AFTERMOD E-PRESS 【vol.0029】 (2010年3月25日号)


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00【巻頭】『知ることで未来を照らす』
01【特集】佐藤慧『心震えるとき』
02【特集】県立高田病院からの光景
03【報告】笠原正嗣「原発状況:続報」
04【告知】ヤハギクニヒコ 4月10日(日)鏡明塾『暴力と平和学』
05【告知】安田菜津紀×PLAS写真展 5月17日(火)~5月31日(火)
06【後記】『全体と部分を同時に観ずること』


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00【巻頭】『知ることで未来を照らす』


 被災地に入った佐藤慧から、日々凄まじい報告が届いています。反面、報道は勢いを増して

平常時に近づいていきます。このギャップにしばし呆然としながらも、立ち止まっている場合

ではないのは体が教えてくれます。僕らが直面した危機に、僕らは何を思い、何をしなければ

いけないのか。麻痺しないようにバランスを取りつつ、着実に歩みを進めていこうと思います

。今回は、陸前高田病院の副院長だった佐藤慧のお父さんが、津波にのまれながらも撮影した

貴重な写真を公開させて頂きます。一部メディアにも発表をお願いしましたが、写真の力とい

うものをまざまざと感じます。少しでも知ることで、未来につながりますように。


01【特集】佐藤慧『心震えるとき』


 その時僕は、ザンビアの首都、ルサカにいた。コンゴ民主共和国に取材に出ていた僕は、汚

職にまみれたコンゴに疲れを感じ、隣国のザンビアでゆっくりと休んでいた。

 「東北で地震が起きた!」同じ宿に泊まる日本人からその話を聞き、僕はいつもの三陸海岸

を思い浮かべた。岩手県では地震は珍しいことではない。三陸沖から時たま、風物詩の如く東

北を揺らす。そんな地震を想像していた。運良くインターネットの通じる宿にいた僕はニュー

スをチェック。そこで信じられない光景を目にした。町があったはずの場所には何も残ってい

なかった。むさぼるように各メディアの情報を探した。どこを覗いても、津波によって町ごと

流され、命が破壊されていく様子が飛び込んできた。その映像は余りにも想像をかけ離れてい

て、まるで映画のワンシーンのようだった。両親の住んでいる町はどうなったのだろう。その

町、岩手県陸前高田市の情報はどこを探しても出てこなかった。確実に被災しているはずなの

に全く情報が出てこない。その事実は、その地の被害の凄まじさを物語っていた。頭の一方で

はそのように冷静に考えながらも、そんなはずはない、きっと大した被害が無かったんだ、そ

う思い込もうとしている自分がいた。

 一日中PCに向かい情報を探す。時間が経つに連れ、陸前高田の情報も徐々に入ってきた。相

当な被害、瓦礫の山、行方不明者多数、心を締め付けるような言葉が目に飛び込んでくる。全

く状況がわからなかった。受け入れたくなかった。僕の父はその地の県立病院で医者をしてい

た。母は手話通訳など、盲ろう者の方と関わることをライフワークとしていた。ともに、自分

の助けられる人を後に残し逃げることの出来ない、責任のある仕事をしていた。ふたりの状況

を考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。数時間後、「陸前高田市壊滅」の文字を見るに付け

、僕の決意は固まった。日本に戻ろう。僕にはそこでやるべきことがある。収まらない余震、

原発の危機、日本は揺れていた。すぐに航空券を手配し、4つの飛行機を乗り継ぎ、ザンビア

出国から23時間後には日本の大地を踏みしめていた。


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 その時すでに、日本では僕の大切な人たちが動き出していた。未曾有の大災害。被災者を想

い、自身の心を痛め、その復興支援に力を注ごうと「任意NPOみんつな」が結成された。「み

んつな」とは、みんながつながるという意味があり、また、津波(つなみ)という文字をひっ

くり返すという意味合いも込めて付けられた。東京に帰った僕はすぐにでも岩手に向かいたい

ところだったが、まずは仲間と共に団体の基礎をきちんと固めて置きたかった。信頼できる人

々が集結、既に募金活動に動いている仲間もいた。震災後2日にして、既に数百人の人々が「

みんつな」と共に動き出していた。実は帰国後3日間、極度の精神的緊張が続き眠れないでい

た。応援してくれる人たち、そばにいる仲間、彼らのおかげで何とか僕は取り乱さずにいるこ

とが出来た。精根尽きて眠りに落ちた時、みんつなは確実にその第一歩を踏み出していた。

 次の日、12時間という長い眠りから僕を現実に連れ戻したのは、被災地にいる父からの電

話だった。病院の最上階、4階まで避難しながらも首まで波に浸かり、屋上で長い長い夜を越

した。救助後も数日被災地で医療活動に従事していたが、その後体調が悪化し、現在は安全な

病院に搬送されている。神が彼を生かしたのなら、まずはゆっくりと休んでほしい。そして医

者として、ひとりの人間として、この未曾有の災害に襲われた人々のための力となって欲しい

。僕はそんな父の助けとなり、多くの被災者の力になれるように「みんつな」の仲間たちと前

に進んでいこうと思う。復興支援、言葉で言うのは簡単だが、それはとても長く、大変な道の

りになるだろう。素人が感情で突っ走るだけの団体になってはいけない。僕たちは、大手NGO

の支援の手が届かないような部分に、草の根的な活動で支援をしていこうと考えている。その

ためにも、僕はジャーナリストとして被災者の、故郷の人たちの視点に立った情報を、その声

を取材してこようと思う。みんな何かをしたかった。この災害を前に、人間の優しさを、強さ

を、可能性を信じたかった。みんなで前に進んでいこう。


(写真+文=佐藤慧)


02【特集】県立高田病院からの光景


絶望的な程に大きな津波が、轟音と共に陸前高田市を呑み込む。

そこで暮らす多くの素朴な命は、一瞬にして非日常の世界に連れ去られた。



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医師である僕の父は、県立高田病院の4階に位置する病室から、
自身が波に呑まれる最後の瞬間まで、そのシャッターを切り続けた。
彼は津波に呑まれながらも患者の心肺蘇生を続け、
その後屋上に避難し一命を取り留めた。
「恐怖はなかった、ただ、もう終わりだと淡々と受け入れた」



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荒れ狂う自然の力は、万の骸を海底へと引きずり込み、
消えることのない深い傷を人々の心に刻み込んだ。

命とはいつか尽きるものであり、
人はその最後の瞬間を選ぶことは出来ない。
余りにも当然の宇宙の摂理が、残された者には冷たすぎた。


(写真:佐藤敏通副院長、文:佐藤慧)




03【特集】笠原正嗣『原発状況:続報』


いやはや、先週書かせていただいた文章を見ると、自分の焦りが見て取れますね。先週のニュ

ースを総合して考えると、最悪のケースを考えて行動すべきと思い書いたのですが、一週間後

にこれだけ収まってしまうと恥ずかしい気もします。

原発についてもあれから色々調べてみたのですが、基本的に一番危ない時期は過ぎています。

燃料棒の熱も対数グラフのように、一気に温度が下がり、その後低温状態が何年も続くので、

まず安心だと思います。


プルトニウムについて不安を覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、プルトニウムは水を

1としたとき、20倍くらい重たい金属です。金よりも重い。ですから、空気中に散布されると

いうことは、ほぼありません。空気中を浮遊する放射性物質に関しても、20㎞~30㎞の中に入

らなければ大丈夫と思われます。


水の汚染がニュースになっていましたが、あれも1年間飲み続けた場合の数値だそうですから

、今回のように一時的な数値である場合、問題ありません。もちろん、飲まないことに越した

ことはありませんが、放射性物質は体から最終的に汗や尿などと一緒に排出されますので飲ん

でも微量なら大丈夫です。


今回の件で、日本中がなぜこれだけの混乱に陥ったのかといえば、日本人が原発についてあま

りに無知だということだったのだと思います。その割に、現在原発がクリーンエネルギーだと

いう前提で色々な事業が進んでいるのは問題にすべきことだと思います。


例えばスマートグリッドがそうです。電気自動車がなぜクリーンなのかと言えば、排気ガスを

出さないからと答える方も多いことでしょう。でも、発電施設が火力発電所であったのなら車

が自分のエンジンで燃やしていたガソリンを、火力発電所に委託しただけになってしまいます

。つまり、燃えている場所が代わるだけ、燃えていることが僕たちの目で見えないだけであり

、煙はモクモクと出ている事実は変わらないんですね。


ところが、電気自動車はクリーンだということになっています。なぜでしょうか。要するに

CO2などの排気ガスが出ない発電方法が前提にあるからですね。その前提こそが原子力になり

ます。


全く電気自動車と同じ理屈でクリーンで安全と考えられているものがあります。オール電化な

お家。これです。これはツイッターによる情報なので真偽の程は微妙ですが、オール電化が普

及した結果、必要となった電力増加分は原発2基分だったそうです。でも、事故が起きた瞬間

に世界中がひっくり返ってしまうものに頼って本当にクリーンなのでしょうか? スマートな

んでしょうか?


もちろん、原発そのものを否定しているわけでも、スマートグリッドを全否定しているわけで

もありません。ただ僕たちはあまりに見た目の良さだけで判断しすぎで、中身を精査しなかっ

たのではないか。今まで中身が大事とか言われて来ましたが、改めて今回それに気づかされた

思いがします。


日本が事故を起こした瞬間、世界が焦りました。パニックに近かった。そして、誰も正確な情

報を取捨選択できなかった。何の準備もなかった。ビジネス等々でよくスピードが大事と言い

ますが、スピードを出す為に犠牲となったものの一つに電力が挙げられます。


少し立ち止まって考えてみてはどうでしょうか? 息をゆっくり吸い込めることがどれだけあ

りがたいのか。深呼吸して考えてみませんか?
(笠原正嗣)



04【告知】ヤハギクニヒコ 4月10日(日)鏡明塾『暴力と平和学』


現在僕も「NPOみんつな」での活動と同時に色々と動いております。
場所と時間もイレギュラーになりますが、内容は予定通りを考えております。
どうぞ、よろしくお願いします。


◆鏡明塾2011 世界科コース第四回 04/10(日)◆

[一般コース]13:05~14:50(100分+休憩5分)
 横浜市西地区センター 和室一号室
・テーマ『暴力と平和学』

(鏡明塾カフェ15:00~16:00)

[中高コース]16:05~17:50(100分+休憩5分)
 横浜市西地区センター 和室一号室
・テーマ『日本史研究:考古学』他


★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)

・西地区センター(西区岡野 1-6-41)
 「横浜駅南西口」より徒歩10分 (西公会堂と併設)
http://cgi.city.yokohama.jp/shimin/chikucenter/map.php?m=m&center=c14200


参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高小学生2000円(会費・教材費)です。(※

中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます)申し込みはメール

にて承ります。タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分) で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。みなさんの御参加、お待ちしております!



05【告知】安田菜津紀 5月17日(火)~5月31日(火)PLASの写真展

 NGO・PLASとフォトジャーナリスト安田菜津紀のコラボレーション企画。
『ekilooto of Uganda』(エティロート オブ ウガンダ)~HIVと共に生まれる~
が世界銀行情報センター(PIC東京:http://go.worldbank.org/6IWNFK59C )にて行われます!
お時間が許しましたら、ぜひお越しくだ



06【後記】『全体と部分を同時に観ずること』


 気が付くと眩暈に襲われ、気が付くと息が詰まっている。そんな体調に呑まれないように、

僕の周りでも必死に闘っている人達が居ます。被災地ではない地方ですら、そういう影響が出

始めています。そこから被災地のことを思うと、気が遠くなります。陸前高田は連日の吹雪と

のことです。地球だって生きている。ガイア思想の中に見る風水的、道教的な太一のように、

僕らはもっと部分と全体という感覚で物事を捉えた方が良いのではないかと観じます。決して

バラバラに切り離して考えないこと。そこから未来への希望が紡ぎ出せるような気がしていま

す。では、またお目にかかります。

(ヤハギクニヒコ)


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お気軽にドシドシと書き込みください。
アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。

編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
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本WEBサイトの内容の一部または全部を無断で複写(コピー)することは、法律で定められた場合
を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。記事の使用をご希望される場合は、タイト
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取材もこちらで承ります。
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AFTERMOD E-PRESS 【vol.0028】(2011年3月18日号)

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00【巻頭】東北・関東大震災
01【特集】ヤハギクニヒコ『災害志援NPO みんつな 設立』
02【報告】3月13日『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』開催見合わせのお詫び
03【後記】『これからの僕ら』



00【巻頭】『東北・関東大震災と原発事故』


 歴史を鑑みて、これ以上の災害というものを探すと早々見つからないのではないでしょうか。M

9.0の地震、それにともなった大津波、そして想定外の津波によって機能しなくなった原子力発

電所。そこから放射性物質の問題と停電の問題が都市部を襲い、物資供給の問題をマスメディアが

不必要なほど煽った結果、需要過多がおき本来起きるはずのない買いダメにより困る高齢者。地震

のエネルギ‐も行き場を求め、プレートを行ったり来たり。僕個人の見解になりますが、東電や政

府の保身丸出しのコメントがさらに不安を掻き立てているように見えます。

 アフタモードの安藤は阪神淡路大震災が起きた時、ボランティアとして活動した経験を持ちます

。そこで、僕たちはボランティアという活動、支援とは何かという問題を考えさせられました。ボ

ランティアは行けばいいというものではなく、必要なところに、必要とされるヒト・モノ・カネを

届けないと意味がないという結論になりました。一見当たり前のように見えますが、マスメディア

以外情報ソースがない状況で普通のボランティアの方がニーズを把握した上で現地へ向かうことは

ほぼ不可能です。そこで今回のE-PRESSでは、僕たちアフタモードも共闘する災害支援NPO『みんつ

な』について、そしてこれから起きるかもしれない原発事故への対処法をまとめます。みなさまの

お役に立てたら、そして僕たちと共闘してくれる人が現れ、災害にみまわれた方々の復興を願い、

今回のE-PRESSを送ります。
(笠原正嗣)


01【特集】ヤハギクニヒコ『災害志援NPO みんつな 設立』


地震発生から一週間が経過しました。

震災直後から、僕の周りの何人かは、何か出来ることはないか、と漠然としたまま、
胸の内を明かし合っていました。

その夜、アフリカを取材中だったアフタモードのメンバー、佐藤慧から連絡がありました。

彼の家族が、陸前高田に居る。

その時はまだ、陸前高田の情報はありませんでした。しかし時間がたつにつれ、その壊滅的な状況

が伝えられるようになり、僕らは居ても立っても居られなくなりました。

何とかしよう。力になろう。

初監督映画をひっさげて日本一周上映の旅を続けていた小川光一とLIVEonWIREの仲間と共に、「ド

キュメンタリーフィルムフォーラム」というイベントを仕掛けようとしていた前日のことでした。

僕らはすぐに、そのイベントの延期を決め、仲間を集め、自分たちに出来ることを話し合いました

そうして、3月12日、「NPOみんつな」が結成されました。佐藤は帰国を決めました。
「みんつな」は、 皆(みん)なが繋(つな)がって 津波(つな・み)をひっくり返そう!
という想いから名付けられた任意NPOです。

 僕らは、陸前高田を中心に、長期的な復興支援を行なっていくことを目的としています。

僕は、支援の動機は利己的で良いと思っています。いや、利己的でなければそもそも動機にならな

いのではないか? と考えています。しかし、その方法までも利己的ではダメです。そのためには

、組織を作り、他の団体や、行政とシッカリと協力をしながら、長期にわたる支援が必要だと考え

ています。

 ほとんどの人は、気持ちがあっても長期支援に携われない。しかし、組織化することによって、

団体、個人、学生、社会人、関係なく、それぞれが、それぞれの支援をできるシステムも可能なの

ではないか、と考えました。

  「現地入り支援」や「後方支援」に分かれ、1人1人が自分にできることが出来る場を作って

いきます。またメディアがいなくなってからの「継続的報道」及び、 長期的「継続的支援」もミ

ッションとして、僕らなりの活動をしていこうと考えております。

 どちらにしても、皆さんのご協力が必要です! 是非、一緒に出来ることをしていきましょう!

 詳しくは、HPをご覧ください。 よろしくお願いします!
http://www.mintsuna.net/

(ヤハギクニヒコ)



02【報告】3月13日『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』開催見合わせのお詫び


 3月11日に起こりました地震の影響を鑑みで、直前ではありましたが3月13日の『ドキュメ

ンタリー・フィルム・フォーラム』の開催を見合わせ、延期することにさせて頂きました。お申し

込み頂いていたみなさまには、大変ご迷惑をお掛けいたしました。状況が落ち着きましたら再度企

画いたしますので、よろしくお願いします。



03【後記】『これからの僕ら』


 NPOみんつな設立にメンバー一同奔走していたため、記事をお届けするのが遅れてしまいまし

た。また、『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』を楽しみにしてくださっていたみなさん

、重ねてお詫び申し上げます。アフリカの佐藤、フィリピンの安田、タイの安藤。そして日本の笠

原とヤハギ。これほど距離の遠さがもどかしかったことはありませんでした。しかし、みんなが迅

速に判断し、行動し、今何とか僕らのやるべきことに向かっています。これを書いている今、安田

は帰国し、佐藤は岩手に向かっています。15日、ウガンダを取材中のフォトジャーナリスト渋谷敦

志さんがこちらを心配して連絡を頂きました。その時の彼の言葉、「今朝ウガンダでも地震があり

ました。なんか嫌な予感して気持ち悪いです。もう私たちは昨日までの私たちではいられないんで

すね」。僕らは経験を乗り越えなければいけない。一瞬だって過去は変わらない。僕らに出来るこ

とを。日本中、共に頑張りましょう。

(ヤハギクニヒコ)



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AFTERMOD E-PRESS 【vol.0027】(2011年3月08日号)


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00【巻頭】旅をすること、変わること
01【特集】佐藤慧『アフリカレポート 2011年2月編』
02【連載】笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.7』
03【回廊】笠原正嗣『夜白』
04【告知】3月13日AFTERMODEgroove
     『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』続報!
05【後記】『地図/グリッド/鏡』


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00【巻頭】旅をすること、変わること


卒業シーズンです。季節外れの雪が降って、浮き足立つ切なさと希望の狭間で、少し身が引き締

まる思いです。安田は一時帰国して再びフィリピンへ。佐藤はDRコンゴからザンビアへ移動した

ようです。移動すると言うことは、自分と世界の関わり方をどんどん更新していく作業である気が

します。もちろん、一つところに留まりながらでしか達成出来ないこともあると思いますが、僕自

身は大きく移動することで、いつも人生の方向転換が起きた気がします。そうすることで、留まり

ながら出来ることの質にも変化があったように思います。これから変わるフィールドに緊張しつつ

胸を躍らせている人も多いと思います。人生を大きく捉えたとき、それは旅行のようなものかも知

れません。人生自体を旅に例えてしまえば、立ち寄る街の一つかもしれません。それぞれの場所で

、一つ一つの出逢いを大切にすることで、少しずつ旅の全体像が変わり、豊かになっていくのでは

ないでしょうか。続いていくみなさんの旅の豊潤をお祈りしつつ、ここでは、アフタモードの地図

を広げて僕らの旅を追体験して戴ければと思います。
(ヤハギクニヒコ)



01【特集】佐藤慧『アフリカレポート 2011年2月編』


≪ザンビア≫

◆馴染みのタクシー運転手、Mr.Ganに頼み、最近リフォームしたと噂の巨大ショッピングモール「

マンダ・ヒル」に向かう。 その途中で、ストリートベンダーからトークタイムを購入。 ザンビア

ではプリペイド式が主流で、トークタイムは日本でテレカのようなものだ。前回渡航したときに手

に入れた携帯のSIMカードのキャリア「Zain」のカードを買ったはずなのだが、 「Airtel」と

いう聞いたこともない会社のカードを渡された。

どうも「Zain」は撤退したらしい。

ザンビア全土をカバーしていた大手「Zain」が撤退するなんてことがあり得るのか。不審に思い、

運転手に尋ねると、ザンビアの税制を逆手に取ったものらしい、との返答だった。

細かいところは未確認なのだけれど、ザンビアに新規参入してきた企業は最初の5年間、法人税を

払わなくて良いらしい。 そのためある程度荒稼ぎした「Zain」は課税される前にとっとと撤退し

、 入れ替わるように「Airtel」が新規参入してきたというカラクリだ。 日本のビール税じゃある

まいし、イタチごっこだな。


◆噂のマンダ・ヒルに到着。
予想以上に近代的だった。南アフリカ資本を背景に、電子パネルで店を検索出来るシステムなどの

設備があり、ICTの恩恵をがっつり享受している環境を目の当たりにした。さらに、そこらにあ

る日本のデパートより遥かに綺麗だし、値段も高い。 (1万円のYシャツなんて誰が買うんだ?

?) ザンビアに確実に富裕層が増えているのがわかる。 ただ、どうやら雨漏りが酷いらしく強い

雨の時は銀行も閉まるなど、詰めの甘さがザンビアらしい。


◆もしこちらに来ることがあるならマラリア対策に、どこかモールでマラリアの治療薬を購入する

ことをお勧めする。Novartisの「Coartem」が未だに最高の薬らしい。 マラリアは高熱を伴う辛い

病気だが、 「Coartem」を服用すればけろりと治る。 価格は日本円にして1000円ほどと日本

人にはお手頃価格。


◆博物館で今度写真展を開催させてもらうことになった。経済発展の象徴でもある日本という国、

その経済発展の影に隠れた心の荒廃を写真で表現してみたい。 急激に都市化の進むザンビアでは

、経済発展の傍ら、見捨てられ、孤独に死を迎える人が増えてきた。 経済発展が無条件に幸せを

もたあらすものではないという視点を、日本のケースを通じて考えてもらえたらと思う。まだ作品

もないのに写真展を承諾してくれた ミセス・サラシニとは、今後もミーティングを重ねて詳細を

詰めていく。


≪越境~コンゴへ~≫

◆カタンガ州には4つの入国路があるが、 カスンバレサはその中でも最大規模、多くの人が並ん

でいる。


ビザは日本の大使館できちんと130ドルを払っているし、 イエローカードも所持しているので

法律上は問題ない。

問題なのは汚職の激しい国境職員だ。

彼らは公務員なので国から給与を支払われるのだが、その支払いも滞ることがある。 その結果、

賄賂を手に入れないと生活が苦しくなるという現実がある。 首都のキンサシャなどではだいぶそ

のような悪習も無くなったと聞いたが、カスンバレサではそうはいかない。 列に並び順番が来る

も、 取り扱ってくれすらしない。


外国人(黒人ではない)ということは、賄賂をせしめるカモだということだ。 検疫に難癖をつけ

られ、イエローカードに本来必要のない他数種類の予防接種が必要だと言われた。予防接種の証明

の印のためにまず、賄賂を要求された。 (印だけで摂取はしない。)


続いて、荷物検査。カメラの持ち込みにも賄賂が要求される。 もちろんこれも本来払う必要はな

い。 それらが終わっても、 "初めての入国だから"という意味不明な理由で難癖をつけられる。

結局いつまで経っても通れそうにないので、国境のそばででウロウロしている"国境通し屋"の連中

に声をかける。入国管理員も国境通し屋もどちらもブラックな稼業なのだけれど、権力を持ってい

ない分、国境通し屋のほうがまだ話が通じる。


長蛇の列を何度も並びなおしていても埒が明かないので、彼らに"特別ルート"を使ってもらい入国

プロセスを完了させた。


なんとも金のかかる入国だった。。。

行政の腐敗っぷりを口にすると、
入国を手伝ってくれた男が「Welcome to Congo!!」と一言。
そうか、これがコンゴか。


≪ルブンバシ≫


◆ルブンバシ市内は活気があり、栄えている。人口は300万とも600万とも言われ、気候も過

ごし易い。安全で人々も優しい。紛争地域はここから2000km離れている。他の国の出来事だ

というくらいいの距離。なにせ鹿児島最南端佐多岬~北海道最北端宗谷岬まで1900km弱だ。

カタンガ州だけで日本の国土を凌ぐ大きさだとわかる。


◆今回ルブンバシでは、ゲストハウスか教会に泊まらせていただく予定だったのだが、
紹介でMr.キュング氏の家にお世話になることになった。彼は「日本・カタンガ協会」というも

のを立ち上げていて、 あらゆる可能性に満ちたカタンガと日本を繋げたいと活動している。 もと

もと外交官で、日本にも7年間滞在していたことがあるという。 タンザニアでも大使を務め、今

はカタンガ州で働いている。 なんとも素晴らしい方にめぐり合うことが出来た。



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キュング氏の孫娘アナタ。アナタとは、日本語の"あなた"から名づけられた。


彼の家は立派な"屋敷"で、 まさかこんなところに泊まれるとは思っていなかった。 電気や水はイ

ンフラの関係で断続的だが、きちんとマットレスも用意していただき、何も問題ない。 マダム・

メリージェーンも暖かく迎えてくれた。


彼らの息子のフォフォとクリスは僕と同年代で、意気投合し、色々と話をした。 近所を散歩し、

改めて「コンゴ=紛争」の図式が局所的なものであることを実感した。 夕方の公園には、日本と

変わらぬ様子でサッカーを楽しむ子供たち。 こういったコンゴの姿も日本で伝えたい。


ただ問題もある。コンゴの問題点は"写真撮影が禁止"されている点だ。 取材したい場所は数多く

あるが、これがかなりネックになる。市庁舎前で記念撮影をして逮捕された者もいるという。 キ

ュング氏は、その点を考慮してくれて、 きちんと正面から許可証を取れるよう手配してくれると

いう。 警察がすぐ賄賂を請求してくるこの国でも、 正式な許可証があればいくらかましだろう。


街の広場でコンゴ出身、UKの国籍を持つフリーランスのジャーナリストと出逢った。
彼は文化的な側面を写真に収めているらしい。街中でD300を使い、大っぴらに写真を撮ってい

る彼に、許可について尋ねてみると、「1000ドルで許可証を入手した」とのこと。

1000ドル?
Too much expensive!!!

その後、キュング氏から嬉しい知らせが来た。月曜日に写真の許可証を10ドルで発行してもらえ

るそうだ。これでコンゴ国内での写真撮影を正式に行える。どうやら政府としても、平和なカタン

ガの写真を撮ってもらい、多くの人に訪れて欲しいという思いもあるそうだ。


日本の外務省で渡航情報を調べてみると、カタンガ州は全域が危険地域に指定されている。退避勧

告の出ている場所に来ようと思う人なんていないだろうけど、そもそもこの危険情報が一体何に基

づいているのか。。。謎である。


◆ルブンバシの市長、Mr.モイズは元々ビジネスマンで、政界に入って5年間、一度も中央政府

からの給料を受け取っていない。彼の持つビジネス界での力で、ルブンバシは急速に変わっている

そうだ。政治がビジネスの道具に過ぎないことを考えさせられる。とはいえ、彼は私腹を肥やして

いるだけではなく、本当にルブンバシのことを愛しているのだと皆言っている。そういう意味では、

今後の展開にも期待出来るのかもしれない。

広大な国土を持つコンゴが、今後緩やかに連邦制に以降する時期が来たとしたら、
カタンガ州は本当に豊かな州になるだろう。日本の皆様、ビジネスチャンスは今ですよ!



AFTERMOD E-PRESS
Luisyaにある鉱山跡。掘っている途中に水が噴出してきてしまい、今は利用出来ない。


◆鉱物資源は外国資本に握られている。コンゴ政府がこの資源をうまく国に還元出来たら、コンゴ

はBRICsに並ぶほどの成長を遂げるのではないかとすら感じてしまう。その中でも中国のプレ

ゼンスは相当高い。50%50%で商売をしてくれる中国人に対する感情は良い。反対に一方的に

資源を吸い上げる印象のある欧州の印象は悪い。


◆以前僕が所属してたインターナショナルなNGO、HPPのカタンガオフィスを訪ね、HIVの

現状を聞いた。公式発表で4.8%の感染率とのことだが、そんなはずない。隣国のザンビアで公

式発表が16.7%だし、地域別に見ると25%に迫るところも多い。現地人にとって国境は無い

に等しいので、ザンビアのコッパーベルト州、ルアプラ州に隣接しているDRコンゴの感染率がこ

の程度のはずがない。全く調査が行き渡っていないか、政府が数字を操作しているかのどちらかだ

ろう。そしておそらくそのどちらだろう。

(写真+文=佐藤慧)



02【連載】笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.7』


 前回は全体と部分の関係、戦国時代の屏風、鳥瞰、ピン・フォーカス、パン・フォーカスといっ

たカメラの話と印象派の風景画事情へと話が進行しました。さてここで、戦国時代の屏風が狙って

描いたかどうかは別にしても鳥瞰的観点から全体像を描いているという話を思い出していただきま

すと、連想できることがあります。真上から見た断面図の話はサッカーの話を引合いに出してすで

に書いてあります。これを括られた空間ではなく、世界に広げると地図になるわけです。もともと

日本で地図が一気に発達したのは、戦争のときだったようです。自他国ともに、場所の情報が命を

左右するので当然と言えば当然の話でしょう。意外に知られていませんが、経度と緯度は一緒にで

きたわけではなく、最初は上下の動きの位置情報は得られたのですが、左右は今一つかめていなか

ったそうです。経緯度線両方が揃うのは、大航海時代以降植民地その他の問題から、時刻を統一し

ようという動きが起きたためです。その動きの中、どこか基準となる(今はグリニッジ天文台)と

ころの時刻を時計にセットして、各国の正午(=太陽が一番高い時)を調べれば時差が分かるとい

う方法です。この時差を利用して距離を測ることが可能になり、両線が揃うことになりました。た

だ、グリニッジ天文台を通る本初子午線が統一されたのはさらにそれから時を経て1884年の「万国

子午線会議」まで待たないといけません。ダニエル・デフォーの『ロビンソンクルーソー』などが

出来るのにはそういうそのあたりの変化がなんとなく見て取れる物語の代表でしょう。



AFTERMOD E-PRESS
『赤水図』


面白いのは、日本で経緯度線が入った世界地図が初めて出来たのは1779年(安永8年)に長久保

赤水が作った『赤水図』だと言われていることです。大事なのはこの年代ですね。諸人入れ込みの

直後の時代です。長久保赤水はその知識をすでに持っていたからこそ、地図の中に経緯を盛り込め

たということです。つまり経緯の概念が日本に入って来ていることの証明です。意外に幕府も海外

から入ってきた情報を盛り込むことに関心があったのかもしれません。話が本題とだいぶ逸れてし

まいましたが、また次回お会いいたしましょう。
(文=笠原正嗣、図=長久保赤水[出典:

http://www.library.pref.gifu.jp/map/kochizu/data/06.html ])



03【回廊】笠原正嗣 『夜白』



AFTERMOD E-PRESS

ふと気付く。
僕の影が明るい。
それが空だった。

(写真+文=笠原正嗣)



04【告知】3月19日佐藤慧 『毎日ウィークリー』に掲載


3月19日発売の『毎日ウィークリー』に佐藤慧のザンビア取材写真を掲載して頂きます。よろしけ

ればぜひご覧下さい。
http://mainichi.jp/life/weekly/next



05【後記】『地図/グリッド/鏡』


 アフリカに滞在中の佐藤とチャットで対談インタビューをしました。時差は7時間。子供の頃は

想像しか出来なかった場所と、家に居ながら繋がることの出来ることの凄さも、うっかりすると日

常のようになってしまいそうです。地図を眺めるのが好きでした。それは今も変わらないのですが

、僕の場合地図にグリッドを書き込むことで、見え方が変わり、想像力をかきたてられます。未知

の世界に線を引いてみることで、なにか足場が出来るような、少し手が届くような不思議な感覚で

す。笠原の連載にありました、上下と左右の認識のズレ。これはとても面白いと思います。鏡の中

の世界では上下は変わらず左右が違う世界が広がっています。なぜ左右だけが逆になるのか。その

中の世界に人が魅入られるのはなぜなのでしょうか。鏡と地図とペンを持って、僕もここから旅に

出ようと思います。では、また次週お目にかかります。
(ヤハギクニヒコ)


==========
『AFTERMOD E-PRESS』はいかがでしたでしょうか?
今回の記事についてご意見・ご感想など、
お気軽にドシドシと書き込みください。
アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。

編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
  http://www.aftermode.com/

本WEBサイトの内容の一部または全部を無断で複写(コピー)することは、法律で定められた場合
を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。記事の使用をご希望される場合は、タイト
ル「AFTERMOD E-PRESS係」にて下記アドレスまでご一報をお願いします。
取材もこちらで承ります。
info@aftermode.com


AFTERMOD E-PRESS 【vol.0026】 (2010年2月28日号)


=index=
00【巻頭】『視点の始点』
01【連載】安田菜津紀『明日を忘れないために フィリピンの歌声』
02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』
03【回廊】安藤理智『Ready to Fight』
04【告知】3月 6日 ヤハギクニヒコ 鏡明塾『風水入門』
05【告知】3月13日AFTERMODEgroove
     『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』開催(続報)!
06【告知】3月19日 佐藤慧 「毎日ウィークリー」に掲載
07【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇
08【後記】『無自覚の境界線を感じること』


写真付の本サイトはこちらから↓
【AFTERMOD E-PRESS】 http://www.aftermode.com/press/



00【巻頭】『視点の始点』


 佐藤慧のDRコンゴ取材に続き、安田菜津紀も3週間程フィリピンへ向かいました。こちらの取材状況

も追々E-PRESSにて公開していけると思いますので、お楽しみに。さて今回は、安田菜津紀『明日を忘

れないために フィリピンの歌声』とヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅07:歴史の横顔』をお届けします

。安田は以前マニラへ取材に行ったときのことを振り返ります。そこで出逢った貧困層の青年達と過ご

した時に得た心に響いた言葉から教育というもの新たな可能性を提示します。続く、ヤハギの『社会学

曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』は、スミソニアン博物館で開かれた「エノラ・ゲイ展」がどういった経

緯で開かれたのかを提示するとともに、改めて歴史というものの見方が一面的でないことを気づかせま

す。僕たちは視点が常に複数あることを知っています。けれど、視点を切り替えるには、まず自分達の

依って立つ始点を変えなければなりません。これは、それまで僕たちが生きてきた常識に疑問を投げか

けることなので、かなりシンドイ行為と言えます。一人でやるには難しい。ですので、その助力になれ

ばと思い今回のE-PRESSをお届けいたします。

(笠原正嗣)



01【連載】安田菜津紀『明日を忘れないために~(1)フィリピンの歌声』


3月1日から22日まで、3週間のフィリピン渡航です。


 初めて首都マニラを訪れたのは、2年前のちょうどクリスマスシーズン。海外に出稼ぎで働いている

人々も、この時期は家族と一緒に過ごそうと一気に戻ってきます。ショッピングモールは家族連れとカ

ップルでにぎわい、街中の公園はきらびやかな電飾で彩られていました。楽しそうに笑いあう人々の足

元をすり抜けるように、小さな子どもたちが食べ残しやゴミをせわしなく集めてまわっています。彼ら

は小さな声でつぶやくのです。「私たちにクリスマスなんて来ない」。


AFTERMOD E-PRESS

 貧困層が4分の3を超えるといわれるマニラ首都圏。同じ東南アジアでも、カンボジアよりも何か張

り詰めた空気を感じていました。


 写真を撮るとき、「手」の表情と「目」の表情を見ます。「手」にはその人が積み重ねてきた日々の

様相がにじみでます。「目」には意思が宿ります。路上を生き抜く子どもたちの手は、年齢よりずっと

老いて見えました。そして目は、刺さるように鋭い。最初は彼らを前に、言葉を失ってしまうくらいで

した。


AFTERMOD E-PRESS

 滞在中、一番多くの時間を過ごしたのが、ギャングだった青年たちでした。20代半ばくらいの年齢

の彼らを、私は兄たちのように思いながら過ごしていました。生きるために犯罪に手を染め、寂しさを

紛らわすためにシンナーを吸い、ときに殺し合いに巻き込まれながら生きてきた兄さんたち。どれほど

自分たちを見捨て、傷つけた大人たちを憎んだでしょう。


 やがてNGOに引き取られ、何度も世話をしてくれた大人を疑い裏切りながら、やっと自分の足で歩き

出そうと踏み出したのでした。

「知っているかい。暴力ではない、復讐の方法がある。それは自分を高めることなんだ」。


AFTERMOD E-PRESS

 彼らはまっすぐにそう語ります。それまで教育の役割は、将来の可能性を広げることだと思っていま

した。けれどそこには、心の選択肢を増やす役割もあることに、そのとき初めて気づいたのです。

 2011年、今年初めて訪れるマニラに、希望が見つけられるように。子どもたちの歌声に耳を傾け、

まっすぐにその目を見つめてきたいと思います。

(写真+文=安田菜津紀)



02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』


 先日、長崎は軍艦島と平和記念公園、長崎原爆資料館を訪れる機会に恵まれました。そこで出会った

近代化と戦争の傷跡は、確かに歴史への視点を更新してくれたように感じました。受験指導をしている

と、毎年必ず戦争のことを教えます。通常授業だけでなく、夏期講習でも冬期講習でも繰り返し繰り返

し。戦争の話をしない季節は、16年間ありませんでした。だから僕にとって戦争はとても近い存在です。

しかしそれは言葉とイメージだけの話で、実際はいくら手を伸ばしても届かない、そんな歴史です。

戦争を扱うことを、ただの受験対策にして欲しくないというエゴの下、誰かの痛みを、悲しみを、必死

に想像して、なんとかほんの少しのリアルを掴もうとするとき、決まって思い出すのは祖母のことでし

た。同居の祖母に懐いていた僕は、ずっと勉強机も祖母の部屋に置いて、寝るときも祖母の部屋でした。

大正生まれの祖母は震災と戦争の青春時代を余儀なくされた世代で、戦時中は看護師のような仕事を

していたといいます。いつでも聞けると思っていたのか、それとも一度聞いた話が怖くて尻込みしたの

か、また戦争を思い出すのは辛いのではないかと思ったか、たぶんそれら全部が理由で、あまり詳しく

聞くことが出来ませんでした。しかし、空襲から逃げた話や、その時の凄まじい介護の話などの幾つか

の断片は、僕の想像の拠り所となっていました。


 歴史には側面と正面があります。歴史を一つの透明なようかん(直方体)だとします。横から見ると、

年表のように線的に出来事が並んでいます。例えば一番左端に「645年:大化の改新」があって真ん中編に「1600年:関ヶ原の戦い」があってだいぶ右の方に「1945年:原爆投下」があるとしましょう。

横から見た側面図だと、全ての出来事が時間軸に沿ってキレイに並んでいる感じです。細かく見れば因

果関係の矢印が連綿と続いています。これがいわゆる学校教育での歴史像で、また一般的な歴史への視

点だと思います。しかし、私たちは本当にそういう見方をしているのでしょうか。


 では「歴史ようかん」を正面から見てみます。あくまで視点は今です。1945年は割とハッキリ見えま

すね。しかし、1600年はだいぶぼやけています。645年にいたっては輪郭もおぼろです。これが正面か

ら見た歴史のイメージです。どう見えるかは今次第ですね。平和な今となっては、戦国時代は格好良く

見えるかも知れません。戦後まもなくであれば、いつの時代のものでも戦争なんてまっぴらだ、と目を

背けたかも知れません。時代の主観というものがあります。いつ誰が想起するかによって、正面から見

た歴史の顔は多様に変化します。僕らは歴史を横から見ているときにも、実は誰かが正面から見た歴史

を横顔だと勘違いしているだけなのかも知れません。


 世界有数の設備と評されるアメリカはワシントンDCのスミソニアン博物館。1995年、この博物館で、

第二次世界大戦終結50周年を記念して、核兵器が現代の社会にとってどのような意味があるのかを

問う特設展が企画されました。この企画の目玉は原爆投下機である「エノラ・ゲイ」号を「歴史の文脈

の中で展示する」というものでした。もちろん広島・長崎の被爆の様子についても大々的に取り上げ、

広島平和記念資料館と長崎国際文化会館から、被爆者の遺品も貸し出され展示される予定でした。(そ

の中には溶けたロザリオやマリア像もありました)しかし、展示案が発表されるやいなや、退役軍人団

体、マスコミ、そして議会からも猛反発を招きました。


 戦後のアメリカでは、太平洋戦争は正義と民主主義を守るための「善い戦争」であり、原爆の投下は

戦争の終結をはやめ、日本本土への上陸作戦を回避するために不可欠で、もし本土決戦が行われていた

ら犠牲になっていたはずの100万人のアメリカ軍兵士、そして多くの日本軍兵士と市民の命を救った、

と教えられているんですね。そうなると、「エノラ・ゲイ」は多くの命を救い、「正義」の戦いに勝利

した記念すべき飛行機、ということになります。そういう視点からすれば、焼け焦げた女学生の弁当箱

や学生服、溶けたロザリオなどを具体的に展示して「原爆投下は正しかったのか」と問うことは、その

歴史自体を書き直すことになります。文脈が変わってしまうんです。文脈が変わることがマズイのでは

なくて、そもそも受け入れられない状態である、とも考えられそうです。「英雄的アメリカ」が「悪魔

的アメリカ」に変わることを、受け入れるのはアメリカ的には非合理でしかないですね。日本人が見よ

うとしない過去と似ているのかも知れません。結局何度台本を修正しても反対が収まらず、原爆展は中

止に追い込まれます。代わりに、歴史の文脈から切り離し、是非を問わないカタチで「エノラ・ゲイ展」

が開催されました。


 長崎原爆資料館で当時13歳だった女性の手記が目にとまりました。その時の恐怖と地獄の思いは死が

訪れるまで忘れることは出来ない。原爆と新聞などで見聞きするだけで身体中が悲しみと怒りで震えて

しまう。原爆そのものとその言葉をこの世から消してしまいたい。そういう内容でした。元日本兵の飯

田進さんは、過去から現在を逆照射しなければいけない、と何度も仰っています。もう、誰もが忘れよ

うとしている、日本兵として自分が関わったことを白日に晒しながらの魂の叫びです。僕はこのことを

伝え続けなければいけない。それは僕の想いでもあり、飯田さんとの約束です。「歴史のようかん」を

1945年で切って、そこから現在を見たとき、僕らには何が見えるのでしょうか。それは想像することし

か出来ないかも知れません。しかし、激しく流れていく歴史を正面から見ようとすることは、今ここに

居る僕らにしか出来ないのだと思います。

(ヤハギクニヒコ)



03【回廊】安藤理智『Ready to Fight』


AFTERMOD E-PRESS

常夏のタイにアイスホッケーチームがある。
先月カザフスタンで開催された第7回冬季アジア大会にタイ代表が出場。プレミアディビジョン(2部

リーグ)ながら、銀メダルを獲得。
アイスホッケーは氷上の格闘技。試合に臨む選手達は極限まで集中力を高めてからリンクへ向かう。
暑い国の熱い男達はとても輝いている

(写真+文=安藤理智)


04【告知】3月6日 ヤハギクニヒコ 鏡明塾『風水入門』


◆鏡明塾2011 一般コース第3回 3/6(日)


 今回も以前からリクエストを戴いておりました「風水」を扱います。僕が風水の現場を見ようと香港

に渡ったのは2003年でした。そこで感じたことは、壮大な歴史や経験知と共に、現代に力強く作用して

いる風水の底力でした。日本で流行している風水は、形だけの「おまじない」になってしまっています

が、本来は儒学や易経の流れをくんだ、哲学と環境デザインの学です。その辺の流れを明らかにしなが

ら、実践として生活で風水を活用する切っ掛けになればと思います。(この日は一般コースのみの開催

です)


 [一般]13:05~14:50(306教室) テーマ『風水入門』


★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)
神奈川県民センター(横浜駅西口徒歩8分)にて、参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高

小学生2000円(教材費等全て込み)です。
(※中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます)
(※受講費は当日お持ちください。振り込み希望の方はお申し出ください)
申し込みはメールにて承ります。
タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分)で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。では、みなさんの御参加、お待ちしております!



05【告知】3月13日AFTERMODEgroove
     『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』開催(続報)!


 世界にはたくさんのドキュメンタリー・フィルムが存在します。しかし監督やスタッフたちが「どう

しても伝えたい思い」を込めたフィルムも、まだまだ知る人ぞ知る作品にとどまってしまっています。

スーザン・ソンタグ亡き今、ラディカルな視点で草の根的に、意義あるフィルムを広めること、その場

でゲストたちとカジュアルに意見を交わせる空間を作っていくこと、僕らはその必要性を感じています。
 『それでも運命にイエスという。』の監督は、映像に関しては全くの素人である葉田甲太と小川光一

の2人。制作時はごく普通の大学生でした。世界が知らない、知ろうともしないカンボジアのHIV患者

たちの生きた証から目をそらさなかった彼らの思いとともに、まずは横浜の地で、僕らも歩みを始めま

す。 是非、誰かの問題意識、視点に触れ、世界と自分とが対峙する。そのような機会にして戴きたいと願

っております。
(当イベントは『それでも運命にイエスという。』日本一周上映会のコラボレーション企画です。国際

協力に関わる約50団体が連動し、全国33ヵ所でイベントを行っております。
 横浜版では、さらに2作品を集めた『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』を開催いたします。)


〔出演〕
ナビゲーター:ヤハギクニヒコ(studioAFTERMODE代表)
インタビュアー:朴 基浩(Dream×Possibility共同代表)
ゲスト:葉田甲太・小川光一(LUZ FUCTORY)・久保田弘信(フォトジャーナリスト/アジアニュース)

・松田健作(LIVEonWIRE)


〔上映〕作品UFPP国際平和映像祭発表会選出作品『それでも運命にイエスという。』(監督:葉田甲太

・小川光一) また、『僕が見たアフガニスタン』でお馴染みのフォトジャーナリスト久保田弘信氏を

ゲストに迎え、様々な角度からドキュメンタリーについて考察します。

※上映後は監督・スタッフたちによるトークセッションを予定しております。


〔詳細〕
『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』
日時:3月13日(Sun) 14:30(14:00開場)-18:00
場所:横浜ワールドポーターズ(http://www.yim.co.jp/index.html
主催:studio AFTERMODE ・NGO LIVEonWIRE


〔チケット〕
前売り:1500円
当日 :1800円

〔お申込み〕
氏名、年齢、人数などを明記の上、以下のアドレスまで
forum@aftermode.com



06【告知】3月19日 佐藤慧 「毎日ウィークリー」に掲載


3月19日発売の『毎日ウィークリー』に佐藤慧のザンビア取材写真を掲載して頂きます。

よろしければご覧下さい。

http://mainichi.jp/life/weekly/next


07【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
過去や未来を無視することは違います。
それは、長い歴史においても、ほんの最近のことでも変わりはありません。
関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、
1つの物差しになればと願い、今年もカレンダーを作りました。


ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、

・お名前
・ご住所
・電話番号
・部数
・返信用メールアドレス

を明記の上
store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。

安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

上部メニューバーの【STORE】をクリックしてください。



08【後記】『無自覚の境界線を感じること』


 アフタモードとしては普通の状態ですが、メンバーの半分以上が海外です。ちょっとその辺に、と言

う感覚でぽんぽん行っているように見えるかも知れません。もちろんそういう側面もあるのですが、そ

こにはそれなりの準備と覚悟が必要です。佐藤が訪れているDRコンゴは、武装勢力が多く、アフリカ

の中でも特に危険な地域といわれています。隣の国ザンビアでも、コンゴには行くな、と忠告されたと

言います。いったいなぜ、危険地域に足を踏み入れるのか。その前に、なぜその地域は危険なのか。ど

うすれば危険でなくなるのかをイメージして欲しいと思います。地球規模でものを考えたとき、人類に

よる歪みは明らかです。どこかの国で起こっていることは、決して他人事ではありません。しかし、そ

れを他人事としてしまう価値観が、社会を歪ませているのではないでしょうか。僕らが考えているのは

頭ですが、手足が怪我したら当然他人事ではありません。家族や友人でもそうでしょう。ではその境界

線をいったい何処に設定しているのか。あるいは無自覚にされてしまっているのか。全ては僕らの世界

で起こっている、僕らのことではないか。そう自問する感覚を忘れないように、また、来週お目にかか

ります。

(ヤハギクニヒコ)



==========
『AFTERMOD E-PRESS』はいかがでしたでしょうか?
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お気軽にドシドシと書き込みください。
アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。


編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
  http://www.aftermode.com/


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を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。記事の使用をご希望される場合は、タイト
ル「AFTERMOD E-PRESS係」にて下記アドレスまでご一報をお願いします。
取材もこちらで承ります。
info@aftermode.com

AFTERMOD E-PRESS 【vol.0025】(2010年2月21日号


=index=


00【巻頭】『読み書き飛び交うネットワーク』
01【連載】安藤理智『11年目のトランジット 第2話 ~見えないカースト社会②~』
02【連載】笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.6』
03【回廊】安田菜津紀『あなたに見せるために』
04【告知】2月26日 安田菜津紀『毎日ウィークリー』掲載
05【告知】2月27日 安田菜津紀J-WAVE『Sunday Library』出演
06【告知】2月27日 安田菜津紀×高山良二 『カンボジアで地雷処理活動』
07【告知】2月27日 ヤハギクニヒコ 鏡明塾『風雅コース』スタート
08【告知】3月13日AFTERMODEgroove
     『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』開催!
09【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇
10【後記】『無自覚に補完された曖昧を懐疑する』





00【巻頭】『読み書き飛び交うネットワーク』

 冷たくない風は久しぶりで、なんだか心がゆるむ横浜です。取財のためDRコンゴに向かった佐

藤慧は無事ザンビアに到着したようです。DRコンゴことコンゴ民主共和国はかつてザイールと呼

ばれた国で、アフリカの中でも有数の面積を持ち、ベルギー国王の私有地だったことでも知られま

す。何度も飛行機を乗り継ぐとはいえ、数日でアフリカへ、そしてインターネットでリアルタイム

に連絡を取り合えることは大変なことで、それに慣れ始めている自分の感覚に少し不安を覚えたり

もしてしまいます。かつて、寺子屋で習ったことは「読み書き算盤」が中心でしたが、「読み書き

」とは手紙を書くことでした。消息を伝え合うために手紙の代筆屋に頼むことは戦前までは珍しい

ことではなかったといいます。急速に進む地球の縮小が、平和への前進であることを願いつつ、各

地の仲間からの「消息便り」に耳を傾ける毎日です。今号も、国境も時代も越えたハイパーリンク

のネットワークを感じて戴ければ幸いです。
(ヤハギクニヒコ)



01【連載】安藤理智『11年目のトランジット 第2話 ~見えないカースト社会②~』


タイで上流階級と呼ばれる人たちはどんな人たちだろうか。


①家柄
タイの名字は面白い。良い家柄の名字というのは限られているので、初対面の人でも「あ、この人

は名家の出身だな」というのがすぐに分かる。中でも「NA・……..」という名字はいわゆる昔の大

名家の血筋だ。


②学歴
非常に高学歴。外国への留学経験がある人も少なくない。博士号を取得している人も多く、基本的

に英語が堪能。
(ということは、タイ人留学生はタイに戻れば上流階級の人たちである可能性が高いから、仲良く

しておいた方が良いのかも!?)


タイには相続税がないため、資産家の家に産まれれば一生金持ちとして過ごすことができる。

このような人たちと知り合う機会は、旅行をしているだけでは巡ってこない。住み始めてからも、

そう簡単に出会えるわけではない。


AFTERMOD E-PRESS

タイは上下関係にも厳しい。
年齢的/立場的に上に立つ人に対する尊敬の念は言葉にも表される。年上の人に対しては「ピー○

○」と呼ぶ。食事に行けば、一番年上(またはお金を持っている)「ピー○○」が食事代を払うこ

とになる。
※ タイ語で「ピー」はお兄さん、お姉さんの意味を持つ。

さらに身分の高い人たちと話す時は別の敬語表現も存在する。
「すみません」と一言断るのも「恐れ多くも、閣下のお時間に少し迷惑をかけますがよろしいでし

ょうか」と遠回しな表現をしなければいけないのだ。

社会的地位を得た人たちは、自分のスタッフたちの世話をしっかりする。食事に誘ったり、年末に

ちょっとしたプレゼントを渡したりする。
そしてスタッフたちは、自分の上役のため、一生懸命に動く。
その人間関係は、鎌倉時代のご恩と奉公を連想させる。



AFTERMOD E-PRESS

日本とタイ。
古くは山田長政が有名だが、日本人とタイ人の気質には、共通点があるように思える。

「遠慮」を知っている民。現代の日本人は少し西洋化してしまっているが、本心を隠し目上の人を

立てることを美徳とする習慣がある。
タイも同じように、謙虚な心を持って「遠慮」することが美徳とされる。

「ほほえみの国」タイランド。
笑顔の裏には何が隠されているのだろうか。


<続く>
(写真+文=安藤理智)



02【報告】 笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.6』


 北斎生誕250年記念展覧会「北斎のバードアイ -ピーター・モース コレクションより」を、な

んと今をときめく東京スカイツリーの関連企画として「すみだリバーサイドホール・ギャラリー」

にて行うようで(詳細→ http://goo.gl/T0TRc )。実を言うと、僕がE-PRESSで北斎を取り上げる

にあたり生誕250年というのを狙っていたのですが、2010年にその手のイベントがなくて困り果て

ていました。今回の動きがあって本当に良かった(笑)お時間の合う方は是非一緒に行きましょう!


 では、本題です。前回は『洛中洛外図屏風』を見て、日本人は昔から深遠という技法を使い鳥瞰

(bird's eye view)的な視野を描いていたこと、そして全体像を把握するからこそ、その中におけ

る部分の構成が決まってくることを書きました。全体と部分を写真の撮り方で考えると、被写界深

度の深さ、つまりパン・フォーカスとピン・フォーカスのことを思い浮かべる方がいらっしゃると

思います。今のコンデジでは、基本的にパン・フォーカスが主流になっていいますが、本来ピント

というものは一つの平面上にしかにあっていないものなので、画面全体の輪郭がはっきりしている

像というのは結構不気味なものなんですね。そういう認識があまりない方もいらっしゃるかもしれ

ませんが、それは人間が自分の頭の中で全体像を自動的補完処理しているので気づきにくいわけです。


 しかし人間が造ってきた像(象=image)の歴史を振り返ると、実は全体像にピントがあった状態

の方が長かったとも言えます。要するに絵画のことなんですが、基本的に全体の輪郭がはっきりし

ていることに気が付くことでしょう。そこにメスを入れたのは、日本でもいまだに大人気のセザンヌ、

ゴッホ、ルノワール、マネ、モネなどで有名な印象派(仏:Impressionnistes)からでしょう。


印象派が登場したきっかけは主に二つの理由からと言われています。一つは1830年前後に発明さ

れ急激に普及した写真の登場です。これにより写実的に描くより写真を撮った方が早く、コストも

安いということになってしまいました。またもう一つの理由としてあげられることは、チューブ式

絵の具の登場です。それまでアトリエ内でしか絵を描けなかった画家が外に出かけて絵を描くこと

ができるようになりました。ただ、室内環境は基本的に一定ですけど、外は日差しや天候といった

自然現象によって状況が刻々と変化してしまいます。風景画はスピードの勝負という側面も持ち合

わせていたんですね。そこで細部を端折る(はしょる)ようになり、一番描きたいところはしっか

りと、その他は色彩でなんとなく全体の雰囲気を描くような方法が生み出されていったようです。

これが結果として現在のピン・フォーカスと同じようなイメージ効果を生み出すことになります。


そのテクニックを応用した例として分かり易い絵は、やはりこないだまで横浜美術館に来ていたド

ガの傑作『エトワール』(オルセー美術館所蔵)でしょうね。この絵には後ろの男に視線を促すよ

うな仕掛けらしきものもあって面白かったです。ぜひ本物を見る機会があれば探してみてください

ませ。では、また次回にお会いしましょう!

(笠原正嗣)


03【回廊】安田菜津紀『あなたに見せるために』


AFTERMOD E-PRESS

シリア 首都ダマスカス。
情勢の悪化に伴いシリアに避難していたイラク人の友人に会いに、初めて中東を訪れた3年前。
彼は真っ先に、首都ダマスカスを一望できるカシオン山へと連れて行ってくれた。
見下ろした石造りの家々の美しさに、感動で言葉を失った。そんな私に彼は静かにつぶやいた。
「この風景をあなたに見せるためだけに、僕はここに残っていた」
帰りたくても帰れない故郷、異国の地での生活。
この言葉の裏にある、彼の心に積もった苦悩を思った。

(写真+文=安田菜津紀)


04【告知】2月26日 安田菜津紀『毎日ウィークリー』掲載


26日(土)発売の『毎日ウィークリー』に安田菜津紀のフィリピン写真を掲載して頂きます。
よろしければぜひご覧下さい。



05【告知】2月27日 安田菜津紀J-WAVE『Sunday Library』出演


27日(日)のJ-WAVE『Sunday Library』にて安田菜津紀が出演させて頂きます。
「radiko」のサイトから全国どこでも聞いて頂けます。
    http://radiko.jp/

朝5:00-6:00と早い時間ではありますが、よろしければぜひお聞き下さい。



06【告知】2月27日 安田菜津紀×高山良二 『カンボジアで地雷処理活動』


僕らがカンボジアでお世話になっている、元自衛官でカンボジアで地雷撤去活動をしていた高山さ

んの講演会です。 お時間があれば是非!


【日時】 2011年2月27日(日) 13:00開演(12:30開場)~15:00終了予定
【会場】 (株)毎日エデュケーション フリースペース 「グローバルひろば」
     東京都千代田区一ツ橋1-1-1 パレスサイドビル9F
【アクセス】 東京メトロ東西線「竹橋駅」下車徒歩0分
【参加費】 1000円(カンボジア・ポストカード付)
【定員】 30人(当日参加も受け付けています)
【主催】 株式会社スタディオアフタモード


【お申込み方法】お問い合わせ、お申し込みは、angletry@gmail.com まで。
件名を「2月27日:平和の種になりたい参加希望」とし、以下記載のうえお送りください。

--------------------------------
お名前:
Eメールアドレス:
所属:
--------------------------------

≪詳細≫→ http://ameblo.jp/mainichi-education/entry-10801951405.html



07【告知】2月27日 ヤハギクニヒコ 鏡明塾『風雅コース』スタート


以前からリクエストを戴いていた、鏡明塾の再編集版講座をスタートします。土曜or日曜の19:00

からです。少し遅い時間ですが、その分普段のコースよりも参加しやすい方がいらっしゃれば良い

なあ、と考えております。初めての方、単発受講、大歓迎です。この日は中高生コースも同時開催

です、どうぞよろしくお願いします。


◆鏡明塾2011 風雅コース第1回 2/27(日)

 [中高]17:05~18:50(306教室) テーマ『お金と価値』
 [一般]19:05~20:50(303教室) テーマ『ロゴスから哲学へ』


★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)
神奈川県民センター(横浜駅西口徒歩8分)にて、参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、

中高小学生2000円(教材費等全て込み)です。
(※中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます)
(※受講費は当日お持ちください。振り込み希望の方はお申し出ください)
申し込みはメールにて承ります。


タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分)で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。では、みなさんの御参加、お待ちしております!



08【告知】3月13日AFTERMODEgroove 

『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』開催!


 世界にはたくさんのドキュメンタリー・フィルムが存在します。しかし監督やスタッフたちが「

どうしても伝えたい思い」を込めたフィルムも、まだまだ知る人ぞ知る作品にとどまってしまって

います。スーザン・ソンタグ亡き今、ラディカルな視点で草の根的に、意義あるフィルムを広める

こと、その場でゲストたちとカジュアルに意見を交わせる空間を作っていくこと、僕らはその必要

性を感じています。


 『それでも運命にイエスという。』の監督は、映像に関しては全くの素人である葉田甲太と小川

光一の2人。制作時はごく普通の大学生でした。世界が知らない、知ろうともしないカンボジアの

HIV患者たちの生きた証から目をそらさなかった彼らの思いとともに、まずは横浜の地で、僕らも

歩みを始めます。


 是非、誰かの問題意識、視点に触れ、世界と自分とが対峙する。

そのような機会にして戴きたいと願っております。
(当イベントは『それでも運命にイエスという。』日本一周上映会のコラボレーション企画です。

国際協力に関わる約50団体が連動し、全国33ヵ所でイベントを行っております。
 横浜版では、さらに2作品を集めた『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』を開催いたします。)


〔上映作品〕
UFPP国際平和映像祭発表会選出作品
『それでも運命にイエスという。』(監督:葉田甲太・小川光一) 
ほか

※上映後は監督・スタッフたちによるトークセッションを予定しております。
また、世界で活躍しているゲストの出演も交渉中です。


〔詳細〕
『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』
日時:3月13日(Sun) 14:30(14:00開場)-18:00
場所:横浜ワールドポーターズ(http://www.yim.co.jp/index.html
主催:studio AFTERMODE ・NGO LIVEonWIRE


〔チケット〕
前売り:1500円
当日 :1800円


〔お申込み〕
氏名、年齢、人数などを明記の上、以下のアドレスまで
forum@aftermode.com



09【告知】◇◆2011 studioAFTERMODE 卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
過去や未来を無視することは違います。
それは、長い歴史においても、ほんの最近のことでも変わりはありません。
関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、今年もカレンダー

を作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、

・お名前
・ご住所
・電話番号
・部数
・返信用メールアドレス

を明記の上
store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。

安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

上部メニューバーの【STORE】をクリックしてください。



10【後記】『無自覚に補完された曖昧を懐疑する』


山田長政はパタニ王国との戦闘に駆り出され、負傷した足の傷口に毒の膏薬を塗られて亡くなりま

した。異国の地で、異国のために闘い、仲間によって殺されるという悲運を遂げた長政ですが、そ

の背景には貿易を巡る華僑との利権争いがあったといいます。政治的に動くことは時に大事ですが

、果たしてその目的がなんなのかということに、もっと注目し、それが曲がっていないかどうか見

極めるべきだろうと感じます。先日開講したスクールアフタモードの第1回では貨幣について扱い

ました。貨幣というのは、抽象的な存在です。ハッキリした輪郭なんて無い。しかし、それが何よ

りも現実的だと認識されています。万能メディアであるが故の魔力は、沢山の争いを歴史に刻んで

きました。そして今、輪郭の無い貨幣を、僕らはどう補完して、リアルを見ているのでしょうか。

様々な問いを立てつつ、来週も一緒に思考出来ればと思います。
(ヤハギクニヒコ)


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お気軽にドシドシと書き込みください。
アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。

編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    http://www.aftermode.com/

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取材もこちらで承ります。
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