急に余計事で忙しくなり、またしてもブログが疎遠に
なってしまいました。
今日こそは書いてやるぞ、そんな下らない決心をして
こうして書いているという次第でございます。
映画『キリング・ゾーイ』
こんなマイナー映画の記事なんぞを書いても、
誰も読んではくれぬ。
それでも押し通るのは、やはり下らない意地でしょうか。
そんなことはどうでも構いませんね、ええ。
さて
ワタクシの自分事になりますが、
何故かしら、インディーズ音楽やら映画やらと関わりを持ってしまい、
生意気にも自主制作映画の選定をしていたこともあります。
一体、何本観たことか。
こちらの印象において、現在の自主制作の事情というのは、
ドキュメンタリー作品が強い。(飽くまで、ワタクシの印象ですが)
そうですね。たくさんドキュメンタリーを観ました。
そして完全架空物語作品となると、岩井俊二さんに憧れたような、
まあ、そんな映画が多かったような気が致します。
女の子の心持ちが、どうした、こうした、そういう映画をたくさん観ました。
それが仕事なんですから気楽の他ありあませんでしたが。
出来が悪いわけではありませんが、こちらの好みでもありません。
というのも、自主でやるなら、商業作品でやれないことをやってくれ、
(そうなるとドキュメンタリーになってしまうのかな)
筋書においても、思想においても、台詞ひとつにおいても、
「これを創った奴は、どうかしているんじゃないの!」
そんな映画を観たい、およそ手前勝手な要求です。
でもでも、
そんな平均のそれから飛び抜けた作り手さんにも出会えました。
二人。たった二人だ。
危ない映画を創っていらっしゃった。おかしい映画を創っていらっしゃった。
これについては、いつか書けたらと思っています。
さてさて
映画『キリング・ゾーイ』
商業映画に違いありませんが、危ないです。破滅的です。
筋書としては
(本気で探し出して観てみようという方は読まずに済ませて下さいませ)
銀行強盗のお話でございます。
アメリカ人の金庫破りの手練れが、昔の友人(フランス人)に誘われ、
パリでの銀行強盗に臨みます。
これだけを見ると、如何にも凡庸な物語です。
ところがですね。
この銀行強盗の首謀者、仲間達には計画がありません。
「あれこれ考えても仕方ねえだろうが、へへ!」
そんな調子で、強盗の前日にパーティーです。
あらゆる薬物に耽り、
「本当のパリを教えてやるぞ」と言って、街に繰り出し、
地下のバーだか何だかで、また、お薬パーティー、
失神するまでパーティーでございます。
パーティーの場面が、映画の半分近く(大袈裟かな)まで及ぶ、
やはりどうかしています。
加えて首謀者さんですが、エイズ、極左、体の相手は
男も女も選ばない、そういう設定です。凄いです。
朝、
金庫破りさんが嘔吐物の中で目を覚ますと、
仲間達は「やってやろーぜ!」というお祭り騒ぎ、
そのまま銀行へ向かいます。もはや、でたらめの調子です。
好きなだけマシンガンを撃ち散らし、
あっという間に警察に包囲されますが、首謀者は動じません。
やりたい放題です。思いつくままやるだけです。
どうかしています。
結末としては、アメリカの金庫破りさんは無事に脱出、
仲間達は全員射殺され、首謀者も一斉射撃を受けて、
とんでもないことになっちまいます。
とにかくキャスティングが面白い。
金庫破りはエリックストルツさん。
映画『恋しくて』では、あんなに爽やかだったのに…
(この映画で泣いたのは、ずっと内緒でした)
『パルプフィクション』や『キリング・ゾーイ』で
すっかり変身していらっしゃる。
そして、銀行強盗の首謀者なのですが、
ジャン・ユーグ・アングラードさんが演じております。
映画『ベティ・ブルー』の彼です。
あんなに素敵だったのに…
『キリング・ゾーイ』では汚らしい長髪、
(腰のない髪質が却って危ない感じです)、
伸ばし放題の髭、目は相変わらずキラキラしていますが、
『ベティ・ブルー』の彼ではありません。別人です。
怪演程度では済まないくらい、やってくれています。
要するに、とにかく行き当たりばったりの凶暴な映画です。
犯罪映画の中でも殊に印象に残っている映画でございます。
きっと現在においては、「反社会的すぎる」なんて理屈で
物言いが入ってしまうのだろうな。
そんなのはつまらねえな。
さてさてさて
こちらの映画ですが、娯楽作品として堂々とお薦め叶うのですが、
廃盤でございます。中古ビデオなら買えます!
ワタクシもビデオカセットで所有しております。
再生できる機材はないのですから、持っていても仕方ないのですがね。

