AFTERMOD E-PRESS 【vol.0049】 (2012年03月5日号)

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00【巻頭】「伝える」から「伝わる」へ
01【連載】佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011
      -天山の真珠に触れて-⑤ 再会を約束して』
02【連載】笠原正嗣『古典音讀』
03【告知】佐藤慧「ザンビアスタディツアー」中止
04【告知】安田菜津紀 3月12日 J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」にて3時間生放送!!
05【告知】矢萩邦彦 3月17日 鏡明塾『評論を楽しむ』『俳句入門~「切れ」のアルスコンビナトリア』
06【告知】LIVEonWIRE_JOURNAL始動
07【後記】「楽しむこと」は「伝わること」

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00【巻頭】「伝える」から「伝わる」へ


 皆様こんにちは。ようやく春の匂いを感じるようになった横浜では、早速花粉が飛び交っているようで、結局マスク人口が変わらないな、などと思いながら街を歩いていました。桜が近づけば出会いと別れも近づきます。普段受験指導をしている手前、この季節は毎年毎年出会いと別れの連続で、それは1年間蒔き続けた種の成長過程を見ることなく次の環境へバトンタッチする切ない別れでもあります。だからこそ何年もたって再会したときに、格別なのかも知れません。関わる全ての人から伝えられたことが、合わさり重なり熟成しながら成長を促進してくれます。そして、知らず知らずのうちに、他の人に伝わっていたりします。アフタモードの活動もそんな風になっていくことが出来れば、と願いつつ、今週号をお送りします。
(矢萩邦彦)


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01【連載】佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011
       -天山の真珠に触れて-⑤ 再会を約束して』


 再び首都に戻り、ホームステイ先の家族と再会した。ほんの数日離れただけなのに、随分と懐かしい気がする。翌日、国立のアラ・アルチャ自然公園へと足を運んだ。ホームステイ先の息子、バッハもこの日は一緒に来てくれた。50以上もの山の峰に囲まれた自然は壮大で、深呼吸をすると体の隅々まで洗われるようだった。ここではのんびりと大自然の中で食事をしたりゲームをしたり、乗馬を楽しんだり、のんびりと過ごすことが出来た。沢山のキルギスの見どころを駆け足で巡る旅だが、なんといってもこの旅を案内してくれるキルギス人の仲間たちの協力がなければ全ては不可能だったに違いない。数ヶ月も前から念入りに準備を進めていたイバラットさん、ツアーガイドや運転手たち、日本人と交流したいと言って着いてきてくれた学生たち。みなの真摯な思いがあって初めて、僕達はこの国で心ゆくまでくつろぎ、楽しむことが出来るのだ。数日とはいえ、朝から晩まで共に過ごす内に、国境を越えた絆が出来つつあった。単に仕事として関わっているだけではなく、心の底からキルギスを楽しんで欲しいという思いが伝わってくる。


[Kyrgyz_p11]:大自然の中での乗馬は貴重な体験となった。


 午後にはJICA(国際協力機構)の事務所を訪ね、局長にインタビューをお願いした。多くのキルギス人が日本の震災に心を痛め、励ましの手紙や援助の申し出を送ってきてくれたという話を詳しく聞きたかったからだ。事務所には数多くの手紙が寄せられ、震災孤児を養子として引き取りたいという申し出も数多くあった。JICAの支援を受けている法律アカデミーの会員らは、全員がその一日ぶんの給料を日本の震災のために寄付したという。首都ビシュケクの市長も日本への留学経験があり、本当に数多くのキルギス人が日本のために動いてくれていたことを知った。


 午後にはキルギスでも有名な舞踊団のステージを見せて頂いた。東洋とも西洋とも思える出で立ちと、その力強い動きの舞踊に目が釘付けになった。こんなにも多様な文化、深い伝統のある国を今まで知らなかったなんて。世界には圧倒的に知らないことの方が多く、自分の持っている価値観なんて本当にケシ粒のようなものに過ぎないのだ。


[Kyrgyz_p12]:美しく、力強く舞う踊り子たち。


 夕刻、遂に僕の講演の時間となった。この瞬間のためにキルギスまでやってきたのだ。全ての思いをぶつける覚悟で話をしなければ。僕が話したのは東日本大震災の現状と、そこで失われたひとつひとつの命についてだった。大局的な数字で語られてしまうひとつひとつの死には、それぞれの痛みと、愛する人を失ったその何倍もの人々の悲しみが含まれているということを伝えたかった。イバラットさんのロシア語通訳を介して、来て下さった方々に、そして日本から一緒にやってきた仲間たちの心に向かって話す。楽なことではなかった。何度も口にしてきたし、出来る限り文章にも起こしてみた。それでも、震災で失った最愛の人との死別を語るには、いつも心の傷を抉る必要があった。僕がわざわざこの話をあちこちに出向いてまでするのには理由があった。人は他者の痛みを感じることの出来る生き物だ。そしてその悲しみや痛みはネガティブな感情ではなく、愛の裏返しであると信じているからだった。こんなにも多くの人が、キルギスの人たちが心を痛めてくれた。それは同じ空の下に生きる人間として、理屈を越えて感じる痛みのはずだ。絞りきれるだけの力を絞り言葉を紡ぎ、講演を終えると全身の力が抜けた。目の前の人たちに直接感謝の言葉を届けられたという安堵と、世界の絶望的な痛みを前に、自分の言葉はまだまだ力不足で、光を提示するには及ばないという挫折感を全身に感じた。


 僕の講演の後、日本人の仲間たちが次々に旅の感想、そしてキルギスの方々への感謝を伝えていく。及ばない僕の言葉を後押ししてくれるように、それぞれがそれぞれの言葉で世界を紡いでいく。その姿を目にし、言葉を耳にし、改めて今回この旅に参加出来てよかったと感じた。国境や言語といった、様々な境界線が溶けていく。そう、世界はもっとシンプルでいい。ただ、目の前にあなたがいて、僕がいる。その総和が世界であり、みな大切な人を大切に思いながら生きて行きたいだけなのだ。キルギスで出逢った大切な人々がいるということ、それはまた僕の偏狭な世界の裾野を広げてくれた。


 夜になり、ホームステイ先の家族と最後の時間を過ごした。キルギス滞在中に感じたこと、人々と出会えた幸せ、人生観についてなど、様々なことを話し、笑った。僕が想像していた以上に、彼らは僕を家族として受け入れてくれた。親族意識の強いキルギスでは、7代先まで遡って親族がいるという。袖振り合うも多生の縁、この出逢いにも大きな意味を感じずにはいられない。必ずこの家族に会いに戻ってくる、そう胸に誓い家を後にした。


 後ろ髪を引かれる思いでビシュケクを後にする。その道の途中で車が故障したということで急遽道路脇に駐車した。こんな時に故障だなんて、飛行機に間に合わないかもしれない。タクシーを呼ぶしかないと思った時、背後でいきなり爆発音がした。何事かと思い振り返ると、それは花火だった。キルギスの旅をずっと世話してくれていた現地の仲間たちが、僕らの帰国のためにサプライズを用意してくれていたのだ。僅か数日を共に過ごしただけとはいえ、既に彼らは僕らの大切な人になっていた。その心遣いに日本人旅行者全員が感激していた。キルギス最大の湖、イシク・クルはその美しさ故「天山の真珠」と呼ばれている。しかし、真に美しいのは彼らの胸の内に光る温かな心なのではないか。天山山脈の麓に生きる彼らの、真珠のように光り輝く心に触れたことこそ、今回の旅での最大の宝物となった。


 中国、ロシアに挟まれるキルギスは地政学的にアジアの要所であり、その空港はアフガニスタンに侵攻する米軍の重要拠点である。また、東部で採掘されるレアメタルは世界市場の微妙なバランスに影響を与えている。国家独立から20年、新政権の誕生から1年という若い国では、貧困や失業者、民族問題など、様々な問題に揺れている。世界各地の社会問題に関心を持つ僕は、ともすればそういう面に目が向きがちだった。しかし、今回のキルギスの旅で得たものは、とてもシンプルなものだった。そこには大切な人がいて、同じように呼吸をし、毎日を生きている。それを実感として感じられたことは、今後の未来を照らす大きな光となることだろう。この旅で出逢った全ての人に最大限の感謝を捧げたい。


[Kyrgyz_p13]:全ての出逢いに、ファインダーの奥から覗き込んだ全ての瞳に感謝を。


(写真+文=佐藤慧)


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02【特集】笠原正嗣 『古典音讀』 


 先日、能楽師の安田登さんのお話を伺う機会に恵まれました。新陰流をやって以来、日本古来の(身体)感覚を指摘されている安田さんにはとても興味があり、大変有意義なお話を聞かせていただきました。講演を伺う最中、辞書の編纂や甲骨文字の読解、ピアノに、中小企業診断士の資格まで持っていらっしゃる多彩で多才な方ということが分かり、唯々尊敬の一言です。気さくな方ですし、しゃべりがとにかくうまい。そんな安田登さんが、指摘されたことに『古典を原文で異常なくらいゆっくりと音読すると良い』というものがありました。


 僕自身、本を読んだりすることがたまにあるのですが、目が加速しすぎて読み飛ばし気味になると小さく音読するようなことはしていました。でも、指摘受けた時、ふと振り返ってみて、何年もゆっくりと大きな声で読んだことがないことに気が付きました。実際やってみると古典の原文でもなんとなくイメージが湧きます。またゆっくりと詠むため、単語それぞれを何度も聞いている側の人間は反芻でき、その間に掛詞の複数の意味が頭に浮かぶことや、日本語の特性で否定語が最後に入るというものがありますが、詩の場合ゆっくりと詠むことで、まず単語のイメージを聞き手に浮かばせておき、最後に「ない」とそのイメージを拭うようです。でも、一度浮かんだイメージは残るので、なんとも味わい深い印象が聞き手には残る。これは恐ろしくゆっくり詠むからこそできる芸当という感じのお話で、とても勉強になりました。


 他にもたくさんのお為になるお話をお聞きしましたが、その中でも僕が特に気になったことは、日本の神話と欧州の英雄譚の違いについてでした。ウラジミール・プロップやジョーセフ・キャンベルが指摘しているように、ヨーロッパにある物語の基本構造は「出発して、何かトラブルに巻き込まれながらもそれを乗り越え、還って来る。(そして、その都市を豊かにする)」です。一方、日本の神話の神様は還ってこないどころか、出発時に自分のいた土地を荒らして去って行ったりします。


 この指摘を改めて耳で聞いたとき、ふと頭にこの二つの物語構造の差違が出たのではないかというニュースを思い出しました。かなり前のモノですが、「自己責任」という言葉が日本中を駆け巡った最初のニュースです。そう、あるジャーナリスト達が拉致後、無事に解放され、それぞれの国に還ったときの話です。あの時の日本と他国の反応の違いは、もしかするとこの物語構造が根っこにあるのではないかと感じました。


 というのも、他の国ですと還ってきた人たちは、大々的に英雄視されていたわけですが、日本の場合総スカンだったわけです。還ってくるなと言わんばかりに。僕の中でこの反応の差は、ずっと気になっていたのですが、もしかするとこういうミーム(文化遺伝子/意伝子)が僕たちの中にあるのかもしれません。


 とかく日本では、ヒロイックな性格の持ち主や義で動く人達ほど、自己犠牲的なことを言ったりするような気がします。でも、基本的に何かをやり遂げた人だからこそ、その後に他の人は続こうと思うのであり、新しい環境がそういう人と共に創られていくわけです。やり遂げたけど、死んでしまいましただと、ただ今までの環境を壊しただけで、他の人は路頭に迷うことになりかねません。残った人が、何かをしてくれるかもしれませんが、それは人のふんどしで相撲を取っているような状態なので、やはりそこには説得力が今一歩欠けてしまいがちになるように思います。


 産声を上げて以来、僕たちは生きてきました。でも、日本に生きる自分が一体どういうモノの中にあるのか、それが今の日本社会では見えにくくなっているように思います。そういうことを考えるための一助になるのが、日本が受け継いできた古典文学のように思います。幸か不幸か大河ドラマ「平清盛」でまだちょっと読むのが早いですが詩が詠まれます。改めて、自分のいる場を知るために、古典で声を上げてみるのはいかがでしょうか?

(笠原正嗣) 



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03【重要告知】中止『佐藤慧と行くザンビア・スタディツアー』

佐藤慧と行くザンビア・スタディツアー
http://ameblo.jp/keisatojapan/entry-11096331635.html

「ザンビアスタディツアー中止のお知らせ」

 3月に企画されていました「佐藤慧と行く南部アフリカのザンビア共和国ツアー」は、最少催行人数に達しなかったため、残念ながら今回中止させていただくこととなりました。
 ご応募くださいました方にはご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません。

 なお、次回の開催予定は、今のところ未定となります。



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04【告知】安田菜津紀 3月12日J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」で3時間生放送!!

3月12日(月)午前6:00~9:00、J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」ナビゲーター別所哲也さんの代役として、安田菜津紀がNICOさんと共に3時間生放送のナビゲーターを務めさせて頂きます。震災のこと、カンボジアのこと、など様々なコトを電波に乗せて行く予定です。朝のご支度の際、ぜひラジオを付けてお聴き下さい!!

詳しくはこちら↓
J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」 
http://www.j-wave.co.jp/original/tmr/index.htm



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05【告知】03月17日 矢萩邦彦・鏡明塾



鏡明塾

03月17日に横浜で鏡明塾が行われます!

[国語]17:05~18:50 『評論を楽しむ』 (305教室)
[風雅]19:05~20:50 『俳句入門~「切れ」のアルスコンビナトリア』(403教室)

★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)

・神奈川県民センター(神奈川区鶴屋町2-24-2)
 「横浜駅西口」より徒歩5分
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/02/0051/center/access.html

参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高小学生2000円(会費・教材費)です。 (※中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます) (※参加費は当日お持ちください。振り込み希望の方はお申し出ください) 申し込みはメールにて承ります。
タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分) で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。

では、みなさんの御参加、お待ちしております!


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06【告知】LIVEonWIRE_JOURNAL始動!


 AFTERMODE GROOVEでもある、表現者ギルド=NGO LIVEonWIREが、この度「ジャーナリストとともに学び、社会に関わるためのニュースメディア」のもと≪LIVEonWIRE_JOURNAL≫を発刊いたしました。
 「続けることの大切さ」、「伝えることは主観である」を核として、求められる報道と報道すべきことのギャップを仲立ちし、メディア全体のバランスを取るような存在を目指して活動していきます。ぜひ、ご覧ください。


LIVEonWIRE_JOURNAL
→ 
http://journal.liveonwire.net/


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【再掲告知】安田菜津紀 3/2-15 写真展「生きる」


3月2日~15日富士フォトギャラリーにて開催の写真展『生きる』に、安田菜津紀の写真を2点、展示して戴くことになりました。陸前高田での写真です。お近くにお越しの際にはお立ち寄り戴ければ幸いです。

「生きる」展
→ 
http://www.jps.gr.jp/311/

富士フォトギャラリー新宿 10 時~18 時 (木・金 20 時まで) 
主催:日本写真家協会 (陸前高田の写真を2枚、展示します)


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【再掲告知】 安田菜津紀 「ハサミノチカラ」プロジェクトが『ソトコト』3月号に掲載!



 絶賛発売中の『ソトコト』3月号にて、フィリピンの「ハサミノチカラ」プロジェクト(
http://amba.to/rrfRYV )の記事を掲載して頂いております。「ソトボラ新聞」のコーナーで、陸前高田市「国境なき子どもたち」走る!KnKセンター、石巻市湊小学校でのアートワークショップ、仙台にも事務所を置く「あしなが育英会」 富樫 康生 さんの記事も担当させて頂きました。ぜひご覧ください! ソトコトhttp://www.sotokoto.net/jp/


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07【後記】「楽しむこと」は「伝わること」


安田登さんに以前お目にかかった際に、僕のライフワークである質問「教育にとって最も大事なことで、現代の教育に一番足りないことは何だと思いますか?」をさせて戴いたことがあります。その時の安田さんの回答は「本当に楽しんでいる姿を見せること」でした。教師がメディアである以上、教師が楽しくないことを生徒が楽しく感じるのはとても難しい。そんなことは当たり前なはずなんですが、いざ教育業界では取って付けたような「楽しそうに見える授業」的研修が盛んに行われていたりします。どこかずれてしまっているんですね。仕事なのに楽しむことが不謹慎だという意見まであります。もちろん様々な価値観のぶつかり合いが網の目のように教育環境を耕していくので、良いと思いますが、「内容と気持ちとどちらが伝わってしまっているのか?」という反省は教育者だけでなく、全ての伝える人が胸に留めておくべき問いなのではないか、という気がしています。では、また次号にお目にかかります。

(矢萩邦彦)


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編集  矢萩邦彦 笠原正嗣(ML) 佐藤慧(EXTRA)
執筆  矢萩邦彦 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード
     〒220-0072 神奈川県横浜市西区浅間町1-4-4 小泉ビル401
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AFTERMOD E-PRESS 【vol.0048】 (2012年2月21日号)


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00【巻頭】『haveとbehave』
01【連載】佐藤慧「アフリカ再訪 2012春 (1)ルサカー季節は巡り」
02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅10:メディア論的身体論』
03【告知】矢萩邦彦 gapyear.jp コラム『タブラ・ラサの時間』第4回配信!
04【告知】2月27日 矢萩邦彦 「ギャップイヤーフェア」にてファシリテート
05【告知】安田菜津紀 3/2-5 写真展「生きる」
06【告知】3月04日 矢萩邦彦・鏡明塾『食の安全とリスク』 『室町時代Ⅱ』
07【告知】佐藤慧「ザンビアスタディツアー」
08【後記】『僕らというメディア』


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00【巻頭】笠原正嗣 『haveとbehave』 


2月から隔週で発行させていただくことになりましたAFTERMOD E-PRESS。今後ともよろしくお願いいたします。さて、今回は佐藤慧の新シリーズ『アフリカ再訪』のスタートです。東日本大震災当日にアフリカにいた佐藤慧はその事実をネットを介して知りました。逐一発信される情報に戸惑いながら帰国し、その後被災地で活動を始めます。矢萩邦彦は『社会学曼荼羅10:メディア論的身体論』でメディアと身体の関係をマクルーハンやブルデューから考察します。ブルデューはラテン語の「Habitus」という言葉を用いるのですが、これは「持つ」を意味するhabereの派生語だそうで、本来は見た目の特徴や顔色、仕草、性向などを意味するそうです。英語で言うならhaveとbehaveの間くらいな感じでしょうか。そう考えると、habitも音が似ているわけですが、僕たちは習慣化し、自身の環境にとって当たり前になったものに意識を向けなくなりがちです。しかし、そういった日常に対して改めて何かを突きつけてきたのが、あの震災だったのではないかと思います。あれからもうすぐ1年です。皆さんが、あの時感じた何かを自分の中に見つける一助になればと想い、今回のE-PRESSを送ります。


(笠原正嗣)


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01【連載】佐藤慧『アフリカ再訪 2012春(1)ルサカー季節は巡り』


 青い空が頭上に広がっている。どこまでも澄んだ空気が緑色に輝く木々を包んでいる。アフリカはザンビア、懐かしい匂いが鼻をつく。空気には若干雨の訪れを匂わせる何かが混じっていた。2月、雨期も後半に突入し、大地には生命が溢れている。1年ぶりのザンビアは、変わらぬ光景で僕を迎えてくれた。


 1年前、3月11日の東日本大震災をきっかけに、翌12日にはザンビアを発った。日本に帰国し、忙しい1年を過ごしていた。いつまたアフリカに戻れるか、全く想像もつかなかった。アフリカ、多くの日本人には未だに馴染みの薄い大陸。その大陸内に54もの国がひしめいていることは余り知られていない。07年に初めてアフリカの土を踏んで以来、僕はこの大陸の秘める魅力に取り付かれてしまったようだ。ザンビアの田舎で暮らした時間は、とても快適なものとは言えなかったが、僕自身が何のために生きているのか、この自然の中で生きるとはどういうことなのか、様々な哲学的洞察を巡らす時間をくれた。


 空港からタクシーに乗り込み、首都のルサカの街中を目指す。空港から街中へと続く道からは、どこまでも広がる地平線を見ることが出来た。途中、建設中の大きな建物が目に入り、何かと思って見ると、そこには大きく「HITACHI」と書かれていた。多くの企業が、今アフリカを目指している。肥沃な大地、資源、労働力、そしてマーケットを目指し、世界中の企業がアフリカに進出しようとしていた。アフリカは長く植民地政策に喘いできた。20世紀後半に独立を果たした国々は、今でもなお、その影響を色濃く残している。



(PHOTO)



 街中には多くのショッピングモールが次々と建てられている。そのテナントの多くはお洒落なデザインの高価な衣料品だ。衣服に頓着のない僕からしたら、とても手が出ないような値札を下げた服が堂々と売られている。5年前には、そんな服を扱う店も少なかったし、何よりもそこまでの購買力が人々には無かったように感じる。都市化の進む首都では、一部の経済的に成功を納めた人と、その日の食料にも困窮する人との格差が日に日に大きくなっている。携帯電話の普及も目覚ましく、安定した電力の供給されていない地域でも皆携帯電話を持ち、その所有が一種の社会的ステータスとなっている。


 経済的発展が、人間の生活に良いものだけをもたらすわけではないことを日本人は知っている。年間3万人を越える自殺者を生み出す社会は、どこかいびつな形に歪んでいるのではないか。今、高度経済成長を迎えるザンビアを見ながら、その発展と引き替えに、何かかけがえのないものを失っているのではないかと、そんな不安を覚える。その一方で、このまま経済成長だけを追い求めてはいけないという価値観もまた、ザンビア国内に見受けられる。伝統的文化を、自然を守っていかない限り、最終的には人間が憂き目を見るのだという考えを持つ人がいる。


 ザンビアの公用語は英語だ。言うまでもなくこれは英国の植民地支配に根付くものだ。ザンビアにはもともと72の民族、言葉があるのだが、その民族間の共通言語として、今は英語が猛威を奮っている。南部出身の母と、北部出身の父を持つ子供は、家庭では英語を使って育てられるという。英語しか喋れない子供は、南部、北部、どちらのアイデンティティ、文化も受け継ぐことなく、外部から与えられた言葉によって世界を形成する。いうまでもなく、言語というものは世界の構成要素だ。言語というものには、その言葉を培ってきた人々(ある文化を共有、伝承するという意味では民族といえる)の世界観が含まれている。何気なく使う言葉のうちに人は、自然と人間との関係、善悪の価値観、幸福の定義など、様々なものを含んできた。今、英語しか喋らない子供たちの思うザンビアは、親の世代のそれとは全く違うものに映っているのではないだろうか。それが良いことなのか悪いことなのか、それは誰にもわからない。ただ、9億人の人口を抱える大陸、アフリカは、確かに今、次の時代に向けて脱皮をしようとしている。


 人は何処へ向かっているのか。此処に暮らす人々から学ぶことは大きい。空からポツリと滴が垂れてきた。季節は巡り、命を生やす。これからどんな季節がやってくるのだろう。人という生き物は、どんな花を咲かせ、どんな果実を実らすのだろう。滴を受けた緑が、嬉しそうに輝いていた。


(写真+文=佐藤慧)



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02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼荼羅10:メディア論的身体


 マーシャル・マクルーハンはメディアについて沢山の示唆に富んだ発言を残していますが、その中でもとりわけ重要なものの一つが、メディアは身体の延長である、という見解だと思います。例えば、もともとは水を手ですくっていたのを、コップというメディアを媒介させました。また口を付けて飲んでいたのを、ストローというメディアを媒介させてスターバックスは成り立っているわけです。


 マクルーハンは、聴覚的な口承文化から視覚的な文字文化への移行時には、人間の精神に大きな感覚比率の変容が生じると考えました。要するに、活版印刷が発明されたことによって「声」から「文字」へと人間が接する主要メディアが切り替わった。今まで音声として理解していたことが、記号に切り替わったわけです。そうすることで記憶の方法や思考の方法が劇的に変化し、その結果人間自体が大きく変わったというんですね。確かに僕らは、文字のない生活など想像するのも難しい状態にあると思います。ケータイやネットもすでに環境ですね。


 シャーペンをずっとカチカチとノックしている生徒がいて、周りの生徒からウルサイから何とかしてくれ、と言われたので止めさせたんですね。そうしたら、今度は貧乏揺すりを始めたんです。つまり、彼にとってシャーペンをノックすることは貧乏揺すりの代替として機能していたわけです。私たちは意識的であれ、無意識であれ何らかの欲求があり、それを何らかの形で解消するためにメディアを介するわけですが、逆に言えば触れているメディアによって、その欲求の解消の仕方も変わってくるということです。あるいは、習慣的に触れているメディアによってその人の内面にも変化を起こす可能性もあると思います。


 フランスの社会学者ピエール・ブルデューは、無意識のうちに内面化・身体化した習慣や性向を「ハビトゥス(Habitus)」と定義しました。持続的に形成されていくハビトゥスが、次にどういうハビトゥスを獲得するのかの方向性を決めるんですね。要するに身についた癖や性質は方向性を持つと言うことです。いわば「三つ子の魂百まで」ということですね。その幼少時のハビトゥスを「第一次ハビトゥス」と呼びます。主に家庭での教育や、幼稚園・小学校。親戚や近所づきあいの中で形成されるもので、それが社会に出て人間関係を築いていく中で成長していく訳です。


 成長というと、プラス面だけがイメージされてしまいますが、必ずしもそうではないというのがブルデューの考えで、例えば社会的・経済的に裕福な家庭環境だと、他人の話を受け入れ易い第一次ハビトゥスが形成され、貧困であったり被支配階級の家庭で育つと、懐疑的で頑固な第一次ハビトゥスが形成される傾向があり、その結果大人になったときに更に社会的格差が広がると言うんですね。


 最近メディアリテラシーについて話すことが多いのですが、やはりそれぞれの性質がそのバイアスになっている傾向は否めません。国語の成績が上がらないと悩む生徒も、家庭環境を垣間見ると、なるほど、と思うことも多々あります。凄く単純ですが、人は認められることと否定されることとの狭間で、自分という境界線を発見していくものだと思います。ですから、家庭か教育機関か、どちらがどちらをになっても良いのですが、そのバランスをとるためのメディアになることが重要なのだろうと思います。自分の延長として境界線を拡張して行き、世界に至る。そのためには、もう一度、メディアを身体的に認識することが必要なのではないでしょうか。


(矢萩邦彦)



◇━━◆
03【告知】矢萩邦彦 gapyear.jp コラム『タブラ・ラサの時間』第4回配信!

「gapear.jp」のサイトにて、連載中のコラム『タブラ・ラサの時間~人生のキャンバスを作るた


めに~』の第4回「僕らを探しに」を配信して戴きました。

第4回 『僕らを探しに』
http://gapyear.jp/archives/1878



第1回『日本を選択いたし申候』
http://gapyear.jp/archives/124
第2回『越境する勇気』
http://gapyear.jp/archives/495
第3回『自分の内側と外側』
http://gapyear.jp/archives/790



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04【告知】2月27日 矢萩邦彦 「ギャップイヤーフェア」にてファシリテート


ギャップイヤーフェア

http://gapyear.jp/archives/1904
■ 日時 2012年02月27日(13:00~16:30<受付開始12:30>途中退出・途中入場可) 
■ 開催場所 みらい館大明(旧豊島区立大明小学校)(東京都豊島区池袋3-30-8)
■ 参加費 500円
■ 定員 100人(先着順)
■ 申し込み締切 = 2012年02月24日 00時00分まで


◇━━◆
05【告知】安田菜津紀 3/2-5 写真展「きる」


「生きる」展

http://www.jps.gr.jp/311/


3月2日~15日富士フォトギャラリーにて開催の写真展『生

きる』に、安田菜津紀の写真を2点、展示して戴くことになりました。
陸前高田での写真です。
お近くにお越しの際にはお立ち寄り戴ければ幸いです。

富士フォトギャラリー新宿 10 時~18 時 (木・金 20 時まで) 
主催:日本写真家協会 (陸前高田の写真を2枚、展示します)



◇━━◆
06【告知】3月04日 矢萩邦彦・鏡明塾『食の安全とリスク』 『室町時代Ⅱ』

鏡明塾

http://yahagi.biz/Kyoumeijuku.html


03月04日に横浜で鏡明塾が行われます!

[一般]13:05~14:50 『食の安全とリスク』(404教室)
[中高]17:05~18:50 『室町時代Ⅱ』(403教室)

★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)

・神奈川県民センター(神奈川区鶴屋町2-24-2)
 「横浜駅西口」より徒歩5分
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/02/0051/center/access.html

参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高小学生2000円(会費・教材費)です。 (※中

高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます) (※参加費は当日お持

ちください。振り込み希望の方はお申し出ください) 申し込みはメールにて承ります。
タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分) で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。 では、みなさんの御参加、お待ちしており

ます!


◇━━◆
07【告知】佐藤慧「ザンビアスタディツアー


佐藤慧と行くザンビア・スタディツアー

http://ameblo.jp/keisatojapan/entry-11096331635.html


・訪問国:ザンビア
・期間:2012年3月21~31日(11日間)
・最少催行人員:10名
・費用:約30万円(空港諸税と燃油サーチャージを除く)
※費用は目安です。確定ではないのでご承知おき下さい。


・訪問予定地:
○ルサカ
○チンサリ
○リビングストン


(受け入れ先の都合により、訪問先が変更になる場合がございます。予めご了承下さい)

※正式に内容・金額が確定いたしましたら株式会社日本エコプランニングサービス(観光庁長官登

録旅行業第1789号 ) とのタイアップで募集型企画旅行にて企画・実施の予定です。


・応募締切予定:2012年2月29日
★ お問い合わせは
st@aftermode.com まで
1.お名前、2.ローマ字名を明記の上、ご連絡下さい。
(お問い合わせを頂いた方は、優先的にご案内いたします)
(そのまま株式会社 日本エコプランニングサービスに転送させて頂き、担当:山池からご連絡さ

せて頂きます)


◇━━◆
【再掲告知】安田菜津紀 『THE FUTURE TIMES』にて記事掲載!


安田菜津紀の今年初の岩手取材が終了いたしました。お世話になった皆様、ありがとうございまし

た。
今回の取材記事は「ASIAN KUNG-FU GENERATION」後藤正文さんが編集長を務める『THE FUTURE

TIMES』に掲載されます。ご覧戴ければ幸いです。THE FUTURE TIMES
http://www.thefuturetimes.jp/



◇━━◆
08【後記】『僕らというメディア』


 突き詰めて考えると、この世界はメディアで出来ている。あなたもメディア、私もメディア、み

たいなことになるんですね。メディアの功罪や責任という話を耳にしますが、それはそのまま自分

に返ってくる刃でもあります。自分は社会にとって果たしてどういうメディアで在り得ているのだ

ろうか。そんな気持ちを持ち続けることが大切なのではないかと思います。今週は安田菜津紀がカ

ンボジアへ、入れ替わりで佐藤慧が帰国です。それぞれの思考がどう深化したか期待しつつ、また

次号お目にかかります。


(矢萩邦彦)

AFTERMOD E-PRESS 【vol.0047】 (2012年2月7日号)


=index=

00【巻頭】『人を活かすために』
01【連載】佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011
       -天山の真珠に触れて-④シベリア抑留者の遺産』
02【連載】笠原正嗣 『新陰流とアナトミー(解剖学)前編』
03【告知】安田菜津紀 「ハサミノチカラ」プロジェクトが『ソトコト』3月号に掲載!
04【告知】安田菜津紀 『THE FUTURE TIMES』にて記事掲載!
05【後記】『経験と集中と』

(写真付)本サイトはこちらから↓
【AFTERMOD E-PRESS】
http://www.aftermode.com/press/  

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00【巻頭】『人を活かすために』


 みなさま明けましておめでとうございます。随分遅い挨拶になってしまいましたこと、お詫び申し上げます。2011年は色々なことがありました。僕らにとっても、日本にとっても、重大な転機になる年だったと思います。そしてもちろん世界にとってもそうであって欲しいと願います。一つの時代しか知らない僕らは、どうしても思考のベースを今においてしまいます。せめて歴史を学び、多くの地域に足を運ぶ行動力をつけていきたいものです。

 今回は、佐藤慧のキルギスレポート第4回と、笠原正嗣の新陰流と解剖学のお話しです。世界というのは仏教用語で、現在過去未来の三世と、東西南北上下の界、すなわち空間を表す言葉です。そう考えれば、全てはどうしたって繋がっています。今回は人を活かすこととはどういうことなのかという視点で、二つの記事に触れて戴ければ、と思います。もちろん、その答えはそれぞれです。

 さて、2011年までの全てを糧に、今年もアフタモードメンバー総出でプレスを作って参ります。今年から少し体制を変え、このプレスは隔週刊にさせて戴き、その分4月より月刊のプレスを創刊する予定です。引き続きお付き合い戴き、何かの気づきに、変化に繋がれば幸いです。

(矢萩邦彦)


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01【連載】佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011
       -天山の真珠に触れて-④シベリア抑留者の遺産』


 イシク・クルの北岸から南岸へ向けて車を走らせる。途中の街で、ロシアの中央アジア探検家、ニコライ・ミハイロヴィチ・プルジェヴァルスキーの記念館と墓を訪ねた。中央アジア、山脈の奥の世界に魅せられた探検家は、5度の探検で中央アジア各地に赴き、イシク・クルの袂で息を引き取った。その墓は今も、本人の希望によってイシク・クルを眺望出来る丘の上に佇んでいる。今も昔も、中央アジアはどこか神秘的で、甘美な魅力を放つ土地だったのかもしれない。見たこともないものを見たい、出会ったことの無い人々と出会ってみたい、そのような欲求は人類に普遍的なものなのだろうか。


 次に訪れたのはドゥンガン・モスクという100年前に建造されたモスクだった。中国の建築様式で立てられたイスラムのモスクは非常に珍しく、この建物は一本の釘も使わずに木材だけで建てられている。この建築技法は中国の秘伝であったため、建造した建築家は中国へ帰国した後処刑されてしまったという。様々な文明、文化、宗教の入り交じるシルクロード上のキルギスならではの珍しい歴史的建造物だと言えるだろう。


[Kyrgyz_p07]:極彩色に彩られたモスクはまるで中国の寺院のよう。


 この夜はユルタと呼ばれる伝統的な遊牧民の移動式テントに宿泊することになった。既に陽も落ち暗闇に包まれる中、悪路をひた走り山の中腹を目指す。車のヘッドライトに照らされた道には、時折轟音を立てる濁流が目に入った。崩れそうな橋を何度も渡り、四方を山に囲まれた平野へと出た。モンゴルのゲルを彷彿とさせる移動式テントだが、その最大の違いは中央部の柱がないこと。うまく格子状の木材で構成されたテントは、約2時間でその組み立てが可能なのだという。羊毛で覆われた室内は、夏涼しく冬温かい快適な空間だ。満点の星空のもとキャンプファイヤーを囲み、皆で歌を歌って過ごした。


[Kyrgyz_p08]:翌日、朝日に照らされたそこは広大な自然の只中だった。


 広大な湖を傍らに見ながら旅を続けているが、このイシク・クルの畔には、もうひとつ、日本人にとって大変興味深い建物がある。それが現在キルギス国防省の管轄となっているサナトリウム(療養所)である。このサナトリウムには泥湯などを利用する治療施設があり、現在も多くのアスリートらが利用している。なんとこのサナトリウムは、1946年から1948年にかけて、ソ連の捕虜となりキルギスに抑留されていた日本人らが建設したものだという。当時収容されていた日本人抑留者は125名。気候風土の良いこの地では、他の抑留地と違いひとりの死者も出さずにみな帰国したという。(一節にはキルギスの他の地方にも抑留されていた日本人がおり、その方々の墓があるという話もあるが未確認)。


 実際に来ることになるまではその場所すらも曖昧にしかわからなかったキルギス。そこに日本人と由縁(ゆかり)のある歴史が存在するなんて思いもしなかった。僕の父方の祖父はシベリアに抑留されていた。祖父と同じように、ここキルギスにも沢山の日本人が連れてこられていたのだ。世界が如何に繋がっているか、またも自分の狭い世界の価値観を砕かれたかのような思いだった。この建物が今も変わらず治療施設として利用されているというのは嬉しい事実だった。屋内の一室には日本人抑留者が再訪して作った資料室もあり、管理人は若い日本人旅行客の来訪を心より喜んでいた。キルギスに抑留されていた方々の中には存命の方もいるということだから、いつかぜひその話を聞きたいと思う。様々な縁(えにし)に導かれながら歩く旅も、そろそろ終わりが近づいていた。


[Kyrgyz_p09]:50年以上も昔の建物だが、朽ちることなく現在も利用されている。


[Kyrgyz_p10]:この部屋で泥湯に浸かり治療を行うという。

(写真+文=佐藤慧)


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02【連載】笠原正嗣『新陰流とアナトミー(解剖学)』


 前回、新陰流とアフォーダンスについて少し触れたわけですが、実際教えていただいていると「すごい」と思うことは山のようにあります。その一つとして、解剖学的な観点から考えてもその強さに合理性を感じるんですね。以前どこかで読んだ記憶があるに、「新陰流は活人剣で、試合も他流とはしなかった。」みたいなことがありました。活人剣とは言うものの、技は確実に相手を倒すことが前提として構成されています。 もともと活人剣とは、こちらがしっかりと構えることで、敵と相対したとき、向こう側が付け入る隙がないため動かざるを得ない状況を言うそうです。つまり、今風に言うならば「アフォーダンス」です。しかも新陰流の場合、攻守ともに非常にバランスが良く、一撃必殺にこだわりがありません。最後に生きていた方が勝ちという印象を僕は受けています。仮に相手が一撃目を避けたとしても二手目、三手目を常に想定して型に継承させてあるわけです。活人剣という言葉は元々そういう意味だったようですが、徳川の天下太平の政治思想とくっつく時に、どうやら柳生宗矩が「人を活かす」という思想にしたようです。


 では、解剖学的な観点からも合理的とはどういうことでしょうか。始めたばかりの僕の感覚になりますが、気が付いたことを書かせていただこうと思います。


 まず、「腰を入れる」という言葉は色々なスポーツや武術でもよく耳にすることだと思います。へその少し下あたりを「丹田」と表現したりしますが、ここをうまく入れてやると、体全体の力を集約しつつ、自分のアクションにつなげられるわけです。(言葉で言うのは簡単ですが、これがとても大変で、僕も日々精進しております)。新陰流も例にもれず(というか最も長く伝承されている古武術の1つですから、おそらく日本での元と思われます。元々「陰流」という流派の足捌きなどが中国に輸出され、明の時代に太極拳などのような中国拳法として日本に逆輸入したという話もあるようです)、丹田をしっかり操ることで体中の力を刀に集約するんですね。新陰流のすごいところは、相手の手を切り飛ばすとかそういう無駄にハデなことをしないんですね(そういう技もあるのかもしれませんが)。より長く闘えるよう、屈筋より伸筋を使いますし、肉を切らせて骨を断つというように、骨格で自分の動きを確認することが多いです。解剖学が日本に入ってきたのはドイツ人医師シーボルト(正確にはジーボルトと発音するそうです)の時代ですから、江戸の化政文化の時代です。その数百年前から、骨格で身体を考えていたということ自体驚くべきことですし、僕自身学ぶことの多い毎週の稽古が楽しみでしょうがないです(笑)
 

 よく時代劇とかで見るシーンに頭の上に両手で刀を構え、刀を振り下ろすシーンがありますが、新陰流でもそれに似た技があります。余計な力を入れずにただ下ろすのが一番良いのですが、これが難しい。


 そうやって稽古をしている最中にふと気が付いたことが実は両手で刀を持つことと電車の吊革の関係です。一体どういうことかと言いますと、電車の吊側は1本ではプラプラして、あんまり安定しないわけですが、片手で二つ?んでみたことありますか? (逆)三角形ができるので、とても安定します。電車の進行方向に対して力を面でとらえられるために、微動だにしなくなります。ただ、そして進行方向と直角の、横への動きも一直線に力が乗るのもわかると思います。言葉だと分かりにくいかもしれないので、ぜひ通勤時間にでも試してみていただければと思います。


 これと同じことが両手持ちでも言えると思うんですよね。左右へ刀が弾き飛ばされることなく、真っ直ぐ相手に力が向かっていく。宮本武蔵が二刀流で有名なために、片手で持つことと両手で持つことが同一視されがちですが、十中八九片手で持っていたら普通のヒトは刀を弾き飛ばされるはずです。テレビで見た目のカッコよさを追い求めるあまり、こういうことが伝わりづらくなってしまっているのはとても残念に思います。一端ながら、こういった伝統に触れられる幸運な機会を得られた者として、また何か気が付きましたら、こういったことを伝えさせていただけたらと思います。


(笠原正嗣)


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03【告知】安田菜津紀 「ハサミノチカラ」プロジェクトが『ソトコト』3月号に掲載!


 絶賛発売中の『ソトコト』3月号にて、フィリピンの「ハサミノチカラ」プロジェクト( http://amba.to/rrfRYV )の記事を掲載して頂いております。「ソトボラ新聞」のコーナーで、陸前高田市「国境なき子どもたち」走る!KnKセンター、石巻市湊小学校でのアートワークショップ、仙台にも事務所を置く「あしなが育英会」 富樫 康生 さんの記事も担当させて頂きました。ぜひご覧ください! ソトコト http://www.sotokoto.net/jp/


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04【告知】安田菜津紀 『THE FUTURE TIMES』にて記事掲載!

安田菜津紀の今年初の岩手取材が終了いたしました。
お世話になった皆様、ありがとうございました。
今回の取材記事は「ASIAN KUNG-FU GENERATION」後藤正文さんが編集長を務める『THE FUTURE TIMES』に掲載されます。ご覧戴ければ幸いです。THE FUTURE TIMES
http://www.thefuturetimes.jp/


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【再掲告知】矢萩邦彦 gapyear.jpにてコラム『タブラ・ラサの時間』連載開始!


gapear.jpのサイトにて、コラムを連載させて戴くことになりました。
『タブラ・ラサの時間~人生のキャンバスを作るために~』

とりあえず行ってみるのも大事ですが、自覚があればまた違う時間を過ごせると思います。
大事なのは悩みながら過ごすことではないでしようか。


第1回『日本を選択いたし申候』
http://gapyear.jp/?p=124

第2回『越境する勇気』
http://gapyear.jp/?p=495

第3回『自分の内側と外側』
http://gapyear.jp/archives/790


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05【後記】】『経験と集中と』


経験にマイナスはありません。ただ、積み重なっていきます。どんな失敗からも必ず学ぶことがありますし、失敗を怖れていては挑戦的なことはできません。アインシュタインをはじめ多くの天才的努力家は、真理を究めるためには必然的に失敗を伴う、という信念を持っていました。もう一つ、彼らに特徴的なのは圧倒的な集中力です。どうしたら人は活きるのか。伝統的な武術の中にある型や方法はそれらは天性のものではなく、努力で得ることができるものだと教えてくれます。経験を意識すれば日常が変わっていきます。その中で、少しでも未来を肯定できれば、と思います。では、また次号お目にかかります。


(矢萩邦彦)



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編集  矢萩邦彦 笠原正嗣(ML) 佐藤慧(EXTRA)
執筆  矢萩邦彦 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード
     〒220-0072 神奈川県横浜市西区浅間町1-4-4 小泉ビル401
本WEBサイトの内容の一部または全部を無断で複写(コピー)することは、

法律で定められた場合を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。

記事の使用をご希望される場合は、
タイトル「AFTERMOD E-PRESS係」にて下記アドレスまでご一報をお願いします。

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AFTERMOD E-PRESS 【vol.0046】 (2011年10月17日号)


=index=

00【巻頭】『忘れ物』
01【連載】安田菜津紀『HIVと共に生きる 新しい命、残された命』
02【回廊】安藤理智『朝の浜辺』
03【告知】安田菜津紀 11月5日 トークイベント『写真を通して伝える、子どもたちの今』
04【告知】矢萩邦彦gapyearコラム『タブラ・ラサの時間』第3回配信!
05【後記】『僕らのおとし物』


本サイトはこちらから↓
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00【巻頭】『忘れ物』


 普段、忙殺される日々を送っ

でも、時は少しずつかもしれませんが常に確実に進んでいます。ゆっくり歩いたり、ふと歩みを

止めてみたりすると、雲一つですらこんなにも動的なものなのかと驚かされます。自分よりゆっく

り動くものは止まって見えてしまいますが、実際は小さくうつろっているものも多いわけです。時

代とか大きな枠でしか変化として扱われなくなったのは、もしかすると僕たちが速く、早く、疾く、迅くと求められるいる間に忘れてしまったものがあるからなのではないでしょうか。
 今回のE-PRESSでは、安田菜津紀の原点でもあるカンボジアで少しずつ針が進んでいることを命

から感じさせてくれます。また安藤理智の回廊では、ビビ島で見つけた僕たちが忘れた何かを感じ

させてくれます。未だに危機はさらないどころか、タイまで大変な事態が重なる現状だからこそ、

皆様が感じる何かがあればと思いお送りいたします。

(笠原正嗣)


━━━━━
01【連載】安田菜津紀『HIVと共に生きる 新しい命、残された命』


 「エイズ村」。そう呼ばれていた、プノンペン郊外の集落。そこでは緑のトタンで作られた長屋に

32のHIV感染者の家族が政府によって住まわされていた。村ができてから2年余り、村人たち

はこの緑の長屋を離れ、それぞれの道を歩き始めている。

「ねえ、妹が生まれたの!見に来てよ!」


AFTERMOD E-PRESS


 満面の笑みで手を引いてくれたスレイペイ(12)の家では、昨年生まれたばかりのソクナンくん

がよちよち歩きを始めようとしていた。彼女にとっては初めての弟だ。両親共に感染者だが、母親

がART療法を受けていたため、ソクナンくんには感染の反応はないという。彼女の家族は、村の1

5家族と共に、財団が貧困家庭のために建設した集合住宅に移住した。暮らしは貧しいが、父親が

単発だが工事現場などの仕事を見つけ、皆新しい家族が生まれた喜びに満ちていた。他にも3人の

子どもがこの15家族に加わり、大きな子どもたちも内職や子守を手伝いながら彼らを見守ってい

た。


 その一方で取り残され、村を離れていった子どもたちもいる。メイさん(7)は母子2人で村に

暮らしていたが、昨年母親をエイズで亡くした。一人残された彼女は、カンポット州のエイズ孤児

院に預けられることになった。「私たちはもう年寄、子どもを育てることはできません。ですが親

戚は誰も、HIVに感染した子どもを誰も引き取りたがらない」。彼女の祖父はそう話す。メイさん

は母子感染により、生まれながらにしてHIVに感染している。彼女の顔からは笑顔が消え、孤児院

の子どもたちが遊んでいるのを黙って見つめているだけだった。



AFTERMOD E-PRESS


 カンボジアのHIV感染率は下がりつつある。けれども、その数字には表れない残された子どもた

ちは、社会の無関心の中に置かれている。子どもたちがHIVに怯えず、安心して暮らすことができ

るために、声の出せない彼らの声に、これからも耳を傾けていきたい。

(写真+文=安田菜津紀)


━━━━━
02【回廊】安藤理智『朝の浜辺』



AFTERMOD E-PRESS


南の島が好きだ。
なぜと聞かれても、はっきり答えることはできない。


逆に答えられたら、それは好きだということではないのかもしれない。


朝、誰もいない浜辺を散歩する。
白い砂と青い水の境界線。


のんびり歩いていると、原点に立ち返ったような、そんな気持ちになる。

(撮影地:ピピ島/写真+文=安藤理智)


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03【告知】 安田菜津紀 11月5日 トークイベント『写真を通して伝える、子どもたちの今』


カンボジアで活動する認定NPO法人 国際子ども権利センター(シーライツ)の皆様と共に、
トークイベント『写真を通して伝える、子どもたちの今』を開催させて頂きます!

≪日時≫11/5(土) 19:00~
≪場所≫表参道C's fort
お申し込みはこちらから!→ 
http://www.c-rights.org/2011/10/115.html
写真を通して伝える、子どもたちの今


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04【告知】矢萩邦彦 gapyear.jp コラム『タブラ・ラサの時間』第3回配信!


「gapear.jp」のサイトにて、連載中のコラム『タブラ・ラサの時間~人生のキャンバスを作るた

めに~』第3回を配信して戴きました。今回は、越境のために自分の内と外の境界について考察し

ながら、災害支援という方法について書かせて戴きました。お読み戴ければ幸いです。
第3回『自分の内側と外側』
http://gapyear.jp/archives/790

第1回『日本を選択いたし申候』
http://gapyear.jp/archives/124
第2回『越境する勇気』
http://gapyear.jp/archives/495


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【再掲告知】佐藤慧・安田菜津紀 11月11日~13日『ASYLUM2011』@沖縄


那覇市・桜坂での音楽イベント『ASYLUM2011』にて、佐藤慧と安田菜津紀がトーク出演

させて頂きます!タテタカコさんをはじめ、素晴らしいアーティストさんばかり。
ぜひお越し下さい!
http://t.co/tePGRXmj


━━━━━
【再掲告知】佐藤慧・安田菜津紀 掲載情報「Sign -写真家たちの311-」トークショー


8月上旬に、コニカミノルタプラザで行われました写真展「Sign -写真家たちの311-」にお越し

くださいまして誠にありがとうございます。
8月7日(日)に行われました「6名の写真家によるトークショー」の様子が記事となって掲載され

ました。ぜひご覧くださいませ!

http://www.konicaminolta.jp/plaza/schedule/2011august/sign/talkshow.html


━━━━━
05【後記】『僕らのおとし物』


 谷川俊太郎の『二十億光年の孤独』に、『かなしみ』という詩があります。僕が詩を書き始めた

切っ掛けの一つであり、自分の中の宇宙的郷愁や生まれながらにして感じていた喪失感と孤独に気

付かせてくれた詩でもあります。「あの青い空の波の音が聞こえるあたりに/何かとんでもないお

とし物を/僕はしてきてしまつたらしい」それはおとし物が、どうやら個人的なものではない、と

いう警告でした。たった一人のせいではなく、僕らは何世代もかけて、少しずつなくしてしまった

のではないでしょうか。


 「透明な過去の駅で/遺失物係の前に立つたら/僕は余計に悲しくなつてしまつた」それは悲し

いのですが、でも、前を向かなければ行けない。失ってしまったもの、もう二度と戻らない何かを

取り戻すために時間を使うのではなく、新たに掛け替えのないもの作り出すために僕らは生きてい

かなければ、と強く思います。では、また次号でお目にかかります。


(矢萩邦彦)


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編集  矢萩邦彦 笠原正嗣(ML) 佐藤慧(EXTRA)
執筆  矢萩邦彦 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード
     〒220-0072 神奈川県横浜市西区浅間町1-4-4 小泉ビル401
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ているとふと時間が経っていることに気付かされる瞬間が訪れます

AFTERMOD E-PRESS 【vol.0045】 (2011年10月10日号)


=index=

00【巻頭】『型から想起する』
01【連載】佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011
       -天山の真珠に触れて-③イシク・クルの朝日』
02【雑感】『新陰流とアフォーダンス』
03【告知】安田菜津紀 11月5日 トークイベント『写真を通して伝える、子どもたちの今』
04【告知】矢萩邦彦 gapyear.jp コラム『タブラ・ラサの時間』第3回配信!
05【後記】『内側への越境』

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00【巻頭】『型から想起する』


だいぶ秋も深まって参りました。例年よりは慎ましいものの、文化的な行事も各所で開催されていますね。日常に忙殺されていると、何かが麻痺してしまったりします。息を抜く、というよりも、少しいつもと違うことをしてみることでリフレッシュしたり、ライフワークに活かせる気づきがあったりするものです。

 茶でも武道でもそうですが、時代を越えて残る「型」は長い年月をかけて成熟し凝縮された精神が宿っています。その型を学ぶことで連綿と続いてきた精神が想起され、追体験出来るようになっているわけです。なにも文芸、芸能、武術のような格式ばったものだけではありません。例えば挨拶の文化など日常の中にも「型」はあります。今回は、佐藤慧のキルギスレポート3回目、そして笠原正嗣の新陰流について。是非「型」を感じながらお楽しみ戴ければと思います。
(矢萩邦彦)


━━━━━

01【連載】佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011
       -天山の真珠に触れて-③イシク・クルの朝日』


 翌日、僕達はビシュケクを後に、東に位置するキルギス最大の湖、イシク・クルを目指すこととなった。快晴の青空がどこまでも続く中、僕達は一路東へ走った。その途中で10世紀から残る遺跡、ブラナの塔を訪ねた。ここはシルクロード上に位置しており、昔はその周辺の市場が大変栄えたという。塔の上からは果てしない草原が視界に広がる。ここを多くの人々が往来したのかと思うと胸が高まった。いつかシルクロードを端から端まで歩いてみたい。そんな思いが沸き上がってきた。人が古代の歴史へと想いを馳せるのはなぜだろう。きっとそこには遺伝子に組み込まれた太古への郷愁、脈々と受け継がれて来た人間の営みに対する畏敬の念があるのではないだろうか。傍らを吹く風に、数百年、数千年の人類の流れを感じた。



AFTERMOD E-PRESS
ブラナの塔は15世紀の震災で半分に崩れ、現在は25mだという。


 昼食はキルギスの一般家庭をレストランに改装した場所で、伝統的な料理を満足行くまで食べた。キルギスでは客人をもてなすことは当然の美徳と考えられており、食べ切れないほどの料理を振る舞う。家計に余裕のない家庭でも、借金をしてでも客を歓待することがあるという。これは長く受け継がれてきた遊牧文化の特性ではないだろうか。次いつ会えるともわからない遊牧中の出会いに対し、「旅は道連れ世は情け」という価値観を醸成してきたのかもしれない。


 昼食後の眠気にうとうととしながらしばらく走ると、あたり一面山脈に囲まれている平野に出た。その峰々は遙か高く、ここでは3~4千メートル級の山は普通の珍しくもないという。ちなみにキルギスの最高峰はポペーダ山の7,429メートルということだから、日本の誇る富士山も小さく思えてしまう。


 日の沈む前にはイシク・クルへ着いた。キルギス最大の湖は、湖というには余りにも大きかった。琵琶湖の9倍もの面積を持ち、その最深部は668メートルだという。イシク・クルとは「熱い湖」をいう意味らしく、極寒の冬でも凍らないという不思議な性質からそう名付けられたという。湖底には多数の遺跡が水没しており、考古学者の探究心を刺激している。そんな湖の畔でのんびりと過ごしたあと、ゲストハウスのオーナーに招かれ夕食を取った。ここでもまた素晴らしい料理に迎えられ、各々のショットグラスには特上のウォッカが注がれた。キルギスにはもともとアルコール度数の高い酒はなく、ウォッカなどの強い酒はロシアから入ってきたという。みな客人の歓待のためにと杯を掲げ、数多くの乾杯が続いた。これはホームステイ先で聞いたことだが、キルギスでは乾杯を非常に大切にするという。日本で乾杯といえば、飲み始めの合図代わり程度のものであることが大半だが、キルギスでは飲んでいる最中にも何回も乾杯があり、その乾杯ごとに誰かが心を込めたスピーチをする。一緒に目の前にいる相手の幸福を念じ、心の底からの言葉で祈りを捧げた後に杯を合わせるのだ。何度も何度も杯は交わされ、夜は心地良い酩酊と共に深まっていく。最大の歓迎の印である、羊を丸ごと焼いた料理を平らげたあと、皆の笑い声の余韻に浸りながら外へ出た。湖の畔から空を見上げると無数の星が頭上に瞬いている。なんと美しい星空なのだろう。アフリカの奥地で見た星空が脳裏に蘇る。くっきりとした天の川が絹を中空に舞わせたように煌めいている。目の前で静かに揺れる果てしない湖面と無限の星空を前に、この世界の広さを感じた。こんなにも広大な世界の中で、ほんの僅かな命の時間を過ごし、こうして多くの人との出逢いを紡いでいく。なんて不思議で、素敵で、限りない喜びなのだろう。深夜まで笑い声が折り重なり、夜は更けていった。


 翌朝、イシク・クルに昇る朝日を見たいと思い早起きをした。世界中どこに行っても朝日を見たいと思ってしまう。それは言葉に表しがたい程に美しく、神秘的だった。大きく息を吸い、また新たに始まるキルギスでの一日に胸を踊らせながらシャッターを切った。



AFTERMOD E-PRESS

太陽の中に人は神々しい何かを視る。生命の源。

(文+写真=佐藤慧)


━━━━━

02【雑感】『新陰流とアフォーダンス』


 突然ですが最近、僕は「新陰流兵法転(まろばし)会」(http://goo.gl/IezzO )という所に所属し400年間受け継がれた新陰流の技を体得すべく毎週日曜に修行に励んでおります(笑) 一般的には、「柳生新陰流」という言葉が流布しているようですね。僕も最初はそう思っていなんですが、驚いたことに流派としての名は「新陰流」と言うようです。柳生は要するに受け継いできた家系の名前というだけのことで、技は新陰流と呼ぶのが正しいようです。


 さて、そんな中まだ初めて半年程度の僕が気が付いたことを今回は書かせていただこうかなと思います。


 僕とヤハギさんの共通項の1つは松岡正剛さんなんですけれども、この松岡さんが良く使われる言葉に「アフォーダンス」という言葉があります。アフォーダンスは元々認知科学の方で使われる造語で、一言でまとめると、「モノ(対象)が人間にそう行うように仕向ける作用」といったところでしょうか。例えば、ドアノブがあるとします。ドアを開けるためにはドアノブをいじらないといけません。それ以外のところをいじってもドアは開かないわけです。何を当たり前のことを言っているのかと思われるでしょうけど、こういったことをもっと細かく見ていくのがアフォーダンス研究の1つと言えるんですね。例えば、ちょっとオシャレな居酒屋さんとかで右利き用に作られたコップだと、親指がフィットするようなくぼみが付いていたりします。PCのキーボードだって高いやつだとちょっと曲線になっていたりします。エレベーターでの立ち位置って大体みんな同じ感覚で立ったりします。デパートの柱のクスミなんかもバッグがどこで擦れているのか、言い換えるなら私たちがどのあたりで避けているのかその足跡が見て取れたりします。そういう散策をしてみると、今まで見ていた日常的な光景が中々ショッキングな光景に変わったりしますので、是非お試しください。


 このように僕たちはボールペンを持っているようで、実は持たされている可能性が見えてきます。アフォーダンスのニュアンスがなんとなくつかめたということで話を進めましょう。タイトルで、僕は「新陰流とアフォーダンス」と書きました。この二つがどう関係していくのか見ていきましょう。

 刀の持ち方とかもすべて計算されている新陰流なんですが、そこは話が長くなってしまうので、また別の機会に書かせていただけたらと思います。今回は「隙」についてです。新陰流の稽古は基本的に一対一の形式で行います。教わる人一人に対して、教える人が一人就くわけです(あえて「先生」とは書きません。先生は宗主のことを指します)。姿勢、韜(ふくろしない)の持ち方、そして動き方(=「型」)などを一挙一動丁寧に教えていただけます。型の稽古は相手がこう動いたら自分はこう動く、今自分のどこが守れていないから、相手はそこを狙ってくるという解説を受けながら、一つ一つの動きを丁寧に覚えていきます。人間の身体を熟知した上で創られ受け継がれてきた型はまさにアフォーダンスの宝庫なんですね。


 そして、面白いのが、自分がここを打たれそうというときにこちらが受けづらかったりする態勢だったりすると、そのままやられてしまいます。ですから、こちらが意図的に『隙』を見せてやる。そうすると相手はそこをめがけて打ち込んでくるわけです。しかし、こちらは意図的にスキを作ったわけですから、相手の行動を予想できているので、避けた上で相手の態勢が崩れたところに一撃を加える。自分の都合の良いところに上手く誘導してしまうわけです。相手の「隙」な所はこちらの「好」な所に早変わりするわけです。当時の武士が数寄の文化に傾倒するのもわかる気がします。


 新陰流はこういう相手と自分の動きを一続きに「型」として保存してきているようです。間合いという言葉がありますが、これもそのアフォーダンスの一種ですね。自分が切りかかれる空間の限度を熟知しているからこそ、そこに入ってくる瞬間にすぐ動けるわけですね。写真学校だと、対象との距離をミリ単位まで目で把握する訓練を積ませられると聞いたことがありますが、個人的にちょっと似ていると思っています。対象が動いた後にシャッターを切るのではなくて、、コンマ何秒未来を撮る。入ってくる瞬間にこちらが動いて打ち込むことに似ていませんか?


 また何か気が付いたら、こういう感じで記事にできたらと思います。

(笠原正嗣)


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03【告知】】安田菜津紀 11月5日 トークイベント『写真を通して伝える、子どもたちの今』


カンボジアで活動する認定NPO法人 国際子ども権利センター(シーライツ)の皆様と共に、
トークイベント『写真を通して伝える、子どもたちの今』を開催させて頂きます!

≪日時≫11/5(土) 19:00~
≪場所≫表参道C's fort
お申し込みはこちらから!→ 
http://www.c-rights.org/2011/10/115.html
写真を通して伝える、子どもたちの今


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04【告知】矢萩邦彦 gapyear.jp コラム『タブラ・ラサの時間』第3回配信!


「gapear.jp」のサイトにて、連載中のコラム『タブラ・ラサの時間~人生のキャンバスを作るために~』第3回を配信して戴きました。今回は、越境のために自分の内と外の境界について考察しながら、災害支援という方法について書かせて戴きました。お読み戴ければ幸いです。


第3回『自分の内側と外側』
http://gapyear.jp/archives/790


第1回『日本を選択いたし申候』
http://gapyear.jp/archives/124
第2回『越境する勇気』
http://gapyear.jp/archives/495


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【再掲告知】安田菜津紀 11月6日「国境なき子どもたち友情のレポーター報告会」にて司会


この度、安田菜津紀が11月6日に行われる「国境なき子どもたち 友情のレポーター報告会」にて司会をさせていただきます。
カンボジア、フィリピン、ヨルダン、そして岩手を、子どもたちの目線で伝える報告会。
ぜひご参加くださいませ!!
http://www.knk.or.jp/ev/11/ev111106.html  


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【再掲告知】佐藤慧・安田菜津紀 11月11日~13日『ASYLUM2011』@沖縄


那覇市・桜坂での音楽イベント『ASYLUM2011』にて、佐藤慧と安田菜津紀がトーク出演させて頂きます!タテタカコさんをはじめ、素晴らしいアーティストさんばかり。
ぜひお越し下さい!
http://t.co/tePGRXmj


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【再掲告知】佐藤慧・安田菜津紀 掲載情報「Sign -写真家たちの311-」トークショー

8月上旬に、コニカミノルタプラザで行われました写真展「Sign -写真家たちの311-」にお越しくださいまして誠にありがとうございます。
8月7日(日)に行われました「6名の写真家によるトークショー」の様子が記事となって掲載されました。ぜひご覧くださいませ!

http://www.konicaminolta.jp/plaza/schedule/2011august/sign/talkshow.html



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05【後記】『内側への越境』


 柳生新陰流に興味を持ったのは、東大名誉教授・清水博博士のお話を伺ったときからでした。清水博士は、非常に先進的な場の研究をされていて、柳生新陰流は相対性理論を先取りしていた、というとても興味深い視点で研究をされていました。以来、ずっと入門しようと機会を伺っていたのですが、なかなか敵わず、笠原君に託したのですが、結果的に僕よりもピッタリハマっている感があり、最近ではなかなか精悍になってきました。文化を知るにはやはり内側に入ってこそです。

 巻頭でも書きましたが、「いつもと違うことをしてみる」ことによって、色々な相乗効果が期待できると思います。疲れたら休む、あるいは癒やしを求める、という方向に行きがちですが、少々大変そうなことでもやってみると気分転換になったり、普段の仕事に活かせるアイデアを得たり、何より新しい出会いにも繋がります。是非、チャレンジの秋を楽しみましょう。また次号でお目にかかります。

(矢萩邦彦)


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編集  矢萩邦彦 笠原正嗣(ML) 佐藤慧(EXTRA)
執筆  矢萩邦彦 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード
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