昔、こちらのブログでちらり
書かせて頂いた映画になりますが、
きちんともう一回、書いてみようかと、はい。
というのも
先日、ツタヤに寄りましてね、
相変わらず借りるものに迷い、
新作棚で馬鹿みたいに突っ立っていたところ、
『ポンヌフの恋人』と『汚れた血』が目についた。
『ボーイミーツガール』もあったかしら。
これまでツタヤで見当たらなかったカラックスさんの三部作だ。
「もしや廃盤にしやがったのか、
なんてことをするんだ、え?」などと心配していたところ
借りられる買えるという事情になったようで
安心致しましてね。
まあ、そういうわけでございまして。
借りなかったのですがね。
ドラマの『チャック』を借りてしまったのですがね。
こんなことはどうでもいいのです。
さあ
『ポンヌフの恋人』でございます。
初めて観たのは中学の頃でした。
当時、フランス映画に夢中だった自分は、
自然として、こちらの映画にありついた、
そんな次第でございます。
15分で観るのをやめた。
フランス映画には美しい人、光、景色、響きのいい言葉、
そんな下らない思い込みがこちらにあったものですから、
「これは違います! ええ違いますとも!」
なんて言ったりはしませんが、とにもかくにも
観ずに返したのであります。
おそらくは7年後くらいかしら、
もう一度、観てみたのですが、
ただただ強烈な印象でございまして
数日、滅入ってしまった。
究極の愛、これを謳った映画などはいくらでもあります。
大概は甘ったれた恋愛劇、陶酔じみた暗いだけの代物、
もしくは下らない官能作品ばかりです。
これは本物でございます。愛情の極点へ向かおうとする物語
なんていうと大袈裟だ。気取ってやがる。だけど、きっと本当だ。
『ポンヌフの恋人』がそうなんだ、などと当時のたまっていた、
青年時代の恥ずかしい自分であります。
所有のない喪失の果てに在る人間同士が、
過去と将来のない男と女が、
現在において、ただそこだけにおいて愛情を分かち合う、
そんな筋書ですが、言葉にすると何でもないようですが、
絶望的なお話でございます。世間の外のお話でございます。
色恋において
相手を見る、そこに条件を見てしまう現代人にとっては、
(先ずは手前の保全が一等という色恋観念というのか、
「死ぬ気で恋愛しませんか」なんて考えなど
滅び去った二十一世紀ですから、
現実最優先、携帯電話、都合恋愛、非ロマンの時代……何のことだ?)
おとぎ話であり、芸術作品の種類やもしれないが、
自分の把握は別だ。
孤絶の人間同士が相手を想う、それがどれだけ甚だしい様子になるのか。
終盤、自分は泣きました。
苦しくなって泣いた。孤独の宿命を思って泣いた。(キザだね、へ!)
こちらの映画を真実として解するには、
ひどく辛い出来事に遭ったことがある、
または宜しくない事情に置かれている、
そんな人はきっと解る。
こちらの物語がとんでもない代物だということを。
それで滅入るわけだ。
