ボラとも先生A206:今回は前回の❸規則【三】(以下に再掲)に関する補足と続編です(タイトルが長すぎるので少し変更しました)。
❸規則【三】:「ン」→「ㄴ・ㅁ」
(音読みの2字目の「ン」はパッチムの「ㄴ」と「ㅁ」に対応する)
前回は、①のように漢字の音読みが「唐音」の場合は2字目が「ン」であっても、韓国語ではパッチムが「ㄴ」や「ㅁ」ではなく、「ㅇ」に対応する例について見ました。
①「行」(アン:행)、「羹」(カン:갱)、「請」(シン:청)、「瓶」(ビン:병)、「鈴」(リン:령)
①の5つの漢字は「ン」で終わっていますが、それはこの読み方が「唐音」という特殊なものだからであって、ふつうの音読み(漢音や呉音)であれば❸の例外にはならないはずのものです。①の漢音と呉音を調べてみると、「ン」ではなく、「イ」か「ウ」で終わっているからです(②:最初が漢音、次が呉音)。
②「行」(コウ:ギョウ)、「羹」(コウ:キョウ)、「請」(セイ:ショウ)、「瓶」(ヘイ:ビョウ)、「鈴」(レイ:リョウ)
実は、前回では言及しませんでしたが、①以外にも❸規則【三】の例外と思われる漢字があります。以下の③の3つの漢字は音読みが「ン」で終わっているのに、韓国語では「ㄴ」や「ㅁ」のパッチムがなく、母音で終わっているのです。
③「洗」(セン:세)、「懶」(ラン:라)、「厘」(リン:리)
「洗」は初級単語として「세탁기」(セータッキ)「洗濯機」や「세수하다」(セースハダ)「顔を洗う」として学びますが、『新潮日本語漢字辞典』(新潮社、2007年)によると、「洗」には「セン」と「セイ」の2つの音読みがあり、両方とも漢音で、意味が違うようです。
「セン」が「洗う」、「セイ」が「手や顔を洗う時に使う底の浅い盥(たらい)」という意味だそうですが、日本の常用漢字表(2010年版)には「セン」という読みしかありません。ちなみに、日本の塩尻市には「洗馬」と書いて(「センバ」ではなく)「セバ」と読む地名があるそうです。
韓国語の「세수하다」の「세수」は漢字では「洗手」と書きますが、不思議なことに「手を洗う」という意味ではなく、「顔を洗う」という意味で使います。これは「手洗い用の盥」を使って「(顔を)洗う」というような語源があるのかもしれません(詳細は不明)。
では、顔ではなく、手を洗う場合はどう言うのかというと、「씻다」(シッタ)や「닦다」(タクタ)という動詞を使うそうです。さらに、髪を洗う場合はまた別の「감다」(カムタ)という動詞を使うのですが、日本語の「着る」や「履く」、「かぶる」などの「着脱動詞」と似ていて、韓国語では「洗う」という意味の動詞は目的語によって使い分ける必要があるようです。
ちなみに、「洗濯する」つまり「衣服を洗う」場合は、「빨다」(パルダ)という動詞がありますが、ふつうは「洗濯物」という意味の「빨래」(パルレ)を使って「빨래하다」(パルレハダ)と言うそうです。日本語の「洗濯する」に対応する「세탁하다」(セータクハダ)はふつう使いません。ただし、「クリーニング屋」は「세탁소」(セータクソ)「洗濯所」、「洗剤」は「세제」(セージェ)「洗劑」と言います。
本題に戻って、例外として③で挙げた「洗」以外の「懶」(ラン:라)と「厘」(リン:리)は、使用頻度が低いので覚える必要はありませんが、「懶」の「라」は韓国語では(日本語の慣用音に当たる)「俗音」であり、正式な発音は「란」ですし、「厘」の「リン」は日本語の「慣用音」なので❸規則【三】の例外と考える必要はないかもしれません。
さて、前回は上記の❸規則【三】について説明しましたが、次のような疑問を持たれた方もいらっしゃると思います。
音読みの2字目の「ン」はパッチムの「ㄴ」と「ㅁ」に対応するということはわかるが、「山」(산)と「三」(삼)のような「ㄴ」と「ㅁ」の区別はどうすればわかるのか、また1文字目の「サ」はいつも「사」に対応するのか、という疑問です。
前回は『韓国語ジャーナルNo.41』の対応表を紹介したり、日本語の「ん」の発音を説明したりして、そうした点に触れることができなくなってしまいました。そこで、今回は音読みの「ン」に対応するパッチムの「ㄴ」と「ㅁ」の区別と「サ」と「사」の対応について説明します。
まず、「ン」が「ㄴ」と「ㅁ」のどちらに対応するのかという問題ですが、「サン」という音読みに対応する韓国語を調べてみると、「ㄴ」が16字(④A)、「ㅁ」が7字(④B)ありました。
④A)「サン」→「ㄴ」(16字):「산」(山算傘散産酸蒜珊)「잔」(桟盞)「찬」(賛餐燦讃簒饌)
④B)「サン」→「ㅁ」(7字):「삼」(三杉蔘衫)「잠」(蚕)「참」(参惨)
さらに、同じようにパッチムが「ㄴ」と「ㅁ」の漢字の字数を「한글 de 漢字」(収録漢字数3,587字、サイトのURLは前回の記事に掲載)で調べてみると、「ㄴ」が386字、「ㅁ」が170字ありました(音読みが複数ある漢字が5~10字ほどあるので実際の字数は若干少なくなります)。
これを見てみると、「ㄴ」のほうが「ㅁ」よりも字数が2倍ほど多いということはわかりますが、区別できるような方法は見つかりませんでした。上記の『新潮日本語漢字辞典』には「ン」で終わる漢字にはすべて[n]と[m]という記号が記載されていることを見ても、「ㄴ」と「ㅁ」の簡単な識別法はないようです。
どうしても区別をしたい場合には数が少ない「ㅁ」の漢字を全部覚えてしまうという方法があります。そうすればあとはすべて「ㄴ」ということになりますから「ㄴ」と「ㅁ」は完全に区別できます。もちろん「ㅁ」の漢字を全部覚えるのは大変なので「음」(音)や「금」(今)、「김/금」(金)や「남」(男)、「감」(感)などよく使われるものを覚えておくだけでも役に立つと思います。
次に「サ」と「사」の対応ですが、前回の記事で紹介した『韓国語ジャーナルNo.41』の対応表の①初声の対応ルールのD)に次のような対応ルールがありました(⑤に再掲)。
⑤「ㅅ・ㅆ・ㅈ・ㅊ」→「サ、ザ行」
このなかの「ㅆ」は「씨」(氏)と「쌍」(双)の2字しかありませんし、そもそも(同じ子音が重なる)「濃音」で始まる漢字音は韓国語には3字(上記以外に「끽」(喫))しかないのですから、濃音で始まる例外として覚えればよく、「サ・ザ行」に対応する韓国語の漢字としては「ㅅ・ㅈ・ㅊ」だけにしたほうがすっきりしてわかりやすいと思います。
さらに「한글 de 漢字」で調べてみると、「ㅅ」の場合はほとんどがサ行(373字)とザ行(107字)に対応しているのですが、「ㅈ」と「ㅊ」の場合を調べてみると、タ行の漢字がかなり多く(205字)、サ行(431字)の半数近くあり、ザ行の漢字(89字)と比べると2倍以上ありました。つまり、⑤の対応ルールは以下の⑥のように書き換えたほうがより正確だと考えられます。
⑥A)「ㅅ」→「サ、ザ行」(「ㅆ」は「씨」(氏)と「쌍」(双)の2字のみ)
⑥B)「ㅈ・ㅊ」→「サ、タ行」(ザ行も含まれる)
最後に漢数字の「四」に関する❹規則【四】を挙げておきます
❹規則【四】:「イ段(i)」→「ㅣ・ㅏ」
(音読みのイ段(i)は韓国語の「ㅣ」か「ㅏ」に対応する)
この規則は母音、つまり中声についての対応規則です。前回の記事の『韓国語ジャーナルNo.41』の対応表の③中声(母音)の対応ルールがありますが、これは⑦のようにまとめることができます。
⑦A)「ㅏ」→「ア(a)」、「ㅣ」→「イ(i)」、「ㅜ」→「「ウ(u)」、「ㅓ」→「エ(e)」、「ㅗ」→「オ(o)」
⑦B)「ㅑ」→「ヤ(ya)」、「ㅢ」→「イ(i)」、「ㅕ」→「エ(e)」
⑦C)「ㅐ」→「アイ(ai)」、「ㅔ・ㅖ」→「エイ(ei)」
⑦A)は単母音、⑦B)は複母音(半母音+単母音)、⑦C)は二重母音(単母音+単母音)と考えるとわかりやすいと思います(日本語と韓国語では用語が違うので正確ではありませんが…)。
❹規則【四】を⑦の対応ルールに当てはめて考えてみると、⑦A)の「ㅣ」→「イ(i)」に「ㅏ」→「ア(a)」を含めたもの(「イ段(i)」→「ㅣ・ㅏ」)になっています。詳しくは次回の記事で説明したいと思います。