どうして私たちは、人を嫌いになってしまうのだろう?
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心理学やセラピーの領域からいろいろな考え方やワークがあることはわかっている中で
敢えて、陰陽五行ではどのように解釈されているかをお話してみたい。
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まず、陰陽五行の基本的な考え方は、「陰陽」で相対性を表している。
つまり、陰と陽、表と裏、清と濁、好きと嫌い。これらは対になっていて、同じ量が存在する。
これらで表現される物事は全て、相対性の世界観である。
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それとは別の考え方で絶対性の世界観がある。
五行を分解してみると、「木火土金水」の5つの自然現象となるが、それぞれ、相活かしあう関係性もあれば、相剋しあう関係性もある。しかし、要素単体はそれにとって代わるものはない。
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例えば水は水であり、それが清か濁かを問うているものではない。
これを絶対性の世界観と言っている。
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ただ水があればありがたいのに、できれば清い水を得たいと思う心そのものが相対性の世界観で物事を見ていると解釈できる。
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この世界観を「人」で見てみると、絶対性の世界観で人を見た時に、その人自身がその場に存在することそのものが有難いと
まずは、そのように感じることができるだろうか?
あの人は、自分よりうまくやっているから尊敬できる、あの人はまだ考えが及んでいないので、格下だな。
などと、相対的な世界観で物事を見てはいないだろうか?
ここから絶対的な世界観をインストールできると、心が揺らがなくなってくる。
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例えば、とても嫌いな方を想像してみてほしい。
あなたは、その方がとても嫌いだったとしても、その方のおばあちゃんの目線になったときに
おばあちゃんからは、どのように見えているだろうか?
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恐らく、どんな人格であれ可能性だけをみてその存在自体を慈しむことができるのではないだろうか?
その世界観で、人に触れてみると、私たちの見える世界は変わってくる。
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と、ここまでは私自身も数年前に気づき実践をしてきたことによって、嫌いな人がなくなっていくことを実感している。
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そこでもう一歩、考えを進めてみたい。
あなたは「自分自身」に対して絶対性を感じられているだろうか?
自分自身が絶対的な存在であることを認められているだろうか?
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相対性の世界観物事を「私自身」を見てしまって、
アレができていない、コレが足りない、人と比べて○○が劣っていると判断していないだろうか?
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恥ずかしながら、私は、つい先月までやっていました。
自分自身と繋がらず、自分自身を相対性の中においてまだ足りない。と言い続けていました。
言葉では自分を許していても、本当の心の声はありもしない自分の理想と比較して
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その声はあなた自身の声でしょうか?
実は「他の誰か」ではないでしょうか?
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それに気づいたときにようやく手放し、自分とつながることが実践でき始めました。
色々なことがスタートした気がします。
私自身もまだまだ精神を磨いていっている最中です。
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あなたにも心の平穏が訪れることを願って。