週末からずっと風邪を悪化させて寝込んでいました。

今も半分布団の住人と化しています。

インドでの最終日にちょっとセキが出ているな・・・と思いながらも

放っておいたのが良くなかったようです・・・

反省・・・(ノДT)


しかし・・・自分で使ったとはいえ・・・

絵文字に違和感があります。

メールにはたまに使うんですが・・・不思議ですね(笑)


ちなみにギャル文字読めません。

ですから、せっかく訪れたブログでもギャル文字だと読めないんです・・・

どこかにギャル文字の辞書売ってないでしょうか・・・?

(その3の2の続き・・・)


ここでちょっと変な話。

昼食時のレストラン1階に男女1つずつしかトイレが無かったので並んで待っていました。

すると、お店のおじさんが

『2階にもトイレあるよ。案内してあげるよ。』と言うので、

『はい。お願いします』と答えると、

『じゃぁ行こうか。』と言いながら、私の肩に腕をまわしてくるおじさん・・・

さすがに驚いてしまって

『この腕は何?』と叫ぶと

『大丈夫、大丈夫。僕たち友達だから!』

・・・・・・・大丈夫じゃありません。

・・・勝手に友達にならないでください。お願いですから・・・。

でも、案内してもらったことに変わりはないので御礼は言いました。

用を済ませて、テーブルに戻ろうとすると、先ほどのおじさんに呼び止められて、握手を求められました。

その前に何か言っていたような気がするけど、このあとにとられた行動のせいで記憶が吹っ飛びました。

まぁ、握手断る理由も特に無かったので、『さっきはありがとう。』といって軽く握手したんです。

再び歩き出したら、

ぐいっ・・・・・・

うぉっ、おじさんは握手した手をなかなか離してくれませんでした。

インド人って・・・です。



食事が終わったら午後の観光。

この頃には陽も高くなってだいぶ暖かくなっていました。



午後の最初はインド門

第1次世界大戦での戦死者を弔うために1929年に建てられました。

よく見ると9万人もの戦没者の名がその門には刻まれています。

実際はもっと多くの人が犠牲になったのでしょう・・・。

24時間軍の兵士が警護に立ち、慰霊の炎は絶やされることはありません。

門のアーチの向こうには陸・海・空軍の軍旗が見て取れました。

兵士の肩にかかっているのは、オモチャではなく、この門に刻まれた人たちの命を奪ったことであろうものと同じ、人を殺すための武器である銃・・・。

インド門から大統領官邸に向けてラージパト通りがまっすぐに延びています。

1/23のインド独立記念日に行われるパレードのために、通りの脇に観客席の設置が行われていました。
しかし、当日の大統領の身の安全を確保するために不審者が近づかぬように軍が警備していました。

大統領官邸はそのこともあって車窓からの見学となりました。


2日目最後の観光地はラクシュミー・ナラヤン寺院

大理石と赤い砂岩を使ったメリッサ様式の華やかなヒンドゥー寺院です。

寺院の名前であるラクシュミーとナラヤンはそれぞれヴィシュヌ神の化身であるナラヤンとその妃ラクシュミーのことです。

ヴィシュヌ神とは、宇宙の維持を担っている神様のことで己の任務のためにさまざまな姿に変身したとされています。

ナラヤンはそのひとつというわけです。

仏教の象徴とも言うべきブッダも、実はこのヴィシュヌ神の化身のひとつである。というのがヒンドゥーの教えです。


2日目の観光が終了し、早めの夕食です。

中華でした・・・・・・・・・・実は私、中華料理だけはどうしても苦手なので・・・・・・・・コメントできません。


この後は寝台列車で移動です。  その4に続く・・・・。


2日目の続き。

次に訪れたのも世界遺産のフマユーン廟

ここはお墓です。

亡き王様フマユーンのために妃ハージ・ペーガムが1565~1566に着工させ、9年後に完成されました。

この建物は、左右対称という美しさを持ちます。

初期ムガル朝建築の典型的な例です。

後の多くの廟や宮殿のモデルとなりました。

名高いタージ・マハルもこの建物に大きな影響を受けたといわれています。

フマユーン廟はイスラム教のお墓であるために、

ヒンドゥー教徒である現地のガイドさんが中に入れずにあまり詳しい説明を受けることができませんでした。

廟の中は暗くひんやりとしています。

意外に大きい透かし彫りの窓からの外光がなんともいえない空間を作り出していました。

実際に我々の眼にする棺のようなものは本物ではなくて、本当の棺は地下深くに安置されています。


午前中最後の観光はラージ・ガート

場所はガンジス河の支流であるヤムナー川のそばです。

1948年1月30日、ヒンドゥー教至上主義者に暗殺された民族運動の指導者であり、インドの父と呼ばれた

マハトマ・ガンジーが火葬された後に遺灰を流された場所です。

現在、黒い大理石でできたガンジーの慰霊碑には、たくさんの花が供えられています。

参拝するには靴を脱がなくてはいけません。

開放的な空間に、祈りと静かで優しい空気と彼に捧げられた花と香の匂いがありました。

現在のラージ・ガートは川から少し離れています。

川の流れが変わったから・・・とガイドさんは言っていました。


さて、午前中は終了。お昼です。

前菜は生の小さいオニオン・・・・・・のみ。

横にあるソースはミントのソースだそうでそれをつけて食べるのだそうです・・・。

まだ旅行の頭だし、衛生面を考えて生のものは食べないでおこうと思ったら・・・。

給仕のお兄チャンが、ご親切にも私のお皿で食べ方を教えてくれた上に、

小さくしたオニオンを手渡し・・・・・・・・・・・・・・。

ど・・・どうすれば・・・。

躊躇しっぱなしの私。

元々生のオニオンは体に合わないのに・・・とか考えている間も

お兄チャンはじぃっっと私を見ています。

み・・・見ないで・・・。

仕方なくパクリ。ん・・・玉ねぎだね・・・・。(泣)

普通に玉ねぎの味でした。

やっと料理が来ました。

北インドのターリーというセットメニューです。

数種のカレーとタンドリーチキン、ライス、それからなんか甘いものが盛り付けてありました。

あとバケットに入ってナンも出てきました。

ここでまたさっきのお兄チャン登場。

ナンの食べ方くらい知っているのに、またもやご親切にちぎって手渡し・・・。

そしてじっ・・・・・・。

見てる・・・すっごく見てる・・・。

うぅ・・・食べづらいなぁ・・・放っておいてください。(号泣)

食べました。

居心地の悪さはあったものの、おいしく完食させてもらいました。

ごちそうさまでした。

そうそう・・・完食したら、なぜかやたらとほめられました。ナゼ・・・?



長くなったので続きます。→その3の3へ