飯・風呂・映画 -12ページ目

走ることについて語るときに僕の語ること

映画批評のブログですが、本について書きたいと思います。
これからも、映画:本=8:2くらいの割合で書きたいです。

まず最初に紹介(って書くと偉そうだな)したいのは、
村上春樹著、『走ることについて語るときに僕の語ること』です。



僕は日本に何十万人といるであろう村上春樹作品のファンの内の1人なのですが、彼の小説作品と同じ位にエッセイが好きです。
ドライだけどユーモアがあり、何よりも常に理路整然としている村上氏が語る人生観は、読んでいて文面から湧き出てすっと体に入るような心地良さがあります。

村上氏は、この本を通して、「走ること」を自分の人生に対するメタファーと考えています。

痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(こちら次第)

だそうです。なるほど。

つまり、どんなに追い詰められていても、それを「苦しみ」ととるか「成長」ととるか、その選択は常に自分にある、という事だと思います。

一見単純なこの言葉ですが、自分に異常に甘い自分としては、きつい状況で思い出したい言葉です。

この世で起こる全ての事の、「結果」は10%位のもの、残りの90%はそれをどう受け止めるか。

この間ある方に聞いた有難いお言葉ですが、どこか村上氏の考えと通じるものがあると思います。

そして、村上氏が「走ること」について言及した時の言葉

「走っているとき頭に浮かぶ考えは、空の雲に似ている。いろんなかたちの、いろんな
大きさの雲。それらはやってきて、過ぎ去っていく。でも雲はあくまでも雲のままだ。
雲はただの過客(ゲスト)に過ぎない。それは通り過ぎて消えていくものだ。
そして空だけが残る。空とは、存在すると同時に存在しないものだ。
実体であると同時に実体ではないものだ。僕らはその漠然とした容物の存在する
様子を、ただあるがままに受け入れ、呑み込んでいくしかない。」


分かる!何でそんなに上手に感覚を言葉で表現できるんだハルキムラカミ!
僕は週3でチンタラ走るレベルのウ○コランナーですが、村上春樹氏と同じ感覚だったのは何か得した気分。
(まぁ、皆同じ事思っているんだろうけど)

走ること、生きる事、そしてそれらについて考える事が、村上春樹にしか書けない美しい文で綴られています。
読んだらきっとあなたも、ジョギングしたくなるはず?



「走る」繫がりでもう一冊。
遠藤雅彦著『東京マラソン』。

著者の遠藤氏は、都庁(だっけ?)に勤めるお役人で
東京マラソン実現の指揮を執った人です。

内容は、
「東京でこんな大規模なマラソン大会の開催を
実現させた、俺たちって凄いぃぃ!!!」
という一点に終止しているのですが、
まぁテレビでは流れないエピソードもあって
飽きずに読めました。

3年以内に挑戦したいぜ東京マラソン!