AFTERMOD E-PRESS 【vol.0024】(2010年2月14日号)
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00【巻頭】『spec+α』
01【連載】佐藤慧『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』
02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』
03【回廊】佐藤慧『千の祈り』
04【告知】2月19日スクールアフタモード開講
「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」
05【告知】安田菜津紀×渋谷淳志×今井紀明『ナイトカフェvol.1』
06【告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント
07【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇
08【後記】『居合的学習空間へ』
このメールはミラーです。本サイトはこちらから↓
【AFTERMOD E-PRESS】 http://www.aftermode.com/press/
00【巻頭】『spec+α』
関東でも吹雪いたりと、ますます寒さが厳しくなっていっておりますね。そんな中、ヤハギクニヒコは軍艦島へ、佐藤慧は沖縄の琉球大学へと飛び回っておりました。さて、今回の佐藤慧の記事『人間遍路』はなんと海を越えてカリフォルニアの新聞(http://goo.gl/Le7bL )に掲載されたものを日本語にしたものです。ぜひ両方読んでいただければと思います。そして、ヤハギクニヒコと佐藤慧の対談も後編に突入。教育に対して激論を交わします。途中、respectについて佐藤慧がコメントするのですが、spec(t)とは“見”の意味です。どうも教育とは、教師が生徒にいかに見せるか、教師がいかに生徒を見るかという、見る・見られるの関係、spectacleの問題をはらんでいるようです。いかに日頃からinspect(調査)を行い、inputを増やし、自分のスペックを増設し、時にoutputする機会を得たときはどうaspect(概要)を考えつつ、specific(具体的)に伝えるか。そのヒントが盛りだくさんの回となりました。今後みなさんも、これから何かを行う機会、何かを行おうと思い立つことがあると思います。そのとき、ぜひ参考にしていただけたらと思いつつ今回のE-PRESSをお送りします。
(笠原正嗣)
01【連載】佐藤慧『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』
ザンビア北部の小さな村に位置する学校で、チャンダ氏
(29)は今日も障害児クラスで教壇に立っていた。障害児
クラスのある学校は稀で、ここには地区全域から集まる22
人の子供たちが通っている。チャンダ氏は主に聴覚障害を持
った子供たちを担当し、手話を巧みに使用しながら授業を進
めていた。そんな彼女は、自身もまた社会の中でのマイノリ
ティとしてその人生を送ってきた。
アルビノ。先天性白皮症。先天的にメラニン色素が欠乏して
いる症状であり、彼女の皮膚は透き通るような白、髪は白み
がかった黄色、目は淡青色、陽の光に敏感で、アフリカの強
い日差しは彼女には眩しすぎる。黒人社会の中にあって、ア
ルビノであることは特異に映る。日本でも昔は白子と呼ばれ、
神の化身として崇められたり、若しくは不吉な子として忌み
嫌われたりしてきた歴史がある。アフリカでもそれは例外で
はなく、未だにウィッチドクター(魔女)による呪術、施術
の盛んな地域では、アルビノの人たちは生贄の対象とされた
り、呪術の秘薬として殺されたりする地域もある。近年隣国
のタンザニア、ブルンジでアルビノを狙った残虐な事件が多
発し社会問題となっているが、その多くが呪術用にアルビノ
の肢体を求めてのことだった。その肢体から作ったお守りを
持って鉱山へ行けば金が出る、などといったとても信じられ
ないような迷信もあり、アルビノという症状への理解が進む
のはまだまだ難しい状況だ。しかしザンビアでは、大概のコ
ミュニティで彼ら、彼女らもまったく普通の人として受け入
れられている。それは田舎ならではの社会の優しさと、ザン
ビア人特有の寛容性によるものだと思う。この地のHIVエイ
ズ感染率は16%を上回る。当然両親を無くしたエイズ孤児も
多く、そのような子供たちに対する政府の援助も届かない。
それでも、このコミュニティ内ではみなが助け合い、路上生
活をする孤児もいなければ孤独死を遂げる老人もいない。
みな助け合って生きているのだ。
「親戚の中には、私がアルビノであることを忌み嫌う人もい
ました」。5人兄弟の中、チャンダ氏だけがアルビノとして
生まれた。全く差別が無かったわけではない、と彼女は言う。
それでも、ほとんどの人はそんなことは気にせずに普通に接
してくれるという。現在29歳のチャンダ氏は教員生活8年
目に入った。現在は従兄弟との2人暮らし。仕事も忙しく、
両親のもとへは中々帰れない。結婚は考えていないのですか、
という問いにチャンダ氏は首を振る。「今はまだ考えていま
せん。その時が来たらすると思います」。少し照れながら微
笑む彼女は、今は仕事で精一杯だと言う。「近い将来、障害
児教育をより専門的に学ぶために大学へ行きたい」。ひとり
ひとりの人間が未来を切り開いていくためにも、教育は必要
不可欠だと彼女は信じている。中でも、この国の現状ではサ
ポートの届きにくい障害児教育という分野で、彼女は未来に
花咲く種を育んでいる。彼女の生徒たちは、外国人の僕にも
積極的に手話で話しかけてくる。遥かアフリカ、もっとも貧
しい国のひとつともいわれるザンビアの田舎で、先進国の失
いかけている、豊かな人との繋がりというものを感じた。
(写真+文=佐藤慧)
02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』
(前編はこちらから→)http://www.aftermode.com/press/0023.html
◆準備の大切さとカッコイイ大人
矢萩: 授業に限らず何事でもそうだと思いますが、準備しておいて全く使わずにアドリブで行くの
はOKなんですよ。それは僕も良くやります。しかし、準備がゼロでアドリブで行くのは、ただの
エゴです。生徒に失礼でしょう。僕は、大学の先生ですら、専門分野の知識を伝えるだけではダメ
だと思っています。ですから中高生、ましてや小学生の前に立つのであれば尚更、何が「質」なの
かを自問する姿勢が必要でしょうね。それは、その「場」によって違ってくるのだとは思いますが
、だからこそ、システム化が難しいのですし、人間としての力が発揮出来るのだと思います。
佐藤: つくづく、教師とは人間力が求められる職業ですね。魚屋は肉を売るようになったら肉屋で
すが、教師というのは何を教えるかで区分されるような肩書きではなく、ひとつの「生き方」なの
でしょうね。なので肉屋さんでも「教師」的な人はいるでしょうし、大学教授でも「教師」的でな
い人はいるのでしょう。教育とは何かということがもっと根本から議論される必要性を感じます。
それはつまり、人は何のために生きるのか、という哲学に通じるわけですが。
矢萩: 「教師的」というのは、その通りですね。そういう側面は誰もが持っているのでしょうし、
そういう「生き様」を見せること自体が、すでに「教師的なメッセージ」になりますね。だから人
間的に魅力がある人とは、接しているだけで勉強になりますし、思考や行動ののトリガーになりま
すね。
佐藤: 要は「カッコイイ大人」が側にいればこどもは勝手に育つのだと思うのですが、今やその手
本とすべき大人たちの人間性が疑われる時代ですからね。情報が増えすぎたせいかもしれませんが
、未来に対してそんなに希望を持てない世の中になってきたような気がします。
矢萩: そうですね。身近な「カッコイイ大人」というのは、本当に必要だと思います。一般化され
た「みんなのヒーロー」ではなくて、「それぞれのカッコイイ大人」がもっといた方がいい。それ
がいないから、アイドルタレントや、漫画のキャラクターなんかに走るんですよね。別にそれ自体
は悪いことではないのですが、リアルに接している大人の中にもヒーローがいないと、なんだかバ
ランスが悪い気がするんですよね。かくいう僕自身も、「教師」になっていることもあれば「反面
教師」になっていることもあると思うので耳が痛いですが、自分自身、大人になるまで大きく影響
を受けるような先輩や先生に出逢えなかったんですね。身近なヒーローがいなかった。まあ、今考
えれば自分の行動範囲や、受容力にも問題があったのですが。それで、僕は学校や教師に対して常
に反抗的でしたし、積極的に関わろうとしなかったんです。でも、ふと思ったんですね。教師とい
う仕事は自分が思っているよりも大変なことで、僕のイメージは実現不可能な理想論なのかも知れ
ないって。だから、否定する前に、自分でやってみようと思い立ったわけです。
佐藤: なるほど、否定するのは簡単ですが、ならオルタナティブをどうしましょう、ということで
すね。実際にヤハギさんは現在小学生を対象にした塾講師の他に鏡明塾という私塾も開講なさって
ますが、その理想論に関しては考えが変わりましたか?
矢萩: 実際にやってみて、これは僕なりにですが、自分の理想というのはある程度のところまでは
実現出来るな、という実感が出てきました。例えば、僕は人間関係でものを捉えることが多いので
すが、その理想像の一つに、生徒が大人になった時に「懐かしさ」ではなくて連絡したくなるよう
な教師になりたい、と思っていました。こればっかりは続けていかないと全く持って答えは出ない
のですが、最近教え子達が社会人になり始めて、少しずつ可能性というか、自分のやっていること
の着地点が見えてきている気がします。
佐藤: なるほど、そこが本からでは得られない経験ですね。教師と生徒という境界線は絶対のもの
ではないですからね。僕も僅かな経験ですが、アメリカで教師の真似事をしていたことがありまし
たが、教えることで自分自身が成長することを非常に強く実感しました。そこに人と人との真摯な
交流があることで、両者は共に前に進むことが出来るんですね。この感覚は、僕はスクールアフタ
モードでぜひとも体現していきたいことです。スクールは場を提供するものであり、教師は知識を
押し込むのではなく、言葉を引き出す存在として在ればいい。人がそこでリアルに関わることで生
まれるものを大切にしていきたいです。
◆お互いにリスペクトすること
矢萩: 慧君にとって、これは生徒サイドからでも教師サイドからでも良いのですが、理想の教育と
いうものはどんなイメージがありますか?
佐藤: 僕の思う理想の教育とは、人と人が個人として真摯に向き合っているものですね。上から下
のベクトルだけではなく、教師も生徒から学ぶことがあるという姿勢をきちんと持っていることが
大事だと思います。これは親子にも通じるのかもしれませんが、親も初めて親になるわけであって
、子供が生まれた瞬間から親なわけではないんですよね。その学びは一生続き、親も子供から学ぶ
し、その姿勢があるからこそ、子供も親を信頼出来ると思うんです。結局物事に答えなんてないこ
とがほとんどなので、人生の最後までそれを探求し続ける姿勢を持った人にこそ、何かを師事した
いと思います。僕の思う「カッコイイ」というのは、そういった人生観を持って生きている人のこ
とですね。
矢萩: 「リスペクト」は大事だと思います。日本語ラップで言葉だけは浸透しましたけど、本当の
意味で相手に対する「リスペクト」があるかどうかというのは、どうも怪しいシーンが多いですね
。「教師-生徒」とか「大人-子供」という捉え方をすると、どうしてもどちらかが一方的に優位
な気がしてしまうのですが、教師も生徒に対するリスペクトが必要ですし、そういう姿勢から自ず
と相互の関係に育っていくのだと思います。生徒に対する畏怖の念というか、そういう感覚を忘れ
てはいけないと思うんですね。高円宮妃殿下に「今の教育に必要なものは何だと思うか」と言う質
問をさせて戴いたことがあります。その時に「リスペクト」だという回答を頂きました。まず親が
子供に対して、そして先生に対してリスペクトがあれば、子供だって自ずと先生をリスペクトする
ものだ、と。そういう相互リスペクトの状態が現代の教育には足りない気がする、って仰っていま
した。教育の現場にいるわけではないのに、何と的確に話されるんだろう、と驚きました。
佐藤: そう! リスペクトですね! re+spectで“振り返って見る”という意味にあるように、
人としての価値を認める姿勢ですからね。僕もザンビアで似たような質問をしたことをありますが
、大切なのはrespect(尊敬、尊重)とbe modest(謙遜)だという返事が返ってきました。権威を
振りかざす必要はなく、人間の器で人を惹きつけれるような人が理想ですね。
矢萩: 「振り返って見る」ですか、それはまさに、ソクラテスとプラトンが目指した学習観ですね
。「アカデメイア」は「想起する場」という意味でした。想起することで、自分自身と重ね、写し
見る鏡になるんですね。謙遜に関してもソクラテスの言う「無知の知」ですよね。色々なことを知
り、考えれば、自分が無知なことに必ず気が付くし、調子に乗れるわけがありません。
佐藤: 何かを知っているつもりになることが、一番未来への学習を妨げますからね。自分の立ち位
置に謙虚に、歩いてきた道筋も何度でも真摯に見つめて構わないはずです。自分は子供時代を経て
大人になったのだからという自負は捨てて、素直に子供から学ぶ姿勢も大切ですね。
◆「思考をデザインする」
矢萩: スクールアフタモードでは「思考をデザインする」というテーマを掲げているわけですが、
知ることと行動することのバランスが取れていない気がするんですね。例えば教育の世界でも、ち
ょっと手を伸ばせば経験出来ることをスルーして教え続けている教師が多いです。なにも教科書に
出てくる全ての国に行けなんて言っているわけではなくて、ほんの少しのリアルを織り交ぜること
が彩りや説得力にも繋がると思うんですね。能動的な読書なども経験だと思いますし。逆に活動家
と呼ばれるような仕事をしている人達は、机上のことを軽視しすぎている嫌いがあると思います。
もっと勉強した方がいいのに後回しにしてしまっている。その辺のバランスをとることの重要さを
扱っていきたいですよね。慧君は勉強しつつも、地球を飛び回って活動をしているわけですが、活
動家として世界を見たときに、やはりバランスの悪さは感じますか?
佐藤: インプットとアウトプットのバランスは非常に大事ですし、難しいことでもありますね!
僕自身、受動的な学習が続くと堪らず外に出たくなり、外にばっかり出ていると書斎が恋しくなる
のですが、まだまだうまく両立出来ているとは言えません。でも、結局インプットとアウトプット
を両輪としてうまく機能させないと、前には進めなくなるんですよね。左車輪の動かない車では、
延々と左に旋回し続けるだけで、轍は深くなっていきますが前には進んでいけませんよね。轍が深
くなって身動きが取れなくなる前に、反対側の車輪を動かさないといけません。こういうことをき
ちんと教えている教育機関があるのか僕は知らないのですが、何かしら自分の道を見つけて前に進
んでいる人というのは、このバランスが非常によくとれた人だと思います。現行の学校教育では、
学んだことをどう使えばいいのかわからない、アウトプットの仕方がわからないという本末転倒な
事態に陥りやすい状況なのかな、とは感じますね。
矢萩: そうなんですよね、この両輪というのは、自転車みたいなもので、バランスとって乗れるよ
うになると、自動的に両輪でないと進めないことを実感出来るようになりますね。問題は、そうい
う感覚を持っている人は、多くの場合独学で自らその方法を発見している気がするんです。それは
それで正攻法なのですが、それを教育の現場で出来れば理想的ですよね。
佐藤: 勉強というものは一生続くものなのですが、多くの人が教育機関を卒業すると、途端に勉強
する時間が限られてしまっていると思います。もちろん、生活していく上での時間配分が変わって
くるということもありますが、もっと重要なのは、「自分で勉強出来る技術」を持っているかどう
かなんですよね。僕は完全に独学型で、言語の習得も単語帳と簡単な文法書さえあればこと足りる
のですが、勉強する方法がわからないと言う人の話を聞いたときに、自分は恵まれた環境に育った
なと感じました。
矢萩: 色々なことをやっていると、時間の問題は良く聞かれますね。よくビジネス書などで「タイ
ムマネジメント」なんていう言葉を目にしますけれど、そんな一冊かけて説明するようなことでは
なくて、要するに手に入れたい時間と引き替えに、どの時間を差し出すかということなんですよね
。代償の感覚がないと、時間管理は出来ないと思います。スピード上げるって言っても限界があり
ますし、それぞれにあったペースっていうものがありますからね。僕の場合は単純にテレビを見な
い。車は使わず移動時間は読書。という二つで時間を捻出しています。あとは同時進行出来ること
は同時にやりますし、結合出来ることは結合してしまいます。そういう自分なりの時間管理や、独
学の方法というのも教育の場で作れれば良いですよね。
佐藤: 同意です。時間の捻出は人生のプライオリティをきちんと考えることで自然と答えが出ます
。結局ここでも「何のために生きているのか」という問いが重要になってきますね。僕らが良く使
う言葉のひとつに「OS」というものがありますね。Operating System。僕はそれを全ての思考の原
点になる根っこのようなものだと捉えているのですが、このOSをデザインすることこそが教育の重
要な部分かもしれませんね。歴史を学ぶとは年号を暗記することではなく、時間軸に起こった出来
事を整理し、そこに関わった人々の人生を思うことでもあります。芸術を学ぶとは、ピカソの『ゲ
ルニカ』を知識として身につけるわけではなく、表現の手段を知り、自分と世界を繋ぐ道具を知る
ことでもあります。「思考をデザインする」というスクールアフタモードの理念は、次世代の教育
を考えるにあたって的を得ていると思いますね。
矢萩: まさに「OS」のデザインというのは、教育の根本なのではないかと思います。江戸の私塾で
の教育は師が心の中で生き続けるような、そういう教育だったと言いますが、それはOSのデザイン
だったのではないかと思います。「何のために生きているのか」というラディカルな問いは、なか
なか簡単に答えることは出来ないですが、そういう問いをいつも胸に持っていること自体が重要な
んだと思います。この人はこういう風に生きている、では自分はどうだ? と思わせるような生き
様の師が、関わる人のOSをバージョンアップしていくのでしょうね。(アフタモードのマークは実
はOとSなんです!)
佐藤: アフタモードの理念に教育、アート、ジャーナリズムの3つがありますが、スクールが始動
することで、この3つの動力が動き始めますね。アフタモードにとって、教育とジャーナリズムは
両輪、アートの概念は空へと羽ばたくための翼なのかもしれません。きちんと両輪を回して加速を
つけていきたいところですね。
矢萩: そうですね。3というのは動きの連鎖と生産性を表す数字です。と同時にアフタモード的に
はトライ/アングル、挑戦的視座です。そういう思想を大切にしつつ、新たな理想に向かいましょ
う。これから始まる新たな冒険、是非たくさんの方に参加して戴きたいですね。思考をデザインす
る苗代のような場所にしていきたいと思っています。慧君、初対談お疲れ様でした!
佐藤: また次回も楽しみにしています!
(ヤハギクニヒコ×佐藤慧)
03【回廊】佐藤慧『千の祈り』
ひめゆりの塔に供えられた千羽、万羽の鶴は、
想いの連なる「祈りの遺伝子」なのかもしれない。
人は未だ見ぬ未来に想いを馳せ、
そこに生きる人々の幸せを祈ることの出来る生き物だ。
供えられた祈りは、過去の悲しみへではなく、
未来への希望へ向けて、その模様を描いているように映る。
(写真+文=佐藤慧)
04【告知】 2月19日 スクールアフタモード開講
「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」
■【講座第1回】「通貨の歴史と未来、有限の世界の中で未来を描くには」
私たちが生活を送るのにかかせないお金というもの。
身近にあるのに、これほどその実態を知られていないものもありません。
通貨というものはどうして生まれたのでしょうか、どのような歴史を辿ってきたのでしょうか、
そして、今後の行方は。現在世の中に蔓延る多くの問題を考えるにあたり、
通貨の役割をきちんと考察することで見えてくる物事もあります。
紛争、飢餓、貧困、それらの中心には資源の分配という問題が大きな要素を占めています。
限りある地球資源の中で、人間はどのように共生の道を探っていけばいいのでしょう。
一般的な経済学とは一味違ったお金の話。これからの世界について、
みんなで一緒に考えてみませんか?
◆講師 :ヤハギクニヒコ(アルスコンビネーター)
× 佐藤慧(フィールドエディター/ ジャーナリスト)
◆日時 :2011 年2 ?19 ? 18:00 ?21:00
◆場所 :東京都渋?区神宮前1-8-8 COXY188 ビル6F 3号室
※JR原宿駅から竹下通りを抜けてすぐ!
◆参加費:2,500 円
◆お申込み方法: school@aftermode.com
まで。
※件名を「2月19日:通貨の歴史と未来、参加希望」とし、
御名前、メールアドレス、所属をお書きの上お送りください。
05【告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント
映画「ぼくたちは見た~ガザ・サムニ家の子どもたち~」 の
第1回公開前連続トークイベント に安田菜津紀が参加させていただきます。
お相手は、映画監督でありジャーナリストでもある古居みずえさん
お時間のある方は是非ご参加ください!
◇要予約◆
≪日時≫2月25日(金)19:00~
≪場所≫池袋 アラビアンレストラン「月の砂漠」
(詳細)http://twitpic.com/3vi92n
06【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇
今を大事に生きることと、
過去や未来を無視することは違います。
それは、長い歴史においても、
ほんの最近のことでも変わりはありません。
関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、
今年もカレンダーを作りました。
ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、
・お名前
・ご住所
・電話番号
・部数
・返信用メールアドレス
を明記の上
store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し、代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。
安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/
↓
上部メニューバーの【STORE】をクリックしてください。
07【後記】『居合的学習空間へ』
毎日エデュケーション・グローバル広場にて、スクールアフタモード第0回がスタートしました。イベントや報告会ではない、学習の場を作りたいという構想はアフタモードを始めたときからありましたが、いよいよ形になって動き始めました。「場」というのは成長していくもので、少しずつ変わっていくものですが、その最初のマイルストーンとしては面白い場になったのではないかと考えています。固い時間と柔らかい時間のコントラストが、脳や体に刺激を与えるのだと思います。波と凪を乗り分け、静と動を使い分けながら、楽しい中にキラリと光る居合い合戦のようなライヴ感溢れる場を育てていきたいと思います。参加された皆さん、有り難うございました。いよいよ次回から本番スタート、どうぞよろしくお願いします。では、また来週お目にかかります。
(ヤハギクニヒコ)
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アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。
編集 ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆 ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行 株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
http://www.aftermode.com/
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