風邪をひいて、それが気管支炎に。
そんなことは、治る病気なんてものは、
たいしたことでもないのですが、
こうした些細な病気を負うと
必ずといって嫌な出来事に遭う。
一体、どういう巡り合わせだろう。
ただでさえ、平和の少ない日頃というものが、
余計に暗くなり、びくびくと怯えて、
とにもかくにも下らないことになる。
知ったことではない。そんなことは。
他人様においても、自身においても。
さて映画『ブルーバレンタイン』でございます。
ワタクシが読者をさせて頂いている方に
薦めてもらいまして、
これを観たという次第であります。
実は(何が、実は、だ!)
観てから随分になります。
そこでもう一度観ました。
更にもう一回、観た。
男と女が出会って、別れた、そういう筋書の映画で
ございます。
世間ではこれをラブストーリー、ロマンス映画といった
扱いなのでしょうが、違う。
観ていて苦しいばかりだった。
男と女が出会って、別れた、こうして書くのも美化に
なってしまうほど、こちらの映画は人間的、世間的というのか、
つまりは
「色恋だけじゃあ済まねえんだ、やっていけねんだよ!」
という現実の、現実というしみったれた荒野の、
お花畑のない、お花畑が焼き払われた……
何にせよ、甲斐性のない男は、こちらの映画を観てはいけない。
だから自分も観てはいけなかった。
けれども三度、自分は観てしまったので、
ますます、いじけた神経が悪くなった。そして泣いた。
一体、どういう矛盾だろう。まあ、どうでもいい、そんなこと。
昔のこと、かつての友人がこんなことを言った。
「畢竟、男女は惰性になる。惰性になると不服が出る。
これをどうにかするには何が必要だと思う?」
自分が黙っていると、
「金だ。ゆったりした生活費ね」と彼は言った。
「そうだろうか」と未熟だった自分が、ぼんやり返すと
「他にない」と彼は答えた。加えて
「だから俺は、誠実なんてやってられねえ。クソ喰らえだ」
などと言った。
事実、彼は一、二週間置きに恋人を変えた。本当の話だ。
こんな話は余計でございます。ただ思い出されまして。
自分がこちらの映画を観て泣いたのは、
愛情だけの愛情が、どうしても叶わないことを、
そんな既に承知している寂しい事実を、
改めて見せられたからなのか。
これまで
映画について気楽に話をしてきた自分ではありますが、
これは別でした。つまり証明したというわけだ。
とっても優秀な映画であるということを。
かつての友人はこんなことも言った。
「二人があれば、それでいい。これが通用する
世界なら、きっと美しいだろうよ。だけど、
けっして、そうはならねえんだ」
こんなことも言った。
「すべてを失くしたところに、女は別離を持ってくる。
とどめをさしてくれるわけだ。男からすれば、
そりゃあ無慈悲に思うだろうが、女は思わない。
どっちが、男と女のどっちが正しいと思う?」
「知らん」と自分は返した。そう返したと思う。
すると彼は言った。
「女の方が正しいんだよ。だって全部を失くしたような
野郎とくっついている馬鹿がいるか、え?
しかし男には解らない。無慈悲だと思うばかりで
解らない。どうして解らないと思う?」
こちらが黙っていると彼は言った。
「男はみんな狂ってんだよ。だから解らねえんだ」
これも余計な話であります。ただ何とはなしに
思い出されたものですから。

