勉強のススメ(改) | りゅうせんけいの「重箱の隅」

りゅうせんけいの「重箱の隅」

知らないことは罪である!

※先日アップしていた記事ですが、
  若干追加補正致しました。

定番になりつつありますが、ご無沙汰致しております。

 さて、今回のお題ですが、

あの福澤諭吉翁に倣ったわけではなく、

「今更・・・」
「たまに更新したと思ったら、こんなことか」


・・・といったようなお叱りを受けそうなほど、
学校の先生や、たくさんの方々が口にしており、
はるか昔より「一般論」化しているような感のあることではありますが、

改めて痛感しつつある(僕だけ?)ことでもあり、
記事にしてみることにしました。


政治・経済・国際情勢等、
なにか一抹の「危うさ」「キナ臭さ」を感じつつある昨今、

政府・政治家・財界・労働組合・「識者」「専門家」等の方々の発言や動きについて、
きちんと「注視」していないといけないと感じている今日この頃ですが、

御丁寧にも「識者」「専門家」の解説付きで「わかりやすく」報じてくださる
「ワイドショー」的番組が増えつつある一方、
淡々と事実を報じてくれるメディアが激減したように感じられます。

例えば、政治家や有名人等の「言葉の一片」を取り上げて、大騒ぎする割には、
その発言・発表全体(全文)を報じてくれないので、どういう文脈でそう言った言葉が出たのかわからないし、その言葉の趣旨もわからない

また、「環境税」の時のように、
「いつの間にか決まっていた」という反応が世間でみられるような法律や税金等がある、
という様な現実を垣間見るに、

言い方はよくないのですが、
新聞・テレビ等の所謂「マスコミ」の、

「世論誘導」
「情報統制」
「大本営発表」


とでも言いたくなるが如き状況で、
まるで

「お前ら国民は、余計なことを考えずに、黙ってこちらの言うとおりにしておればよいのだ」

と言わんばかりの方々が目につくように感じられ、非常に心配しております。


 また、親や友人等と政治や経済、外交などの問題を話題とするとき、

「テレビでこう言っていたから」
「新聞にこう書いてあったから」


などは論外として、

お相手の発言には一見、理屈が通るように聞こえるのですが、
なんか「どこかで聞いたような・・・」と感じてしまうような理屈をこねている
方や、

中には「結論ありき」で、そこにたどり着く筋道を後付したのではと訝ってしまうような
ことを仰る方もおり、

挙句の果てには

「じゃあ、君はどう考えるわけ!?」

と、半ば「逆切れ(?)」にような状態になる方も稀に・・・


 逆切れも困りますが、「論破」とは言わないまでも、
ある程度こちらの意見もお相手の「考える俎上」に載せて頂けるよう
自分としても、一層よく調べ、一層よく考えなくてはならない・・・と感じております。


 そこで、

統計データ等の「数字」を調べて、自分なりの考えを持ち
その目で上述の「注視」をしなくてはならぬ


と考え、
経済学、政治理論等の本を少しずつ齧り始めました。
(因みに僕の本職は技術屋です)

 そんな中、一冊の本に出会い、
たまたまではありますが、
上述の自分と似たような考えを本に著されている方がいることに気づきました。

(ただし、著者の仲正氏は、僕などよりもはるかに早くから、かつ深くこの問題を追及されておられるようです)


「分かりやすさの罠」仲正昌樹,ちくま新書

 「新書」という限られた頁数でありながら、内容は実に濃くてかなり難しく、
いろいろと考えさせられ、読み応えのある内容なので、
ここではその概略は書けません(「十分に消化しきれていない」感があるので)が、

昨今の政治情勢等に一抹の不安を抱いておられる方は、頑張って一読することをお勧め致します。


 そのほかにも、

「経済学を学ぶ」岩田規久男,ちくま新書
「マクロ経済学を学ぶ」同上
「日本経済新聞は信用できるか」東谷暁,ちくま文庫


など、僕のような「門外漢」でも「取り掛かり」としてよかったのではと思います。

 上記4冊は、いずれも文庫・新書であるため、
通勤等の時間にもかばんに入りそうですし、
より深く勉強するための「入門」「概論」的な役割を果たしてくれるのではと考えます。

 勿論、文中にわからない言葉や概念等が出てきたら、
文献なり、インターネットなりで調べることは、言うまでもありません。


 また、日本国内のみではなく、外国から見た日本というのも大切であると考えます。

 そのためにはやはり、外国語(英語だけに非ず)は必要でしょう。

 書籍にせよ雑誌にせよ新聞にせよ、所謂「和訳」されたものも悪いとは言いませんが、
原文の一部が削除されていたり(意図的か?)することが往々にしてあるので、
できることならやはり原書にあたるほうが良いと思います。
(原書と和訳版と両方あると、なおよいかもしれません)

中学生の頃からの英語で、いい思い出がなく、
「英語アレルギー」的な感触を抱いているのは、僕だけではないようですが、
今度は別に試験があるわけではないですので、
自分の生活の中でできる範囲で少しずつやっていけばよいことだと思います。

とはいえ、「義務教育+α」で、みなさん基礎はあるわけですから
いきなり英字新聞などに齧りついてみるのもよいかもしれません。
最初から全文をスラスラ・・・ということなら苦労はしませんが、
わからない単語があるけれども、(意外と?)断片的にでもわかる、ということが結構あります。


 僕が勉強するにあたっての「ポイント」といいますか、「ゆくゆくはこうなりたい」と考えているのは、

「本に書いてあった」
「『専門家』がそう言っていた」

から、そうである


というのではなく、

「自分はどう考えるか」
「何故そう考えるのか(その根拠は)」

ということを意識できるように


ということです。


 上記の「いつの間にか決まっていた・・・」ではありませんが、
いまや

「『知らない』ではすまされない」

どころか

「知らないことは罪である」

という時代です。
「という時代になりつつある」ではないのです。)


日本には

「餅は餅屋」

という言葉があるように、

「その分野の専門に任せるほうがよりよい」

という考えが少なからずあります。

 それは一面、当たっているとも言えますが、
一方で

「専門外は口を出さないほうがよい」

と言う雰囲気を作っていることも事実です。

 しかし、その結果が上述の「いつの間にか・・・」であり、
行き過ぎた「成果主義」「市場優先」であり、
はたまた「増税」と、その要因(過去も含む)であることを、

僕自身の自戒も込めて、
いい加減に気づかなくてはならないのではないのでしょうか。


 下手をしたら、今が最後のチャンスかもしれません


 哲学の世界に踏み込むほどの教養は僕にはありませんが、

「よりよく」とは、どうしたらよいものか


 目先の「(強気な)発言」「パフォーマンス」の類に踊らされぬよう、
「歴史は繰り返す」ことのなきよう、


 いまこそ分野にとらわれず、汎く学ぶときであると感じた今日此の頃でした。