五月の半ば辺りだったか、
手術をしました。
簡単なものです。
なんとか粉瘤とかいうのが尻に出来まして、
医者に切ってもらったという次第です。
麻酔しても痛かった。
何故かしら痛んだ。
こうして尻に穴が開きまして、
(かなりデカい穴です)
座っているのが辛くなってしまいました。
知らず傷を庇って座っているのでしょう。
そのため無用に力み、姿勢もおかしく、
座っているだけで疲れてしまう。
ふくらはぎが鍛えられていいかもしれません。
そういうわけでブログから離れておりました。
留守中、コメントやペタ、いいねを付けて頂いた皆様、
まとめてお礼というのも薄情ですが、
本当にありがとうございます。
それはともかくとして
去年の五月は歯が折れた。
今年は尻に穴でございます。(通院と待ち時間は最悪だ)
悪い事情ばかり続きますが、
そろそろ大逆転のラッキー起これよな、本当によお、
と俯いて思ったり祈ったり、
そんな様子でございます。
『わたしはロランス』を観ました。
この数年の間に観た映画の中では
一等の映画でした。
載せる画がないので
前回に続いて愛用のお時計を。

こんな画は要らんですよね? ええ、そうですとも。
さて
自分は映画の見方が宜しくありません。
映画の途中でも帰ってしまう。
平気で便所へいく。煙草を吸いにいく。
だから映画館には滅多に行きません。
お家映画鑑賞の場合も同様で、
腹が減ると映画の途中でも食事をこしらえたり、
食ったり寝たりします。時には筋トレまでするような様子です。
絶望的な集中力というのかしら。
畢竟は落ち着きのない馬鹿ということです。
『わたしはロランス』を観始めて十五分が経って、
「もう観るのをやめちまおうかな」と思った。
三十分が過ぎた辺りでも、
「もうたくさんだ」と思った。
ところが気が付くと
『わたしはロランス』はエンディングを迎えておりました。
三時間近い映画を集中力の抜けた馬鹿が、
休みなしにしっかり観て済ませた、
嗚咽しながらエンドロールを眺めていたわけだ。
映画の筋書は公式サイトによると
モントリオール在住の小説家で、国語教師のロランスは、
美しく情熱的な女性フレッドと恋をしていた。
30歳の誕生日、ロランスはフレッドにある秘密を打ち明ける。
「僕は女になりたい。この体は間違えて生まれてきてしまったんだ」
それを聞いたフレッドはロランスを激しく非難する。
しかし、ロランスを失うことを恐れたフレッドは、
ロランスの最大の理解者、支持者として、一緒に生きていくことを決意する。
こういう風に書いてある。
ところで
公式サイトのコメントに寄せられた
言葉のどれもこれもが、滑稽で下らない。
どっかから持ってきたような恰好つけた
粋じゃない(ダサいってことだ)文句がずらり並んでいる。
各界の第一人者みたいな方々は
芸術家風の気取った言葉遊びを見せびらかして
気持ちいいのか知らないが、
「要らねえよお、ファックオフだと思うよ」
なんて自分みたいな低俗が思ってはいけませんね。
さてさて
この映画は恋愛映画っていう体ではありますが
「自分探し」というフランス映画では
割と見かけるテーマでございます。
『わたしはロランス』はカナダ映画なんですけど、
ケベック地方はフランス語圏だから
まあ、そういうことです。(どういうことでしょう?)
「自分探し」っていうとカラックス監督さんのことを
真っ先に思い浮かべるのは自分だけではないのでは?
(お前だけだよって言われちまうやもしれませんが)
だからといって、似てる、そんなことはございません。
カラックスさんの映画は
「自分を探した、そして挫けた、だから生きるのに疲れた、
だけど死ねない、よって苦しむ、さあ一緒に破滅しようぜ!」
こうした印象がございます。少なくとも自分の頭においては。
これはこれで絶望への陶酔をやりきっちまった恰好良さが……
なんてことを言っちまう。
『わたしはロランス』は
「本当の自分にならなければ本当の幸せは得られない。
だからどんなに災いや拒絶に遭っても、犠牲に陥っても、
自身を変えられないし、それを承知で愛し合おう」
本人の信じる明かりへ向かうほど難しい事情に見舞われる、
それでも自分だけの自由や愛を諦めない…
思った。
「なんてロマンチックなんだ」そう思った。
だから泣いた。哀しいからだとか感動したからだとか、
そういう普段のメソメソしたものじゃない。
ひどく頭やら背中やら熱くなって
「う、うお、うおお!」こんな風に泣かされたんです。
ロマーヌ・ボーランジュさんの愛らしさに程度のない
『野生の夜に』を観て以来の迫る映画でした。
作り手の表したいものが
こんな風に溢れ返っている映画を久しぶりに観ました。
エンディングも最高だ。最高だ。繰り返して書いてみる。
エンディング曲もぴったり。もう素晴らしいんです。
Craig Armstrongさんの『Lets Go Out Tonight』
映画の途中でも
ザ・キュアーやディペッシュ・モードが流れて
子供の頃に散々聞いた曲ばかりでして、
まあ、それがどうしたっていう話なんですがね。
最初に書かせて頂きましたが
ここ数年で観た映画の中では一等です。
ドラン監督さんの出身というか環境については
一般のそれと比べればフェアだとは思わない。
「てめえの十八番の僻みだろうが」と言われても、
出生届を役所に出される前から運が尽き、
ホラーショーみたいな家庭と家族に取り囲まれ、
金の不義理と残酷闘争が繰り返されるところで
暮らしてきた自分には、やはりフェアだとは思えない。
それでもドラン監督さんは、とんでもねえです。
若いとか年寄りとか関係ありませんです。
凄いんです。
こちらが落ち込むほど。
ひどく長くなってしまいまして、すいませんね。
この数年の間に観た映画の中では
一等の映画でした。
載せる画がないので
前回に続いて愛用のお時計を。

こんな画は要らんですよね? ええ、そうですとも。
さて
自分は映画の見方が宜しくありません。
映画の途中でも帰ってしまう。
平気で便所へいく。煙草を吸いにいく。
だから映画館には滅多に行きません。
お家映画鑑賞の場合も同様で、
腹が減ると映画の途中でも食事をこしらえたり、
食ったり寝たりします。時には筋トレまでするような様子です。
絶望的な集中力というのかしら。
畢竟は落ち着きのない馬鹿ということです。
『わたしはロランス』を観始めて十五分が経って、
「もう観るのをやめちまおうかな」と思った。
三十分が過ぎた辺りでも、
「もうたくさんだ」と思った。
ところが気が付くと
『わたしはロランス』はエンディングを迎えておりました。
三時間近い映画を集中力の抜けた馬鹿が、
休みなしにしっかり観て済ませた、
嗚咽しながらエンドロールを眺めていたわけだ。
映画の筋書は公式サイトによると
モントリオール在住の小説家で、国語教師のロランスは、
美しく情熱的な女性フレッドと恋をしていた。
30歳の誕生日、ロランスはフレッドにある秘密を打ち明ける。
「僕は女になりたい。この体は間違えて生まれてきてしまったんだ」
それを聞いたフレッドはロランスを激しく非難する。
しかし、ロランスを失うことを恐れたフレッドは、
ロランスの最大の理解者、支持者として、一緒に生きていくことを決意する。
こういう風に書いてある。
ところで
公式サイトのコメントに寄せられた
言葉のどれもこれもが、滑稽で下らない。
どっかから持ってきたような恰好つけた
粋じゃない(ダサいってことだ)文句がずらり並んでいる。
各界の第一人者みたいな方々は
芸術家風の気取った言葉遊びを見せびらかして
気持ちいいのか知らないが、
「要らねえよお、ファックオフだと思うよ」
なんて自分みたいな低俗が思ってはいけませんね。
さてさて
この映画は恋愛映画っていう体ではありますが
「自分探し」というフランス映画では
割と見かけるテーマでございます。
『わたしはロランス』はカナダ映画なんですけど、
ケベック地方はフランス語圏だから
まあ、そういうことです。(どういうことでしょう?)
「自分探し」っていうとカラックス監督さんのことを
真っ先に思い浮かべるのは自分だけではないのでは?
(お前だけだよって言われちまうやもしれませんが)
だからといって、似てる、そんなことはございません。
カラックスさんの映画は
「自分を探した、そして挫けた、だから生きるのに疲れた、
だけど死ねない、よって苦しむ、さあ一緒に破滅しようぜ!」
こうした印象がございます。少なくとも自分の頭においては。
これはこれで絶望への陶酔をやりきっちまった恰好良さが……
なんてことを言っちまう。
『わたしはロランス』は
「本当の自分にならなければ本当の幸せは得られない。
だからどんなに災いや拒絶に遭っても、犠牲に陥っても、
自身を変えられないし、それを承知で愛し合おう」
本人の信じる明かりへ向かうほど難しい事情に見舞われる、
それでも自分だけの自由や愛を諦めない…
思った。
「なんてロマンチックなんだ」そう思った。
だから泣いた。哀しいからだとか感動したからだとか、
そういう普段のメソメソしたものじゃない。
ひどく頭やら背中やら熱くなって
「う、うお、うおお!」こんな風に泣かされたんです。
ロマーヌ・ボーランジュさんの愛らしさに程度のない
『野生の夜に』を観て以来の迫る映画でした。
作り手の表したいものが
こんな風に溢れ返っている映画を久しぶりに観ました。
エンディングも最高だ。最高だ。繰り返して書いてみる。
エンディング曲もぴったり。もう素晴らしいんです。
Craig Armstrongさんの『Lets Go Out Tonight』
映画の途中でも
ザ・キュアーやディペッシュ・モードが流れて
子供の頃に散々聞いた曲ばかりでして、
まあ、それがどうしたっていう話なんですがね。
最初に書かせて頂きましたが
ここ数年で観た映画の中では一等です。
ドラン監督さんの出身というか環境については
一般のそれと比べればフェアだとは思わない。
「てめえの十八番の僻みだろうが」と言われても、
出生届を役所に出される前から運が尽き、
ホラーショーみたいな家庭と家族に取り囲まれ、
金の不義理と残酷闘争が繰り返されるところで
暮らしてきた自分には、やはりフェアだとは思えない。
それでもドラン監督さんは、とんでもねえです。
若いとか年寄りとか関係ありませんです。
凄いんです。
こちらが落ち込むほど。
ひどく長くなってしまいまして、すいませんね。
『FRANK-フランク』を観ました。
マイケル・ファスベンダーさんが出演されております。
下の画像は映画と何も関わりありませんが、
馬鹿みたいに気に入っているので載せてみました。
「前回も載せたじゃねえか、え? どういうつもりなんだ?」
という方もいらっしゃるでしょう。
見比べて下さいませ。色違いです。

グレーにネオンブルーのGショックのGA110シリーズ、綺麗だなあ。
だからなんだってんだっていう話です。
さて映画の話だ。
これは自分が読者をさせて頂いている方の記事を読みまして、
「じゃあ観てみようじゃねえかあ!」というところになった、
そういう次第でございます。
だけれどもワタクシ、マイケル・ファスベンダーさんが
ちょっと気に入らんのです。
貴族みたいな顔立ち、がっちり鍛えられた体、
とにもかくにも綺麗で上品という印象がありまして、
中年になっても男前でいるためには
ワイルド、ハードボイルド、ダーティー、
他にはねえだろうという勝手な考えのため、
あんな風に上品で体の作りも宜しいとなると
スターにも程があるってもんだ。
そういうわけなんですね。なんか僻んじゃうんですね。
情けねえや!
ともかく観てみました。
雑に言ってしまうと、バンドの映画でしょうか。
バンド物映画っていうと大概は面白いんです。
(少なくとも自分には面白いんです)
しかしいつも観るのを躊躇ってしまう。
3つのバンドを作って、2つのバンドに参加し、
結局のところ、しくじりまくった自身の経緯が、
そんな下らない躊躇を思わせるのでしょうか。
(最後のバンドが一番悲惨だった。きっと自分の所為だ)
あの時代の
良い思い出も悪いそれも綯い交ぜになって、
どうにも難しい気分になってしまうようです。
屋根裏を含め、多くのライブハウスが
もう店じまいしたとかしないとか、
少しずつ手前の思い出が失せて褪せていくような
寂しさがあります。(それがどうしたっていうのかな?)
こういう神経のため、
『once ダブリンの街角で』も
最近になって、ようやく観たのですが、
おんおん泣きました。
さてさて『FRANK』の話だ。
マイケルさんが被り物を手放せないという
部分はどうでもいいとして
(どうでもよくはないのだけれど)
彼らのバンドが、音楽が面白い。
今はアイチューンズ・ストア試し聴きサーフィン
なんてやれる時代ですから、
いくらでもマニアックな曲と出会う機会がありますので、
『FRANK』で扱われる曲がマニアックかどうか
解らないのだけれども、
ポストパンクというのか、インディーポップというのか、
(ジャンル分けって下らねえですよね)
マイケルさんの歌がいい。
似てるわけじゃないけれど、
何とはなしにジョイデヴィジョンを思い出しました。
最近は低音のボーカルは流行らないのか。
ウォーカーブラザーズ、
ドアーズ、
ディペッシュモード、
(デヴォーショナルツアーライブの動画など観てくださいませ。
ウォーキング・イン・マイシューズって曲がね、好きなんだ)
時代も音楽の種類も違いますが、
低い声で格好いいんだけどな。
今時の邦楽は(まるで聴かないので知ったかぶりになっちまいますが)
可愛いばっかりだ。きらきらキャンディだ。
か細い声で「君と、ずっとぅおー!」なんて歌ってやがる。
そういうのが靴屋や飯屋で垂れ流しになっているということは、
そういうのが流行ってるんだろうな。
じゃあロックやってる連中に目をやると、
物凄くダサいことになっている。
楽器の使い方に新しさを求めないから、そういうザマになる。
だけど新しさを求めすぎると実験的になりすぎるし、
多くがジャムセッションの方へ向かってしまう。
こんな偉そうなことを言える分際ではありませんですが、
あんまりだから言っちまう。
曲の依頼も「きらきらした感じで」「フレッシュでキャッチ―」
こんなのばっかりだ。だから、こちらは
「了解です。くすんだ感じで、腐ってて、難解な感じで仕上げます。
それでいいか、え?」
なんて返事は出来ないが、少なくともキャンディみたいな曲には
してやらない。
だから仕事が来なくなる。それでいいのだ。
やりたくねえんだから。どうだっていいのだから。
さてさてさて『FRANK』です。
終わりの曲よりも中盤でマイケルさんが、
「みんなに最も愛される曲が出来たんだ!」と言って披露する
「キッス、ミー! キッス、ミー! リップスティック、リンゴ!」
が最高だ。
youtubeにて
Frank's Most Likeable Song Ever.
これで
調べて頂ければ聴けると思います。
なんだか音楽の与太話になってしまいまして申し訳ありません。
とにもかくにも映画は面白かった。
バンド話というよりも
本当に通ずるところを
共通として持っている仲間達のお話。
とっても映画的だと思います。
世間の片隅で寄り添って馬鹿をやり続けていく
素敵な時間というのでしょうか。
ロマンチックじゃありませんか。
余計になりますが、被り物を取ったマイケルさんは
やはり過ぎるほど二枚目でした。
マイケル・ファスベンダーさんが出演されております。
下の画像は映画と何も関わりありませんが、
馬鹿みたいに気に入っているので載せてみました。
「前回も載せたじゃねえか、え? どういうつもりなんだ?」
という方もいらっしゃるでしょう。
見比べて下さいませ。色違いです。

グレーにネオンブルーのGショックのGA110シリーズ、綺麗だなあ。
だからなんだってんだっていう話です。
さて映画の話だ。
これは自分が読者をさせて頂いている方の記事を読みまして、
「じゃあ観てみようじゃねえかあ!」というところになった、
そういう次第でございます。
だけれどもワタクシ、マイケル・ファスベンダーさんが
ちょっと気に入らんのです。
貴族みたいな顔立ち、がっちり鍛えられた体、
とにもかくにも綺麗で上品という印象がありまして、
中年になっても男前でいるためには
ワイルド、ハードボイルド、ダーティー、
他にはねえだろうという勝手な考えのため、
あんな風に上品で体の作りも宜しいとなると
スターにも程があるってもんだ。
そういうわけなんですね。なんか僻んじゃうんですね。
情けねえや!
ともかく観てみました。
雑に言ってしまうと、バンドの映画でしょうか。
バンド物映画っていうと大概は面白いんです。
(少なくとも自分には面白いんです)
しかしいつも観るのを躊躇ってしまう。
3つのバンドを作って、2つのバンドに参加し、
結局のところ、しくじりまくった自身の経緯が、
そんな下らない躊躇を思わせるのでしょうか。
(最後のバンドが一番悲惨だった。きっと自分の所為だ)
あの時代の
良い思い出も悪いそれも綯い交ぜになって、
どうにも難しい気分になってしまうようです。
屋根裏を含め、多くのライブハウスが
もう店じまいしたとかしないとか、
少しずつ手前の思い出が失せて褪せていくような
寂しさがあります。(それがどうしたっていうのかな?)
こういう神経のため、
『once ダブリンの街角で』も
最近になって、ようやく観たのですが、
おんおん泣きました。
さてさて『FRANK』の話だ。
マイケルさんが被り物を手放せないという
部分はどうでもいいとして
(どうでもよくはないのだけれど)
彼らのバンドが、音楽が面白い。
今はアイチューンズ・ストア試し聴きサーフィン
なんてやれる時代ですから、
いくらでもマニアックな曲と出会う機会がありますので、
『FRANK』で扱われる曲がマニアックかどうか
解らないのだけれども、
ポストパンクというのか、インディーポップというのか、
(ジャンル分けって下らねえですよね)
マイケルさんの歌がいい。
似てるわけじゃないけれど、
何とはなしにジョイデヴィジョンを思い出しました。
最近は低音のボーカルは流行らないのか。
ウォーカーブラザーズ、
ドアーズ、
ディペッシュモード、
(デヴォーショナルツアーライブの動画など観てくださいませ。
ウォーキング・イン・マイシューズって曲がね、好きなんだ)
時代も音楽の種類も違いますが、
低い声で格好いいんだけどな。
今時の邦楽は(まるで聴かないので知ったかぶりになっちまいますが)
可愛いばっかりだ。きらきらキャンディだ。
か細い声で「君と、ずっとぅおー!」なんて歌ってやがる。
そういうのが靴屋や飯屋で垂れ流しになっているということは、
そういうのが流行ってるんだろうな。
じゃあロックやってる連中に目をやると、
物凄くダサいことになっている。
楽器の使い方に新しさを求めないから、そういうザマになる。
だけど新しさを求めすぎると実験的になりすぎるし、
多くがジャムセッションの方へ向かってしまう。
こんな偉そうなことを言える分際ではありませんですが、
あんまりだから言っちまう。
曲の依頼も「きらきらした感じで」「フレッシュでキャッチ―」
こんなのばっかりだ。だから、こちらは
「了解です。くすんだ感じで、腐ってて、難解な感じで仕上げます。
それでいいか、え?」
なんて返事は出来ないが、少なくともキャンディみたいな曲には
してやらない。
だから仕事が来なくなる。それでいいのだ。
やりたくねえんだから。どうだっていいのだから。
さてさてさて『FRANK』です。
終わりの曲よりも中盤でマイケルさんが、
「みんなに最も愛される曲が出来たんだ!」と言って披露する
「キッス、ミー! キッス、ミー! リップスティック、リンゴ!」
が最高だ。
youtubeにて
Frank's Most Likeable Song Ever.
これで
調べて頂ければ聴けると思います。
なんだか音楽の与太話になってしまいまして申し訳ありません。
とにもかくにも映画は面白かった。
バンド話というよりも
本当に通ずるところを
共通として持っている仲間達のお話。
とっても映画的だと思います。
世間の片隅で寄り添って馬鹿をやり続けていく
素敵な時間というのでしょうか。
ロマンチックじゃありませんか。
余計になりますが、被り物を取ったマイケルさんは
やはり過ぎるほど二枚目でした。