ボラとも先生A205:今回も日韓の漢字語の対応規則についてです。今まで漢数字の「一」と「ニ」について説明しましたが、今回は「三」についてです。
(音読みの2字目の「ン」はパッチムの「ㅁ」と「ㄴ」に対応する)
❸の規則は『韓国語ジャーナルNo.41』(2012年夏号、アルク)p.70にある対応関係の表にある終声(パッチム)の対応ルールの注(以下の②の※)とほとんど同じものです。
この表は対応関係の全体を見るのに便利なので、少し長くなりますが、以下に引用します。ただし、もとの表には番号や記号は付いていません。
①初声の対応ルール
①A)「ㅇ」→「ア行」(例)안:安(アン)이:移(イ)
①B)「ㄱ・ㅋ・ㅎ」→「カ行」(例)가:家(カ)회:会(カイ)
①C)「ㅇ・ㅎ」→「ガ行」(例)어학:語学(ゴガク)
①D)「ㅅ・ㅆ・ㅈ・ㅊ」→「サ、ザ行」(例)사실:事実(ジジツ) 시찰:視察(シサツ)
①E)「ㄷ・ㅌ」→「タ行」(例)다:多(タ)통:通(ツウ)
①F)「ㄴ・ㄷ・ㅌ」→「ダ行」(例)남:男(ダン)난:暖(ダン)
①G)「ㅂ・ㅍ」→「ハ行」(例)부:父(フ)편:編(ヘン)
①H)「ㅁ」→「バ行」(例)망:望(ボウ)미:美(ミ)
①I)「ㅁ」→「マ行」(例)미명:未明(ミメイ)
②終声(パッチム)の対応ルール
②A)「ㅂ」→「ウ(旧仮名遣い「フ」)」(例)십: 十(ジュウ/ジフ)
②B)「ㅇ」→「ウ(母音eの後で「イ」)」(例)망:望(ボウ)맹:盟(メイ)
②C)「ㄱ」→「ク・キ」(例) 각:各(カク)
②D)「ㄹ」→「チ・ツ」(例)길:吉(キチ):達(タツ)
②E)「ㄴ・ㅁ」→「ン」(例)만:万(マン)감:感(カン)
②※日本語の漢字音で「~ン」のものは「ㄴ」「ㅁ」に対応しており、「ㅇ」にはならない。
③中声(母音)の対応ルール
③A)「ㅏ」→「ア(a)」(例)아:亜(a)학:学(gaku)
③B)「ㅣ・ㅢ」→「イ(i)」(例)시:市(si)의미:意味(imi)
③C)「ㅜ」→「ウ(u)」(例)무:無(mu)분:分(bun)
③D)「ㅓ・ㅕ」→「エ(e)」(例)험:験(ken) 년:年(nen)※
③E)「ㅗ」→「オ(o)」(例)로:路(ro)본:本(hon)
③F)「ㅑ」→「ヤ(ya)」(例)야:野(ya)약:薬(yaku)
③G)「ㅐ」→「アイ(ai)」(例)내/래:来(rai)애:愛(ai)
③H)「ㅔ・ㅖ」→「エイ(ei)」(例)게:掲(kei)혜:恵(kei)
③※この対応関係は、終声があるときに限られる。
この①~③の対応ルールは、これまで本ブログで説明してきた❶~❸の規則とは違って、韓国語の漢字の発音(ハングル)に対する日本語の音読みの対応関係を示したものです。
つまり、❶~❸は日本語の漢字(音読み)→韓国語の漢字(ハングル)の対応規則ですが、①~③はその逆で韓国語の漢字(ハングル)→日本語の漢字(音読み)の対応ルールになっています。
両者の決定的な違いは、❶~❸が日本語を基準として(入力して)韓国語を考える(出力する)のに対して、①~③は韓国語を基準として(入力して)日本語を考える(出力する)という違いですが、どちらの方式にもそれぞれいいところがありますので、以下では両方式を使って説明していきたいと思います。
以前紹介した『漢字のハングル読みをマスターする40の近道』(兼若逸行、アルク、2011)も上記の①~③のよう方式で説明していますが、そこでは母音を表現するのに「ア段」~「オ段」という表現が使われていて回りくどかったのに対して、上記の②と③では中声(母音)を表すのに補助的にローマ字(a~o)が使われていてわかりやすくなっています。
ただし、②B)のルールは以下の②B)’のように全部ローマ字にしたほうが正確でわかりやすいと思います。
②B)’「ㅇ」→「ou・ei」(例)망:望(ボウ)맹:盟(メイ)
さて、❸の規則(②の※)に戻りますが、この規則は日本人の韓国語学習者にとって非常に便利なものです。
たとえば、挨拶ことばの「アンニョン」は「安寧」という漢字語ですが、ハングルで書こうとすると「アン」は「안」、「ニョン」は「녕」のように、同じ「ン」を「ㄴ」と「ㅇ」で区別して書かなければなりません。同じように「先生」に当たる「선생님ソンセンニム」(先生様)の場合もやはり「ソン」と「セン」の「ン」は「ㄴ」と「ㅇ」に書き分ける必要があります(ちなみに、「様」に当たる「님」は漢字語ではなく固有語です)。
日本人にはこの「ㄴ」(n)と「ㅇ」(ng)の区別が非常に難しく、「ㄴ」と書くのか「ㅇ」と書くのかいつも迷うところですが、❸(②の※)の規則を使えば、「安」(アン)と「先」(セン)の音読みが「ン」になるから「ㄴ」、「寧」(ネイ)と「生」(セイ)は「ン」にならないから「ㅇ」ということがすぐわかるのです。
日本人にとってなぜ「ㄴ」と「ㅇ」の区別が難しいのかというと、日本語の「ん」という文字は条件によって6種類の異なる音として発音されるのですが、ふつうの日本人には無意識にしていることなので、そうした発音の違いには気が付きません。そのなかの2つが[n](ㄴ)と[ŋ]=「ng」(ㅇ)なのです。
以下に簡単にその6種類の発音とそれが発音される条件を書いておきますので、興味のある人は「音声学」の本を調べて、実際に自分で発音して確認してみてください。
④「ん」の発音
④A)[m](例)「新橋」[ʃimbaʃi](両唇音[p][b][m]の前)
④B)[n](例)「反対」[hantai](歯茎音[t][d][n][r]の前)
④C)[ɲ](例)「親日」[ʃiɲɲiʧi](歯茎硬口蓋音[ɲ]の前)
④D)[ŋ](例)「三回」[saŋkai](軟口蓋音[k][ɡ][ŋ]の前)
④E)[ɴ](例)「三」[saɴ](語末=単語の最後)
④F)[~](鼻母音)(例)「雰囲気」[ɸɯ~iki](母音・半母音・摩擦音の前)
ちなみに、「雰囲気」を「フンイキ」ではなく、「フインキ」と発音する人がいることが話題になることがありますが、これは[ɯ~i]という母音の連続が発音しにくいため、鼻母音の位置を変えて[ɯi~]のように発音するためだと思われます。
最後に、❸の規則の例外について説明します。前々回の本ブログ(No.203)で紹介した以下のサイト⑤「한글 de 漢字」(収録漢字数3,587字)で調べてみると、
⑤https://www.penguin99.com/08_kanji/kanji_index.html
❸の規則(=②の※)の例外と考えられる漢字が5つ見つかりました(⑥)。これらの漢字はすべて音読みが「ン」で終わっているのに韓国語のパッチムは「ㅇ」(ng)になっているのです。
⑥「行」(アン:행)、「羹」(カン:갱)、「請」(シン:청)、「瓶」(ビン:병)、「鈴」(リン:령)
つまり、❸の規則には「ン」がパッチムの「ㅇ」に対応するとは書かれていませんし、②の注(※)には、日本語の漢字音で「~ン」のものは「ㄴ」「ㅁ」に対応しており、「ㅇ」にはならないと書かれているのに、⑥の漢字はすべて「ン」で終わっていてパッチムが「ㅇ」になっているのです。
韓国語の初級単語の「銀行」と「旅行」は、「은행」(ウネン)と「여행」(ヨヘン)といいますが、この「은」(ウン)は「銀」(ギン)の韓国語読みで、「여」(ヨ)は「旅」(リョ)の韓国語読み(「려」の「ㄹ」は頭音法則で脱落)です。そして、共通している「행」(ヘン)が「行」に当たります。
この「行」には「コウ」「ギョウ」「アン」という3つの音読みがありますが、「コウ」は漢音、「ギョウ」は呉音、そして「アン」は「唐音」です。
唐音は呉音、漢音の次に鎌倉時代よりもあとに日本に入ってきたいちばん新しい読み方で、唐音の「唐」も、呉音の「呉」、漢音の「漢」と同じように、中国王朝の名前ではなく中国の地域の名前ですが、⑥の例外を調べてみるとすべて唐音ですから、唐音は❸の規則(=②の※)には当てはまらないと言えます。
ちなみに、「행」(ヘン)の初声の「ㅎ」は、①の対応ルールを見ると①B)と①C)の2つのルール(以下に再掲)に含まれていますが、❶~❸の規則や①~③のルールは基本的に呉音に対応していますから、「行」の呉音である「ギョウ」に当てはまる①C)に対応することになります。
①B)「ㄱ・ㅋ・ㅎ」→「カ行」(例)가:家(カ)회:会(カイ)
①C)「ㅇ・ㅎ」→「ガ行」(例)어학:語学(ゴガク)