Masahiro Yamazakiのブログ -135ページ目

脱線

中3の社会の授業で、ある生徒から第一次世界大戦とはどのようなものだったかという質問を受けました。


初めはごく教科書的な回答をしたのですが、生徒たちが非常に真剣なリアクションをしていたので、ヒトラー台頭の原因、第二次世界大戦の勃発、ユダヤ人とアウシュビッツ、日本の時代遅れの帝国主義、冷戦、キューバ危機、日米安保条約、自衛隊とアジア諸国、パレスチナ問題、テロとYOU TUBEの関係、日中韓の教科書問題、国連の役割、人類の進むべき未来等々、脱線に脱線を繰り返し、そのまま50分の授業を終えてしまいました。


本当は平安~鎌倉時代をやるつもりだったのですが。。


一度は授業をもとの路線に戻そうとしたのですが、ここで予定の授業をするよりは、生徒たちの知的好奇心を刺激し学校の教科書にはない事実を伝えた方が有益だと感じ、そのまま脱線し続けました。


教師という一段高い立場から発言しているというよりは、生徒たちと認識を共有したという感覚の方が強かったです。国語の文法をなどをやっている時はつまらなそうにしている生徒たちが、こんなにも真剣な表情で話を聞いてくれる様子を見ると、当初の授業予定に戻るべきではないと感じました。こういう瞬間が、教師として一番楽しいと思ったりもします。


昨年は国語の授業でとにかく作文を重視しました。社会問題・マスメディアの戦略・自己分析・宗教等々、あらゆるテーマで作文を書いてもらい、一人ひとりの意見にかなりの時間をかけてメッセージを書き続けました。その結果、文章能力が向上しただけではなく、生徒たちの社会全般に対する洞察力が向上したように思います。


話を進める度に真剣な質問が繰り出され、それに慎重に答える。自分の知識はまったく完璧ではありませんが、生徒たちはそれに対して真剣に考えてくれる。その繰り返しが、今回の50分の脱線授業になったのだと思います。


有益な授業をするためには、自分の視野を広げ、日々の勉強を大切にしなければならないということを改めて痛感しました。教えるためには学ばなければならない。そんな原点に立ち返る授業でした。















福翁自伝

一万円札でおなじみの福沢諭吉の自伝です。

自分にとっては、何か小難しい感じがして、近寄りがたいという印象を持っていました。しかし、その自伝には飾り気や威圧感がなく、正直に自分の過去(悪事も多いのですが)や信念を書き綴っています。


子供の頃からお酒が好きで、飲み屋では小皿などをよく盗み、藩のお金を使い込んだりと、決して聖人ではない反面、オランダ語・英語の書物をとにかく読み、日本の技術的・精神的な近代化に非常に貢献した人です。


諭吉のすごみは、あらゆる勢力や権力から独立し、自分のことは自分でやるという気概があったことです。自分も諭吉のこの考えが好きで、自分の塾の教室にも「独立自尊」という書を掲げています。

明治政府から高官としてのポストを用意されていたにもかかわらず、それを鼻であしらい、権力の上にあぐらをかいている人たちを、日和見主義者として見下していました。


諭吉の言葉で一番心に残ったのは、「始終我が身の行く先ばかり考えているようでは、修業は出来なかろうと思う」というものです。諭吉は青年期、医者であった緒方洪庵の塾でオランダ本の翻訳に没頭しますが、当時は、勉強の目的も将来のことも全く考えておらず、貧乏な暮らしをしていたといいます。諭吉は慶応義塾を創設しましたが、もし生徒がいなくなっても、どこかでマッサージ師でも何でもすれば生計は立つとして、経済的な浮沈にはまったく心を動かされていなかったようです。


ひるがえって現在に目を移すと、「始終我が身の行く先ばかり考る」社会になっていると思います。就職率低下、失業率上昇、企業の人員削減など、ニュースの取り上げ方が、どれも我が身の行く先ばかりを心配する集団のヒステリーに思えます。


自分自身も、学生時代に就職活動をしている時は、いつも大きなプレッシャーを感じていました。今になって考えると、「人よりもみじめな暮らしをしたくない」という虚栄心がつくりだした脅迫観念だったと思います。


自分達の年収ばかり気にしているような社会が、世界に寄与する人間を生み出すことは難しいと思います。

「絶対にお金持ちになりたい」という思想は批判されがちですが、自分としてはそれほど悪い考えではないと思っています。むしろ、「貧乏になりたくない」とか、「人よりも悪い生活をしたくない」という考えの方が、進歩も発展も希望もない思想だと思います。大切なことは、そこにワクワクできるものがあるかないかだと思うのです。


夢や希望だけではメシは食えないとか、現実は甘くないなどと諦めるより、自分がやりたいことにあえて挑戦する生き方の方が、プラスになることの方が多いと思います。今では多くの社員を抱える大企業だって、元々の出発点はそこだった気がします。


福沢諭吉は100年以上前の人ですが、その考えは、今でも十分社会に貢献し続けていると思います。


福沢諭吉を国の代表的人物として最高通貨に使用している日本という国は、決して見捨てたものではないと思いました。








自転車旅行計画

3/27~4/2の7日間で、さいたま市~鹿児島市まで自転車で行くことにしました。


距離は約1400kmなので、1日200km進む計算です。いくつか自転車旅行の体験記を見ましたが、大体1日100km前後が平均でしたので、ほぼ経験がない自分が1日200kmもこげるか心配です・・・


4年前に買ったロードレーサーは5・6回ほど乗ったきりで、ここ3年くらいは全く乗っていません。。

なので、今日からの20日間、なんとか自転車に慣れて、体力をつけていこうと思います。


4/2 18:00鹿児島発のフェリーで沖縄に向かいますので、それに間に合わなかったらアウト(電車を使って鹿児島港に行く)です。1日200kmこげる体力をつけるため、がんばって準備していこうと思います。





サッカーと塾

今日からJリーグが開幕しました。開幕戦の試合(鹿島vs浦和)を見ていたら、意外と塾の授業との共通点が多いことに気がつきました。(結果は、2-0で鹿島が勝ちました)


一つ目は、「流れ」というものがあることです。


解説者はよく、「流れが悪い」とか「厳しい時間帯」といった表現を使います。

チーム競技経験者であればよく分かると思いますが、確かに流れというものを感じる時があります。たとえチームが勝っていても、何となく押されているような気がして、チーム全体が負の雰囲気に覆われるのです。

すると実際のプレーにも影響を与え始め、さらに押されてしまうといった悪い流れになります。優れたキャプテンや監督は、悪い流れを断ち切るのが上手です。


授業をしていても、流れを感じる時があります。全体的に疲れていたり、落ち着きがなかったりする時です。

そんな全体のムードを敏感に感じ取って、対処していくことが、教師の大切な役割だと思います。


二つ目は、試合後はどんな選手もヘトヘトになるということです。


決められた時間の中で、チームのために最大限のパフォーマンスをしようとすれば、体力のあるなしに関わらず、試合後は必ずヘトヘトになります。試合後に余力を残していても、チームにとって何のプラスにもなりません。


教師も、授業の後はどうしようもなく疲れていなくてはいけないと思います。授業も試合と同じで、決められた時間の中で最大限のパフォーマンスをしなくてはいけません。体力は使わなくても、脳をフル回転させていれば必ず疲れます。授業後は放心状態になり、次の日の準備なんてとてもできません。


教師にとっての集中とは、生徒たちの集中の高低や、クラスの雰囲気を敏感につかみ取り、適切な対応をしていくことだと思います。場合によっては、準備していたこと以外の授業をした方がいい事もあります。それらをうまく感じら取れるかどうかは、授業にしっかりと集中できているかどうかで決まると思います。


三つ目は、試合をして初めて分かることがあるということです。


選手たちは試合を想定した十分な準備をして臨みますが、試合をして初めて分かる課題はたくさんあります。

優秀な選手ほど、たくさん課題を見つけます。今日のサッカーの試合でも、勝利チームのキャプテン(小笠原選手)がヒーローインタビューで、反省点をいくつも挙げていました。


塾でも、授業をして初めてわかることがたくさんあります。「あの質問に対しては、こう教えた方が分かりやすかった」とか、「これを教える前にあれを教えていた方がよかった」などといったように、必ず課題が出てきます。

課題が明確化されていなければ、授業の質が向上することは決してないと思います。


自分もかつてサッカーをしていましたが(ダメ選手でしたが・・・)、プロ選手の姿勢から教わることは非常に多いと思います。トップアスリートの競技への取り組みは、私たちの日常に思わぬ示唆を与えてくれますが、そんなところにもスポーツ観戦の面白さがあるのだと思います。

読書感想文を書いていきます!

自分が日々読んでいる本について、読書感想文を書いていこうと思います。


感想文を書くことで、本で述べられている重要なエッセンスの内面化につながると思いますし、自分が感動した部分について、みなさんと共有できればいいなと思っています。(現時点でブログへのアクセス数が限りなくゼロに近いので、「みなさん」も何もあったものではありませんが・・・)


また、テレビで見た番組についても、感想文を書いていく予定です。


「日本一の学習塾」を目指す自分にとって、「昨日の授業よりも、今日の授業を良くする」という作業に終わりはありません。知識のインプット(読書など)はそのためにありますが、インプット効率最大化のためには、「読書感想文を書く」という原点に帰ることが大切だと感じています。


読書の最大の価値は、知識の積み上げではなく、自分の状況に合ったブレークスルーを引き起こしてくれることだと思っています。価値ある化学反応の機会を少しでも増やすために、知人や友人のお薦め本も積極的に読んでいこうと思います。