「うるさくて、寝ません」とテ形の意味・用法について | ボラとも先生のブログ

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このブログは日本語ボランティアを始めた人、やっている人が疑問に感じたこと(特に文法など)について説明するために作りました。

ボラQ212:先日、『みんなの日本語』の解説書を見ていたら、原因や理由を表す「~て」のあとに意志的表現は使えないという説明があって、そこに「うるさくて、寝ません」という間違いの例がありました。なぜこの文が間違いなのか、そしてなぜ「寝ません」が意志的表現なのか、教えてください。

 

ボラとも先生A212:確かに『みんなの日本語 初級Ⅱ』の解説書である『教え方の手引き』(スリーエーネットワーク、2001)を調べてみると、第39課【留意点】として次のような説明がありました(p.123)。

 

【留意点】うるさくて、寝ません」など、「~て」のあとに意志的表現を使う間違いが多い。「~て」がきっかけとなって、自分の意志とは関係なく、ある状態になったことを表す。意志表現を使わないよう、十分注意を促す必要がある。

 

また、この第39課の学習項目は原因や理由を表す「~て」(テ形)と「~ので」、そして原因を表す助詞の「で」の3つです。

 

まず、「~て」(テ形)には原因や理由を表す以外にもいくつかの意味・用法があるので少し紹介しておきます。

 

『明鏡国語辞典』(大修館書店、2002)には接続詞の「て」の意味として次の8つが区別されています(p.1101-2)。ただし、〈並列・対比〉や〈継起〉などの用語は日本語教育で使われているものです。

 

並列や対比関係を表す。「赤くて大きなリンゴ」「罪を憎んで、人を憎まず」〈並列・対比

引き続いて他のことが起こる関係を示す。「朝起きて顔を洗う」「立ち寄って話をする」〈継起〉

原因・理由を表す。「雨降って地固まる」「風邪をこじらせて寝込む」原因・理由

方法・手段を表す。「うちわを使って風を送る」「塩を加えて味をつける」「電車に乗って行く」〈手段〉

動作を行うときの様態を表す。「手をつないで歩く」「黙って付いて行く」「寝ないで待つ」〈付帯状況〉

ある判断(特に謝罪や感謝など)の対象となる出来事を表す。「失敗して当然だ」「君がいてくれて助かった」「来てくれてありがとう」〈理由〉

逆説的関係を表す。「知っていて教えてくれない」〈逆接〉

❽(「…ている」「…ておく」「…てくれる」などの形で)アスペクトや待遇関係などを表す。「笑っている」「やってみる」「おしえてくれる」「助けて下さる」〈複合述語

 

こうした「~て」(テ形)の意味・用法のうち、日本語教育(特に初級レベル)では❽〈複合述語〉の意味・用法がいちばん重要で、学習量や頻度も多くなっています。

 

これは、日常生活でよく使われる表現や用法のうち、依頼・許可・許容・禁止・準備・不必要・義務・敬意などの機能、進行中の動作や結果の状態、それに授受(やりもらい)関係などを表す表現が、「~て」(テ形)に「いる」や、「みる」、「くれる」などの“補助動詞”と結びついた形で表されているからです。

 

たとえば、『みんなの日本語 初級』は全部で50課ある代表的な初級日本語の教科書ですが、そのうちの約3割の課の学習項目として❽のテ形が出てきます。ちなみに、テ形がいちばん最初に出てくるのは「~てください」「~ています」「~てもいいですか」という❽の意味・用法ですが、その次に出てくるのは❶〈並列・対比〉と❷〈継起〉の意味・用法です。

 

ボラQ212さんの質問は❸〈原因・理由〉と❻〈理由〉の意味・用法に関する内容で、両方とも後半の第39課に出てくるものです。

 

原因や理由を表すという機能はかなり基本的なものなので、わかりやすくて使い方も簡単な「~から」を前半の第9課で学習し、日常会話ではより適切であっても微妙なニュアンスや細かい使い分けがある「~て」や「ので」は後半で勉強することになっています。

 

国語辞典や日本語教育では上記のように接続詞の「て」がこうした多くの意味を持っていると説明しますが、日本語学では、「~て」(テ形)によって結び付けられた2つの“節”(文中の文)の意味関係によってこうした意味・用法が出てくる(“解釈”できる)と考えるほうが一般的です。

 

そのため、こうした意味・用法は厳密に区別できるものではなく、それぞれの意味・用法は連続していて、どの意味・用法になるかは前後関係や読み手の受け取り方(解釈)によって違ってくると考えることから、場合によっては2つ以上の意味・用法(解釈)を持つ可能性が出てきます。

 

たとえば、❶〈並列・対比〉の例「赤くて大きなリンゴ」では「赤くて」と「大きな」は〈並列〉の関係にあると考えられますが、「赤くてきれいな夕日」という場合は「赤くて」は「きれいな」の❸〈原因・理由〉を表すと考える人のほうが多いということが起きてきます。

 

さらに、➌〈原因・理由〉の例雨降って地固まる」は、ふつうは「雨が降ったために地固まる」という意味だと考えられますが、「雨が降ってそれから地固まる」と考えれば❷〈継起〉ですし、「雨が降りながら地固まる」と考えれば❺〈付帯状況〉にもなりますし、さらに雨乞い師から見れば「雨を降らせることによって地固める」のように❹〈手段〉とも考えらることもできます。

 

確かに、テ形の意味・用法は、日本語を教える場合にはこのように区別したほうが便利なので、『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』(スリーエーネットワーク、2000年)などで調べると、➀のような区別が挙げられています。そこでは❽〈複合述語〉の意味・用法は❶~❼とは性質の異なる機能として除外されています。また、以下の提出順序(A~E)は『明鏡国語辞典』の❶~❺の順に合わせてあります。

 

『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』(p.191)

A)この図書館は、広くて、新しい。(❶〈並列・対比〉

B)早くうちに帰ってごはんを食べましょう。(❷〈継起〉)

C)子供が生まれて、家がにぎやかになった。(❸〈原因・理由〉)

D)牛乳パックを使っておもちゃを作った。(❹〈手段・方法〉)

E)手を上げて道路を渡った。(❺〈付帯状況〉)

 

さて、かなり遠回りをしてしてしまいましたが、ここでボラQ212さんの質問に戻ります。ボラQ212さんはなぜ「うるさくて、寝ません」(=➁A)という文が間違いだという【留意点】の指摘に疑問を感じたのでしょうか。

 

A)うるさくて、寝ません。

B)隣の犬がうるさくて、私は寝ません。

C)隣の犬がうるさくて、私は寝られません。

 

ここで問題の➁A)の文では「うるさい」も「寝ません」も両方とも主語がないことに注意してください。

 

【留意点】の解説はその直前にある例文「隣の犬がうるさくて、勉強できませんでした」を受けたものです。おそらく可能形「寝られない」を使った➁C)のような文が想定される(正しい)文ですから、ふつうの状況では「うるさい」の主語は「隣の犬」、「寝ません」の主語も一人称の「私」だと考えられます。

 

“主語の省略”についてもう少し詳しく知りたい人は、『はじめての人の日本語文法』(野田尚史、くろしお出版、1991)pp.180-185を参照してください。主語と“意志の表現”との関係についても触れられています。

 

つまり、➁A)の文は正確に言えば、➁B)のような文がもとになっていると考えられます。確かによく使われる➁C)の文と比べるとあまり使わないので、【留意点】では“間違い”とされたのかもしれませんが、この文の“おかしさ”は意味的なものなのであるため、間違いとすることに違和感がある人もいるかもしれません。

 

ところが、ここで問題が2つ出てきます。

 

1つは、間違いとされたA)やB)と同じような文がふつうに使われる場合が出てくることです。たとえば、➁B)の「私は寝ません」の主語を➂A)のように三人称(「子供」など)にすれば、ふつうの日本語になりますが、それはなぜなのかという問題です。

 

もう1つは、「うるさくて」のテ形を➂B)や➂C)のように「ので」や「から」に置き換えても、原因・理由を表す文を作ることができますが、なぜテ形の場合だけ間違いになってしまうのかという問題です。

 

➂A)隣の犬がうるさくて、子供が寝ません。

B)隣の犬がうるさいので、私は寝ません。

C)隣の犬がうるさいから、私は寝ません。

 

➁A)と➂A)の文では、「寝ません」という表現が何を表しているのかが非常に重要になってきます。『教え方の手引き』の第39課の解説を読むと、「意志的表現」以外にも「自分の意志」とか「意志を含んだ表現」という表現が使われていますが、「意志動詞」や「無意志動詞」という場合の「意志」とは違うので注意してください。

 

「意志動詞」や「無意志動詞」などの「意志」というは、その動詞が表す“動作”を「主語」が自分でコントロールできるかどうかという問題です。たとえば、上記の『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』(p.369)には「意志動詞」について次のような説明があります。

 

◆意志動詞は、意志的にも無意志的にも使える動詞で、「泳ぐ、書く、話す」など動作動詞の大半がこのタイプに入ります。意志動詞は無意志的な動作を表す場合もあります。例えば「転ぶ」は「転ぼう」と思っていなくても「つまずいて転んだ」ということができます。

 

「寝る」という動詞も、「さあ寝よう」、「つい寝てしまった」のように意志的な動作も無意志的な動作も表すことができるので、意志動詞だということになります。そして、➁~➂の文に含まれる「寝ません」はこの「寝る」という動詞の活用形にすぎないので、すべてが意志動詞だということになります。

 

以上が、「意志動詞」や「無意志動詞」という場合の「意志」ですが、B)の「私は寝ません」と➂A)の「子供が寝ません」の「意志的表現」とは何なのでしょうか。

 

「意志的表現」といった場合は、「主語の意志」ではなく「話し手の意志」を指しているのです。つまり、➁B)の文は「話し手(=私)の意志」を表していますが、➂A)ではそうでありません。話し手(=私)が「子供」について説明している文です。

 

話し手が主語になる場合、A)の文のように、「私」などの一人称代名詞はよく省略されます。そこで、話し手の意志による動作かどうかを確認するには、問題の文に「ぜったい(絶対)」のような副詞を付け加えてその意味を考えてみればわかりやすいと思います。

 

話し手が主語であれば、「ぜったい」は話し手の「強い意志」を表しますが、主語が話し手でなければ、「ぜったい」は話し手の「確信」を表す性質があるからです。

 

➃A)(私は)ぜったい寝ません。(→話し手の強い意志)

B)子供はぜったい寝ません。(→話し手の確信

 

このような「話し手の意志」を表す文は、➀の『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』(p.156)では「文の種類」というコラムの中で「意志文」として言及されていますし、『新版日本語教育事典』(日本語教育学会編、大修館書店、2005)(p.138)では「意志の表現」として詳しい解説がありますので、興味のある人は参照してみてください。

 

「意志動詞」が動詞を意味的な特徴(主語の意志によってコントロール可能か)で分類したものであるのに対して、「意志文」や「意志の表現」という用語は、「疑問文」とか「命令文」、「願望文」などと同じように、表現機能(話し手の働きかけ)による分類で、モダリティ(話し手の気持ち)を表すものだと考えられてます。

 

つまり、➁C)の「私は寝ません」は話し手(=私)の意志を表す「意志文」であるため、おかしな文になってしまうのですが、➂A)の「子供が寝ません」は話し手の意志を表す「意志文」ではなく、「子供」についての単なる報告に過ぎない「平叙文」であるために、問題のない文になるというわけです。

 

最後に、2つ目の問題について考えてみたいと思います。念のため➁と➂の例文を以下に再掲します。

 

A)隣の犬がうるさく、私は寝ません。(=➁A=➁C)【テ形+意志】(×)

B)隣の犬がうるさいので、私は寝ません。(=➂B)【ので+意志】(○)

C)隣の犬がうるさいから、私は寝ません。(=➂C)【から+意志】(○)

 

つまり、原因・理由を表す文は、➄A)のようにテ形を使っても、➄B)や➄C)のように「から」や「ので」を使っても表すことができるはずなのに、「話し手の意志」を表す表現を続けると、なぜテ形を使った➄A)だけがおかしな文になってしまうのか、という問題です。

 

以前の記事(No.79:理由を表す「から」と「ので」について)でも書きましたが、接続詞の「から」は出発点を表す「から」という助詞から発展したものであり、「ので」は状況による“事情説明”を表す「のです(のだ)」から生まれた表現(言い換えれば「のだ」のテ形)だと考えられます。

 

それに対して、テ形の「~て」(-te)は、過去を表す「~た」(-ta)の活用形の一種だと考えられます。つまり、本来は近い過去の動作や連続した動作を表すのが基本的な意味・用法だったと考えられますから、❶〈並列〉や〈継起〉の意味・用法が基本的な働きだということになります。

 

「~て」が❸〈原因・理由〉の意味・用法を持つためには、「赤くてきれいな夕日」のように2つの“状態”を結び付けるか、「雨降って地固まる」や「うるさくて寝られない」のように、テ形のあとに“状態の変化”か“結果の状態”を表す表現が続かなければならないため、話し手の意志を表す「意志文」が続くと〈原因・理由〉の意味に解釈するのが難しくなってしまいます。

 

つまり、原因や理由を表す働きがいちばん強いのは出発点を表す機能から派生した「から」であり、次に状況という間接的な原因・理由として用いられる「ので」が続き、文を続けるだけの働きしかないテ形はいちばん弱い表現ということになります。

 

このように原因・理由を表す表現をその成り立ちから考えれば、「話し手の意志」の“強さ”は、テ形<「ので」<「から」という順になります。つまり、テ形は「話し手の意志」を表すのにはいちばん適さない表現ということになりますし、与えられた状況による「客観的な理由」を表す「ので」も本来は「話し手の意志」を表すのにはそれほど適してはおらず、いちばん適しているのは「から」ということになります。

 

最後に、テ形と「ので」と「から」を使った原因・理由を表す文の文末に、話し手の意志を表す「~つもりだ」を使った例文を挙げておきますので、それぞれの文のおかしさの度合いを比べてみてください。

 

➅A)風邪を引いて学校を休むつもりだ。(×)(〈継起〉や〈手段〉の意味なら○)

B)風邪を引いたので学校を休むつもりだ。(△)(丁寧な「つもりです」にすれば○)

C)風邪を引いたから学校を休むつもりだ。(○)