AFTERMOD E-PRESS 【vol.0024】(2010年2月14日号)


=index=

00【巻頭】『spec+α』
01【連載】佐藤慧『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』
02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
    『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』
03【回廊】佐藤慧『千の祈り』
04【告知】2月19日スクールアフタモード開講
     「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」
05【告知】安田菜津紀×渋谷淳志×今井紀明『ナイトカフェvol.1』
06【告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント
07【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇
08【後記】『居合的学習空間へ』


このメールはミラーです。本サイトはこちらから↓
【AFTERMOD E-PRESS】 http://www.aftermode.com/press/



00【巻頭】『spec+α』


 関東でも吹雪いたりと、ますます寒さが厳しくなっていっておりますね。そんな中、ヤハギクニヒコは軍艦島へ、佐藤慧は沖縄の琉球大学へと飛び回っておりました。さて、今回の佐藤慧の記事『人間遍路』はなんと海を越えてカリフォルニアの新聞(http://goo.gl/Le7bL )に掲載されたものを日本語にしたものです。ぜひ両方読んでいただければと思います。そして、ヤハギクニヒコと佐藤慧の対談も後編に突入。教育に対して激論を交わします。途中、respectについて佐藤慧がコメントするのですが、spec(t)とは“見”の意味です。どうも教育とは、教師が生徒にいかに見せるか、教師がいかに生徒を見るかという、見る・見られるの関係、spectacleの問題をはらんでいるようです。いかに日頃からinspect(調査)を行い、inputを増やし、自分のスペックを増設し、時にoutputする機会を得たときはどうaspect(概要)を考えつつ、specific(具体的)に伝えるか。そのヒントが盛りだくさんの回となりました。今後みなさんも、これから何かを行う機会、何かを行おうと思い立つことがあると思います。そのとき、ぜひ参考にしていただけたらと思いつつ今回のE-PRESSをお送りします。


(笠原正嗣)



01【連載】佐藤慧『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』



AFTERMOD E-PRESS

ザンビア北部の小さな村に位置する学校で、チャンダ氏
(29)は今日も障害児クラスで教壇に立っていた。障害児
クラスのある学校は稀で、ここには地区全域から集まる22
人の子供たちが通っている。チャンダ氏は主に聴覚障害を持
った子供たちを担当し、手話を巧みに使用しながら授業を進
めていた。そんな彼女は、自身もまた社会の中でのマイノリ
ティとしてその人生を送ってきた。



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アルビノ。先天性白皮症。先天的にメラニン色素が欠乏して
いる症状であり、彼女の皮膚は透き通るような白、髪は白み
がかった黄色、目は淡青色、陽の光に敏感で、アフリカの強
い日差しは彼女には眩しすぎる。黒人社会の中にあって、ア
ルビノであることは特異に映る。日本でも昔は白子と呼ばれ、
神の化身として崇められたり、若しくは不吉な子として忌み
嫌われたりしてきた歴史がある。アフリカでもそれは例外で
はなく、未だにウィッチドクター(魔女)による呪術、施術
の盛んな地域では、アルビノの人たちは生贄の対象とされた
り、呪術の秘薬として殺されたりする地域もある。近年隣国
のタンザニア、ブルンジでアルビノを狙った残虐な事件が多
発し社会問題となっているが、その多くが呪術用にアルビノ
の肢体を求めてのことだった。その肢体から作ったお守りを
持って鉱山へ行けば金が出る、などといったとても信じられ
ないような迷信もあり、アルビノという症状への理解が進む
のはまだまだ難しい状況だ。しかしザンビアでは、大概のコ
ミュニティで彼ら、彼女らもまったく普通の人として受け入
れられている。それは田舎ならではの社会の優しさと、ザン
ビア人特有の寛容性によるものだと思う。この地のHIVエイ
ズ感染率は16%を上回る。当然両親を無くしたエイズ孤児も
多く、そのような子供たちに対する政府の援助も届かない。
それでも、このコミュニティ内ではみなが助け合い、路上生
活をする孤児もいなければ孤独死を遂げる老人もいない。
みな助け合って生きているのだ。


AFTERMOD E-PRESS

「親戚の中には、私がアルビノであることを忌み嫌う人もい
ました」。5人兄弟の中、チャンダ氏だけがアルビノとして
生まれた。全く差別が無かったわけではない、と彼女は言う。
それでも、ほとんどの人はそんなことは気にせずに普通に接
してくれるという。現在29歳のチャンダ氏は教員生活8年
目に入った。現在は従兄弟との2人暮らし。仕事も忙しく、
両親のもとへは中々帰れない。結婚は考えていないのですか、
という問いにチャンダ氏は首を振る。「今はまだ考えていま
せん。その時が来たらすると思います」。少し照れながら微
笑む彼女は、今は仕事で精一杯だと言う。「近い将来、障害
児教育をより専門的に学ぶために大学へ行きたい」。ひとり
ひとりの人間が未来を切り開いていくためにも、教育は必要
不可欠だと彼女は信じている。中でも、この国の現状ではサ
ポートの届きにくい障害児教育という分野で、彼女は未来に
花咲く種を育んでいる。彼女の生徒たちは、外国人の僕にも
積極的に手話で話しかけてくる。遥かアフリカ、もっとも貧
しい国のひとつともいわれるザンビアの田舎で、先進国の失
いかけている、豊かな人との繋がりというものを感じた。


(写真+文=佐藤慧)


02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
    『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』
(前編はこちらから→)http://www.aftermode.com/press/0023.html


◆準備の大切さとカッコイイ大人


矢萩: 授業に限らず何事でもそうだと思いますが、準備しておいて全く使わずにアドリブで行くの

はOKなんですよ。それは僕も良くやります。しかし、準備がゼロでアドリブで行くのは、ただの

エゴです。生徒に失礼でしょう。僕は、大学の先生ですら、専門分野の知識を伝えるだけではダメ

だと思っています。ですから中高生、ましてや小学生の前に立つのであれば尚更、何が「質」なの

かを自問する姿勢が必要でしょうね。それは、その「場」によって違ってくるのだとは思いますが

、だからこそ、システム化が難しいのですし、人間としての力が発揮出来るのだと思います。


佐藤: つくづく、教師とは人間力が求められる職業ですね。魚屋は肉を売るようになったら肉屋で

すが、教師というのは何を教えるかで区分されるような肩書きではなく、ひとつの「生き方」なの

でしょうね。なので肉屋さんでも「教師」的な人はいるでしょうし、大学教授でも「教師」的でな

い人はいるのでしょう。教育とは何かということがもっと根本から議論される必要性を感じます。

それはつまり、人は何のために生きるのか、という哲学に通じるわけですが。

矢萩: 「教師的」というのは、その通りですね。そういう側面は誰もが持っているのでしょうし、

そういう「生き様」を見せること自体が、すでに「教師的なメッセージ」になりますね。だから人

間的に魅力がある人とは、接しているだけで勉強になりますし、思考や行動ののトリガーになりま

すね。


佐藤: 要は「カッコイイ大人」が側にいればこどもは勝手に育つのだと思うのですが、今やその手

本とすべき大人たちの人間性が疑われる時代ですからね。情報が増えすぎたせいかもしれませんが

、未来に対してそんなに希望を持てない世の中になってきたような気がします。


矢萩: そうですね。身近な「カッコイイ大人」というのは、本当に必要だと思います。一般化され

た「みんなのヒーロー」ではなくて、「それぞれのカッコイイ大人」がもっといた方がいい。それ

がいないから、アイドルタレントや、漫画のキャラクターなんかに走るんですよね。別にそれ自体

は悪いことではないのですが、リアルに接している大人の中にもヒーローがいないと、なんだかバ

ランスが悪い気がするんですよね。かくいう僕自身も、「教師」になっていることもあれば「反面

教師」になっていることもあると思うので耳が痛いですが、自分自身、大人になるまで大きく影響

を受けるような先輩や先生に出逢えなかったんですね。身近なヒーローがいなかった。まあ、今考

えれば自分の行動範囲や、受容力にも問題があったのですが。それで、僕は学校や教師に対して常

に反抗的でしたし、積極的に関わろうとしなかったんです。でも、ふと思ったんですね。教師とい

う仕事は自分が思っているよりも大変なことで、僕のイメージは実現不可能な理想論なのかも知れ

ないって。だから、否定する前に、自分でやってみようと思い立ったわけです。


佐藤: なるほど、否定するのは簡単ですが、ならオルタナティブをどうしましょう、ということで

すね。実際にヤハギさんは現在小学生を対象にした塾講師の他に鏡明塾という私塾も開講なさって

ますが、その理想論に関しては考えが変わりましたか?

矢萩: 実際にやってみて、これは僕なりにですが、自分の理想というのはある程度のところまでは

実現出来るな、という実感が出てきました。例えば、僕は人間関係でものを捉えることが多いので

すが、その理想像の一つに、生徒が大人になった時に「懐かしさ」ではなくて連絡したくなるよう

な教師になりたい、と思っていました。こればっかりは続けていかないと全く持って答えは出ない

のですが、最近教え子達が社会人になり始めて、少しずつ可能性というか、自分のやっていること

の着地点が見えてきている気がします。


佐藤: なるほど、そこが本からでは得られない経験ですね。教師と生徒という境界線は絶対のもの

ではないですからね。僕も僅かな経験ですが、アメリカで教師の真似事をしていたことがありまし

たが、教えることで自分自身が成長することを非常に強く実感しました。そこに人と人との真摯な

交流があることで、両者は共に前に進むことが出来るんですね。この感覚は、僕はスクールアフタ

モードでぜひとも体現していきたいことです。スクールは場を提供するものであり、教師は知識を

押し込むのではなく、言葉を引き出す存在として在ればいい。人がそこでリアルに関わることで生

まれるものを大切にしていきたいです。



◆お互いにリスペクトすること


矢萩: 慧君にとって、これは生徒サイドからでも教師サイドからでも良いのですが、理想の教育と

いうものはどんなイメージがありますか?


佐藤: 僕の思う理想の教育とは、人と人が個人として真摯に向き合っているものですね。上から下

のベクトルだけではなく、教師も生徒から学ぶことがあるという姿勢をきちんと持っていることが

大事だと思います。これは親子にも通じるのかもしれませんが、親も初めて親になるわけであって

、子供が生まれた瞬間から親なわけではないんですよね。その学びは一生続き、親も子供から学ぶ

し、その姿勢があるからこそ、子供も親を信頼出来ると思うんです。結局物事に答えなんてないこ

とがほとんどなので、人生の最後までそれを探求し続ける姿勢を持った人にこそ、何かを師事した

いと思います。僕の思う「カッコイイ」というのは、そういった人生観を持って生きている人のこ

とですね。


矢萩: 「リスペクト」は大事だと思います。日本語ラップで言葉だけは浸透しましたけど、本当の

意味で相手に対する「リスペクト」があるかどうかというのは、どうも怪しいシーンが多いですね

。「教師-生徒」とか「大人-子供」という捉え方をすると、どうしてもどちらかが一方的に優位

な気がしてしまうのですが、教師も生徒に対するリスペクトが必要ですし、そういう姿勢から自ず

と相互の関係に育っていくのだと思います。生徒に対する畏怖の念というか、そういう感覚を忘れ

てはいけないと思うんですね。高円宮妃殿下に「今の教育に必要なものは何だと思うか」と言う質

問をさせて戴いたことがあります。その時に「リスペクト」だという回答を頂きました。まず親が

子供に対して、そして先生に対してリスペクトがあれば、子供だって自ずと先生をリスペクトする

ものだ、と。そういう相互リスペクトの状態が現代の教育には足りない気がする、って仰っていま

した。教育の現場にいるわけではないのに、何と的確に話されるんだろう、と驚きました。


佐藤: そう! リスペクトですね! re+spectで“振り返って見る”という意味にあるように、

人としての価値を認める姿勢ですからね。僕もザンビアで似たような質問をしたことをありますが

、大切なのはrespect(尊敬、尊重)とbe modest(謙遜)だという返事が返ってきました。権威を

振りかざす必要はなく、人間の器で人を惹きつけれるような人が理想ですね。


矢萩: 「振り返って見る」ですか、それはまさに、ソクラテスとプラトンが目指した学習観ですね

。「アカデメイア」は「想起する場」という意味でした。想起することで、自分自身と重ね、写し

見る鏡になるんですね。謙遜に関してもソクラテスの言う「無知の知」ですよね。色々なことを知

り、考えれば、自分が無知なことに必ず気が付くし、調子に乗れるわけがありません。

佐藤: 何かを知っているつもりになることが、一番未来への学習を妨げますからね。自分の立ち位

置に謙虚に、歩いてきた道筋も何度でも真摯に見つめて構わないはずです。自分は子供時代を経て

大人になったのだからという自負は捨てて、素直に子供から学ぶ姿勢も大切ですね。


◆「思考をデザインする」


矢萩: スクールアフタモードでは「思考をデザインする」というテーマを掲げているわけですが、

知ることと行動することのバランスが取れていない気がするんですね。例えば教育の世界でも、ち

ょっと手を伸ばせば経験出来ることをスルーして教え続けている教師が多いです。なにも教科書に

出てくる全ての国に行けなんて言っているわけではなくて、ほんの少しのリアルを織り交ぜること

が彩りや説得力にも繋がると思うんですね。能動的な読書なども経験だと思いますし。逆に活動家

と呼ばれるような仕事をしている人達は、机上のことを軽視しすぎている嫌いがあると思います。

もっと勉強した方がいいのに後回しにしてしまっている。その辺のバランスをとることの重要さを

扱っていきたいですよね。慧君は勉強しつつも、地球を飛び回って活動をしているわけですが、活

動家として世界を見たときに、やはりバランスの悪さは感じますか?


佐藤: インプットとアウトプットのバランスは非常に大事ですし、難しいことでもありますね! 

僕自身、受動的な学習が続くと堪らず外に出たくなり、外にばっかり出ていると書斎が恋しくなる

のですが、まだまだうまく両立出来ているとは言えません。でも、結局インプットとアウトプット

を両輪としてうまく機能させないと、前には進めなくなるんですよね。左車輪の動かない車では、

延々と左に旋回し続けるだけで、轍は深くなっていきますが前には進んでいけませんよね。轍が深

くなって身動きが取れなくなる前に、反対側の車輪を動かさないといけません。こういうことをき

ちんと教えている教育機関があるのか僕は知らないのですが、何かしら自分の道を見つけて前に進

んでいる人というのは、このバランスが非常によくとれた人だと思います。現行の学校教育では、

学んだことをどう使えばいいのかわからない、アウトプットの仕方がわからないという本末転倒な

事態に陥りやすい状況なのかな、とは感じますね。


矢萩: そうなんですよね、この両輪というのは、自転車みたいなもので、バランスとって乗れるよ

うになると、自動的に両輪でないと進めないことを実感出来るようになりますね。問題は、そうい

う感覚を持っている人は、多くの場合独学で自らその方法を発見している気がするんです。それは

それで正攻法なのですが、それを教育の現場で出来れば理想的ですよね。


佐藤: 勉強というものは一生続くものなのですが、多くの人が教育機関を卒業すると、途端に勉強

する時間が限られてしまっていると思います。もちろん、生活していく上での時間配分が変わって

くるということもありますが、もっと重要なのは、「自分で勉強出来る技術」を持っているかどう

かなんですよね。僕は完全に独学型で、言語の習得も単語帳と簡単な文法書さえあればこと足りる

のですが、勉強する方法がわからないと言う人の話を聞いたときに、自分は恵まれた環境に育った

なと感じました。


矢萩: 色々なことをやっていると、時間の問題は良く聞かれますね。よくビジネス書などで「タイ

ムマネジメント」なんていう言葉を目にしますけれど、そんな一冊かけて説明するようなことでは

なくて、要するに手に入れたい時間と引き替えに、どの時間を差し出すかということなんですよね

。代償の感覚がないと、時間管理は出来ないと思います。スピード上げるって言っても限界があり

ますし、それぞれにあったペースっていうものがありますからね。僕の場合は単純にテレビを見な

い。車は使わず移動時間は読書。という二つで時間を捻出しています。あとは同時進行出来ること

は同時にやりますし、結合出来ることは結合してしまいます。そういう自分なりの時間管理や、独

学の方法というのも教育の場で作れれば良いですよね。


佐藤: 同意です。時間の捻出は人生のプライオリティをきちんと考えることで自然と答えが出ます

。結局ここでも「何のために生きているのか」という問いが重要になってきますね。僕らが良く使

う言葉のひとつに「OS」というものがありますね。Operating System。僕はそれを全ての思考の原

点になる根っこのようなものだと捉えているのですが、このOSをデザインすることこそが教育の重

要な部分かもしれませんね。歴史を学ぶとは年号を暗記することではなく、時間軸に起こった出来

事を整理し、そこに関わった人々の人生を思うことでもあります。芸術を学ぶとは、ピカソの『ゲ

ルニカ』を知識として身につけるわけではなく、表現の手段を知り、自分と世界を繋ぐ道具を知る

ことでもあります。「思考をデザインする」というスクールアフタモードの理念は、次世代の教育

を考えるにあたって的を得ていると思いますね。


矢萩: まさに「OS」のデザインというのは、教育の根本なのではないかと思います。江戸の私塾で

の教育は師が心の中で生き続けるような、そういう教育だったと言いますが、それはOSのデザイン

だったのではないかと思います。「何のために生きているのか」というラディカルな問いは、なか

なか簡単に答えることは出来ないですが、そういう問いをいつも胸に持っていること自体が重要な

んだと思います。この人はこういう風に生きている、では自分はどうだ? と思わせるような生き

様の師が、関わる人のOSをバージョンアップしていくのでしょうね。(アフタモードのマークは実

はOとSなんです!)


佐藤: アフタモードの理念に教育、アート、ジャーナリズムの3つがありますが、スクールが始動

することで、この3つの動力が動き始めますね。アフタモードにとって、教育とジャーナリズムは

両輪、アートの概念は空へと羽ばたくための翼なのかもしれません。きちんと両輪を回して加速を

つけていきたいところですね。


矢萩: そうですね。3というのは動きの連鎖と生産性を表す数字です。と同時にアフタモード的に

はトライ/アングル、挑戦的視座です。そういう思想を大切にしつつ、新たな理想に向かいましょ

う。これから始まる新たな冒険、是非たくさんの方に参加して戴きたいですね。思考をデザインす

る苗代のような場所にしていきたいと思っています。慧君、初対談お疲れ様でした!


佐藤: また次回も楽しみにしています!


(ヤハギクニヒコ×佐藤慧)



03【回廊】佐藤慧『千の祈り』


AFTERMOD E-PRESS

ひめゆりの塔に供えられた千羽、万羽の鶴は、
想いの連なる「祈りの遺伝子」なのかもしれない。

人は未だ見ぬ未来に想いを馳せ、
そこに生きる人々の幸せを祈ることの出来る生き物だ。
供えられた祈りは、過去の悲しみへではなく、
未来への希望へ向けて、その模様を描いているように映る。

(写真+文=佐藤慧)



04【告知】 2月19日 スクールアフタモード開講
      「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」


■【講座第1回】「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」

私たちが生活を送るのにかかせないお金というもの。
身近にあるのに、これほどその実態を知られていないものもありません。
通貨というものはどうして生まれたのでしょうか、どのような歴史を辿ってきたのでしょうか、
そして、今後の行方は。現在世の中に蔓延る多くの問題を考えるにあたり、
通貨の役割をきちんと考察することで見えてくる物事もあります。
紛争、飢餓、貧困、それらの中心には資源の分配という問題が大きな要素を占めています。
限りある地球資源の中で、人間はどのように共生の道を探っていけばいいのでしょう。
一般的な経済学とは一味違ったお金の話。これからの世界について、
みんなで一緒に考えてみませんか?


◆講師 :ヤハギクニヒコ(アルスコンビネーター)
      × 佐藤慧(フィールドエディター/ ジャーナリスト)
◆日時 :2011 年2 ?19 ? 18:00 ?21:00
◆場所 :東京都渋?区神宮前1-8-8 COXY188 ビル6F 3号室
      ※JR原宿駅から竹下通りを抜けてすぐ!
◆参加費:2,500 円
◆お申込み方法: school@aftermode.com  まで。
  ※件名を「2月19日:通貨の歴史と未来、参加希望」とし、
   御名前、メールアドレス、所属をお書きの上お送りください。



05【告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント


映画「ぼくたちは見た~ガザ・サムニ家の子どもたち~」 の
第1回公開前連続トークイベント に安田菜津紀が参加させていただきます。
お相手は、映画監督でありジャーナリストでもある古居みずえさん
お時間のある方は是非ご参加ください!

◇要予約◆

≪日時≫2月25日(金)19:00~
≪場所≫池袋 アラビアンレストラン「月の砂漠」
(詳細)http://twitpic.com/3vi92n



06【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
 過去や未来を無視することは違います。
 それは、長い歴史においても、
 ほんの最近のことでも変わりはありません。
 関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、
 今年もカレンダーを作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、 

 ・お名前
 ・ご住所
 ・電話番号
 ・部数
 ・返信用メールアドレス

を明記の上
store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し、代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。


安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

上部メニューバーの【STORE】をクリックしてください。



07【後記】『居合的学習空間へ』


 毎日エデュケーション・グローバル広場にて、スクールアフタモード第0回がスタートしました。イベントや報告会ではない、学習の場を作りたいという構想はアフタモードを始めたときからありましたが、いよいよ形になって動き始めました。「場」というのは成長していくもので、少しずつ変わっていくものですが、その最初のマイルストーンとしては面白い場になったのではないかと考えています。固い時間と柔らかい時間のコントラストが、脳や体に刺激を与えるのだと思います。波と凪を乗り分け、静と動を使い分けながら、楽しい中にキラリと光る居合い合戦のようなライヴ感溢れる場を育てていきたいと思います。参加された皆さん、有り難うございました。いよいよ次回から本番スタート、どうぞよろしくお願いします。では、また来週お目にかかります。


(ヤハギクニヒコ)



==========
『AFTERMOD E-PRESS』はいかがでしたでしょうか?
今回の記事についてご意見・ご感想など、
お気軽にドシドシと書き込みください。
アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。

編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    http://www.aftermode.com/

本WEBサイトの内容の一部または全部を無断で複写(コピー)することは、法律で定められた場合
を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。記事の使用をご希望される場合は、タイト
ル「AFTERMOD E-PRESS係」にて下記アドレスまでご一報をお願いします。
取材もこちらで承ります。
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AFTERMOD E-PRESS 【vol.00023】(2010年2月11日号)

=index=

00【巻頭】痛みを忘れずに
01【連載】安田菜津紀『それでも希望へ進んでいく カンボジア緑の村から③』
02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(前編)』
03【回廊】ヤハギクニヒコ 「傘をさす」
04【告知】2月16日 schoolAFTERMODE序章「アフリカを知る」講座
05【告知】2月17日 安田菜津紀トークライブ
     『繋がりのなかで-カンボジアと出会った2人の女性-』
06【告知】2月19日スクールアフタモード開講
     「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」
07【告知】安田菜津紀×渋谷淳志×今井紀明『ナイトカフェvol.1』
08【告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント
09【告知】安田菜津紀 フィリピンスタディーツアー申込み受付開始!
10【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇
11【後記】経験を交換すること、伝えること



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00【巻頭】痛みを忘れずに


 春のような温かい日が続いたと思ったら、突然雪が降り出しました。

最近の天気は気紛れですね。春の訪れと早とちりした梅の花は、舞

い降りる雪に打たれながら何を思うのでしょうか。今回のE-PRESS

では安田菜津紀が、カンボジアの片隅でそっと消えていった命の物

語を紡ぎます。続くヤハギ×佐藤の対談では、教育というテーマを

軸に、人間の持つ可能性について考えていきます。人は愚かなもので、

心の奥底まで突き刺さるような痛みですら、簡単に日々の流れの中で

風化させてしまいます。痛みというものを人生の糧とするためには、

その痛みを常に忘れずに、傍らに置いておかなければなりません。

束の間、忘却の彼方にそれを安置したとしても、きちんとその根源を

見つめない限り、痛みは何度でも僕らの心を襲うことでしょう。教育と

は、単に何かを知るためのものではなく、物事を考え続ける姿勢を学

ぶものではないでしょうか。考え、悩み続け、自己を見つめることで、

人はその痛みの根源に手を伸ばすことが出来るようになると、僕は思

います。社会に対して皆さんなりの「問い」を立てながら、記事に目を

通して戴ければ幸いです。

(佐藤慧)



01【連載】安田菜津紀『それでも希望へ進んでいく カンボジア緑の村から③』


 カンボジアの首都郊外にある、「緑の村」と呼ばれるHIV感染者の村。ここに通い始めてから、
もうすぐ2年が経とうとしています。この村に通う以前、HIVは病気の問題なのだと思っていま
した。けれど村に足を踏み入れ、差別の実態を目の当たりにするうちに、これは教育や貧困の問題
でもあるのだと気づきました。そして昨年、更に複雑な問題が人の命を奪ってしまうことを知った
のです。


 村人の一人に、チャムロンさん(40)というお父さんがいました。足が悪く、いつも離れた木
陰から子どもたちが遊びまわる姿を、ただじっと見ていました。チャムロンさんが肺を患い、病院
に運ばれたのは昨年の7月。雨の少ない日が続く,からっと晴れた朝のことでした。奥さんは既にエ
イズで亡くなっているため、一人息子のペーくん(13)とおばあさんの2人が休むことなく付き
添いましたが、その甲斐なくチャムロンさんは病院に運ばれて、4日目に息を引き取りました。
焼き場からチャムロンさんの遺骨がかえってくるや、おばあさんがわっと泣き出しました。エイズ
に蝕まれた遺骨は、ほんの一握りしか残らなかったのです。「息子が小さくなってしまった。なぜ
こんなことが起きてしまったの」。その横で泣くまいと歯を食いしばるペーくんを前に、言葉を失
いました。


AFTERMOD E-PRESS


 カンボジアでは内戦で崩壊してしまった医療体制、そして和平の中での性産業の広がりを受け、
HIVが急速に広がりました。現在、抗エイズ剤などの開発が徐々に進められ、たとえHIVに感
染しても、きちんと服用すればエイズの発症をある程度抑えることが可能になっています。HIV
に対する認知も徐々に高まり、感染率は1%未満になったといわれています。


 チャムロンさんが通っている病院には外国のNGOの支援が入り、抗エイズ剤を受け取ることが
できていました。これで一安心。ペー君もおばあちゃんも、そしてチャムロンさん自身もそう思っ
ていたのです。けれども服用しなければならない薬は、時間に非常に厳しい薬です。飲み忘れが重
なれば耐性ができてしまい、効果がなくなってしまうのです。教育を受けていないチャムロンさん
は時計の文字盤が読めないため、日の出と日の入りに合わせて薬を飲んでいました。時間を厳密に
守ることが習慣として根付いていないチャムロンさんにとって、毎日2回の服用は周囲の協力、

そして正しい知識や丁寧な指導なしには難しいことでした。カンボジアは内戦などの影響で、

医師不足・体制の脆弱さなど、医療の課題は山積みの状態です。

首都の病院は毎日患者で溢れ、朝から晩まで待合室で診察を待つ状態。一人にかけられる
時間は5分程度。そんな中で一人一人が薬をしっかり服用できているか、丁寧に指導をするの難し
い状態でした。チャムロンさんは、いつしか飲み忘れが重なり、知らず知らずのうちに薬に耐性が
できてしまっていたのです。


AFTERMOD E-PRESS


 チャムロンさんの遺骨が、ほとんど骨組みしかない自宅へと帰っていきました。村の大人たちが
集まり、果物やお水をチャムロンさんの遺骨の傍にそっと置いていきます。皆数々の死を目の当た
りにしてきたのでしょう。悲しみを押し殺すように、お葬式のこと、遺影のことなど、低い声で静
かに話し合いが始まりました。そんな輪を抜け、ペー君が散歩に行こうと誘ってくれました。真っ
白な花が田んぼのあぜ道を覆っています。1匹の子犬を連れ、ペー君はだまって花を眺めながら歩
きます。私にはそれが、気持ちを落ち着けようと必死になっているように感じられました。やがて
田んぼの向こう側から、ケラケラと笑いながら小さな男の子が走ってきました。ペー君と同い年の
トーイ君でした。母子感染でHIVに感染しているトーイ。薬の副作用でボロボロの肌の手をペー
君に差し出し、勢いよく引っ張って子どもたちの輪の中へと戻っていきました。爽やかな風が吹く、
午後のあぜ道。子どもたちの笑い声は、夕方まで村の中に響き渡っていました。


 HIVウイルスは村の人々の体を蝕み、ときに家族を引き裂いていきました。痛みと悲しみを抱
えながらも、人々は身を寄せ合いながら生きています。戦争からの復興を徐々に果たし、急速に発
展しつつあるカンボジア。その発展の裏に追いやられてしまった命を、私たちは忘れてはならない
でしょう。


(写真+文=安田菜津紀)



02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧

schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(前編)』


◆学校と独学と


矢萩: 慧君おはようございます。いよいよ初対談ですね。


佐藤: どんな内容になるか楽しみです。きっといつまでも続いてしまうでしょうから、うまくリードしてくださいね


矢萩: ははは、そうですね。リズミカルに行きましょう。早速ですが、今回のテーマは、僕らが始める「schoolAFTERMODE」という試みについてです。


佐藤: はい、遂に今月(2月19日)から第1回が始まります。構想自体は僕らが初めて出逢った時から仄かに見えていましたね。


矢萩: そうですね、出会って最初っから柳田国男の話でしたしね。


佐藤: 学校教育では学べないことを共有出来る人がいたというのは大きな驚きでした。


矢萩: それは僕も同じでした。どうも、学校教育って、目次をなぞっているような印象がありました。だから、共通のキーワードが出てきたときに「!」ということに成りにくいんですよね。


佐藤: 勉強って本当は自主的なもののはずで、ひとつ気になるキーワードを見つけたら、そこからどんどん自分で引っ張っていく、若しくは向かっていくものだと思うんですよね。そういう意味では既存の学校の教育システムには不満を持っていました。


矢萩: そう、勉強は本来、独学の要素がかなりあると思います。既存の学校のシステムでは、自分にとってキーワードと成るような言葉を見つけにくいんですよね。引っ掛かってこないというか。引っ掛かってこないとなかなか独学に繋がらない。


佐藤: 僕はきちんと学校に通っていたのは小学校6年生までなのですが、ヤハギさんは学校で退屈されませんでしたか?


矢萩: 僕も6年くらいまでですね。小学校よりも塾の方がちゃんと行っていました。まず、学校の友達となかなか話が合いませんでした。これは両親の影響もあると思うのですが、僕はテレビのバラエティー番組とか、ドラマだとかをほとんど見なかったんですね。だから、そもそも話が合わない。興味の対象も全然違いましたね。唯一テレビゲームが共通項だったくらいで。初代ファミコン世代です。


佐藤: あー、僕も家ではバラエティ番組はほとんど見させてもらえなかったので、芸能人の話とか、全然わからなかったですね。それは今でも変わらないのですが……。


矢萩: 中学受験後に反動で、にわかテレビっ子になったのですが、本質的に余り好みではないことにすぐ気づきました。同じバラエティーでも、専らラジオの深夜放送とか、あるいは雑誌の方に行きましたね。お陰でますます学校から遠のきました。高校での欠席数は記録になったらしいです(笑)。


佐藤: サブカルには学校では得られない実生活に近い学びがありますからね。僕が中学から学校に行かなくなった理由は、単純に授業が非常につまらなくなったんです。「何のためにこれを学ぶのだろう」「こんなことしていて役に立つのだろうか」と。もっと実際に役に立つ知識があるはずだ、と思ってましたね。とか言いつつ、ドラクエやFFに没頭するのですが(笑)。


矢萩: やはり、結構近いですね。(笑) マクルーハンはラジオをホットなメディアで、テレビをクールなメディアと分類しましたが、まさにそういう風に感じていましたね。サブカルって自分との距離感が大事だと思います。ラジオは感覚的に凄く近かったですね。生放送も多かったですし。それに新しいヴァーチャルなデジタルメディアとしてのテレビゲームはとても楽しかったですね。この部分のプログラムはどうなっているのだろう、という技術的な興味もあったし、ここのストーリーはこうした方が良い、とか、このアイテムや展開の元ネタはこれだな、とかそういうことを考えながらプレイしていましたね。


佐藤: あー、非常に近いです。僕はもともと童話も好きだったので、RPGなんかの世界観のもとになっている神話などから相当多くのことを学びましたし、幼い頃からPCが側にあったという環境もあって、裏側では何が動いているのか、常に気になっていましたね。そういうところから、中学時代は学校に行かずにプログラム組んだり本に没頭したり、自由気侭に好奇心に流されていました。


矢萩: ジョセフ・キャンベル的ですね。僕も随分早くからPCを触っていましたが、windows以前のPCから学べることは多かったですよね。プログラムというモノに直に触れられたのは、論理を磨く訓練になりましたね。機械は命令通りにしか動いてくれませんから。


◆批評家としての教師


矢萩: 学校がつまらなかったというのは全く同感で、例えば教科書的には、柳田国男という人物にも一応さらりと触れるわけじゃないですか。しかしその先の折口信夫に到達しない。実際『遠野物語』を読んでみて、「草の長さ三寸あれば狼は身を隠すといへり。草木の色の移りゆくにつれて、狼の毛の色も季節ごとに変はりてゆくものなり」なんていうもの凄く短い一節から、色々な存在の息吹を感じるわけです。そういう魅力が、独学への興味に火をつけるわけでしょう。しかし、教えている教師が『遠野物語』を読んだことないものだから、そんなちょっとした引用が出来ない。当然そのことが伝わらないから、生徒もなかなか引っ掛かっていかない。そういう意味で、文学史なんて言うのは本当につまらなかったですね。


佐藤: そうですね、せっかく色々な扉がそれなりに用意してあっても、その扉を叩いてみたところで返事が返ってこない。ちょっとだけでも中の世界を覗けて、そこに面白そうな景色を見つけることが出来たら、あとは自分の足で歩いていけるんですけどね。その扉が何のためにあるか、その先の世界がどんなに楽しいかということをきちんと説明してくれない。勉強とは知識を詰めることではなくて、その世界に興味を持つことだと思うんですよね。


佐藤: 僕は、それを授業の中でやることが出来ると思っているんですよ。もちろん全部のキーワードに詳らかに触れるわけにはいかないですし、そこは教師の好みなどで個性が出て良いと思うのですけど。自分が好む幾つかのキーワードから、引用をするだけでも違うと思うんですよね。確実に扉の向こうを少し見せることが出来る。蓮實重彦の批評なんかを読むと、本当にその映画を見たくなります。そういう批評家的な役割が教師には必要なんじゃないかな、と感じています。それに、その扉の向こうに、どんな世界をチラ見させるか、というのが教師の醍醐味でもあると思うんです。世代を越えて、同好の士を増やせるかも知れないですしね。


佐藤: 批評家、書評家のような先生がいると面白いですね。思わず触れたくなるような、その世界の魅力を伝えてくれるような。いわゆる一般教養と呼ばれるもの、数学や科学や歴史など、それらの面白さを教えてくれたのは古今東西の本でしたね。優れた本は、扉の奥の世界を存分に見せてくれます。


矢萩: 功山寺挙兵で伊藤博文が一緒に死にましょう、とたった一人高杉晋作についていった話や、西南戦争で西郷さんが家族に大久保の味方をしてやってくれと告げた話など、ものの数分で語れる物語の中に、世界が広がる可能性が秘められていると思います。伊藤の話なんて小学生でも歓声が上がります。歓声と言えば、僕はよく哲学の話をするのですが、バートランド・ラッセルの「世界5分前仮説」なんて、5年生でも毎回もの凄く盛り上がります。哲学なんて、大人が思っているほど、複雑なことじゃないんですよね。タイムリーですが、今日、僕のやっている鏡明塾の一般コースに、史上最年少で小学生が参加してくれました。アリストテレスやトマス・アクィナス、そしてホッブズとロックの話に、ちゃんとついてきていましたよ。


佐藤: そうですね、そこに自分なりに何かを考える、感じることが出来る余地があれば、その世界がぐっと近くなりますからね。歴史なんて本当に面白い人間ドラマの宝庫なのに、「794(鳴くよ)うぐいす平安京」、となった途端に無機質な記号になってしまいます。哲学というものも、目の前の世界を疑問に思う心から始まったもので、むしろ頭の柔軟な小学生のほうが分かりやすいかもしれないですね。


矢萩: 「794(泣くよ)坊さん平安京」の方がまだ物語がありますよね。そういう編集しかり、インデックスをちゃんと出せる生身の人間がもっといたらいいのになあ、と切実に思いますね。そういう意味では僕も慧君と同じで、自分が学生時代は「本」というメディアに走った人間です。自分にとって転機と成ったような実感のある本って覚えていますか?


佐藤: 僕は小学生の時に、『ムー大陸の謎』『もっとわかる時間のこと―アインシュタイン・ホーキングの時間論からタイムマシンの可能性まで』『ユングの心理学』の3冊を手に入れて以来、大学時代まで繰り返し読んでました。「世界って面白い!」と素直に実感できた本でしたね。ル・グウィンの『ゲド戦記』やミヒャエル・エンデの『モモ』なんかも今でも鮮明に残っている本です。そういう思い入れがあると講談社現代新書のデザイン変更はなんだか悲しく思ってしまいますね。


矢萩: なるほど、やはり興味の対象が似ていますね。僕は小学生の時の愛読雑誌が『ムー』『ニュートン』『遊』でした。『モモ』は好きな女の子にプレゼントするくらい、思い入れがありましたね。誰かに本をプレゼントするというのはなかなか勇気がいります。(笑) 講談社現代新書の杉浦康平さんのエディトリアルデザインは、もの凄くワクワクしましたよね。まるで宝の地図が表紙についているようでした。電子書籍化を目前に、本がどんどんモノでなくなっていくような気がして淋しいですね。


佐藤: 僕がヤハギさんと初めて会った時の印象が、「数年後の自分を見ているようだ」といったものでした(笑)。辿ってきた道筋、興味の対象がかなり近いところにありますね。


矢萩: 導線はすぐに見えましたね。「柳田国男」→「龍樹」というたった二つのキーワードだけで、その後一緒に活動をすることを確信しました。僕は僕で、慧君と同じ歳くらいの時に、同じくらいの行動力があったら、もっと世界に貢献出来たんじゃないか、と思いましたね。一緒に活動することで、巻き返せるかも、とも思いました。


佐藤: 僕は人生で始めてナーガールジュナの話を人にして、それが即座に返ってきたことに感動しましたね。自分と世界との繋がりがきちんと見えたというか。


◆「自分で考える」ための教育


佐藤: 話がどんどんディープになってしまいそうなので戻しますが、学校教育では「自分で考える」という時間が疎かにされていたような気がします。僕のクラスが恵まれてたのかもしれませんが、小学校の頃って結構作文の時間が多かったんですよね。それが中学に入って無くなってしまった。これが結構大きな差だったのかもしれません。


佐藤: 考えること、というのは、する人は放っておいてもするのですが、考えない人に考えて貰うためには、それなりにアプローチが必要なんだと思います。「暗記の仕方が分かりません」とか「どうやって考えたらいいか分かりません」という質問や相談を受けることがありますが、相談をしてくる時点で何かを考えてはいるわけで、そういう人に方法を渡すことは比較的簡単にできます。しかし、一斉授業の場で、一人一人にスルーさせずに考えて貰うことって、ある程度教師がファシリテートしないとダメなんですよね。


佐藤: 公教育における教師の質の差はかなり広いと思いますね。自分がその専門分野に通じていることと、上手に教えれることとは単純に繋がりませんからね。これはジャーナリズムにも通じることだと思いますが、相手に考える余白を残した上で、なおかつその導火線にそっと火をつけれるようなファシリテート能力が求められるのでしょう。


矢萩: 授業の準備、というとどうも教材を読み込む、とか分からないことや曖昧なことを調べておく、資料を用意するなどのイメージが強いので、ベテランの先生になると、全く準備をせずに授業をする場合もあるようです。しかし、それらの準備というのは言わば大前提で、むしろ「どんなタイミングで」「何を」「どう問うか」ということを何パターンも準備することが大事だと思っています。恥ずかしい話ですが、僕は鏡明塾の100分の授業を準備するのに10時間かかります。自分自身も楽しんで準備しているので時間がかかるというのもあるのですが、何が準備なのかと言うことをもっと意識する必要があるんじゃないかと感じます。


佐藤: 僕もそれは最近、人前で話す機会が増えたことで実感したことです。自分の知っていることをその場のアドリブで話す能力というのは必要不可欠なのですが、その瞬間から次の瞬間への架け橋となるパターンを事前にどれだけ入念にシミュレーションしておくかで、内容の質が格段に変わります。どんな舞踊の達人でも、自由に踊れるようにするにはまずは舞台を整理することから初めておかないといけないですからね。


――後編に続く――


(ヤハギクニヒコ×佐藤慧)


03【回廊】ヤハギクニヒコ 「傘をさす」


AFTERMOD E-PRESS

誰かの雨を受けて
誰かの陽射しを受けて
陰日向のかわるがわるを
咲き乱れる

傘のように生きたいなんて
そんな古めかしいつぶやきが
脳をかすめたとき
温かい春の木洩れ日を
思い出した気がした

遠い昔
まだ僕らが生まれる前の
誰かの代わりに浴びた
穏やかな希望と

ほんの少しの哲学と

(クロード・モネに)


(写真+詩=ヤハギクニヒコ)



04【告知】2月16日 schoolAFTERMODE序章「アフリカを知る」講座


◆講座内容

アフリカというとみなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
紛争、飢餓、貧困、マサイ族や動物の王国という声も聞こえてきそうですね。
そんなアフリカですが、実は日本の生活とも切っても切れない深い関係にあるのです。
先進国と呼ばれる日本は、多くの国からの輸入に頼って生活を維持していますが、アフリカからも
たらされる資源もまた、大きな比重を占めています。

果たしてアフリカとはどんな大陸なのでしょう?
そこに在る人々の、私たちとは変わらない普通の幸福な暮らしや、根本的に抱える問題など、

普段は耳にしないアフリカを感じていただければと思います。


◆講師  フィールドエディター  佐藤慧
 ゲスト  アルスコンビネーター ヤハギクニヒコ


・日時 :2011年2月16日(水) 
 <開演>19:00(18:30開場)
 <終了>20:30(予定)
・会場 :(株)毎日エデュケーション「グローバルひろば」  
・参加費:1000円 オリジナルテキスト、ポストカード付き

詳細、お申込みはこちら↓
http://amba.to/hZ6qg6



05【告知】2月17日 安田菜津紀トークライブ

『繋がりのなかで-カンボジアと出会った2人の女性-』


2/17(木) 京都のBazaar Cafeにてトークイベントがあります!
『繋がりのなかでーカンボジアと出会った2人の女性ー』

 ○18:30 Start
 ○会費:1000円(Food&Drink込)
 
 ≪詳細≫→ http://amba.to/gg0k9a




06【告知】 2月19日 スクールアフタモード開講
      通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」


■【講座第1回】「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」


私たちが生活を送るのにかかせないお金というもの。

身近にあるのに、これほどその実態を知られていないものもありません。

通貨というものはどうして生まれたのでしょうか、どのような歴史を辿ってきたのでしょうか、
そして、今後の行方は。現在世の中に蔓延る多くの問題を考えるにあたり、

通貨の役割をきちんと考察することで見えてくる物事もあります。

紛争、飢餓、貧困、それらの中心には資源の分配という問題が大きな要素を占めています。

限りある地球資源の中で、人間はどのように共生の道を探っていけばいいのでしょう。

一般的な経済学とは一味違ったお金の話。これからの世界について、
みんなで一緒に考えてみませんか?


◆講師 :ヤハギクニヒコ(アルスコンビネーター)
      × 佐藤慧(フィールドエディター/ ジャーナリスト)
◆日時 :2011 年2 ?19 ? 18:00 ?21:00
◆場所 :東京都渋?区神宮前1-8-8 COXY188 ビル6F 3号室
      ※JR原宿駅から竹下通りを抜けてすぐ!
◆参加費:2,500 円
◆お申込み方法: school@aftermode.com  まで。
  ※件名を「2月19日:通貨の歴史と未来、参加希望」とし、
   御名前、メールアドレス、所属をお書きの上お送りください。



07【告知】安田菜津紀×渋谷淳志×今井紀明『ナイトカフェvol.1』


●安田菜津紀×渋谷敦志 フォトジャーナリストが語る世界の子どもたち●

2人のフォトジャーナリストがインタビュアー今井紀明と共にディープに語る!
カンボジア、タイ、ビルマなどアジア各国からアフリカまで!
写真と共に子どもたちの「今」を伝えます。


【会場】
スペースふうら
http://plaza.harmonix.ne.jp/~artnavi/02gal.pak/03gal-tikamiti/03rental-gal/fuura.html

〒537-0001 大阪市東成区深江北3-4-11 バーンユースック 1F
地下鉄中央線 「深江橋駅」下車、4番出口から南東へ徒歩約5分


【時間】
18:00 開場
18:30 スタート
20:00 トーク終了・立食形式の交流会
21:00 イベント終了


【会費】
1000円(1ドリンク込)

【お申込み方法】

●お問い合わせ、お申し込みは、angletry@gmail.com まで。
件名を「2月19日:ナイトカフェ、参加希望」とし、下記を記載のうえお送りください。
--------------------------------------------
お名前:
Eメールアドレス:
所属:
--------------------------------------------

※30名の定員に達し次第、締め切りとさせて頂きます。



08【告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント


映画「ぼくたちは見た~ガザ・サムニ家の子どもたち~」 の
第1回公開前連続トークイベント に安田菜津紀が参加させていただきます。
お相手は、映画監督でありジャーナリストでもある古居みずえさん
お時間のある方は是非ご参加ください!


◇要予約◆

≪日時≫2月25日(金)19:00~
≪場所≫池袋 アラビアンレストラン「月の砂漠」
(詳細)http://twitpic.com/3vi92n



09【告知】安田菜津紀 フィリピンスタディーツアー申込み受付開始!


いよいよ正式告知です!
既にお問い合わせ頂いている皆様、大変お待たせ致しました!
濃厚な8日間にしていこうと思います!

・訪問国 フィリピン
・予定日 3月10~17日
・対象者 18~29歳
・人 数 20名
・締 切 2011年2月10日 

(詳細)http://ameblo.jp/nyasuda0330/entry-10714070469.html


10【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
 過去や未来を無視することは違います。
 それは、長い歴史においても、
 ほんの最近のことでも変わりはありません。
 関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、
 今年もカレンダーを作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、 

 ・お名前
 ・ご住所
 ・電話番号
 ・部数
 ・返信用メールアドレス

を明記の上
store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し、代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。


安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

上部メニューバーの【STORE】をクリックしてください。




11【後記】経験を交換すること、伝えること


 安藤理智が、カザフスタンから帰ってきました。

帰ってきたと言ってもバンコクになのですが、

やはり仲間の経験というのは間接的に影響を受けるものですね。

身近な人間と多様な経験のやりとりをすること。

そういうモデルがもっとあると善いのではないかと常々感じます。

そのためにはもちろん、自分も誰かの糧と成るような経験を積極的にしていかなければならないですし、

それは教育の場においては掛け替えのないオリジナルなコンテンツになります。

僕らの理想の学校を目指す「schoolAFTERMODE」いよいよ来週開校です。
皆さんのご来校、心よりお待ちしております。
色々な経験を交換しつつ、一緒に素敵な教室を作っていきましょう! 
では、また来週お目にかかります。


(ヤハギクニヒコ)


==========
『AFTERMOD E-PRESS』はいかがでしたでしょうか?
今回の記事についてご意見・ご感想など、
お気軽にドシドシと書き込みください。
アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。

編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    http://www.aftermode.com/

本WEBサイトの内容の一部または全部を無断で複写(コピー)することは、法律で定められた場合
を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。記事の使用をご希望される場合は、タイト
ル「AFTERMOD E-PRESS係」にて下記アドレスまでご一報をお願いします。
取材もこちらで承ります。
info@aftermode.com


AFTERMOD E-PRESS 【vol.00022】(2010年1月31日号)


=index=

00【巻頭】『差異・彩・祭・才』
01【連載】安藤理智『11年目のトランジット 第1話 ~見えないカースト社会①~』
02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅06:ツッコミと社会学』
03【回廊】笠原正嗣『影向』
04【告知】 2月6日 ヤハギクニヒコ 鏡明塾
05【告知】2月16日 schoolAFTERMODE序章「アフリカを知る」講座
06【告知】2月19日スクールアフタモード開講
「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」
07【告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント
08【告知】安田菜津紀 フィリピンスタディーツアー申込み受付開始!
09【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇
10【後記】『眩暈から始まる』


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00【巻頭】『差異・彩・祭・才』


 受験シーズンまっただ中ですね。ヤハギクニヒコの鏡
明塾はそういう受験勉強では得られないような情報を扱
っているわけですが、情報とはそもそもなんなのでしょ
う。G・ベイトソンは「情報は(差異の)差異である」
と言い、松岡正剛さんはよくこの言葉を引用されます。


今回、安藤理智の連載第1回目はタイ在住者ならではの
視点でタイの階級社会とタイ人の優しさに触れ、ヤハギ
クニヒコは自身の社会学についての解釈を述べます。家
柄、学歴といった上下の差異、母国と外国といった横の
差異、一方で差別につながるこの差異は、他方で私たち
の人間関係に彩りを添えることにもなります。


ちょっと視点をズラしてみるだけで色々と見え方が変わるのはよ
く言われることです。


昔、キリスト教ではそれぞれの役割がガチガチ決められ、

その役割以外の仕事は何もできなかったそうです。

すると、ずっと下位にいる人に鬱憤が溜まってしまうので、

そのガス抜きをするシステムがありました。

Fool's Festival(愚者の饗宴)というお祭りです。


愚者とはピエロですが、体制をひっくり返す人のことをさします。

英語でFoolというのが面白いでしょう?

ある体制の下ではバカなことに見えるかもしれ
ません。でも、それができることこそが才能なのではな
いかと記事を通して感じていただければと思います。
(笠原正嗣)



01【連載】安藤理智『11年目のトランジット 第1話 ~見えないカースト社会①~』


タイは階級社会である。その事を知ったのはここ数年の話。


タイの社会は国王を頂点とした完全なピラミット社会で
ある。そして、そのピラミットの階層は「血筋」によっ
てほとんど決まっている。もちろん個人の努力でその階
層を飛び越える事だって、少しなら可能だが、ある程度
の教育環境が整わなければその飛躍はできない。すると
結局はその「血筋」の呪縛から逃れる事は難しい。


インターネットで検索すれば、タイ在住の人たちのブロ
グがたくさん出てくるが、どれも表面的な一部分しか見
ていないように思う。


乱暴にまとめてしまえば、日本人はタイ人より優れてい
ると信じて疑わず、上から目線で「だからタイ人は駄目
だ」と言ってみたり、逆に優しさを見せながら「温かく
見守ってあげましょう」と言っていたりする。
もちろん、そういった一面があるのも事実だし、国民の
数からいけば圧倒的多数なのもまた事実。


一億総中産階級で生まれ育った日本人には理解しにくい
のかもしれないが、このタイで多くを占めているのは
「その日の生活がやっとという収入しかない人たち」だ。
言い方を変えれば「生活はできるが貯金ができない」と
なる。だから日本人から見ると「計画性がない」と思わ
れるのかもしれない。


誰だってそんな生活を好んでしたいわけではない。
そうした環境から抜け出したくとも、学歴がないために
一般企業に勤めることはできない。できたとしても、掃
除や小間使いなど、誰にでもできる仕事であって、エア
コンのきいたオフィスて机をあてがわれることなどほと
んどない。


しかし、そんな生活から抜け出る方法が一つだけある。
それは、比較的お金を持っている外国人と結婚すること、だ。



AFTERMOD E-PRESS


タイが好きでタイに住む日本人にもいろいろな人たちがいる。
大きい声では言えないが、日本での生活に適さないから
タイに住み着いている人たちも少なくないように思う。
(かくいう私もその一人だと自覚しているわけだが)


初めて旅行で訪れたとき、この国は優しさをもって旅人
を包み込んでくれる。その印象が良すぎるため、母国を
離れこの国にやってくる外国人が後を絶たない。年齢に
関わらず、それまでの仕事を捨ててやってくるのだ。


さきほど「見えないカースト社会で、階級を飛び越える
ためには外国人と結婚すること」と書いた。


旅行中に出会ったタイ人の優しさに魅かれ、タイにやっ
てきたものの、母国に帰るタイミングを逸し、ずるずる
と抜け出せない迷宮にはまり込んでいく人も少なくない。
一番解りやすい例をあげれば、ビーチボーイに恋して南
の島に移住を決意した女性、夜の商売の女性に入れ込ん
で住み着いた男性、だろう。
もちろん、キッカケは何であれ、その後幸せな家庭を築
いている人たちもいるが、数としては少ない。



AFTERMOD E-PRESS


タイにはいろいろな人たちがいる。だから一言で「タイ
人」と言い表すのが難しい。階層によって考え方も、教
養の深さも大きく異なる。


一つ例をあげようと思う。
何人かで食事に行ったとしよう。タイは一番立場が上の
人間(お金を持っている人間)が全員分の食事代を払う
ことが多い。日本人とタイ人が食事に行き、誰が支払い
をするかで、そのタイ人がどの階層にいるのかが一目瞭
然になる。


<続く>

(写真+文=安藤理智)


02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅06:ツッコミと社会学』


 「社会学って要するにどういうことなんですか?」こ
の連載を始めてから少しずつ聞かれるようになってきま
した。「ヤハギさんは社会学者なんですか?」とも。そ
もそも学者というのは何なのでしょうか。「アカデミー」
の起源はプラトンの「アカデメイア」で、それは「想起
の場」でした。ソクラテスは生前「学習とは想起するこ
とだ」と言っていました。そこで弟子のプラトンはその
ための「場」を作ったわけですが、ということは、学者
とは「想起する人」といえるかもしれません。自分の経
験を、見聞を想起しつつ考えるんですね。


 僕はいわゆる大学にも学会にも所属していません。し
かし、そういう在野の学者が小さくなって、びくびくし
ていたらいけないと思うんですね。学問はどこだって出
来ます。「場」が必要なら、自分で自分なりのアカデメ
イアを作ればいい。(そもそも独学が出来ない人のため
に、先達は学校を作ったはず!)インディーズのアカデ
ミシャンがもっと元気に発言した方が健全ではないでし
ょうか。学者だって多様性が必要で、型にはまるだけで
は社会科学とはいえません。僕は(少なくともこの連載
においては)社会をテーマにした学を志しています。だ
から、僕は堂々と社会学者を名乗ります。かつて僕が大
学や学会などに所属して社会学を志そうとした頃二つほ
ど悩みがありました。一つは、社会学というカテゴリー
の中に身を投じることは、実は反社会的なのではないか
ということ。もう一つは哲学との境界線が分からなかっ
た。今となっては、そういう社会学というものがそもそ
も科学的になることを半ば拒むような現象に立脚してい
ることも理解出来ますし、故に哲学とは当然曖昧になっ
てくることはアドルノがとっくに示唆していたことでした。


 社会学というのは、「自分」と「自分以外」の関係に
ついての学です。社会とは「自分と自分以外から成る世
界」のことですね。そういう意味では、とらえ方によっ
ては何でも社会学に成り得ます。であれば、いかなる組
織にも所属していない自由な個人は、所属のある社会学
者と同等か、それ以上に客観的な視点を持てる可能性す
らあると思います。社会を科学的に研究すると言うこと
は、社会を一般化すると言うことです。つまり、法則の
ようなものを見つけ、応用可能にするわけですが、そう
いう風に社会を抽象化することは、実は反社会的だと言
えます。もし「社会」というものが存在するのならば、
それは私たちが参加している世界であり、手に届く世界
のことです。しかし、抽象概念としての社会は、私たち
が所属している実感が欠如しています。そういうものを
「社会」と呼んでよいものかどうか、僕にはピンと来な
かったんですね。そんな風に色々と考えているうちに、
インディーズの教育機関こそが、社会学に足りない視点
なのではないか、と思いついたわけです。


 今、「schoolAFTERMODE」というプロジェクトを画策

しています。これは「僕らなりのアカデメイア」です。
2008年から流浪の私塾「鏡明塾」という活動を始めて、
江戸の私塾的存在の復活を志してきましたが、これは
「僕なりの学」を目指す「僕なりのアカデメイア」です。
その活動も軌道に乗ってきたので、今度は「僕らなりの
学」というのをやってみたくなったんですね。スタディ
オアフタモードの佐藤慧君と理想の学校について話をし
ていた時に、これはこのまま学校になるかもしれないな、
と直感しました。話している本人達に発見があるような
ライヴ感のある講義はとてもエキサイティングです。本
来知的なことと言うのはエキサイティングなものですが、
どうも「知識」あるいは「構造」に偏りすぎている嫌い
があります。知識や構造がしっかりしていなければいけ
ないのは大前提の一つですが、それと同じくらい、講義
は「生物」でなければいけないと思います。ナマモノで
あり、イキモノです。情熱と論理はどちらが欠けても
片-手落ちになってしまいます。そんな教育の現場に違
和感や危機感を感じているからこそ、今まで16年も受験
指導を続けているわけですが、そんな中でもう一つ、受
験とは関係のない、社会人も学生も関係のない多様な学
校の必要性もまた感じています。「アートとジャーナリ
ズムと教育」はすべて「伝える」という目的があると思
います。それを僕らは分けて考えすぎている。同じよう
な志の下で展開するそれらを、いかに自由に再編集して
いくか。そういうデザインの挑戦が、もっと僕らを豊か
にしてくれるのではないか、違和感を埋めてくれるので
はないか、と感じます。


 社会学というのは、近代がハマってきた産業主義と合
理主義に対する挑戦から始まりました。最初の社会学者
はフランスのオーギュスト・コント、時はフランス革命
直後の混乱期でした。コントは、社会学の基本は社会物
理学とし、「秩序と進歩」のために歴史学、心理学、経
済学を統合する実証主義的かつ科学的な研究であるべき
だと主張しました。人間が構成する社会なのだから、歴
史学や心理学を無視してはダメだと言うんですね。これ
は実にもっともで、だからこそ産業主義と合理主義に対
してのツッコミに繋がったわけです。おいおい、そんな
に合理的に考えたら、かえって非合理的じゃないんです
か? 僕たちは機械じゃないんですよ? ということで
す。その考え方が、やがてポストモダンと呼ばれる一連
の潮流を生んだわけです。現代社会にツッコミを入れる
というスタイル。これが社会学です。僕の講義は基本的
に社会現象へのツッコミから構成されます。で、いつの
間にか生徒がツッコミを入れるようになってくる。これ
はつまり、問いを立てているということです。最近僕の
ことを論理的だ、思っている人が多いみたいですか、
ツッコミにはある程度の論理が必要で、薄ら寒い近代的
な論理で構築されたクールに対して、情熱で対抗しても
ダメなんですね。なんでも合理化。システム化しようと
する社会に、そんなの愛がないんじゃー!って叫んでも
ダメなんです。相手が論理的に計算しているなら、こっ
ちも論理的にその主張を解体していかなければ、喧嘩に
なりません。いや、喧嘩にしかなりません。違和感に気
づいて、ツッコミを入れる力。その力を養う環境こそが
現代に必要なのではないかと思います。


(ヤハギクニヒコ)


03【回廊】笠原正嗣 『影向』



AFTERMOD E-PRESS

ふと、ソトをみた。
帰路の最中は灰色の空だったのに。
いつものように席替えを済ました夕日が沈んでいる。
いつもと違う富士がいる。
遠慮がちに初めて降りた銀幕が、
ひっそりと、彼を支えていた。


(写真+文=笠原正嗣)



04【告知】 2月6日 ヤハギクニヒコ 鏡明塾


◆鏡明塾2011 第2回 2/6(日)

 [一般]13:05~14:50(1503教室) テーマ『世界の法律と法哲学』
 [中高]17:05~18:50( 306教室) テーマ『儒教と朱子学』


★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)
神奈川県民センター(横浜駅西口徒歩8分)にて、
参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高小学生2000円(教材費等全て込み)です。
(※中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます)
(※受講費は当日お持ちください。振り込み希望の方はお申し出ください)

申し込みはメールにて承ります。


タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分)で
  yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。

では、みなさんの御参加、お待ちしております!



05【告知】2月16日『schoolAFTERMODE』~序章「アフリカを知る」講座~


◆講座内容

アフリカというとみなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
紛争、飢餓、貧困、マサイ族や動物の王国という声も聞こえてきそうですね。
そんなアフリカですが、実は日本の生活とも切っても切れない深い関係にあるのです。
先進国と呼ばれる日本は、多くの国からの輸入に頼って
生活を維持していますが、アフリカからもたらされる資
源もまた、大きな比重を占めています。果たしてアフリ
カとはどんな大陸なのでしょう?そこに在る人々の、
私たちとは変わらない普通の幸福な暮らしや、根本的に
抱える問題など、普段は耳にしないアフリカを感じてい
ただければと思います。


◆講師  フィールドエディター  佐藤慧
 ゲスト  アルスコンビネーター ヤハギクニヒコ


・日時 :2011年2月16日(水) 
 <開演>19:00(18:30開場)
 <終了>20:30(予定)
・会場 :(株)毎日エデュケーション「グローバルひろば」  
・参加費:1000円 オリジナルテキスト、ポストカード付き

詳細、お申込みはこちら↓
http://amba.to/hZ6qg6



06【告知】2月19日スクールアフタモード開講!


■【講座第1回】「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」

私たちが生活を送るのにかかせないお金というもの。身
近にあるのに、これほどその実態を知られていないもの
もありません。通貨というものはどうして生まれたので
しょうか、どのような歴史を辿ってきたのでしょうか、
そして、今後の行方は。現在世の中に蔓延る多くの問題
を考えるにあたり、通貨の役割をきちんと考察すること
で見えてくる物事もあります。紛争、飢餓、貧困、それ
らの中心には資源の分配という問題が大きな要素を占め
ています。限りある地球資源の中で、人間はどのように
共生の道を探っていけばいいのでしょう。一般的な経済
学とは一味違ったお金の話。これからの世界について、
みんなで一緒に考えてみませんか?


◆講師 :ヤハギクニヒコ(アルスコンビネーター)
      × 佐藤慧(フィールドエディター/ ジャーナリスト)
◆日時 :2011 年2 ?19 ? 18:00 ?21:00
◆場所 :東京都渋?区神宮前1-8-8 COXY188 ビル6F 3号室
      ※JR原宿駅から竹下通りを抜けてすぐ!
◆参加費:2,500 円
◆お申込み方法: school@aftermode.com  まで。
  ※件名を「2月19日:通貨の歴史と未来、参加希望」とし、
   御名前、メールアドレス、所属をお書きの上お送りください。


07【告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント


映画「ぼくたちは見た~ガザ・サムニ家の子どもたち~」 の
第1回公開前連続トークイベント に安田菜津紀が参加させていただきます。
お相手は、映画監督でありジャーナリストでもある古居みずえさん
お時間のある方は是非ご参加ください!


(要予約)

≪日時≫2月25日(金)19:00~
≪場所≫池袋 アラビアンレストラン「月の砂漠」
(詳細)http://twitpic.com/3vi92n


08【告知】安田菜津紀 フィリピンスタディーツアー申込み受付開始


いよいよ正式告知です!
既にお問い合わせ頂いている皆様、大変お待たせ致しました!
濃厚な8日間にしていこうと思います!

・訪問国 フィリピン
・予定日 3月10~17日
・対象者 18~29歳
・人 数 20名
・締 切 2011年2月10日 

(詳細)http://ameblo.jp/nyasuda0330/entry-10714070469.html



09【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇


 今を大事に生きることと、
 過去や未来を無視することは違います。
 それは、長い歴史においても、
 ほんの最近のことでも変わりはありません。
 関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、
 今年もカレンダーを作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、 

 ・お名前
 ・ご住所
 ・電話番号
 ・部数
 ・返信用メールアドレス

を明記の上
store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し、代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。


安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

上部メニューバーの【STORE】をクリックしてください。


10【後記】『眩暈から始まる』


 自分の所属している社会のことは、自分たちが一番見
えないのかも知れません。異聞が刺激的なのは、自分た
ちのが普段疑いもせずに持っている前提を揺るがしてく
れるからで、その揺れている土台を僕らは楽しんでいる
のような気がします。足下をすくわれる爽快感というの
は、遊びに繋がります。フランスの社会学者ロジェ・カ
イヨワは遊びの本質的類型の一つに眩暈を挙げています。
僕らはその一見盤石で退屈な日常から逸れるために、眩
暈を求めているのかも知れません。その眩暈によって、
それぞれがコペルニクス的転回を得て、今まで気づかな
かった「僕らの社会」へのツッコミが出来るようになれ
ば、もっと刺激的でもっと平和な社会に近づくような気
がしています。では、また来週お目にかかります。受験
生のみなさん、最後まで頑張ってください!


(ヤハギクニヒコ)




==========
『AFTERMOD E-PRESS』はいかがでしたでしょうか?
今回の記事についてご意見・ご感想など、
お気軽にドシドシと書き込みください。
アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。

編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    http://www.aftermode.com/

本WEBサイトの内容の一部または全部を無断で複写(コピー)することは、法律で定められた場合
を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。記事の使用をご希望される場合は、タイト
ル「AFTERMOD E-PRESS係」にて下記アドレスまでご一報をお願いします。
取材もこちらで承ります。
info@aftermode.com




AFTERMOD E-PRESS 【vol.00021】(2010年1月24日号)


=index=

00【巻頭】『未知の領域に踏み込む視点』
01【連載】笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.5』
02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅05:体が先か心が先か』
03【回廊】安藤理智『11年目のトランジット』
04【告知】2月16日『schoolAFTERMODE』序章「アフリカを知る」講座
05【告知】1月17-25日 佐藤慧 写真展「Under the Same Sky」@立命館アジア太平洋大学(APU)
06【告知】1月26~30日 佐藤慧 写真展「Under the Same Sky」』@ 福岡天神プラザ
07【告知】1月20日-2月2日 オリンパス写真展「She Has A "PEN"」(in大坂)
08【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇
09【後記】『挑戦的視座を持ち続けること』


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00【巻頭】未知の領域に踏み込む視点


 こんにちは、2011年の幕が明け、早くも1カ月が過
ぎ去ろうとしています。光陰矢の如しとはよく言った
もので、ぼやぼやしているとあっというまに大晦日、
なんてことになりかねません。未来を見据えて前に進
んで行く過程で大切なのは、大きく遠くに構えた目標
を持ちながらも、目の前の一歩一歩を確実に踏みしめ
る視野ではないでしょうか。物事を理解しようとする
場合、「鳥の視点」と「蟻の視点」を同時に意識する
ように、ということを言われますが、それはマクロと
ミクロから同時に物事を考える視点を得るということ
です。往々にして、大きな視点からでは身近な問題を
見落としがちで、反対に身近なところにばかり目を向
けていたら大局を読めません。笠原正嗣の連載では、
絵画を通じて「普段は見えない視点に視点を置く」と
いう能力を人間が培ってきた様子を描きます。ヤハギ
クニヒコの社会学曼荼羅では、人間の持つ概念という
ものは後天的に定義されている可能性について触れて
います。視点を変えて物事を見るということは、既成
概念を突き破り、新たな境地に一歩踏み出すというこ
とではないでしょうか。未知の領域から物事を考えよ
うとする、それは人間の共感力の源かもしれません。
E-PRESSの記事が、未知の領域に踏み出す一助となれ
たら幸いです。
(佐藤慧)



01【連載】笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.5』


 前回は、3D、リアリズム、構図、フレーミング
(framing)などキーワードを並べました。円山応挙
の時にも書いたのですが、この時代はやはり「リアル
に描く」ということにこだわりが出てきた時代だと思
います。それまでの日本の画とは何かというと、中国
山水のようなものを除けば、おそらくみなさまがイメ
ージされるのは戦国絵巻や武将が闘っている「○○の
戦い」のような屏風絵のようなものではないかと思い
ます。


AFTERMOD E-PRESS
洛中洛外図左


 そもそも戦争の画というものはなぜ描かれたのでし
ょう。ある絵画を見てそういう疑問を持つことはとて
も大事なことなのですが、こういう絵に意味を見出す
ようになったのは実は1900sに入ってからだったりし
ます。驚きでしょう? 今でしたら当たり前なんです
けどね。話が難しくなるので戻しますが、この戦争に
ついて描かれた画に対して、上記のような質問を受け
れば、「戦争の記録を残そうとした」「画家が時の将
軍の武勲を讃えてプレゼントしたものが残った」など
のような答えが返ってくることでしょう。たぶんそれ
で当たりだと思います。

 意味はそれで良いでしょう。では、描き方について
ですが、この手の画に対して不思議に思われたことは
ありませんか? ヘリも飛行機もない時代に、かなり
高い所から見下ろした構図を取るのはなぜでしょうか?
絵描きは戦時のど真ん中でわざわざ山に登って
「うわ~、闘ってるよぉ」とか思いながら、文字通り
高見の見物を決め込んでいたのなら、たぶん怒られま
す。当然、戦が終わった後に描かれたものでしょうが、
大事なことは高いところから見ているということです
ね。上空からの視点で描くことで全体像が把握できる
わけです。


AFTERMOD E-PRESS
洛中洛外図右


 もともと日本には中国からこういった高いところか
ら描く視点というものを輸入しています。水墨画の世
界ではそういう視点を「深遠」(見えない景色を描く
こと)と言います。宋の時代の画家で郭煕(1020頃~
1085年前後)が有名ですが、雪舟(1420[応永27]-1506
[永正3])はこの視点から天橋立を描きます。以上か
らもわかる通り、日本にそういう普段見えないような
高い点から描く技術があったことがわかります。それ
を使って描くことで戦況の全体像が把握できる。これ
が大切です。


 現在、サッカーのアジア・カップで日本が逆転勝利
を収めたことで盛り上がっています。このサッカーを
「Winning 11」のようなTVゲームにしたとき、大体画
面の右上か左上ににコートと人の簡略図が出ます。あ
れも全体像の把握という点で考えれば、こういった技
術の末裔といえそうです。全体像を頭の片隅に置きな
がらディフェンスの穴を見抜いて、そこでパスを出す。
または、どこに行けば相手のボールをカットできるの
か。これが抜群に上手かったのが中田ヒデ選手だとい
うことを聞いたことがあります。全体と部分の関係で
すね。


 さて、思ったよりも前置きが長くなってしまいまし
たので、本題は次回に持ち越しましょう。では、また
お会いしましょう。

(絵=狩野永徳、文=笠原正嗣)


02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅05:体が先か心が先か』


 小学生というのは3~4年生位までは性差に無頓着
に見えます。ボーイッシュな女子をずっと男子だと思
って遊んでいたりなんてことは良くあります。しかし、
無頓着ではあるのですが、やはり指向性は別れている
ように感じます。5~6年生になるともう完全に男女
になりますね。それぞれが意識をしているし、そのこ
とを認識もしています。最近の小学生は早熟だと言わ
れますが、持っている情報の多さや行為の種類は置い
ておいて、性差に関する感覚は僕らの頃と変わらない
ような気がします。「男女七歳にして席を同じうせず
」とは良く言ったものです。これは儒学書『礼記』に
ある「七年にして男女席を同じうせず、食を共にせず」
からきた慣用表現です。この場合の「席」というのは
敷物という意味が強いので、寝食を共にさせないとい
うように意味なのですが、まあ生活スタイルをセパレ
ートすべきだと言うことですね。


 同性愛者であることを自ら公言するアメリカの思想
家ジュディス・バトラーは、性が男女の二項対立で構
成されているのは抑圧であり、異性愛は人為的につく
りだされたものだと主張しました。バトラーによれば
ジェンダーというのはパフォーマティヴィティに依存
するというんですね。つまり、その社会の中で繰り返
しパフォームされる(演じられる)ことによって、存
在に至り、社会を構成していくというわけです。西洋
的に考えると、行動の裏には思想があります。思想が
先で身体が後であるという考え方ですね。外見の裏に
は背骨となる本質や形式があることが想定されるんで
すね。しかし、バトラーはパフォームされる言動とい
うのは、その奥にある本質的なことの表出ではないと
いうわけです。


 東洋的な考えは、「脳」の方がどう考えても「体」
よりも後に発達した、ということに基づきます。春秋
時代の宰相管子の「衣食足りて礼節を知る」というの
は、まさにそう言う実感からきている言葉だと思いま
す。思想で男女が分けられるようになったのも、元は
といえば身体的な差異から分けられるようになったわ
けですね。アジアの幾つかの地域で真珠が女性を象徴
し、同時に月を象徴したのもそう言う理由からでした。
単に真珠と月が似ているという話ではないんです。先
に身体的な差異があった。ルーマニア出身の宗教学者
ミルチャ・エリアーデによれば、女性が、恋愛や出産
の幸運を願って真珠を身につける風習について、真珠
が水から生まれ、貝殻から生まれ、そして月のように
光を反射して輝き、それらからの連想が、真珠の宇宙
論を構成していると分析しています。インドでは真珠
は万能薬になり、出血、黄疸、中毒、眼病、結核、精
神病に効くと言われています。その根拠もまた、真珠
が帯びた月の魔力(イメージ)によるものでしょう。
オリエントでは催淫剤や受胎促進剤とされたのは、月
性、つまり女性との関係から帯びた魔力と言うことに
なりますね。また死者と一緒に埋葬することで死者を
再生すると思われたのも、月の満ち欠けから生じる魔
力ですね。


 身体的差異に関しては、もう異論を唱えるのは難し
いのですが、心の有り様についてはまだまだ議論の余
地がありそうです。本質主義においては、男らしさや
女らしさは元々備わっているものだ、と考えるのです
が、そこに構造主義からツッコミが入りました。そも
そも、「本質」だとか「らしさ」だとか「差異」だと
かと呼ばれているモノが存在する確証が無いと言うん
ですね。全て言葉による後付けの理論であるというわ
けです。では、それらの概念がどうやって構築されて
きたのかを考えると、それはパフォームが作り出した
社会構造がそうさせているのではないか、というバト
ラーのジェンダー論のようなアイデアが出てきたわけ
です。しかし、見て分かる差異を無視することはでき
ません。アメリカでは1970年代に「男女平等憲法修正
条項」というものが作成されましたが、結局批准に至
りませんでした。その理由はなんと、トイレを同じに
することは出来ないから、というモノでした。これは
レイシズムとも関わる複雑な問題が背後にあったので
すが、どちらにしても思想が先にありきという思想自
体に矛盾を感じる部分ではあります。


 「遺伝子的にピンクの服を着ると女性にモテる」な
んて話が広まってにわかにピンク男子が増えたり、
「草食系」や「お弁当男子」という言葉が先行して実
際そういう男子が増えている現象を目の当たりにする
と、パフォーマティヴィティの視点も侮れないもので
すが、だからといって見えない本質を消し去ることは、
それもまた二項対立的な視点になってしまいます。色
々な視点の組み合わせで世界を編集的に解釈しようと
いう視点が大事なのではないでしょうか。


(ヤハギクニヒコ)


03【回廊】安藤理智『11年目のトランジット』



AFTERMOD E-PRESS

タイの首都バンコク。
正式名称は「クルンテープ・マハーナコーン・アモー
ン・ラタナコーシン・マヒンタラーユタヤー・マハー
ディロックポップ・ノッパラッタナ・ラーチャターニ
ー・ブリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハ
ーサターン・アモーンビーマン・アワターンサティト
・サッカタットティヤ・ウィサヌカム・プラシット」
という、世界一長い都市名らしい。


途中、日本に帰国していた期間もあるが、この地に住
み始めて10年の年月が経った。
なぜバンコクなのか。良く聞かれる質問なのだが、本
当のところはよく分からない。


でも答えないと失礼だから「トランジットの途中」と
言う事にしている。そもそも1999年の10月に
「ネパールへ行こう!」と思い立ち、バンコクへやっ
てきたのが発端だからあながち嘘でもないのだ。

旅行の途中で特定の場所に長く滞在する事を、バック
パッカーの間では「沈没」と呼ぶ。


その意味で僕は「バンコク長期沈没」組なのかもしれない。

この地で生活していれば良い事も悪い事もたくさん経験できる。

そんなバンコク生活のショートエッセイを次号から連載していきます。


(写真+文=安藤理智)


04【告知】2月16日『schoolAFTERMODE』~序章「アフリカを知る」講座~


◆講座内容

アフリカというとみなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
紛争、飢餓、貧困、マサイ族や動物の王国という声も聞こえてきそうですね。

そんなアフリカですが、実は日本の生活とも切っても切れない深い関係にあるのです。

先進国と呼ばれる日本は、多くの国からの輸入に頼って生活を維持していますが、

アフリカからもたらされる資源もまた、大きな比重を占めています。

果たしてアフリカとはどんな大陸なのでしょう?そこに在る人々の、

私たちとは変わらない普通の幸福な暮らしや、根本的に抱える問題など、

普段は耳にしないアフリカを感じていただければと思います。


◆講師 フィールドエディター  佐藤慧
 ゲスト アルスコンビネーター ヤハギクニヒコ


・日時 :2011年2月16日(水) 
<開演>19:00(18:30開場)
<終了>20:30(予定)
・会場 :(株)毎日エデュケーション「グローバルひろば」  
・参加費:1000円 オリジナルテキスト、ポストカード付き

詳細、お申込みはこちら↓
http://amba.to/hZ6qg6



05【告知】1月17-25日 佐藤慧 
写真展「Under the Same Sky」@立命館アジア太平洋大学(APU)


佐藤慧の写真の個展としては初の本格的なものです。
昨年ザンビアで共に活動した大学生たちの真摯な行動
により、開催出来ることになりました。

この数年で感じたこと、それは、
世界とは「僕」と「あなた」の総和である
ということです。

少しでも、同じ空の下で営まれている生活に想いを馳
せて頂けたらと思います。


 日時:2011年1月17~25日 9:00~18:00 (土日休館)
 場所:立命館アジア太平洋大学 ステューデントユニオン1F パシフィックカフェ

  ≪立命館アジア太平洋大学≫ http://www.apu.ac.jp/home/


◇佐藤慧×安田菜津紀 クロストーク@立命館アジア太平洋大学(APU)
スタジオアフターモード所属 二人のジャーナリストによるクロストーク
テーマ「表現して伝えることの意義」

 日時:2011年1月25日 17:00開場 18:00~19:30
 場所:上記写真展会場にて


06【告知】1月26~30日 佐藤慧 

写真展「Under the Same Sky」』@ 福岡天神プラザ


◇佐藤慧 写真展『Under the Same Sky』@福岡天神プラザ
 日時:2011年1月26~30日 11:00~19:00
 場所:立命館プラザ福岡

立命館プラザ福岡
http://ritsnet.ritsumei.jp/plaza/fukuoka/index.html

◇ギャラリートーク@立命館プラザ福岡
 日時:2011年1月29日(土) 15:00~18:00
 場所:立命館プラザ福岡



07【告知】1月20日-2月2日 オリンパス写真展「She Has A "PEN"」(in大坂)


グループ展「She Has A "PEN"」の巡回も、遂にラストとなりました!
1月20日~2月2日、オリンパスギャラリー大阪にて行われます!
よろしければぜひいらして下さい!
http://bit.ly/aWl7nb



08【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
 過去や未来を無視することは違います。
 それは、長い歴史においても、ほんの最近のことでも変わりはありません。
 関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、
 今年もカレンダーを作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、 

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を明記の上
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折り返し、代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。


安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

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09【編集後記】『挑戦的視座を持ち続けること』


 アリストテレスは、抽象化と具体化という二つの方
向性で自由に視点を動かすことで多くの学を成しまし
た。抽象化と具体化を自由に扱い具体例と同時に全体
を認識することは、幾何学的に物事を変換出来るとい
うことで、それは彼が学んだ師プラトンのアカデメイ
アでは特に重要視された知の技法でした。構図やフレ
ーミングが生む構造主義的な力の作用は伝統として現
代の至るところに息づいているように思います。それ
は時に魔術的に僕らのイメージを動かしますが、そこ
には誰かの視点へのアフォーダンスが働いているので
しょう。僕と安田が最初に組んだユニット「Try/Angle」
には、「挑戦的視座」という思想がありました。自分
の視点を、恐れずに堂々と提示していこうという試み
です。その思想はスタディオアフタモードに引き継が
れ、新たに合流した仲間と共に挑戦は続いています。
視座を立て、自問する。その視座をみなさんと共有す
ることで、ブラッシュアップしていければと思います。
では、また来週お目にかかります。
(ヤハギクニヒコ)




==========
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お気軽にドシドシと書き込みください。
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編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    http://www.aftermode.com/

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を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。記事の使用をご希望される場合は、タイト
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AFTERMOD E-PRESS 【vol.00020】(2010年1月20日号)


=index=


00【巻頭】『Topical Aura』
01【連載】佐藤慧 人間遍路vol.02 「未来の種を蒔く」
02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅04:クールな合理化の非合理性』
03【閑話】安藤理智『人間は成長する生き物』
04【回廊】安田菜津紀『HIVと共に生まれる』vol.1
05【報告】佐藤慧 Photo Dialog 「同じ世界に生きる人々の生活と美」
06【告知】1月22日 安田菜津紀 トークライブin 熊本! 
07【告知】1月17-25日 佐藤慧 写真展「Under the Same Sky」@立命館アジア太平洋大学(APU)
08【告知】1月26~30日 佐藤慧 写真展「Under the Same Sky」』@ 福岡天神プラザ
09【告知】1月20日-2月2日 オリンパス写真展「She Has A "PEN"」(in大坂)
10【告知】1月22日佐藤慧×松永真樹『行動するという生き方』vo.2
11【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇
12【後記】『水をやること、見守ること』


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00【巻頭】『Topical Aura』


 お笑いなどが上手く利用するのに、場の空気という
のがあります。雰囲気と言ってもいいのですが、どう
いうわけかその人がしゃべるだけみんな笑ってしまう
ことがあります。数寄じゃない人からすると別に面白
いと思わないことも多々あります。逆に空気からして
ダメだと、何をやってもネガティブにしか取ってもら
えなくなったりします。では、そういった場の雰囲気
とはどうやってできるのかと言えば、その場にいる当
事者一人ひとりの気持ちなんですね。それが集まった
ものだったりします。本気でやる気なら、やはり場に
そういうアウラが満ちてきます。逆に言うと、本気でな

いなら、それは空気に現れてしまい、嘘くささが漂
うようです。嘘とは本来何かを発すべき口の中が虚な
んですね。空気は、それを受け止めるために「空」な
んですが、受け取るものがなければ残念な感じがして
きます。今回はヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅vol.4』、
安藤理智『人間は成長する生き物』はどちらも人間の
発し方・受け方についての話題です。【回廊】では、
安田菜津紀の新シリーズ『HIVと共に生まれる』が始
まりました。現代社会が足りない何かの片鱗を考えな
がら読んでいただければと思います。

(笠原正嗣)


01【連載】佐藤慧 人間遍路vol.02 「未来の種を蒔く」


 1960年代初頭、アフリカ南部の小国が雄叫びを
あげた。長くイギリスの植民地化に置かれていたザン
ビアが、その鎖を断ち切るべく立ちあがったのだ。多
くの血を流しながらも、‘64年に独立、南部アフリ
カ地域でいち早く、主権国家としての誇りを回復した。
そんな劇的な時代を生き抜いた志士のひとりに、ザン
ビア初代副大統領、サイモン・カプウェプウェがいる。


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博物館に飾られていた写真


 初代大統領のカウンダとはチンサリという小さな集
落で共に育った。誰よりもザンビアを愛する心を持ち、
決して曲がったことを許さない厳格な彼は、人々から
Philosopher(哲学者)サイモンと呼ばれていた。独
立の際に掲げられた国旗には、深い意味が込められて
いた。その緑はザンビアの豊富な自然を表し、赤は自
由を勝ち取るために流れた人々の血を、黒は黒人の誇
りを持ったザンビア人、オレンジは地下に眠る膨大な
鉱物資源を表している。その上に描かれた鷹のシンボ
ルは、どのような困難があろうとも、それを乗り越え
て行ける翼があることを示している。そこに描かれた
ように、ザンビアには豊富な鉱物資源、銅が眠ってい
た。独立後の経済成長を支える資源はその鈍く光る鉱
物だった。日本の硬貨にも、ザンビアから産出された
銅が含まれている。国の安定も、経済的成長も、前途
有望に思えた時代だった。しかし、深い見識と直感を
持っていたサイモンは、鉱物資源に頼る経済成長に違
和感を覚えていた。果たして、ザンビアはこのままで
いいのだろうか。いつ尽きるとも知れぬ資源に頼って
いては、ザンビアに恒久的な安定した社会は訪れない
のではないか。彼の危惧は、周囲の人間からしたら理
解し難いものだった。「資源はいずれ尽きるものだ。
水を見てみるがいい。今でこそ自由に水が手に入るが、
いずれそれは売り買いされることだろう。限られた資
源を巡り、争うことになる」。そんなサイモンの言葉
は嘲笑の的となった。皮肉にも現在のザンビアでは、
どんなに田舎であろうとも、ペットボトルに入った水
が売買されている。次第に独裁色を強めていく大統領
と袂を分かち、サイモンは自ら政党を立ち上げた。ザ
ンビアの未来のために、彼は出来る限りのことをしよ
うと思っていた。しかし、複数政党を認めない政権は、
彼の党に活動禁止を言い渡した。こうしてサイモンは
政治活動から離れざるを得なくなり、故郷のチンサリ
へと隠居した。



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サイモンの書斎。世界中の文献に溢れていた。


 続々と周囲の国が独立し、銅のマーケットにおける
ザンビアの優位性も揺らぎ始めた。失速する経済。そ
んな政権を横目に、サイモンは故郷の山で、森を育て
ていた。外国から仕入れたリンゴを育て、木々の苗を
植え、小川を愛した。枯渇する資源に頼るのではなく、
自然とともに共存する道を、彼は望んだ。生涯自然を
愛した彼は、没後、チンサリを一望出来る丘の頂きに
埋められた。皮肉にも、その山の周囲の森林は、グロ
ーバル経済に呑み込まれた影響で、急激に姿を消して
いった。現在、壊滅的なほどに森の消えゆくチンサリ
で、ひとりの女性がその破壊を止めようと活動を続け
ている。それはサイモンの娘、チルフィア・カプウェ
プウェだった。父の意思を継ぎ、自然との共存を目指
す彼女は言う。「私たちは、この豊かな自然を次の世
代のためにのこしていかなければいけません。森は、
共に生きていけば無くならないのです」。齢60を数
える彼女は、20年、30年後の未来を見越し、子供
たちと一緒に苗を植えていた。その瞳の奥には、自然
を愛して止まなかった故サイモンの魂が、滾々と生き
続けているようだった。


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 サイモンの志を継いで自然との共存を目指すチルフィア


(写真+文=佐藤慧)


02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅04:クールな合理化の非合理性』


 予備校での授業中、僕が問題を言い終わる前に素早

く答えを「早撃ち」してくる生徒が居ます。もちろん
僕は受けて立ちます。ノリの良いクラスだとそれが早
撃ち合戦になって、ガンマン達が文脈から問題の先を
推測して答えを撃ってくるようになります。クイズ番
組との違いは、僕も即興でターゲットとなる問題を作
っているので、フェイントがかけにくいことです。文
脈を裏切るような問題になると、フェアではなくなっ
てしまいますからね。真剣勝負です。その緊張感の中
で、ふと思い出すことがあります。


 学生の時に、駅の喫茶店でアルバイトをしていたこ
とがあります。そこでは使う言葉がマニュアル化され
ていて、まずお客さんが入ってきたときには「いらっ
しゃいませ」というんですね。僕は、カウンターでト
レーや食器を洗いながら、店の自動ドアが開いた瞬間
に、誰よりも早く「いらっしゃいませ!」というのが、
秘密のミッションでした。僕は自分が店に入ったとき
に、店員がなかなか気付かないことが客としてとても
嫌だったんです。忙しいときなど、まあ気持ちは分か
りますが、気づかない振りをする店員も居ますよね。
声を発するくらいいくらでも出来るはずなのに。


で、僕は「いらっしゃいませ」の早撃ちをすることで、
店の雰囲気も良くなるし、お客さんにも喜んで戴ける
と思っていたんですね。実際、連動して店全体の「い
らっしゃいませ」が少しずつ早くなっていって、僕は
密かにほくそ笑んでいたものでした。

 さて、僕がこの店ではお客さんが帰るとき、出て行
く後ろ姿に向かって「有り難うございます」と声をか
けるんですね。別に間違っているわけではないのです
が、僕の美的センスに合わなかったんです。僕は「有
り難うございました! またご利用くださいませ!」
と言っていました。しかし、「いらっしゃいませ」の
早撃ちはすぐに影響があったのに、こちらの方は全く
といって良いほど浸透しませんでした。理由は明白で
した。マニュアルに「有り難うございます」と書いて
あるんです。もう一つこの店では、「サンキュー」と
いうかけ声があって、これは「了解」という意味なので

すが、どうも馴染めませんでした。「アイミティー

(アイスミルクティー)プリーズ」「はい、サンキュ
ー」等と掛け合うのですが、「はい」が付いている時
点でもう「サンキュー」は想定されたように機能して
いません。僕と同じように違和感を感じている従業員
も居ましたが、どうしても「マニュアル」が優先され
てしまいます。僕の方がオカシイと指摘する従業員も
居ましたが、理由を聞くと「マニュアルと違うから」
「仕事なのだからマニュアルに従うべき」という意見
を越えませんでした。


 アメリカの社会学者ジョージ・リッツァはこのよう
なマニュアル化、規格化による徹底的な合理化傾向を
「マクドナルド化(McDonaldization)」と呼びまし
た。実に分かりやすですね。これはまさにマクドナル
ド的経営を象徴する「効率性」「計算可能性」「予測
可能性」「脱人間化」の四つの特徴を追求するような
傾向が、あらゆる分野に浸透していると言っているわ
けです。僕が関わっている教育業界も、またジャーナ
リズムの世界も例外ではありません。ある塾ではマニ
ュアル通りの授業が出来るかどうかを最優先して講師
を評価していました。そのマニュアルにはなんと、テ
キストのこのポイントでこういうギャグを言う、とい
うことまで指示されていて、曰く講師が変わっても同
様の質の授業を提供するためである、としていました。
まさに脱人間化です。僕の授業が盛り上がっているの
を見たある講師に、「あの方法をマニュアル化してみ
たらどうか」と提案されたことがありますが、それも
似た発想ですね。お互いにその場で考えるからこそ真
剣勝負になるわけですし、予定調和で熱くなるのはな
かなか大変なことです。どうしてもそこに意外性が必
要になってきます。また、大事なのは流れやタイミン
グ、それに誰がやるのかと言うことが重要な気がしま
す。同じことを言ったって笑いを取る人も居れば、シ
ラケさせる人も居ます。それは方法だけではなくて、
認識されているキャラクターの問題もあります。ルッ
クスや声色だけではなく、今までの場との関わりも大
事な要素と成ります。


 フランスの社会学者ジャン・ボードリヤールは、商
品は「差異」において消費されると言いましたが、差
異というのはすなわち、「機能」よりも「意味」が大
事だと言うことで、その「他とは違う」存在感に価値
を見出しているわけです。授業も記事も、伝われば同
じなのかというとそんなことはないですよね。同じテ
ーマの同じ授業でも、また記事やアート作品でもまと
っている「アウラ」が違います。違うからこそ価値を
感じるということが軽視され、画一化された機能こそ
が価値だという近代化のムーブメントの中、ドイツの
社会学者マックス・ヴェーバーは、合理化しすぎるこ

とによって逆に人々の心を捉えられなくなり、それは
非合理的になることをとっくに喝破していました。も
ちろん、産業革命以前には、ものが不足していました
から、一つ一つのアウラよりも、多くの人がものを持
つことが出来ることに価値が移行したことも分かりま
すし、また商品の価値を保証するという意味でも、画
一化に価値が置かれたことは想像に難くありません。
しかし、各家庭に必需品が行き渡った現代の先進国に
おいて、もう一度消えたアウラを灯し、クールなメデ
ィアをホットにしていきたいという時代の要請を感じ
ます。


(ヤハギクニヒコ)



03【閑話】安藤理智『人間は成長する生き物』


Failure is a stepping stone to success.
ผิดเป็นครู
失敗は成功の母

同じ意味のことわざが国や文化を超えて存在しています。


生きていれば必ず失敗や挫折があります。
それを乗り越えてこそ成長する事を先輩達は知っていたのです。

成長のためにはプラスのエネルギーが必要になります。
常に前を見て進めば、失敗を乗り越えることができるのです。


逆に、人の失敗をいつまでも嫌みのごとく言い続ける心の狭い人もいます。
負のエネルギーをまき散らしているような状態ですね。
それでは成長できません。


僕は今までにどれだけの失敗を重ねてきたのか数えられません。
きっとこれからも失敗を繰り返すでしょう。

でも、そんな失敗にめげず、二歩さがっては三歩進みながら歩んでいきたいと思っています。
(安藤理智)


04【回廊】安田菜津紀『HIVと共に生まれる』vol.1



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 ウガンダ南部、タンザニア国境に近いラカイ県。ウ
ガンダの中でも最初にHIVが広まった地として知ら
れている。私がお世話になったのは、8人の子どもた
ちを、おばあさん一人が面倒を見ている家庭。子ども
たちの親、つまりおばあさんの娘息子たちは皆エイズ
で亡くなっていた。夜は子どもたちと一緒にわらの上
で寝た。一つの布団を、皆でかけて寝る。夜中、子ど
もたちが何度も私に布団をかけなおしてくれた。にわ
とりの声と共に目覚めてみると、それは布団ではなく、
おばあさんの余所行きの服だった。普段はきっと何も
かけずに眠ってるのだろう。申し訳ない気持ちと、感
謝の気持ちが入り混じった、肌寒いカイでの目覚めだ

った。
(写真+文=安田菜津紀)



05【報告】佐藤慧 Photo Dialog 「同じ世界に生きる人々の生活と美」


 先日渋谷Cue702で開催されたイベントで世界に生き
る人々の生活の様子をお話させて頂きました。安田が
伝えたのは、カンボジア、フィリピン、ウガンダ。彼
女ならではの視点で、人との繋がり、家族にフォーカ
スした話は、聞いてくださった人の心にもよく響いた
ようです。

 僕、佐藤が講演させていただいたのは、後発発展途
上国と呼ばれるザンビアの田舎と都会の様子です。近
代化の波は地球の隅々まで広がり、人々は便利さを享
受しています。しかし、何かを手に入れるということ
は、実は何かを失っていることではないのか。そうい
ったことを話させて頂きました。話している途中に、
言葉にならない想いが溢れて来て、言葉を紡げなくな
る瞬間がありました。この戸惑い、想いを忘れずに、
真摯に人を、命を見つめていきたいです。

(佐藤慧)


06【告知】1月22日 安田菜津紀 トークライブin 熊本! 


 熊本でのトークライブのお知らせです!
  ○日時:2011年1月22日 18:30~20:00
  ○場所:熊本市下通り プロント地下1階リバーレ
  ○参加費:1000円(高校生以下無料) 詳細は
 主催、NPO法人NEXTEPのページより! http://bit.ly/heEIKp


07【告知】1月17-25日 佐藤慧 

写真展「Under the Same Sky」@立命館アジア太平洋大学(APU)


佐藤慧の写真の個展としては初の本格的なものです。
昨年ザンビアで共に活動した大学生たちの真摯な行動
により、開催出来ることになりました。

この数年で感じたこと、それは、
世界とは「僕」と「あなた」の総和である
ということです。

少しでも、同じ空の下で営まれている生活に想いを馳
せて頂けたらと思います。

 日時:2011年1月17~25日 9:00~18:00 (土日休館)
 場所:立命館アジア太平洋大学 ステューデントユニオン1F パシフィックカフェ

  ≪立命館アジア太平洋大学≫ http://www.apu.ac.jp/home/


◇佐藤慧×安田菜津紀 クロストーク@立命館アジア太平洋大学(APU)
スタジオアフターモード所属 二人のジャーナリストによるクロストーク
テーマ「表現して伝えることの意義」

 日時:2011年1月25日 17:00開場 18:00~19:30
 場所:上記写真展会場にて


08【告知】1月26~30日 佐藤慧 写真展「Under the Same Sky」』@ 福岡天神プラザ


◇佐藤慧 写真展『Under the Same Sky』@福岡天神プラザ
 日時:2011年1月26~30日 11:00~19:00
 場所:立命館プラザ福岡

立命館プラザ福岡
http://ritsnet.ritsumei.jp/plaza/fukuoka/index.html

◇ギャラリートーク@立命館プラザ福岡
 日時:2011年1月29日(土) 15:00~18:00
 場所:立命館プラザ福岡



09【告知】1月20日-2月2日 オリンパス写真展「She Has A "PEN"」(in大坂)


グループ展「She Has A "PEN"」の巡回も、遂にラストとなりました!
1月20日~2月2日、オリンパスギャラリー大阪にて行われます!
よろしければぜひいらして下さい!
http://bit.ly/aWl7nb



10【告知】1月22日佐藤慧×松永真樹『行動するという生き方』vo.2


今回は聞くだけではありません。参加者の方々にも共
に考えてもらいます。まずは考えるきっかけを作るた
めに、マサキとKが話します。3/15~3/26までザンビ
アに渡航する「チームザンビア」。
実際に現地で地元民と一緒に何が出来るのか、
お祭り?、授業?、行く人もいけない人も、共に想い
のままに考えていきましょう!


◆タイムスケジュール

 18:00:開場
 18:30:スタート
 18:30:佐藤慧講演 「国際協力という言葉の意味-見えないデメリットを考える」
 19:10:松永真樹講演「行動する生き方の中から生まれた障害、失敗、挫折」
 19:50:チームザンビアを交えたトーク
 20:30:質疑応答
 20:50:終了


◆会場
東京都渋谷区代々木4-28-8 608号  イマジニ屋学校拠点
http://p.tl/TZxK



11【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
 過去や未来を無視することは違います。
 それは、長い歴史においても、ほんの最近のことでも変わりはありません。
 関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、
 今年もカレンダーを作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、 

 ・お名前
 ・ご住所
 ・電話番号
 ・部数
 ・返信用メールアドレス

を明記の上
store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。


安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

上部メニューバーの【STORE】をクリックしてください。



12【後記】『水をやること、見守ること』


 教育に携わることは、人の心に種を蒔くことに似て
います。しかし、蒔いた種は自然に任せておくとあら
ゆる危険にさらされ、実をつけるまで至らないかもし
れません。ですから、少なくとも苗が強くなるまでは、
世話をする必要があります。教育というのはそういう
意味において、植物を育てることに似ている気がしま
す。時間を連続的に捉えるとき、そこには数々の偶然
と必然が絡み合い、唯一無二のアウラをまとっていく
ように感じます。「種を蒔く人」の一歩先へ。「蒔い
た種を見守る人」へ。水をやり、肥料をやり、時に添
え木をしながら、また新しい種を蒔く。同時に両方の
ロールをこなしていくのは大変なことかも知れません。
しかし、そういう覚悟が僕らには必要なのではないか、
と感じつつ、また来週お目にかかります。
(ヤハギクニヒコ)



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アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。

編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    http://www.aftermode.com/

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