大槌町の人口減少が続いてます。。。
住民の方が声を出せない現状があるとも聞いてます。
当会も色々な噂や住民のやるせない気持ちをどのようにプログで伝えたらいいのか・・・
いつも悩んでいます。
被災地で住民の方々と活動をされている『いつかは仙人さん』のプログを転載しました。
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本当に、早かったのか?遅かったのか?
僕自身には、あっという間の日々でした。
沿岸部は、あの日から一番難しい時期に突入した気がします。
ここ最近、行われていた復興計画の地域別住民説明会、そして、寝る間も惜しんで頑張った事業主のみなさんが、望みをかけて申請したグループ申請助成金。
しかし、説明会では、何一つ明確な事や開始時期が決まっていない事がはっきりして.....
望みの助成は、水産/建築に関わる事業主以外は、すべて落ちてしまい.....
焦りと苛立は、頂点に達しています。
事業主のみなさんは、
なぜ?
何がいけなかったのか?
どうすればいいのか?
どうして助成を受けられなかったのか教えてほしいと聞けば、
「私達が審査した訳ではないので、お答え出来ません」
と、何もわからず....
この数ヶ月、みなさん申請書類制作に、必死になっていましたが、
「浸水域での再開で計画した場合は落ちる可能性が高い」
と言う噂は流れていました。
でも、浸水域の自分の土地以外に申請する場所はないんです。
みんな、自分で申請書類を書いている時に心が痛んだそうです。
なぜなら、まったく見通しのつかない自分の土地を、すぐにでも再開出来る様に書かなくて行けなかったから....
町の人間が事業再開の為に、本当に少しの力でも借りたいと切に思う中、これまでも、今現在も、助成は漁業/建築しかない...
後、何ヶ月もつのか?と10円20円を切り詰めている生活....
そんな中、NPOや支援団体には、行政や財団や企業から無数の助成があり...
給料をもらいながら活動している、いつかは町を離れるであろう町外の方々が、目の前にたくさんいる....
ボランティア団体のスタッフが仮設商店街で飲んでいる姿...
ボランティアのみなさんがピースして記念写真を撮っている姿...
「本当に、震災直後の大変な時期から支援していただいたから、本当に感謝しています。
しかし、目の前で起こっている光景に胸が締め付けられるんですよね」
と言う話も、ここ最近多く聞きます。
どんな思いで、日々過ごしているか想像出来ますか?
自分の土地さえいつから買い上げが始まるのか?
不動産価値はあるのか?
銀行は、土地を担保にお金を融資してくれと言っても、浸水域の土地では一切貸してもらえない...
また、浸水を免れた海からはなれた土地は、震災前には坪1万円だった場所が、今現在15万円にまで跳ね上がり....
一体、何が起こっているんだ?
俺たちにどうしろって言うんだ?
仮設住宅から出られる見通しも全く見えず....
災害公営住宅が出来ても、その入る順番もわからない....
また、その公営住宅が建つ予定地の地主さんには、何の説明もなく復興計画の図面には公営住宅が描かれている状態......
浸水域の土地は、10月から買い上げるとは発表はしていますが、すべてのDATEを津波で失った大槌役場(一部残っているかも知れませんが)...
今日までに土地計量をしている業者や作業員の姿を見た事がない現実.....
国会を見れば、原発と消費税。
東北復興の話など、どこに行ってしまったのか?
僕たちはこの一ヶ月で、アンケート配布のため大槌町全域の自治会、地域をまわりました。
いくつかのボランティア団体に配布の支援をお願いしましたが、人がいない、また、町から認可をもらっていないものはお手伝い出来ないと、断られてしまい.....
事実上、僕と仲間の2人、そして、各地域の若い子達に手伝ってもらい自分たちの手で、すべての地域をまわり、自治会や班長さんにお会いして協力をしていただき配布しました。
みなさんとお話しして一番感じる事は、不安と焦りと絶望感....
「このままでは、町から人がいなくなる!」
この言葉を、本当にみなさんがおっしゃいます。
「お前達の団体は何をしたいんだ?
支援金や助成金をいっぱいもらっていいな!」
と、何度言われた事か.....
その度に、
「金銭的な支援を数名の方からは頂きましたが、僕たちの団体は、昨年6月より、この地域のみんなが集まり活動運営しています。
また、昨年の実績から、大槌町産業再生モデル事業として認可をいただき、町の委託事業として、若い子達に対して緊急雇用制度を適応していただいたことによって数名は給料を援助していただいていますが、僕自身は、助成は一切ありませんし保証も何もないんです。
ガレキのキーホルダーを制作している内職の方の賃金、このアンケートの資金は、ガレキのキーホルダーを買っていただいている世界中の皆様のご支援の売り上げで算出してるんです。
アンケート制作も赤浜の三共印刷さんにご協力していただき実現しました。
何もない所からはじめたんです。
1年間、みんな頑張ってきた結果で、目安箱/アンケートを作り、20歳から70歳までの20名以上方々が、生活出来るところまで来れたんです。
本当に、町のみんなで立ち上がった団体なんです。
いつまでも、支援が頂けるなんて思っていません。
現実問題、来年活動継続出来るかも全くわかりません。
僕たちの団体の一番の活動目的は、今出来る産業を一つでも生み出し、一人でも多くの雇用を生みだす事なんです!」
と、説明した後に、
「お願いします、アンケートに参加してください! この事が、例えどういう結果になろうとも、声を出すという行動を起こしたによって絶対に何かを生みますから!
随時、アンケートを集計して、結果をみなさんにお渡しします。
浸水域と非浸水域のみなさんの意識の共有も生まれます。
また、今後の町つくりや、様々な問題も見えてくると思われるんです。」
と、お願いして歩いています。
「そうなのか! ありがとうな!
よし、みんなに言ってやる!
やれるだけやってみような!」
と、ほとんどの方がおっしゃってくださり、このアンケートで光を見つけ出そうと、何かを変えようと少しずつですが、気持ちが生まれてきています。
「あの日から、何も変わっていない、何一つ決まっていない、
どう希望を持てば良いんだ!」
という方を、一人でも減らすために、小さな事でも歩いて行きます。
行政と喧嘩をするつもりは、ありません。
しかし、原発再稼働や復興計画の問題、、、、
おかしなものはおかしいんです。
いろんな問題が生まれています。
僕たちがどうこう出来る次元じゃない事も....
大槌町は、震災以前15000人以上だった住民は、アンケートを配りながらすべての町内会と地域を回り感じた現在の住民数は、9000人を切ったと思われます。
年内に多くの方が町を出る事もわかってきました。
それは、若い世代ほど.....
65歳以上の高齢者の人口は50%を超えています。
復興したと言えるまでの年月は20年はかかると思われます。
その時の大槌町の人口は?
3000名という現実が見えてきています。
10年近い工期で数百億円をかけて50年しか持たない、今回の津波は絶対に防げない事がわかっている防潮堤を作り、土盛りして浸水域に町を戻す復興計画で、あの日の映像を見た町外の方がこの町に引っ越してくると思いますか?
人口が増加する希望がありますか?
企業がこの町に来ると思いますか?
僕自身、想像しただけで絶望感を抱きます。
何もしないわけにはいかないんです!
一歩でも前に!
一つでも良いから希望を持てる事を些細な事でも作りたいんです!
やり続けます。
今日は震災から1年と4ヶ月です。




を作って遊びます。




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