私たちはこの瞬間を味わって生きているだろうか?
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タイトルに難しい言葉を書きましたが、皆様はお聞きになったことがあるだろうか?
禍福とは災いと幸せのことを言い、それはよりあっている縄のように交互に繰り返す。
福は災いへの起因となり、災いは福への起因となるという意味だ。
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物理法則で言うと、良いことと悪いことは質量保存則と同じという意味。
三角関数で言うと、サイン波の振幅が同じですよという意味。
陰陽五行で言うと、陰陽等価交換の法則が成り立ちますよという意味と同じだ。
もしもあなたが、今が良い体験をしていると感じているなら、次はよくないことが起こるかもしれない。
もしもあなたが、今はよくない体験をしているのであれば、次はよいことが起こるかもしれない。
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つまり、良いことは悪いことへの前兆であり、悪いことはよいことへの前兆なのだと先人たちは過去の知見を教えてくれている。
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一般的に、自分にとって良くないことというのは受け入れ難い。
誰だって痛い体験はしたくないし、できれば避けて通りたい。
単純刺激や筋肉痛程度であれば、まだマシかもしれないが、骨折レベルになると絶対に避けて通りたいと思う。
そう思うのは私とて同じことで、逃げたくなる気持ちは常に持っている。
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しかし、その痛い体験が成長への起因になっていることも事実としてとらえらている方も少なくないと思う。
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また、脳というのはやっかいなもので、いやな記憶というのは、防衛本能によって勝手に10倍に感じるようになる。
過去の痛い体験は追体験すると余計にしんどいものとして記憶が蘇ってくる。
これは心理学の観点から、一般的に言われているトピックだ。
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残念ながら、私たちには「陰」と呼ばれる一般的にネガティブと捉えられる体験が必要不可欠だ。
陰と陽、どちらも同じ強度が必要で、縄は編むことによってより強くなる。
一方が細い糸ということは在り得ない。
違う太さで縄は編むことができない。
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少し私のことをカミングアウトすると、月1回程度の数日間、鬱っぽい症状になることがあった。
いつ頃からかは覚えていないが、おそらく20年近くにはなると思いう。
最近、その原因がわかった。
ヘルペスウィルスが原因だった。
アトピーによって、ヘルペスが活性化しやすくなる傾向にあることがわかってきた。
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鬱症状を経験された方はわかるかもしれないが、抜け出すことが難しく、自分でもどうしてよいのかわからなくなる。
その昔は、なぜかふさぎ込んでしまっていたが、鬱っぽいかどうかすらわからず他人に頼ることも難しい。
本当に何も手につかなくなるほど、何もしたくなくなる時間が周期的に訪れていた。
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しかし、今となってはこの激しい下降があったからこそ、今のこの能力発揮、才能開花につながったのではないかと考えている。
宿命上も激しく葛藤することが書かれているので、その通りとなっており、これは運が良い。
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では、その陰と陽の両方が必要だということはわかっても、どこを見ていけばよいのか。
一つの提案としては、今のこの瞬間瞬間を味わって生きていくほかないのではないか。
良い体験であれ、痛い体験であれ、味わうことにフォーカスをする。
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あなたが今どのような体験、つまりは、どのような人間関係で、どのような評価で、どのようなミスで、どのような欠落で、痛みを感じているかは私には知りようもない。
しかし、感情という側面にフォーカスをしたときに人は、ほとんど同じような体験をする。
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今のこのつらい体験、苦しい体験、もどかしい体験、もやもやした体験、何とも言い表せない絶望感が実は将来の「幸福」への起因なのだとしたら、少しは希望の方向に向かないだろうか。
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「人には笑顔のままで泣いている事もある」というフレーズは、
1996年に発売された、中島みゆきの「命の別名」の一説だ。
命につく名前を「心」と呼ぶ。
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表面的なことの振り回されずに、人の思いの本質に近づける力を私たちはつけていきたい。