私たちが、ついカッコつけてしまうのは何故なんだろう?
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とかく私たちは、自分のことをよく見せたがる。
表面的な美しさや、肩書き、地位、お金、名声、ブランド、フォロワー数。
心理学ではその表面的な事象をアクセサリーと表現される。
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そして、巷から聞こえてくることをそのまま受け取ると、
年収を上げようとか、毛をなくそうとか、見た目美しいメイクをしなさいとか。。。
とても本質的でない表面的な部分を刺激し、追い求めさせてしまう構図をよく目にする。
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加えて、一般的な人の会話の中でも出てくる言葉は、同じようなものばかりで
お金が、、、メイクが、、、社内でのポジションが、、、などなど
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こういった表面的な部分をトリガーにして頑張れるのは20代までである。
ある一定の経験を積んだら、エゴを手放し、謙虚になることが大切だ。
私たちが追い求めたものは表面的な事象であることに早く気付くべきだ。
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心の在り方も同じ構造をしている。
とにかく、人に迷惑をかけないように、いやな気持にならないように、相手が傷つかない言葉遣いで
笑顔を絶やさず、空気を乱さないように。。。
配慮はもちろん大切だが、それは手段であって目的ではないはずである。
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私たちが、慣れ親しんだ言語形態、日常の振る舞い、態度はいつの間にか相手を思いやること以上に
自分を傷つけない、守るために使うようにこじらせてしまっている人をよく見かける。
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私は2年前に、kindleで初の著書を出版した。
著書と呼べるようなものではなく、もしかしたらメモかもしれないが、とにかく世の中にリリースした。
この時に、最初はワクワクしていたが直前になり恐怖が襲ってくる。
批判を受けるかもしれないという恐怖だ、これは飛ぶ直前のバンジーに似ている。
しかし、出版をやめる選択肢はなかったので、恐怖を感じながらもリリースすることにした。
そしてこれを、Facebookにそのまま投稿した。
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ちなみに、内容はほぼ誰のチェックも受けていない。
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なぜ、無防備にさらけだしたのか。
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それは、この方が人の心に訴求できることを知っているからだ。
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表面的なモノで本当に人は引き付けられない。
実は、真実は逆で、無防備である方がうまくいくのだ。
人を引き付けられ、自らのオーラを放っていく。
応援者が現れ、人から人へ伝播していく。
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ただし、批判を受けやすくなり、当然に痛い思いをすることもある。
本質が見えていない人ほど、刺したくなることもわかっている。
それを押してでも、無防備にさらけ出すことは本質的に意味があることだ。
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もしも今、あなたが何かに行き詰っているのならば、無防備に裸になってみてはどうか?
とはいえ、いきなりは心が折れるので、最初は少しの気持ちを吐露するところから始めるほうが良いかもしれない。
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今日もありったけの愛をこめて。