動画編集専用機にしようとセットアップしたhp Pavillion PC P6-2151P の整備をしました。
1.リチウム電池の交換
PC立ち上げ時にBIOSから「日付・時刻がセットされていません」のメッセージが
時々出るので、ROMバックアップ電池(CR2032)を交換しました。

中段左の円形のものが交換したリチウム電池
意外と狭いところにあるので手が入らず交換に苦労しました。
[日付・時刻のBIOSセット]
PCの電源を入れてメーカーロゴが出るあたりで「F10」キーを連打するとBIOS
メニューがでるので日付・時刻をセットしました。「変更を保存して終了」で作業
終了でしたが、その後念のためWindowsで時刻の強制同期をしました。
2.SSD取付方法の変更
このPCについているSSDは容量120GB(2.5インチ SATA接続)の小さなもの
で、Windows以外のデータを入れる余裕があまりありません。いずれ同じタイプで
容量の大きなものと入れ替えたいと思っています。
その時は、外部に接続したSSDに今のSSDの内容をデッドコピー(クローン作
成)する必要がありますが、同じタイプのSSDが外付けHDD/SSD用ケースにセット
できることを確認しておく必要があります。
そのため、SSDを取り外そうと試みました。
SSDの取付状況(作業前)、光学ドライブの手前に斜めに取り付けられています
以前チェックした時、なんか不自然な取り付け方だなと感じていたんですが、取り外そうと止めねじ2個を回そうとしたのですが固くてうまくまわりません。
よく見ると、旧式のPCなのでSSD取付用の場所がなかったのか、既存の穴(インチねじのタップが切ってある)を利用して無理に取り付けた形跡があります。途中であきらめて斜めにねじ込まれてそのままになっているビスもあります。
SSDを止めているねじはだましだまし外しましたが、このままでは、また取り付けるのが大変です。やむを得ずドリルで新しい穴をあけて簡単に着脱できるようにすることにしました。ドリルを使うと金属粉が散乱してPCのメインボードが壊れたり誤動作する可能性があるので穴あけする場所の下を包むように雑巾をセットして飛び散らないようにしました。ついでに途中放棄されたインチビスもドリルでさらって取り外しました。

穴あけしたシャーシと取り外したSSD

取り外したSSDは、外部接続用ケース(SATA接続用)にぴったりおさまりました

新しい穴を使って取り付けなおしたSSD
3.外部取付けHDDの準備
廃棄したノートPCから外しておいた500GBのHDDを手持ちの外部接続用ケースに入れようと、入っていた20GBのHDDを外してみました。

取り外した20GB HDD(下)、上のケースにTOSHIBAとありますがこれはニセブランドです。20年以上昔にタイで購入した外付け用ケースですので。

下が今回入れようとしている500GB HDD(取付金具などついているのでケースに入りそうもない)

500GB HDDの取付金具兼シールド板
500GBHDDの金具等外してケースに入れることができるようになりましたが、よく見るとソケットの形状があいません、昔、購入した外付け用ケースはIDE接続になっており、ノートPCから外したHDDはSATA接続でした。
あきらめて、SATA接続の外付けケースを新たに入手しました。(タバコふた箱分の価格で2個一組のものが入手できました)

新しい外付け用ケースに入った500GB HDD(動作中)
このHDDは3つのパーティション(システム用、Cドライブ用、回復用)に分かれていたのでMiniToolで一つに統合し初期化しました。
[雑感] メモリー、記憶装置の進歩

USBメモリー(左から128GB、4GB、1GB、256MB)
上の写真でわかるようにメモリーの進歩、大容量化には目を見張るものがあります。
60年ほど前、学生時代に学んだディジタルコンピュータは内部に16KBのユーザーメモリー空間を持ち、このメモリはドラム式のダイナミックメモリでした。いかにステップ数を少なくプログラミングするかが腕の見せ所でした。外部記憶は紙テープ(鑽孔テープ)で、コンピュータ順番の取り合いでキャンパスを走るとプログラムを入れた紙テープが空に舞うという景色でした。多分テレタイプに発想を得た記憶媒体だったんだと思います。
[外部記憶装置は]
プログラム修正は、紙テープの修正箇所に未鑽孔のテープを貼り付け手動パンチで穴をひとつひとつ開けなおしていましたが、次にカード化(最初90欄、のち80欄だったか)されました。1ステートメントが1枚の紙にパンチされるのですが、カードパンチャーには触らせてもらえずキーパンチャー嬢にゴマをすって優先度をあげたりしていました。プログラムカードを入れた箱が重くて、ころんだりしたらカードの順番を整えなおす(カードには、SEQ.NOが印字されている)のがとっても大変。
そのうちにフロッピーディスクが登場、自分でプログラムを入力することができるようになりました。
外部媒体はその後、CD-ROM、外付けハードディスク、USBメモリーなど増えましたがこのころにはすでにプログラミングをすること自体がなくなりました。
メモリーも兵器も大量に量が増えれば、単に量が増えるだけはなくプログラム作法も戦術、戦略も変わります。世界観、価値観が変わります。
ステップ数を減らすためスイッチを使ったプログラムは解読性が悪いと嫌われ、洗練されていなくてもコメント文を多用した解読性の高いプログラムがデバッグや後のメンテナンスに良いと大事にされます。
[コンピュータ内部のメモリー]
コンピュータ内部のメモリーについてはあまり接する機会がなかったのですが、汎用電算機に磁気コアメモリが使われているのを見てその美しさに感動した覚えがあります。 当時、防衛庁は通電5社から順次に電算機を調達しており、メンテナンス要員が随時来て面倒をみてましたが、その時内部を見せてもらった覚えがあります。
当時の汎用電算機(FACOM、TOSBAC、HITAC、OKITAC、NEAC)は、PCとかサーバーに置き換えられているんでしょうね。
メインメモリは今はDRAM(Dynamic Random Access Memory)というICになり、私のPoor PCでも16GB(16KBの1000倍)積んでいるのがあります。これを使いこなすのはCPUとかWindowsで、私が直接使えるわけではありません。
昔、「プログラムをメモリーXX番地にロード」、「メモリーYY番地からスタート」とかコマンドで内部メモリーを使っていたころが懐かしい。
ー END ー