広島の悲劇から六十七年 | りゅうせんけいの「重箱の隅」

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知らないことは罪である!

 本日は、広島に原子爆弾が投下された日であることは、今更申し上げるまでもないことでしょう。

昭和二十年八月六日
午前八時十五分頃


と、何かの本で見た記憶があります。


 TNT火薬に換算して15キロトンともいわれる爆発により、広島市は壊滅。
一説には数十万人ともいわれる方々が、苦しみそして亡くなっていったといいます。

 皮肉にも、人類は広島・長崎の惨劇を目の当たりにした結果、そのあまりの凄まじい威力に慄き、核兵器を使えなくなったとも言えましょう。

 ただ、その文字通り「血の教訓」のための代償は、気の遠くなるほど膨大であったことに、全人類は思いをいたさねばならないでしょう。


 勿論、如何なる理由があろうとも戦争は否定すべきであり、ましてや核兵器を含むいわゆる「大量破壊兵器」の使用など、「狂気の沙汰」というものです。


 経済問題、領土問題など、国内外とも実にギスギスした昨今、他(他人、他国等)に対して不自然なほど挑発的・好戦的な言動も少なからず耳にします。

 勿論、外交において「毅然とした態度」は、時には必要なものであることは論を俟たないのですが、
どうも近頃のそれは、些かベクトルの向きが違うような・・・と感じるのは、所詮素人の性なのでしょうか。

「過ちは繰り返しません」

と、誓ったはずでは・・・と感じるような言動に違和感を感じるのは、僕だけなのでしょうか。

「おかしなことにならなければよいが・・・」
という心配がよぎります。


 最後になりますが、広島の悲劇でお亡くなりになった方々に、心からご冥福をお祈り申し上げます。