『幸せになるために』稽古場風景 | 森岡利行オフィシャルブログ「監督日誌」powered by Ameba

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脚本家
舞台演出家
映画監督
プロデューサー
文教大学情報学部メディア表現学科非常勤講師

絶賛、通し稽古中なのだが、小道具などの手作り作業も進めている。

最初は“STRAYDOG”のメンバーが先陣をきってやるのだが、

今回の出演者は全員、手を貸してくれるそうだ。

 

 

稽古場ではいろんなことに気が付く。

プロデュース公演と銘打っているわけだから、

“STRAYDOG”の劇団公演ではない。

あくまでもプロデュースで寄せ集めである。
 

 

それでも、全国的に名前の知られている人でも、

素早く作業を手伝ったりしている。

 

 

また、稽古場ではいろんなことも発見できる。

 

わたしはそこまで気にしなかったのだが、

演出助手に言われて目からウロコだった。

 

 

稽古が終わったらさっさと帰ってしまう役者。

 

自主稽古で残っている役者。

 

掃除や片づけをするために最後まで残っている役者。

 

そして、わたし自身気にしてなかったのが……

 

 

 

演出のわたしが帰るまで絶対残っている役者だ。

 

 

みな、それぞれ、違う事務所でいろんな仕事をしながらの稽古なので、

別に早く帰ろうが遅くまで残ろうがどうでもいいのだが、

一過性の舞台なのか、魂を込めた特別な舞台なのか、

それはなんとなく感じないことはない。

 

 

大きいとか小さいとか劇場の大きさに関係なく、現れる。

 

パターンでやっている役者と、その芝居に賭けている役者と。

 

 

 

そのことを言われて数年前の芝居を思い出した。

 

 

それはある女優が事務所を辞め、いろいろわたしに相談を持ち掛けたりして、

「じゃあ、こんなのはどうだろう?」と意見を出し合い、決めた作品だった。

 

 

有名な原作で映画化にもなり、それを超えられるかどうか、

いろんな反対意見もあったが、わたしは制作に原作を獲ってもらい、

強引にその企画を推し進めた(かなり難航したが)。
 

有名な原作モノはそう簡単に出来るものではない。

ビッグタイトルに彼女のモチベーションは上りに上がっていた。

 

 

無事、幕が開き、評判もよく終演した。
まだコロナ禍ではなかったので、打ち上げも盛大にやったと思う。

 

思えばわたしの監督する映画で出会い、

すぐあとにわたしの演出する舞台でヒロインを演じた。

 

何年か経って、今はなくなってしまった劇場でも堂々と主演を張った。

それも評判が良かったが、

何本目かで最初にヒロインとして立った演目を上演することになり、
脇役で出演をお願いした。

 

それは作品を良くしたいというわたしの我儘でもあった。

 

映画の組や劇団は同じメンツでやることが多い。

わたしも例にもれず、わたしのテンポや演出を理解してくれている役者は使いやすい。

彼女が出演してくれたら、「いくら主演がヘボくても勝てる」そう思ったのだ。

いや、主演はヘボではなく、素晴らしかったが(笑)。

 

 

それで、彼女を説き伏せ、納得させ、出演して貰った。

そんなことがあってからの舞台だった。

 

ラストシーンで寒い時期に舞台のつらに水たまりを作り、

そこにジャバジャバ入って貰った。

 

めちゃくちゃハードな舞台をやり切った。

 

 

彼女にとって一過性になるわけもないこの舞台を……

身体でぶつかって、やりきった。

 

その舞台を観て、うちでお世話になりたいと入ってきた役者志望者もいた。

 

 

いつものようにみんなで打ち上げをやった……と思う。

その後のことの方が大きすぎて、どこでどんな風にやったか

全く覚えていないのだが……。

 

 

でも後日、連絡をとりあい、二人だけで乾杯したのは覚えている。

やりきった特別なお芝居を……プライベートな話もしたのだが、

少し寂し気な顔をしていたのが忘れられない。

それから何度か映画の企画も考えたりしていたのだが、

彼女が新しい事務所に入り、大人の事情で実現せずに終わってしまった。


 

その後、風の噂でつかこうへいの芝居をやると聞いたが、お誘いはなかった。

ちょうどうちでやる予定にしていたつか作品の稽古場には顔を出していたが……。

 

それからまもなく、本公演の上演月と同じ8月28日に彼女は急逝してしまった。

「サヨナラ」の挨拶も残さずに。

 

なので、まだ別れの挨拶が出来るのは幸福だと思う。

 

今回の出演者を見ていると、

彼女がわたしと一緒に真摯に取り組んだあの芝居を思い出さずにはいられない。

あの日の乾杯が、一緒に酒を飲んだ最後の乾杯になってしまった。

それは一過性の舞台ではなく、魂の籠った特別な舞台だけに与えられる乾杯なのだ。

 

「幸せになるために」の出演者のみなさん、魂の籠った芝居をやりましょう。

今年上演したら、当分この演目はやらないと決めている。

言うならば、今回が最終決定版である。

彼女のまだあるblogは、つか作品ではなく、
わたしとやった最後の演目で終わっている―――。