだ。
ふたつ年上の彼女、やはり55ゾーンでした。
旅に出る前日、ホスピスにいる彼女に会おうと連絡しましたが、返事がずいぶん後から来て、すれ違いました。
旅の最終週、夫が「Mちゃんにお土産を…」となぜか悲しそうに言い出して、神社で彼女にだけお守りを買いました。
その日からMちゃんは昏睡状態になっていたそうです。
約3年前にアメリカでがんを発病し、2年前からうちに通ってくれました。施術をするうちに友達になり、お金はもう戴かなくなって、車で安曇野にお連れしたりしました。
そんなことをしてしまうクライアントは滅多にいなくて、なぜなのかわかりませんでした。
少年隊とか美少年が好きで、お姫様ふうなお洒落が好きで、パンやスイーツが好きな彼女、私とはあんまり趣味が合わなかった😆
でもユーモアたっぷりで、大腸が破裂して凄い状態になっても「SIRIが訴える〜」とか「イナバの白うさぎ状態や」とか言って、やけくそで皆を笑わせていました。
その精神力はどこからくるのか。ーー4歳のとき父が交通事故でなくなり、その翌日に母が服毒自殺し、親族に苛められて育ち、という壮絶な生い立ちからなのか。
幼少のトラウマが病気に影響している可能性を、Mちゃんは自己分析していて、初対面から気丈にプレゼンしてくれました。
冷静さとユーモア、愛情深さ。そこに魅せられる友人も多くて、日米たくさんのカンパが寄せられ、ベッドにはいつも友達が付き添い、余命宣告から一年以上もユーモアたっぷりでした。
私は、そんな彼女の強さを信じて、「もっとメンタルを深掘りしよう」と鞭打ってばかり。
嫌がる外科手術も勧めました。「切れるなら、一刻も早く切った方がいい」、
西洋医療で慢性疾患は治せませんが、自然療法では間に合わない緊急事態があります、
でも乙女な彼女は、人工肛門を絶対に拒み、ありとあらゆる代替療法を試しました。
食事療法、鍼治療、温熱海水療法、バドガシュタイン鉱石療法、サンドバス、ヤング先生の腸もみ、生穀物、ハーブ療法、遠隔ヒーリング、ビタミンサプリ、ミネラルサプリ、、何十種と試しただろう。
ナースの資格を持ち、アメリカで学生カウンセラーとして激務をこなしていた彼女は、タスクのように代替療法をこなしました。
「心身ともに弱って冷えてるのに、そんなデトックス療法でがんに勝てるか」
「ドクターショッピングばかりすな」
「高額商品ばかり買うな」
私はうるさいことを言って、謎かけ問答ばかり。施術でなく鞭を打ってしまって。
なのに彼女は大好き大好きと言い続けてくれました。
私たちが長崎港を眺めて、生き死にを思っていた日、彼女は全ての闘いを終えました。
最期に、形見分けしてくれたように思います。
彼女の棺に入れられて、天まで連れ添ってくれた護符です。
シュー佐藤ちひろさんからのシェアでМちゃんに渡したものですが、元気が出ると言って、ずっと病室に貼ってくれました。
これがあったので余命宣告から1年以上生きられた!と言ってくれた、強いお守り。体の中に陽の光を取り込み、強烈に浄化します。
グラヴォボイ数列で使う浄化のシンボル
E=VS
(画像のマンダラはE=VSをマンダラ化したもの)
最期の最期に、棺が閉められる前に、これがオンラインのカメラに大映しされました。
「みんなにシェアしてあげて〜🫶」と、Mちゃん、いつものひょうひょうとした関西弁でおっしゃった。
もし励ましたい人、大事な人がいらしたら、さしあげてください。
どうもありがとうございました。

















