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職場で出会う人の中には
『部下にナメられたら終わり』
そんな信条を持っている人がいます。
今まで何人か会ってきて、その度に
「何か違うな。」と思っていました。
その違和感を中々上手く
言語化できなかったのてすが、
介護リーダーになって1年以上経ち、
やっと言葉で説明できるようになりました。
結論から言うと、ナメられたら終わり。
というのは、自分から
ナメられに行ってるのと同じです。
理由は3つ
❶自分の立ち位置を間違えている
❷仕事の判断基準がブレる
❸思考の柔軟性が失われる
一つずつ詳しく説明していきます。
❶自分の立ち位置を間違えてる
上司は人間的にも優れている。
部下は全てにおいて上司より劣っていて、
上司の方が人間として偉い。
そんな時代はもう古く、人間は平等で、
上司とはただの会社の中の役職。
給料と責任、職域が部下よりも多い。
それだけの存在だと言えます。
人にはそれぞれ長所と短所があり、
上司の方が部下より劣っている点なんて、
いくらでもあります。
劣っている部分は、素直に認めて、
部下にリスペクトを持って接する。
そんな時代です。
ナメられたくないからといって、
高圧的に接するのは旧時代のやり方です。
自分の能力を冷静に分析できず、
もしくは、頑なに認めず、
優れた能力を持った部下に上から目線。
ナメられるのは当然ですよね。
❷仕事の判断基準がブレる
仕事をする中で、
自分がどうアクションをとるか考える為に、
様々な判断基準があります。
「業務効率化のためにはどうするべきか?」
「商品のクオリティを上げるためには?」
「労働環境を良くするためには?」
様々な基準はあれど、
商売の根底にあるのは『稼ぐ』こと。
「自己実現」などの判断基準は、
会社を大きくしたり、
売上をアップさせたりと言った、
『稼ぐ』ことと親和性が高いので良いのですが、
『ナメられない』という基準は邪魔です。
「ナメられるか」「ナメられないか」
これは体面とか意地とかいった、
完全に一個人の話ではないでしょうか。
『稼ぐ』こととの親和性も低いです。
どれだけビジネススキルが高く、
仕事をバリバリこなせる人間でも、
余計な判断基準を持っていれば、
行動もブレて、結果も出なくなります。
そして仕事の出来ない上司は軽んじられ、
ナメられます。
❸思考の柔軟性が失われる
仕事での部下との関わり方において、
自分が悪くないのに頭を下げることや、
本当はやって当たり前のことを
お願いする時があります。
それらは例え部下に
ナメられたとしても必要なことです。
本当に大事なのは『ナメられない』
ことではなく、
『自分たちに寄り添ってくれていない』
と思われないことだからです。
寄り添っていないと部下に思われることは、
「自分たちの話に耳を傾けてくれない。」
そう思われることに等しいので、
相手(部下)もこちらの話を
聞いてくれなくなってしまいます。
確かに、時としてトップダウン的に、
力で押さえつけるような態度が
求められることもあります。
しかし、大概は部下と一緒に歩むような、
部下の半歩先を進むような、
寄り添ったリーダーシップが理想的です。
『ナメられない』ことを意識し過ぎると、
権力で理不尽を押し付けるような、
強引な手段しかできない人間になります。
結果、求心力がなくなり、
次第に影響力が薄まり、
最終的にはナメられるでしょう。





