私たちの生きる役割は何だろうか?
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先週末に祖母が他界した。
2カ月の入院を経て96歳の大往生だった。
天印星を晩年期に持つ彼女は、その宿命通りニコっと笑うととても可愛らしいおばあちゃんだった。
幼少期から一緒に過ごしてきた祖母だったため、心にぽかっと穴が開き
非常に悲しい思いをしたが、逆に悲しめたからこそ前へ進めるような気がする。
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祖母の料理のスキルは、弟の嫁に引き継がれていることに気づき、少し心が温かくなる一面もあった。
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一部では医療ミスではないのかとの声も上がっているが、個人的にはそこも含めて
どうしようもなかったのではないかと、思っている。
全ては縁起でつながっており、どうしようもないことに抗うから苦しくなるのだ。
医療側のミスを申し立てても故人が返ってくるわけではない。
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一般的であれば、斎場での葬儀を行うことが多い中、内藤家では、自宅葬を行った。
古式ゆかしいことに人一倍思い入れのある、父の希望でそれが進んだ。
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村の方が200名近くも訪れる盛大な会となり、地域に大きなインパクトを与えて式は滞りなく終了した。
年寄りの葬式は孫の祭りとはよく言ったもので、悲しみもあるが暖かくお見送りできる良い会だった。
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翌日、実家のある京都北部の村で葬儀を終えて、京都市内で仕事をしていた私に家族から電話が入る。
「お父さんが倒れた、すぐに帰ってほしい。」と妹から。
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慌てて再帰省をして、容体を聞くと脳梗塞で半身まひ、1カ月程度の入院がまずは必要になる。
幸い発見が早く、麻痺は回復傾向にあるが高齢のため、ほかの症状も見つかってしまった。
父不在で母が自宅に一人となり、祖母の毎週の逮夜をこなしていかないといけないとのプレッシャーを解きほぐさなければ。
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そんなことを思っている最中、村の組内の方がなくなったとの知らせが入る。
祖母の葬儀で受付をしてくれていた男性だ。
この時点で、村はまぁまぁのパニックになっている。
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四苦八苦に書かれている「老病死」が一気に来たのだから。
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小さな村のしきたりで、我々もこの方の葬儀の話にも入らないといけない。
司令塔である父は不在で、家の中は誰も何もわからない。
正しいことは無く、皆で話ながら同意をとって決めていく文化だ。
思いを大切にしたとても小さなNPOの様な互助組織だと思ってもらったらいい。
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そして道ですれ違う人のほとんどに、「お父ちゃん大丈夫か?」と聞かれる
村の情報伝達は異様に早い、メルマガ一斉送信の比ではない。
「元気に入院していますよ」と返すことで、不安を煽らないコミュニケーションをとる。
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当事者である我々家族はもっとパニックだ。
しかし、こんな時こそ私の在り方が問われる。
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「よし、受け入れよう、私が全うしよう」
私が長男として、父の代役をし母のサポートをすることで、地域に安心感が生まれ家族も安心が生まれる。
私は午未天中殺の役割を生きる宿命だ。
これは、ものごとのまとめ上げや終わりを司る役割である。
お役目をしっかり勤め上げることで社会的な成功が得られると、陰陽五行の学問的には記されている。
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それからの数日間、地域の情報の交通整理をし、組内での矢面に立ち、
祖母の逮夜のスケジュールまとめをし、父の病状相談を医者と行い、誰なのかほとんどわからない男性の葬儀に父の代役として参加した。
昨日の午前の葬儀を終え、新幹線に飛び乗り夜には東京に戻ってきた。
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自分の宿命を知っていたからこそ、この難題を受け入れ、やり切れたのだと思う。
スキルや知識ではなく、やる覚悟が物事を動かしていくことをしっかり感じられた。
まだ、この先もいろんな課題が多々出てくると思うが、受け入れ、刹那に生き切ることが自分にはできると思っている。
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その才能は皆さんに備わっているし、そうでない方も日々の考え方次第でどうとでもなる。
ただ「在る」ということはシンプルだが意外と難しい。
日々研鑽してまいりましょう。
皆さんの健康を切に祈って。